2-3 眩し過ぎる7人の後輩

 走井はしりい学園は、潜水士ダイバー専門の大学。その技術を高め、知識を深める場所である。

 つまり、一般人から潜水士ダイバーへの遷移、いわゆるをどうにかするのは、ここではない。


 走井はしりい学園に入学する者は皆、潜水士ダイバーでありライセンスを持っている。


 ライセンスを持たない学生が、まぐれでも受かるような試験科目が1つとして存在しないため、入学時のライセンス保有については敢えて言及してはいない。

 ただ、学園のレベル的に入学時点で、クラス2の上位くらいでないと普通にやっていけない。


 ライセンスの「クラス」は、数字大きくなるだけの単純な構造ではなく、2と3、3と4などの数字の間に、アルファベットのAからFのサブグレードが設けられている。

 例えばクラス3なら3Fが一番下で、3Aが頂点ということになる。3Aの上は4F、という具合だ。

 走井はしりい学園が、いかに世界トップクラスの教育機関とはいえ、生徒の大半がクラス3で入学し、クラス3のまま卒業する。


 クラス4の壁は高く、分厚い。


 そんな中、ここ1・2年は粒揃いで、二回生にして既に3上位に到達し、このペースで順当に伸びればクラス4の上位は固いと言われている者が数名居る。学園が手潮に掛けている金の卵。

 その面々が、どういう訳か今、結良ゆうらの目の前に揃い踏んいる。

 

言問こととい先輩、塒ヶ森とやもり先輩。今日は宜しくお願いします!」

 

 眩しすぎる返事って、頬を思いっきり叩かれるのと同じくらいの衝撃があるんだなとか結良ゆうらは思った。


入生田いりうだ詩乃しのと申します。ライセンスは3のAです」


 綺麗に並んだ7人の二回生。その中でどうやららしき男子学生が挨拶をした。


「おいおいおいおいおい。入生田いりうだ君! 勿論知ってるし、他の子らも……こんな有名人ばかり…………世代オールスターじゃないか! 『ちょっと寄っといで〜』みたいな軽いノリで集めてんじゃないよ」


 入生田いりうだ詩乃しの

 結良ゆうらもみじが三回生に上がった年に入学してきた新入生達の、その中の首席。

 高等教育機関の頃から、どこの大学へ進学するのか注目されていた超新星である。

 入生田いりうだが入学してきて、才能の差に打ちひしがれて退学をした上級生が居るとかいないとか……。


 結良ゆうらの言葉に反応して、少し首を折るようした入生田いりうだ

 それに合わせて、健康的で爽やかな印象を与える栗色のミディアムヘアーが揺れる。

 結良ゆうらよりもちょっと背が高く、結良ゆうらよりもややしっかりした体格。

 初めて見た時から『俺の上位互換みたいな子だな』と思っていた。

 白と薄青のストライプシャツの襟元から、薄手の白タートルネックが見える。

 ボトムスはセンタープリーツが綺麗な濃紺のクロップドデニム。そして恐らく素足で、黒檀のローファーを履きこなす。

 

『俺が同じコーディネートするともっと嫌味っぽくなる気がするんだよな……流石、理想の後輩ランキング第1位の男――』


 そんなランキングは勿論、存在せず結良ゆうらの独断と偏見によるものだ。


 そんな入生田いりうだをはじめ、危険性空魚駆除数の学園内ランキングトップ10の常連の者、空魚の生態解析で既に論文を出している者――この学園内での、という枠を越えた有名度を持った後輩達。


「アンタだって、クラス5の超有名人でしょうが。何ビビってんの」


 肘で結良ゆうらの脇腹を小突きながら、まるで他人事のようにもみじが薄く笑う。


「いやぁ、事故原因の調査なら……これ、俺必要かね?」

「要るよ、当たり前だろ! アンタ大好きな規定よ、規定」

「えっと、『二回生以下が学外で実習等の活動を行う場合には、四回生或いは四回生から依頼された三回生が同行し、監視指示を行うこと』です、塒ヶ森とやもり先輩」

入生田いりうだ君! たーしか、にあったね! そんな規定!」


 サラッと補足をする入生田いりうだと、半ばヤケクソな結良ゆうら


「そ。そういうこと。それにね、結良ゆうら。この子達、記録やら論文やらも凄いけど、勿論、算術アリスマもなかなかだよ。見ておいて損は無い」

「ほお」


 結良ゆうらの目付きが変わった。

 

