3-4 なし崩し的に

 下之宮市内に点在する潜水士ダイバー墜落事故の現場を回っている入生田いりうだ達は、4ヶ所目に至って、ある事に気付いた。


「……確かに。薄らだけど、透明な壁ゲビートっぽさが残ってるね」


 事故現場には規制線が貼られている。その規制線は当然、人に対してであって空魚に対しては何の意味も無いし、効果も無い。


「今思い出してみるとこれまでの3ヶ所も、規制線内にはほとんど空魚居なかったね。うっかり見逃しちゃった」


 この事に最初に気付いたのは酒梨さなせだが……3ヶ所見逃したのがショックなのだろう、肩を落としている。


「仕方無くね? 酒梨さなせ以外の皆も今までスルーしてたんだし。規制線にまんまと思い込まされちまった感じだな」

「うん、それに1・2ヶ所だと統計取れ無いしね。ただの偶然で、その瞬間だけ空魚が居なかったなんてことも可能性としては有り得るから」

「キュウちゃんと入生田いりうだくんの言う通りだよ。責任感じるレベルじゃないし、今気付いただけでも十分過ぎる成果よ」


 頭を上げた酒梨さなせが規制線の方を見ると、その内側から声がした。


「……だいたい半径5メートルくらいかな。空魚が避ける空間」

小撫こなで君! ごめんね、危ないかも知れないのに」

「いやいや、全然気にしないで」

 

 駆け寄る酒梨さなせに、爽やかさの権化のような笑顔で応じているのが小撫こなで央一郎おういちろう

 結良 ゆうらの「理想の後輩ランキング」で入生田いりうだに次ぐ第2位の男子学生。

 

「それで酒梨さなせさん。この規模の透明な壁ゲビートを残せるとしたら、どんな空魚が想定されるかなぁ」

「そうだね、ここは発生から1週間以上経っているから、それで5メートルも残っているとすると……攻撃性が高くて、人の背丈と同じくらいの大きさで……まあまあな危険度だと思う」

「だよね。思ってた以上にヤバそうだな、これ」


 小撫こなで酒梨さなせの会話を聞いて、一同に緊張が走る。


 時間が経っても空間に残る程の威圧感を持った空魚の存在。

 そしてそれは誰にも気付かれず市内に居て、あまつさえ大々的に移動しているという事実。


「明らかに、ここで何かをした。だから強く痕跡が残ってる。そしてその後、確実に移動している筈なのに、その痕跡は見当たらない……まあ、このヤバい空魚が複数居るってんなら話は別だけど」

「いや、それのがもっとヤバいでしょ」

「ナイスツッコミ、杉田すぎたさん。――なぁ、志乃しの。これ俺らだけで対処していい範囲を超えてないか?」


「……う、うん……どうだろうね」


 小撫こなでの問に、歯切れ悪く表情を曇らす入生田いりうだ


「何かをしたって言うなら、状況的に見て……つまりこの墜落事件のってことなんだよな?」

「まあ十中八九そうなるだろうけど……どしたん、キュウちゃん」

塒ヶ森とやもりさん達が言ってた『本腰入れて調査されない』ってアレ、その事自体が良くないのは百も承知。でも、それを『そうですね』って受け容れちまってるのも良くない」

「だったらどうする?」

小撫こなで、俺はさぁ。この事実を言問こととい先輩に報告したとして――」


 上がった呼吸を少し整えて。


「先輩方を信じられねぇって事じゃないけど、もし更にそので有耶無耶にされる可能性が少しでもあるなら、そのプロセスに乗る前……つまり今の俺らのフェーズで、根本的な解決まで目指すのも有りだと思っている。取っ掛りなんてぬるいこと言ってないで」

「有耶無耶にされない為の情報集めをして欲しかったんじゃない?」

「ちょっと情報が増えたくらいで有耶無耶にならないなら、元々ならない。『もう少し情報あったら動きます』なんて――動きたくないのを、体よくはぐらかしているてるだけだ」

厳木きゅうらぎ……この件と、お兄さんの話を同一視しない方が良い」

「分かってる! そんなこと――分かってる」


 入生田いりうだを触られて、厳木きゅうらぎは奥歯を噛んだ。


「キュウちゃんの気持ちは理解出来なくないし、私は全く別の理由……単なる功名心で、このバケモノを追いたいとは思っちゃっているんだよね。こんなチャンスなかなか無いもの」


 厳木きゅうらぎの肩を叩きなだめるようにしながらも、杉田すぎたは野心を垂れ流す。

 パンキッシュな見た目のまま、そのまんま。ギラギラした野心。


萌々香ももかちゃんまで……入生田いりうだ君、小撫こなで君、どうする?」

「うーん……」


 相変わらず歯切れの悪い入生田いりうだ


「ははは。なんか、珍しいものを見てる気分だよ、志乃しの。こういう時、リーダーは大変だな」


 しょうがないなという雰囲気で、小撫こなでが他の皆を見渡しながら続ける。


「めちゃくちゃ前向きなのが厳木きゅうらぎ杉田すぎたさんの2人。どうすべきか迷ってるのが志乃しのと、酒梨さなせさん。そんで、俺はまあまあビビってますと。ここまでだと2勝1敗2引き分けって感じだけど、残りの御二方はいかが?」

「んー? ああ、どっちでも良いよ! は!」

「ありがとう、水上むながいちゃんはと。メモメモ」

「一人称の調査だったのかい? ちなみにどうせなら下の名前、心春こはるの方で呼んで欲しいよ!」

「了解。こはちゃんね、メモメモ」

「俺の一人称は『俺』だ。宜しく」

「いや、違うよ? すぐる。そんな質問してないよ」

「うん、勿論冗談さ。俺は厳木きゅうらぎ杉田すぎた派だな。久々に大物狩りをしたいね」


 本気か否か分かりにくい、微妙な小ボケがライフワークの羽咋はくいすぐると笑う。

 功名心も向上心も強い。そして密かに(あるいは明らかに)好戦的。そんなメンツの集まり。

 寧ろ、その位の気概が無ければ『黄金世代』などと呼ばれることはなかっただろう。


 しかし――


「ま、そうなるよねぇ。入生田いりうだ酒梨さなせさんも『行かない方がいい』ってよりは『行って良いのかな?』ってニュアンスの迷い方なんじゃない?」

「判断を委ねられているとはいえ……ちょっとこういう時は塒ヶ森とやもり先輩に判断仰ぎたいところだけど」

「だけど?」

「いや、それが、電話繋がらないんだ。メッセージも既読付かない」

言問こととい先輩の近くに長く居ると、電波障害・磁気障害めちゃくちゃ受けるらしいよ。端末が防磁だったとしても空間的にね」

「ほんとよく知っているな、杉田すぎたは」


 結良ゆうらが、入生田いりうだ達に感じた『良い自信』――これは反面、危うさでもある。

 挫折や失敗が無いわけではない彼らだが、都度それらを乗り越えてきている。乗り越えてきてしまっている。

 つまり困難に直面しても解決できる自負があり実績があり、自信がある。


 悪く捉えれば勝ち癖が付き過ぎている状態。


 一歩間違えると、直面している危機の大きさを見誤ったり、慎重に判断する機会を逸してしまう可能性もある。


「乗りかかった船だし、あと2ヶ所で終わりだし……このまま行こうか」


 なし崩し的に、方針は決まった。

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