第51話 婚約を迫る者と逃げる者


「……はい?」


「あら、田舎者は耳が遠いのかしら? 私の婚約者になることを許してあげると言ったの」


 ――嫌です。

 寝言は寝て言ってください。


 思わずそんな言葉が口から出かかるが、なんとか堪えた。


 婚約だって?

 俺とクローディアが?


 なんで!?

 意味わからなすぎるだろ!


 ダンプリでは主人公にだって「私の犬におなりなさい」くらいの言い回しだったのに!


「これは命令よ。婚約すると言いなさい」


 いや、マ○マさんかあんたは。

 

 ……一応、一応言っておくと、クローディアもかなりの美少女だ。


 そんな美少女に婚約を迫られれば、嬉し……いややっぱ嬉しくないな。


 婚約なんてしたら、尻に敷かれるどころか靴底で踏まれることになりそう。


「えぇっと……嫌です。お断りします」


「あら、辺境貴族が口答えなんてできるとお思い?」


「っていうか、そもそもなんで”婚約”なんだ?」


「……はぁ?」


「”下僕になれ”とか”犬になれ”とかじゃなくて、婚約させられる意味がわからないってこと」


「……」


 当たり前だが、俺とクローディアはたった今会ったばかり。


 親密度も愛情度も完全に”0”だ。


 にもかかわらず、いきなり婚約だなんて……。


 ショットガンマリッジで殴り込んでくるお父さんも真っ青な超スピード展開だろ。


 おかし過ぎる。


「それに大貴族であり公爵家のご令嬢であるキミが、辺境貴族と結婚なんてできるわけないだろう」


 ベルメール家の子女ともなれば、どこぞのお偉い公爵家の跡取り息子なんかと政略結婚するのが普通。


 まかり間違っても、田舎の辺境貴族と結婚していい身分じゃない。


 そんなの本人が一番わかってるはずだけど――


「……うるさい」


「え」


「うるさいのよ、あなた! 黙って私と婚約してればいいの!」


「あのっ……ちょっと……!?」


「こんな絶世の美少女が、あなたなんかにお願いしてあげてるのよ!? 涙を流して受け入れるべきではなくって!? 本当に、どうして男っていう連中は……どいつもこいつもっ……!」


 顔を真っ赤にして怒りを露わにするクローディア。


 ……ん?


 なんだろう、今の言い方……?


 クローディアって、そんなに”男”に対して恨みとか持ってたっけ……?


 ダンプリでそんな描写なかったような――


「あなたに拒否権はないの! いいから今この場で――ッ!」


 腹に据えかねたクローディアは、俺の顔にビシッと人差し指を突きつける。


 ――その時、


「きゅーん!」


 しつこい!

 と、スピカが彼女の指にガブリと噛みついた。


「――――きぃやあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ――ッ!?」


「ナイスだスピカ! 逃げるぞ!」


 あ、ちなみにスピカには日頃から人に噛みつかないようにきちんと教えてある。


 もし噛む時は優しく噛むんだよ、うふふ……って感じで。


 事実、今の噛みつき方を見ても完全な甘噛み。


 怪我にはならないだろう。


 とはいえドラゴンに嚙みつかれたとあっては、心理的ダメージは壮絶。


 クローディアがパニックを起こしている隙に、俺たちは脱兎の如く逃げ出したのだった。

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