003

3-1 ソートで世界の見え方は変わる

 その7人はとても速かった。


 入生田いりうだを先頭に配置し、V字編隊のようなフォーメーションで飛泳する。

 横を通り過ぎられた空魚も気付かない程に静かに、そして速い。影を置き去りにしそうだ。


 国内最大の規模を誇る走井はしりい学園の透明な壁ゲビートによって、下之宮市の安全居住区域はとても広い。

 全部で6ヶ所ある墜落事故現場は、その広大なエリアの外縁部に点々としている。

 それを1日で回ろうとするなら、この位のスピードが必要なのだろう。


(そもそも常人には『1日で』という発想すら生まれないような距離感なのだが)


「……い、り、う、だっ、くーん! 入生田いりうだ君!」


 集団の真ん中ら辺から、赤色の巻き髪ツインテールを杉田すぎた萌々香ももかが叫ぶ。


「ちょっとごめーん。1つ目って、こっちであってるー?」

「え、萌々香ももかさん? 僕、間違えてる?」

何故か、にこやかに振り返る入生田いりうだ


 杉田すぎたの声はよく通る。

上半身から腰辺りまでをすっぽりと、黒色のロング丈パーカースウェットでワンピース風に包み、足先はゴツイ革製のモンキーブーツ。

そんな割りとパンキッシュな見た目に反し、|その声はとても耳触りが良いのだ。

 周波数的な問題なのか、いかに大声にしようとも、不快感を与えることはない。

寧ろ癒されるような感覚があって、杉田すぎたに呼ばれて振り返る者は皆、良い笑顔になってしまうらしい。


「えっとね。まあ、『いただきますをする時に、揃えた両手の親指と人差し指の間に箸を水平に挟んで持つのか、それとも箸は未だ持たず手だけで合掌するのか』くらい些細な問題だと思うんだけどね」

「箸。僕は、置いたままだな。箸持ったらもう食べ始めようとしている気がする」「それって宗教的な考え方にも寄るんじゃなかった?」「気にしたことない!」「心の中で唱えてます」


 バババッと集中砲火に晒されて「う、うわぁ」と焦る杉田すぎた


「そこそんなに広げないで! ビックリするな、もう……えっと、話戻すけど、入生田いりうだ君。今向かってる場所って、には2つ目だと思うんだー」


 左手に持ったタブレットを入生田いりうだに見せるようにヒラヒラさせ、逆の手を口に添えながら叫ぶ杉田すぎた


「どういうこと? 私もこっちが1つ目の現場だと思っていたよ」


 2列目右翼を飛泳していた酒梨さなせも破顔で振り返る。


「うん、ややこしい書き方してるんだよね。この先輩方から貰った資料もそうだし、ニュース記事とかも同じ。多分、情報元ソースが同じだから仕方ないんだろうけど……事故の整頓ソート順がさ、発生時刻順をキーとしてなくて、犠牲者の死亡日時順をキーに整頓ソートしてるんだよ」


 タブレットの画面を、右手の親指と人差し指だけで拡大ピンチアウト縮小ピンチインせわしなく繰り返している杉田すぎた

 大きく身振り手振りしたり、コロコロ体勢を変えたり――高速飛泳中に、なかなか出来ることではない。

 速度は落ちるし、不安定になり危険なので、一般的には『やってはいけないこと』とされている。 


「いやいや。このスピードの中で、そんなチマチマしたこと出来んの杉田すぎたくらいだろ……入生田いりうだ、一旦止まろう」


 編隊で酒梨さなせ対象位置シンメポジ、2列目左翼を担う厳木きゅうらぎ燈真とうまが、細かい画面の動きに目を細めながら入生田いりううだに進言する。


「ん。そうだね、皆止まるよ!」


 入生田いりうだの号令に全員が即座に反応し、止まる。

文字通り急停止だが、その動きに反動らしきチカラが働いたようには感じられなかった。

 ある程度のスピードで飛泳している潜水士ダイバーが急停止する場合、慣性によって大きな反動を受けるので体をくの字に曲げ、その衝撃を和らげるのが普通だ。

 

 しかし入生田いりうだを始めとするこの『黄金世代』のメンツは、その反動に係るエネルギーを即座に別のエネルギーへ変換して、まるで一切の慣性が無かったかのように音もなく静かに急停止する技術を持つ。