 潜水士ダイバーは、第二の水アナザーウォーターを自由に泳ぎ回れる潜水技術の他に、もう1つを発現することがある。

 それは算術アリスマと呼ばれる第6感的、あるいは第7感的なチカラ。

 古典的な物理学の世界においては超能力なんて呼ばれていたらしい。


「確かに。入生田いりうだ君のを筆頭に算術アリスマも、超有名なレベルだ」

算術アリスマ開発系の研究室、行きたいんでしょ? なら、レベルの高い算術アリスマは沢山見ておくに越したことはないっしょ? 無銘アノンの精度も、号付ブルベの独自性や強度も国宝級だぜ、この子ら」


 算術アリスマには2つの区分があって、テレパシーや軽度のサイコキネシスといった、ほとんどの潜水士ダイバーが基礎能力的に使える【無銘アノン】と、個人が独自に水媒子アープの構成や算式を組み立て開発した個人専用の特化型の【号付ブルベ】とそれぞれ呼ばれている。

 一般的に『算術アリスマ』と言った場合は、【号付ブルベ】を指していることが多い。


 結良ゆうら算術アリスマの属人性、或いは人格や記憶との関連などを研究したいという思いがある。


「なるほどね……」


 見透かされて、思うように転がされている感じがして、あまり良い気分はしない。


「実際のところ。墜落事故の犠牲者はさ、だいたいクラス4か或いはそれ相当な潜水士ダイバーなわけじゃん? それって、まあまあ、結構、ちょっとヤバめな話じゃん」

「う、うん……?」


 まあまあなのか、結構なのか、ちょっとなのか……ツッコミたい気持ちは、なんとか抑え込んだ。


「クラス4っていう上位の潜水士ダイバーの墜落事故。もしそれが本当に事故で、遊泳能力を喪失して……って話なら潜水士ダイバー界隈に大きな疑念と禍根を残す。まだまだを毛嫌いしている連中も多いし、変な火種にされたくない」

「アンチは基本的に知識不足だし、ディスれりゃ何でも良いんだろ。この前なんか、流行り風邪の新型が現れた理由すらも第二の水アナザーウォーターのせいにしてたよね」

「そ。何でも良いんだが、潜水士ダイバーの事故なんてその中でも直接的だし、格好のネタだ」


「1年半前みたいに第二の水アナザーウォーターの陰謀論が過熱しちゃうのは、あまり良くないですよね」


 入生田いりうだが、またサラッと自然に話に加わった。他の二回生達は、頷き軽く相槌しているものの、話に入り込んではこない。まだまだ恐縮しているようだ。


 何せ、伝説的な存在が目の前に居るのだから。


 その輪に臆することなく入っていく入生田いりうだを内心ヒヤヒヤしながら見ている。


「……入生田いりうだ君は確か……非水没地域出身だったよね? 多分、移住されたんだろうけど……入生田いりうだ君がこういう大学に居て、親御さんとかは大丈夫なの?」

「ま、まあ……でも、本人達がこちらに来るわけではないですからね」

「ウワサじゃ首席の息子の入学式にも来てないらしいよ? ふふふっ……そりゃ、なかなかだぜ」

「お前も何でもかんでもネタにするな、もみじ

「いやいや、ちょっと待て! 今の話の流れ作ったのアンタだろうがっ」

「――で。この墜落事故の原因は、能力喪失じゃないも勿論、有るんだよね」


 少しだけ意趣返しをした気分の結良ゆうらは、もみじを無視して話を進めた。


「お? シカトこいたなコイツ。後で覚えとけよ……確かに、もう1つ墜落の原因になりうるものがある」

「き、危険性空魚……ですね」


 入生田いりうだの後ろから、弱々しく声が聞こえた。声の主は、遠慮がちに挙手もしている。


「君は……酒梨さなせちゃん、だったっけ」

「は、はい。酒梨さなせ香織かおりといいます! 知ってもらえていて光栄です」

「知っているともさ。最近発表した『人の記憶を主食とする危険性空魚の発見と、その生態について』の論文は面白かったよ。よく見つけて、捕獲まで成功したよね」

「よ、読んでいただいてるんですね! 重ねて嬉しいです! まだ捕獲しただけで、食べられてしまった記憶の抽出や回復方法などは、まだまだ研究段階ですが」

「それにしたって大発見だよ」


「――おい、結良ゆうら。初対面でイキナリそんな盛り上がるか? それにイキナリ『ちゃん付け』は良くない。良くない気がするぞ? それともなんだ、結良ゆうらは黒髪ロングで華奢な眼鏡っこが好みか。狙ってんのか。あ?」

