第8話重量✕遠心力✕硬度=破壊力

 人気ひとけのない場所に建つ雑居ビル。

 人の途切れたその一区画は、治安の悪さを表すかのように看板などがなぎ倒されている。

 この周囲は件の須藤の縄張りで間違いない。

 そして、そのようなことを無視する一つの影。

 斎藤は、雑居ビルの入口を確認していた。


 斎藤の第一の疑念がここにフミが捕らえられているか。

 これは、チンピラ風の男が機嫌悪そうにうろうろしていることで、いると確信できる。

 ならば、ここにプロフェッショナルがいるか、ということが第二の疑念になる。


 それについてはなんとも言えない。

 しかし、確率的に言えばいないだろう。

 歩哨をあの程度に任せるということは人材に余裕がないか、その程度の頭しかないということだ。

 罠ということも考えられるが、それならば望むところである。


 相手がプロフェッショナル、もしくは罠でないならば侵入がバレた時点でフミは殺害されて、敵は逃げ出すことだろう。

 しかし、相手がアマチュア、もしくはこれが罠ならば、侵入者、即ち斎藤を確認し消すまではここにいる。

 斎藤は、そばにあったレンガを片手に男の背後に近寄る。

 男は真後ろにつかれても気が付かない。

 斎藤は、レンガを振り上げ右側頭部に叩き込んだ。

 ゴッと鈍い音が響き男は昏倒した。


 素早く身体検査フリスキングを実施し、懐からバタフライナイフを抜き取った。

 こんなものでもないよりはましである。

 その場にあるものを使うことで痕跡を極力残さないため、斎藤は衣服以外に一つも物を持ってきていない。


 さてと――斎藤は口だけ動かす。

 動きは決めている。

 派手に暴れるのだ。

 フミからできるだけ人を剥がすために。


 斎藤は自身の身体を改める。

 どこ製かもわからない鉄板入りワークシューズに、耐切創のためにアラミド繊維を編み込んだゴム手袋、防炎加工の施された難燃性ポンチョ型アウターにパンツ。

 斎藤は首をコキリと回して目出し帽を深く被る。

 全身ホームセンターで手に入れたコーディネート、合計2万4千円。

 なかなか高くついたな――と苦笑うと、斎藤は男の頭をムンズと掴んだ。

 そして、大きく振りかぶり自動扉のガラスに叩きつける。

 ガシャアンと鳴り響き、全身をズタズタに引き裂かれた男の叫び声がビル内にこだました。


「なんだ?」


 入口に陣取っていた男が立ち上がり、斎藤を視認する。


「あぁん? テメェ何もんだ?」


 それを無視して斎藤は辺りを確認。

 雑居ビルにしては少し広い入口だ。

 すぐ脇にエレベーターと上階へ続く階段が並列してあり、その反対に一階店舗の裏口へ続く扉がある。

 元々は車のカスタムショップのようだが、須藤にビルが占拠され追い出されたのか、営業してる雰囲気はない。


 その探る視線を無視と捉えた男は、苛立ちとともに立ち上がる。

 そして金属バットを肩に担いだ。

 口をひん曲げ唾を吐き捨て、そして何かを言おうと口を開く。

 斎藤はその口にレンガを叩き込んだ。


 ング? と男が目を白黒させる。

 斎藤が引き抜くと赤黒い血と砕けた白い歯片はへんがドロリと流れ出た。

 男は一拍置いて痛みを叫ぶ。

 と、扉からキャップを被った男が顔を出した。


「なんだよ、さっきから――」


 斎藤は歯抜け男の胴にケンカキックを叩き込む。

 それにふっ飛ばされた歯抜け男の身体が、キャップ男にぶつかり部屋に押し込まれた。

 斎藤はその二人を踏み砕きながら店に入る。


 車高を極限まで低くした黒の超高級セダンを中心に背の低いカフェテーブルと革張りのソファがそれぞれ数脚あり、奥にはバーカウンターが設えられた部屋。

 壁にはいくつもの使われた形跡のないきれいな工具が飾られている。

 高級店だったのだろうか、それともオーナーの趣味か。

 なんにせよ、須藤の嫌がらせか何かで奪われたのだろう。


 その中には男が3人いた。

 車そばのソファにウイスキーグラスを傾ける男が1人。

 バーカウンターで下手くそなカクテルを作る男とそれを受け取り飲む男が1人。

 そのうちカクテルを飲んでいた男が慌てて立ち上がる。

 斎藤は男にむかってレンガを投擲。

 男の顔面にぶち当たり、声もなく卒倒し後頭部から倒れ込む。

 そこで、車のそばのソファでウイスキーグラスを持っていた男は懐を探りながら立ち上がった。

 そして、懐から腕を抜く前にウイスキーグラスを斎藤に投げつける。

 斎藤はグラスを躱しながらバーカウンターに滑り込んだ。

 と、バーカウンターにいたカクテル男が逆手で握ったペティナイフを片手に襲ってくる。

 斎藤は左手で受けると、そのまま腕を極めてバーカウンターに顔面を叩きつけた。


 鼻から赤い血飛沫。

 叫び声と一緒に唾飛沫。


 と、ウイスキーグラスの男が拳銃を構えているのを目の端で捉える。

 乾いた発砲音が3発。

 バーカウンターに二箇所、そして、カクテル男の頭に一箇所穴が空いた。

 斎藤は器用に体を入れ替えると、カクテル男の身体を拳銃男に投げ飛ばす。


「しげるぅ!!」


 カクテル男の身体を抱き抱えながら拳銃男の叫び。

 カクテル男が目を覚ましたのか、掴みかかってきた。

 バーカウンターと壁の狭い場所は危険だと、斎藤はバーカウンターを飛び越える。

 カクテル男を投げ捨て、拳銃男が再度斎藤に照準を合わせると発砲。

 斎藤はソファの裏に飛び込むと、身体を隠しながら移動する。

 拳銃男が弾をばら撒き、斎藤の背後で、花瓶や壁が砕けていく。

 ギャアと叫び声が斎藤の耳に届いた。

 跳弾がキャップ男の腹にぶち当たり気絶から目を覚ましたらしい。

 と、そこで、八回目の銃声。

 壁から巨大なトルクレンチが壁から吹き飛びキャップ男の頭に落ちた。

 キャップ男が再気絶するのと同時に斎藤がソファから飛び出す。

 拳銃男が再度引き金を引くが既にホールドオープン弾切れを起こしていることを斎藤は認識していた。

 そして、走りながらテーブルを掴むと、それで左脇腹を殴る。


 重量✕遠心力✕硬度=破壊力


 男の身体がくの字に折れたまま車のフロントガラスにぶち当たり、そのままフロントガラスをぶちまける。


 音がなくなった。

 斎藤は、テーブルをフロントから拳銃男に投げつけると、辺りを確認する。

 使えそうな工具を袋に詰め込みながら歩いていく。


「ん?」


 斎藤はふと赤い金属箱を見つけ足を止めた。

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