こんな真夜中に何やってるの?

ハスノ アカツキ

こんな真夜中に何やってるの?

 深夜に散歩をしていたときだった。

「ちょっと、君」

 人通りの全くない道を歩いてきただけに、その声だけで全身が竦んでしまう。

 まさか、不審者?

「こんな真夜中に何やってるの」

 ゆっくり振り向くと、怪しむような視線を僕に向ける警察官が立っていた。警察手帳と書かれた表紙を僕に見せる。

「さ、散歩です」

 思わず声が上ずってしまう。

「こんな真夜中に? っていうか、その犬どうしたの」

 警察官は、振り向いた僕の腕に抱かれるものをじろじろと覗き込む。

「ぬいぐるみです」

「真夜中の散歩でぬいぐるみ抱いた筋肉ムキムキの男はさすがにこのまま帰すわけには」

 ぐうの音も出ない。

「君、名前と職業は」

「ヤマダタロウ、そこの本屋で働いています」

「でたらめな名前だけど、身分証明書出して」

「散歩中なので何も持ってないです」

 警察官は僕の全身を上から下まで眺めた。

「財布も? そのポケット膨らんでいるけど、中身出して」

 渋々ポケットの膨らみを全て取り出す。

 ビニール袋が何枚かぐちゃぐちゃの状態で出てきた。

「ビニール袋とぬいぐるみ持って散歩? 怪し過ぎるんだけど、詳しく話聞かせてくれる?」

「それは」

 緊張で腕の中のそれをぎゅっと抱いてしまう。

 きゃん!

 僕も警察官も、一瞬反応できなかった。

「暗くて気付かなかったけど、ぬいぐるみじゃないね」

「そう、です」

 終わった、と思った。

 こうなってしまった以上、言い訳は思い付かない。

 切り抜けられるかと僅かな可能性にかけていたが、やはり無理だった。

「この子、事故で足を悪くしちゃったんです。それでも外の景色を見せたくて毎日散歩をしていたんですが、今日は仕事が遅くなってしまって」

 明日が大人気漫画『アンラッキー7』の最新刊発売日ということで閉店後の作業が長引いてしまったのだ。

「ビニール袋は?」

「排泄物の処理用です」

 警察官は何だか力が抜けたように、大きく溜め息を吐いた。

「どうして最初から言わなかったの。怪しさ満点なことばっかり言って、こっちが怖かったよ」

「すみません、深夜だと不審者に狙われ易いかと思うと怖くて」

「真夜中に散歩する、ぬいぐるみ抱いた筋肉ムキムキ男は狙わないよ」

 呆れたように警察官は笑った。

「すみません、こんな見た目でもビビリなもので」

 そもそも、犬を飼っている時点で経済力が無いわけではないだろう。

 それも治療費のかかる犬なら尚更だ。

 狙われ易い自覚がある以上、どうしても恐怖心が前面に出てしまった。

 少しでも経済力があると思われずに済む言い訳を、言ってしまったのだ。

「まあ真夜中は不審者がうろついてることもあるから心掛けはいいけどね。そんなに怖いなら家まで送ろうか」

「いえ、そこまでご迷惑をおかけするわけには」

 では、と足早に去る。

 すぐそこの角を曲がったところで、駆け出す。

 心臓がバクバクと大きく鳴る。

 角に来る度、曲がる。

 走る、走る、走る。

 どこにいるか、知られないように。

 警察庁と書かれた手帳。

 あれは、ドラマだけだ。

 現実では表紙に何も書かれていないし、本来は表紙ではなく中身を見せる。

 アイツは、本物の警察ではない。

 角を曲がり続け、遠回りで自宅に辿り着いた。

 震える手で鍵を開けると、腕の中からも安心したのか、きゃんきゃん鳴き声が聞こえた。

 部屋に入り鍵を閉めようとし――。


「無事に着いて、良かったね」


 あの男が、扉を。



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こんな真夜中に何やってるの? ハスノ アカツキ @shefiroth7

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