「はあ? 何故そうなる? もみじも『ちゃん付け』して欲しいのかい」

「いらねぇわ、気持ち悪い! 記憶を食べる空魚にお前の頭ん中全部食わせるぞ」


 結良ゆうらを一蹴すると、少し黙り、もみじはジッと酒梨さなせを見る。

 足先から頭へ向かって、舐めるように。そして通り過ぎた視線が、胸元に戻る。


「……む。Fいや、まさかのG? そのでか!」

「あ、いえ! 私、一応Bです。クラス3のBです。クラス3Bは、今私だけになってしまったので『学園内唯一』って所で塒ヶ森とやもり先輩とシンパシーを感じています」


 ちょっと次元が違いますが、と付け加えながら真っ直ぐと酒梨さなせが肩をすぼめる。


「ち、違う! ライセンスの話じゃない! そもそもGなんてランク無いだろうが! くそ……その容姿に加えて、ド天然か。全部乗せじゃん」

「いや、待て。このエロガキ。一体、何の話をしているんだ」


 溜息交じりの結良ゆうら


「あ、言問こととい先輩。くだんの空魚を捕まえるなら、幽霊地区ゴーストタウンの辺りが良いと思います。あの辺でしか私も見たことないので」

結良ゆうら酒梨さなせも、うるせぇ! しっちゃかめっちゃかだ。どっちみち迂闊に手を出したら食われるぞ、酒梨さなせには」

「出さないよ。もう、後輩の前でさっきから何なんだ。申し訳ないね、酒梨さなせちゃん。いつもすぐこうやってふざけるんだ、もみじは」

「あ、いえいえ。全然、大丈夫です。それに、私は嫌じゃないです」


「……」

「……」

 

『ちゃん付け』されるのが嫌じゃないという意味なのか、手を出されるのが嫌じゃないという意味なのか、どっちとも取れるように曖昧で、そしてっぽい酒梨さなせの発言に、結良ゆうらもみじは固まった。


 多分、他の二回生の面々も。


「あ、あぁ……そ、そう? そうか、じゃあーまあいっか。なんかーごめんね、酒梨さなせ


 もみじの声は分かりやすく上ずっていた。

 

 そうして、結良ゆうら達の目の前を、何匹かの空魚が悠然と泳ぎ去って行く。


「えっと、取り敢えず、僕らはどうすれば良いですか?」

「おー……入生田いりうだ君、ナイス。良いだった、助かった」


 シャンとし直して結良ゆうらが二回生の方を見る。


「墜落事故の原因調査を依頼したいわけだけど、あくまで大学の課外活動の一環。その範疇を超えることはないと認識してもらって良い。原因の特定や解決を望んでいるというよりは、取っ掛かりを見つけて欲しい。それで合ってるよね、もみじ?」


 もみじは無言のまま頷く。さっきのを珍しく引きずっているようだった。


「この手の事件事故は、時勢柄が土地柄か、誰も本腰入れて調査されないまま有耶無耶になって、そして忘れられていくことが多い。でもそこを拾っていくのが走井はしりい学園の本分。この調査で何か情報が得られれば、こちらの言問ことといもみじ大先輩が、きちんとまとめて上に報告するから」

「……うい、そこは任せなさい……ま、アンタにも手伝わすけどな、結良ゆうら。書類作成とか書類作成とか」

「で、首席の入生田いりうだ君や、空魚のスペシャリストの酒梨さなせちゃん辺りが引っ張てくれればチームとして特に問題無いと思う」


 隊長と副隊長を暗に指名する。同格が多いグループでは、こういう人選はから決めてあげた方がいい。


「…………」


 ただ、もみじは隣で、その人選に若干の違和感を抱いたが……気分の所為かだんまりを決め込んだ。

 そもそも大した違和感でもない気がした。


「俺は基本、引率っていうか後衛で、やり方に口出しするつもりもないし、きっとその必要も無いと思う」


 寧ろ自分から離れていた方が解決に近い筈だ、という台詞はギリギリ心に留めて。


「――とは言っても、危険の判断や管理はこのにさせるから。だから心置き無く、のびのびと自由に、好きなように、諸君らの才能を披露してくれ。それを見るのも、今回の目的の内だからね」


 もみじの言葉に、二回生達は強く頷いた。


 良い自信だ――結良ゆうらはそれを目を細めて、ぼんやりと見た。

 この子達にはこれまで培ってきた努力や実績に、自信と誇りがある。

 『天才』と呼ばれることも少なくない彼らだが、一夕一朝でこの雰囲気は生まれない。


「眩しくて、直視出来ねぇ……」


 結良ゆうらのその呟きは、誰にも気付かれることなく気泡のように消えていった。

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