002
2-1 ある呼び出し
カーテンが無い部屋で、
窓の外を泳ぐ空魚が、朝日をチラチラと乱反射させているその眩さを目覚まし代わりにしている。
目を擦りながら、気怠そうに体を起こしてベッドから降りる。
今日は確か、10月の……23日。
曜日は、月曜日――『また平凡で退屈な1週間の始まりか』と
2・3歩移動しながら机の上のリモコンを手に取り、テレビの電源を入れるとニュースが流れていた。
「…………昨夜20時頃、市内の路地裏で倒れている男性を近隣の住人が発見しました。その後、病院に搬送されましたが死亡が確認されました」
画面に目をやることなく『またか』と
「警察によりますと、男性はクラス4のライセンスの
自称専門家だとかいう胡散臭い男性が「何らかの原因で潜水能力が失われたことが原因だと思うんです」なんて、小学生でもわかるようなことをドヤ顔で宣っていた。
「その何らかが重要なんだろうがよ」
言いながら
「あ、あー。二度寝しようかな……。面倒事に巻き込まれそう」
言うが早いか、ベッドの枕横で充電中のタブレットが、数回震えた。
見なくてもわかった。アイツからの着信はバイブレーションの振動パターンを個別に変えているから。
ツーツーツー、トントントン、ツーツーツーのリズムだ。救難信号――
「呼び出し……だな」
◆◆◆◆◆◆
ただし年齢でいうと四回生の歳。つまり留年の真っただ中ということ。
その他のカリキュラムでは普通に優秀な優等生なのだが。
それでもそのポイントが規定に届いていない……というか0ポイントであれば仕方がないだろう。
同期でよくつるんでいた連中は、あくびをしながら希望の研究室へ配属が決まり、四回生になっていった。
突然、似非の先輩後輩という関係性が生まれた。
そんな先輩の中でも、一番だる絡みしてくるのが
「『30分後に、解析研の部屋まで来なさい。先輩命令だ』……何が……せ、先輩、くそっ」
別にこの呼び出しに律儀に応じる必要も無いのだが、四回生からの正式な依頼だった場合、課外活動ポイントを獲得できる可能性もあるので、雑にも扱えない。
その辺り、よくわかっているのが
「しっかも何で30分後なんだよ、あんにゃろう」
本当に性格が悪い。
――とは言え。それこそ、この時間指定までキッチリ守ってやる必要は皆無だし、
それに、課外活動ポイント以外で足りていない単位は無いので、留年していてもめちゃくちゃ暇なのだ。
スラっと背の高い
そうやって上半身を緩めにする割りに、下はスキニージーンズを履いたりする。
「えっと……」
朝ごはんというものをここ数年摂っていない
大学のキャンパスまで歩いて10分、泳げば3分。
そんな立地のアパートだから、30分の猶予はかなりの温情のように感じてしまった。
きっとそれも
色々と余裕が出来たので、1杯だけ珈琲を飲んでいくことにした。
休日だったら、豆を手挽きミルで挽くところから始めるが、さすがに今日は、カプセルをセットしてボタン1つ押せば済むタイプのマシンを使うことにした。
フワッと珈琲の香りが1LDKを満たすと『きっと珈琲を飲んで来たことさえ指摘されるんだろう』などという
普通にするより、よく冷める気がする。
そうして何となく、そそくさと飲み終えると空のグラスをシンクの中へ置き、蛇口を捻って水を張る。
洗っていく程の時間は無いにしても、せめてこうしておけば後が楽だ。細かいところに育ちの良さが出る
……その育ちの良さが、何処から来ているのか、
「さて、行くか」
玄関のドアを開けると、眼前にはいつものように水。
ほんの一瞬だけ、空魚と
5階建てアパートの5階から。
そして空魚と同じように、空のような水中のような――そんな曖昧な空間を飛泳した。
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