第9話教えてくれよ

 なんなんだ?

 ケーバーは廊下に出ると顔をしかめた。

 下の階が騒がしい。

 確かに馬鹿が多いがそれなりの躾はしていたはずだが。

 そんなことを考えていると、下に確認に行かせたケイタが階段を走り上がってきた。


「け、ケーバーさん! 殴り込み――」


 そう言いかけ、男の喉にナイフが突き立つ。

 そして、男が一人現れた。

 黒の目出し帽に、所々に赤いものをつけた黄色い変なコートの男。


「何もんだ?」


 ケーバーの質問に男は答えず、手に持っていた箱やら肩からかけていた袋を傍らに下ろした。


「女は?」


 男は袋から巨大なレンチを引っ張り出した。

 男の質問にケーバーは答えず、背後のドアを蹴り飛ばす。


「全員やったんか?」


 男は答えない。


「女の連れか? こっちこい」


 顎で奥の扉まで付いてこさせると扉を開けた。


「この女、なかなかの大物おおもんだよ。いつの間にか寝ちまった」


 ケーバーは笑う。


「なんで、ここがわかった? ……須藤さんか?」


 ケーバーはそういうと、ポケットからスマホを取り出し電話をかける。

 出ない。

 それを見て男が口を開いた。


「無駄だ。もういない」


 それを聞いたケーバーの握る手に力が入り、スマホの画面にひびが入る。


「テメェがやったのか?」


「あぁ」


 バキンとスマホが砕けた。


「テメェ! クソが! クソクソクソクソクソクソクソ! クソったれが!!

 なんてことしてくれやがった!!」


 ケーバーが雄叫びをあげた。

 壁が揺れる。


「俺が!! 俺がやりたかったのによぉおおおぉ!!」


 そばにあった棚を引き倒し、ソファを持ち上げ地面に叩きつけ、壁を殴りつけた。


「なぁ、どうやって殺したんだ? 刺したのか? 撃ったのか? 殴ったのか? 窒息めたのか?

 最後なんて言った? 命乞いしたのか? 痛いって言ったか? 泣いてたか? なあ! 教えてくれよ!!」


 ケーバーは涙を流す。


「待ってたんだよ! 須藤さんが俺を信じてくれて、俺のために笑ってくれて!

 もう少しだったんだぜ……

 須藤さんの死ぬ顔を何度も想像して。

 須藤さんの殺し方を何度も想像して。

 はぁ……俺がやりたかったな……」


 ケーバーは涙を拭う。


「あれはお前のオンナか?」


「違う。俺は……ただ……」


「ただ助けたかったのか? かっこいいねぇ」


 男は口ごもる。

 助けたかった……いや、違う。

 それなら、もっとスマートな方法があったはずだ。

 ならば、なぜ。

 なぜあの時仲間を殺した。

 なぜあの時敵を殺した。

 なぜ俺は人を殺した?


 殺しが楽しかったか?

 間違いなく否定できる。それはない。

 なぜだ。


 男は、斎藤は、もう一度目の前の人間をみた。

 190センチをゆうに超えたその身体は、筋肉を押し固めたかのようにでかい。

 斎藤は自分に似ていると思った。

 顔貌、体格、骨格、雰囲気――そういったハードウェアの面ではない。


 心根が、気質が、根性が、性根が、内面のすべてが――そういった人間の中心部分が似ているのだ。

 魂の双子といってもいいかもしれない。

 そして、だからこそ斎藤は確信している。

 目の前の男は、純粋に悪人なのだ。

 そして、斎藤は気がついた。

 なぜ自分が、様々な組織に身を置き、そして何度もやめたのか。

 そして、俺はただただ正義の立場にいたいのだ。

 そこに信念や信仰といった不純なものはいらない。

 自分が確実な正義であることが大事なのだ。


 そして、正義であることを確認するための何をしてもいい道具。

 それを見て、自身の心が高揚することに気がついた。

 斎藤は睾丸を失い、久しく機能していなかった自身のものが勃起していることに気が付き、思わず揉み込む。


「もういいよ。とりあえず、お前の命乞いでも見て気を紛らわせるよ」


 ケーバーが構えた。


「なあ、あんた、名前は?」


 突然名前を聞かれて意を削がれたケーバーは、苦笑する。


「木場だ。須藤さんからはケーバーって呼ばれてたよ」


「そうか」


 斎藤はそういうと、赤い缶箱の栓を開けた。

 ケーバーが不思議そうに眉をひそめる。

 斎藤は顔をほころばせ、その缶箱をケーバーに放った。

 勢いなどない。

 放物線を描き、ゆっくりと飛んだ缶箱をケーバーは思わず抱きとめる。


「何だ?」


 ケーバーは缶から溢れる液体を少し眺め、鼻をスンスンと鳴らす。


「ガソ……リン?」


 そして、目を剥き上に放り投げた。

 ガソリンがケーバーの頭にかかる。

 ケーバーはその場から逃げ出そうとして、目の端で斎藤が持っている物に気がついた。


「やめろ!!」


 斎藤は右手でオイルライターをもて遊ぶと、カチンと蓋を開けた。

 そして、うやうやしくフリントホイールに指をかけ、回す。

 シュボっと火がついた。

 赤い火がケーバーの目を焼く。


「やめろ!」


 ケーバーがもう一度叫んだ。

 こんな決着があってたまるか。

 殴り合いなら、斬り合いなら、撃ち合いなら。

 ふざけろ! こんな方法で――


 斎藤は賽銭でも投げるかのようにオイルライターを投げた。

 そして、コートを被りしゃがみ込む。

 轟音。

 ケーバーの叫び声。


 少しして斎藤は身体を起こし、コートを羽織る。

 ケーバーが暴れている。

 熱さからか、火を消そうとしているのか。


「無理だよ。そっから残った奴はいない」


 斎藤は残ったガソリンを階段にぶちまけると、奥の部屋に行く。

 フミの呼吸を確認――生きている。

 コートで巻くと肩に担ぐ。

 さてと、斎藤は口だけで呟くと近くの窓から脱出した。

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