 変換したエネルギーは一時的にさせ、次に飛泳を開始する時の加速エネルギーに充てることが多い。


 とは言え――


「うっわ、相変わらずエゲつない止まり方するねぇ、前3人は。ぶつかるぶつかるー」


 杉田すぎたのこのボヤキの通り、この7人の中にも技量の差はあり、クラス3Aの入生田いりうだ厳木きゅうらぎ、そしてクラス3Bの酒梨さなせ――この3人は特にエネルギー変換による急停止のキレが凄まじい。


 走井はしりい学園の三・四回生にもなかなか居ないレベルだ。


「発生順と亡くなった順で、違いって出るの?」


 眼鏡を左手人差し指の第二関節でクッと直す酒梨さなせ


「即死しなかった人が、居たってことか」


 その疑問符に、厳木きゅうらぎが言いにくそうにしながらもハッキリと言葉にして答えた。


「ぴん、ぽん」

「あ……」

「なるほど、その可能性は考えなかった。墜落事故と聞いて、即死以外の選択肢をなんとなく除外してしまった。明確な理由も無いのに考慮しなかったのは、早計だったな」


 真面目を絵に書いたような入生田いりうだ


「誤認させるような書き方してるからねー。これ、先輩方は気付いてらっしゃるのかな? いや、気にしていないのかな。実際、私達も回る順番の起点を定める上で、ちょっと気になった程度ですしね」


 サラリと、さりげなくフォローされたような気がした入生田いりうだは『僕より萌々香ももかさんのが、余っ程リーダーに相応しいんだよな』などと思って、振り返った時よりも更に頬を弛めた。


「相変わらずよくそんな所に気が付くな、杉田すぎたは。でもやっぱり『ちょっと気になる』程度なんだし、今日の工程には大して影響は無いんじゃぇの?」

「それはそうだね、

「その呼び方止めろ」


 厳木きゅうらぎが低く唸る。


 眼光が鋭く強面。身長もそこそこ高く、ガタイも良い。金と黒の混じった単発を整髪料で逆立て、耳にはピアス。

 その見た目に加え、竹を割ったような性格に、ストレートで歯に衣着せぬ物言い。

 学園内でも積極的に声を掛ける者は少なく、街を歩けば自然と道が開く。

 そんな風貌の厳木きゅうらぎを、キュウちゃんと呼ぶのは杉田すぎたくらいだ。


「替わるって言っても、1人目と2人目が入れ替わるくらいなんだろ? どっちのソートを使っても」

「あー、それがね。死亡日時順がABCだとして、それを発生時刻順に並べ替えるとCABになる感じね」


 右手を突き出し「これがAとBね」と言いながら人差し指と中指で『2』を作る。

 左手は人差し指で『1』作り、「で、こっちがC」と言いながら両手を体の前で揃える。


 次に、手の形はそのままに右手と左手を交差させてみせる。


「入れ替わりは、こんな感じ」

「めちゃくちゃ理解しやすいじゃねぇか、その指の動き!」


 吠える厳木きゅうらぎ


「1番最初の方が、実は亡くなったのは3番目。何も知らない私が、何かを推し量る事なんか出来ないけど、きっと……その人は頑張ったんだろうね」

「そうね、香織かおりちゃん。何か伝えたかったのかも知れないねぇ」


「取り敢えずさ。厳木きゅうらぎの言う通り、工程に大きな影響は無いと思うから、今向かっている死亡日時順のAをスタート地点とするってことで良いかな、皆」

「それで良いだろ、問題無い。ただまあ、ここから市内を時計回りにすると位置的に、発生時刻順の1番目、つまり死亡日時順のCが、ゴール地点になっちまうみたいだぜ?」

「ふふふ、そうやって考えると、だいぶ入れ替わってしまったような気もするね」

「そうそう。市の中心部から見ると、AもCも同じ方角にあったから、気付くのも、聞くのもちょっと遅れちゃって。ごめんね、入生田いりうだ君」

「いや、全然。ありがとう、萌々香ももかさん」


 空中に浮遊して話し込んでいた7人は、また音も立てずに飛泳を開始した。

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