第4話男は狼

 斎藤がスミレ園の窓から中を覗くとフミが机に向かってパソコンを叩いていた。

 子供と遊んでるだけかと思っていた斎藤は素直に感心する。

 邪魔をしても良くないかなぁ、と考えているとフミがふと顔をあげた。

 テレビのニュースが気になるようだ。


 テレビに映るのは、先日のバスジャックの件である。

 あのバスジャック犯は強盗だったらしい。

 バスの中で金の配分で揉めて殺し合った――と、警察は結論づけられたはずだが、バス内にいた男女二人の謎のせいでいまだにワイドショーを賑わせている。


 気の小さなフミのことだ。

 出頭しようか、などと無為なことを考えているのだろう。

 しかし、出頭したところで何もできやしないのだからするだけ無駄だ。

 斎藤としても出頭は困る。

 斎藤はその思考を断ち切るべく窓を叩いた。

 フミは顔を向けると、斎藤を見つけ破顔する。


「斎藤さん! また来てくれたんですか?」


「えぇ。今日は休みだったので」


 斎藤はそういって肩から荷物を下ろす。

 ガシャンと中でレンガが音を立てた。


「いつも休みの日にすいません。いいんですか?」


 フミは申し訳なさそうに、斎藤の持っていたカバンを持とうとして、あまりの重さに目を剥く。

 ふーん! と持ち上げようといて失敗しているのを斎藤は、笑う。

 むう、と意地になるのを制して斎藤はカバンをもう一度持ち上げた。


「さて、始めましょうか」


 斎藤がここに来るのは5度目になる。

 初日、妙にスミレ園に在所する小学生の健太とアユに懐かれたのが原因だった。

 もう一度だけ顔を出す、と約束してしまい花壇の修理に来たのがきっかけとなり、斎藤も花壇の状況が気になり始め、結果として無償の手伝い――斎藤はボランティアといっている――が始まった。


「今日はみんな学校ですか?」


 このスミレ園には小学生二人組の他には女子高校生が一人と、女子中学生が二人いる。

 親に捨てられたり、虐待により親から引き離されたり子供たちだ。

 斎藤は小学生二人からは懐かれ、中学生二人からは怯えられ、高校生からはなぜか慕われていた。


「ええ、健太とアユはそろそろ帰ってくるかもしれませんが……」


「なら帰って来る前に始めましょうか。帰ってきたら始める前に終わりになる」


 何度かきているにも関わらず、花壇の修理状況に進展がない。

 今日こそは少しくらい進めたいと、斎藤はシャベルを持つと、花壇とグラウンドの際を掘り始めた。

 ここにレンガを入れるためである。

 しかし、斎藤の意識は園の外にあった。


 ――また来ている。


 バレていないつもりであろうか。

 2度目以降、何度となく視線を感じていた。

 刑事のやるハリコミでもなければ、軍事的訓練を受けた人間が見張っているわけでもない。

 稚拙なそれは、最初はフミがここにいる子供のストーカー――フミを含めここの園にいる人間は見た目がいいのでそう思った――ではなさそうである。

 そういった類の視線には独特の匂いがある。

 特に男の斎藤を見つければ嫉妬に狂い、匂いが強くなるのだが、そうはならない。


 今日も、いつも通りフッと気配が消えた。

 ――何なんだ?

 プロではない。しかし、カタギのものでもない。

 暴力集団? 馬鹿な。

 あいつらは利益と面子以外に興味がない。

 斎藤が思案していると、フミがやってきた。


「斎藤さん、お茶淹れました。一息つきませんか?」


 フミの言葉に斎藤は、顔をあげて園の外に視線を移す。

 気配のあった辺りには誰もいない。

 斎藤は首を回し肩の周りの筋肉をほぐす。


「わかりました。いただきます」


◆◆◆


 スミレ園にほど近い商店街は、このご時世でもそこそこ賑わっている。

 大型のスーパーなどもあるが、それとは少しずつ得意分野をずらした専門店が多く、客を取り合うのではなくうまいこと時流に乗れた結果であった。

 そして、フミはその年季の入った魚屋の前で悩んでいた。


「今日は焼き魚かい?」


 フミの馴染みの女店員が声をかける。


「はい。でもアジ……高くなってませんか?」


燃料も、なんもかんも値上がりしてるからねぇ」


「貧乏施設には辛いです……」


「園長さん、まだ悪いのかい?」


「はい。退院まではもう少しかかるみたいです……」


「スミさんが入院してもう半年。心配だねぇ」


「はい。命には関わらないって話なんですが――」


 フミの言葉を店員が遮る。


「いや、何か変な男連れ込んでるらしいじゃない。大丈夫なの?」


「変な男?」


「そうよ。うちの旦那も心配してるわよ? こんな大男と一緒にいたって」


 店員は身振りで男のサイズを表す。


「あんたポヤ〜っとしてそうだからおばちゃんも心配よ」


 フミは少し悩んでからポンと手を叩く。


「斎藤さんですか? 変な男じゃないですよ!

 園の修繕手助けしてくれるいい人です」


 フミはニコリと返す。


「あんたねぇ、男は狼なのよ? ニコニコ近づいてきてパクッていくチャンスを狙ってるんだから」


「確かにあの人に襲われたら私、逃げ切れませんね」


「笑い事じゃないわよ。治安だって悪いんだから、自分の身くらい守れないとだめよ」


 フミは「わかりました」と軽く流してから、アジを6尾選ぶ。


「あの人は大丈夫ですよ。いい人だし、なんていうか……わかりませんが、大丈夫です」


「はぁ、男どもの心配する気もわかるわ」

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