第2話死んでるのは無理

 簡単な道具の入ったカバンを肩にぶら下げた斎藤は、陽気に話し続ける女の横をついて歩いていく。


「バス亭はもうすぐですよ」


「わかりました。えっと……」


「あ、名前言ってませんでしたね。熊谷です。

 でも、職場じゃフミって呼ばれてます。ぶんって書いてフミです。

 そう呼んでください」


「了解しました。フミさん」


 あの――と、斎藤が話しかけようとしてパトカーがサイレンを鳴らして横を通り過ぎていく。

 そして、その音を聞いたフミはビクリと震えた。


 ――またか。


 そう3度目だ。

 パトカーが行くことも、そのサイレンにフミが反応したことも。


「何かあったんですか?」


 斎藤は何気なく聞いた。

 少し間があってからフミが口を開く。


「えっと……事故でもあったんですかね?」


 何かを隠したな――斎藤は確信する。

 そして、だからどうした。とも思う。

 人間生きてれば、隠したいことの一つや二つあるものだ。

 斎藤も似たようなものである。

 斎藤はそれについて深く問うことはせず、話を変えた。


「このバス亭ですか?」


「はい。まだバスは来て――ちょうど来ましたね」


 少し離れた駅名の書かれたバスが二人の前に停まる。

 乗り込むと運転手以外誰もいなかった。

 斎藤はキョロリと確認して、非常口のある一番後ろの席に座る。

 と、斎藤の予想とは違いフミは斎藤の横に座った。


「良かったですね。座れて。とはいえ、このバスがこの時間混んでるの見たことないですけど」


 フフと、フミが笑う。

 そして、バスが動き出すと口を開いた。

 自分がスミレ園という児童養護施設の職員であることや、そこの園長が入院していて自分しかいないこと。

 だから、戻って来る前に壊れている箇所を直したいこと。

 などなど。


「そうですか」


 間を潰したいのだろうか。

 と、斎藤が余計なことを考えているとバスが急に止まった。

 フミが、キャアと叫び前の座席に体をぶつける。

 斎藤は非常口に手をかけながら前方を確認した。

 運転手は体勢を整えながら怒りの声をあげる。

 その視線がバスの前方出口が移動した。

 そして、そこに現れた男たちがドンドンとドアを叩く。


「あんたたち! 何やってんだ! 危ないだろう!!」


 運転手がドアを開けると男たちに叫ぶ。

 どうやら男たちはバスの前に飛び出したらしい。

 そして、その叫び声など気にした様子もなく男の一人が、ずれたサングラスを直しながら乗り込んできた。


「二人だ。男が一人と女が一人。後は運転手こいつ


 返事もなく3人の男たちが乗り込んでくる。

 でかいボストンバッグを持ったサングラスの男を先頭に、ニット帽の男とでかいマスクの男が続く。

 明らかに目つきがおかしい。

 何かを値踏みするような視線で斎藤とフミを確認する。


「どうする?」


「男は殺せ。運転手は最後まで使う。女は、先に俺だ」


 サングラスの男はそういってボストンバッグを手近の座席に置くと、フミに近づき腕を掴んだ。

 やめて、とフミが叫び逃れようと身をよじるが、それを男は腕力だけで制している。


「どうせ俺が最後か。使えるようにしといてくださいよ。

 アニキと違って死んでるのは無理です」


 マスクの男が皮肉混じりの声を上げると懐から銃を取り出した。

 パン、と乾いた音が響いてフロントガラス上部の運賃表の画面が砕ける。

 ヒィと運転手が叫んだ。


「運転手さん、悪いんだけどこのまま空港に向かってくれる?

 あ、両手はハンドルから下げちゃだめだよ。

 バスくらい運転できるから、あんたが死にたいってなら止めないけど。

 ほら、スピードあげろ」


 バスのスピードがあがる。

 おそらく運転手は半狂乱になっているのだろう。

 どんどんとスピードがあがっていく。


「さてと、とりあえずお前は先に死んでもらう」


 ニット帽の男もまた拳銃を持っていたらしい。

 ニヤニヤと笑いながら斎藤に突きつける。

 それに対して斎藤は、ゆったりと立ち上がった。


「おい、動くな!」


 ニット帽が顔をしかめる。

 しかし斎藤は気にせず前方を指さした。


「カメラがある。あんたら、見られてるぞ。恥ずかしくないのか?」


 サングラスの男が、斎藤の指の先を確認する。

 監視カメラのレンズが乗客席を写していた。

 ニット帽の男は銃口を向け一発。

 ガシャンとカメラが崩れ落ちる。


「これで満足か? 殺される瞬間映ってりゃお前、テレビでスターになれたぜ?

 まあ、そんときゃ天国だけどな」


 サングラスの男の言葉に合わせるように、ニット帽の男の銃口が斎藤を向いた。

 と、フミが動く。

 握られた腕ごと、サングラスの男にしがみついたのだ。


「逃げて!!」


 しかし、その反撃はすぐに阻止される。

 フミは髪を掴まれ投げ飛ばされた。


「女の力でどうこうできるわきゃねぇだろ。バカ女が」


 と、マスクの男がフミに近寄り息を確認する。

 頭をうち気を失っているようだ。


「よかったぁ、生きてますぜ。俺は死体じゃ立たないんですから頼みますって」


「悪かったよ。お前も悪かったな。死ね」


 サングラスの男が、ニット帽の男に指示を出す。

 あい、と曖昧な返事。

 ニット帽の男は斎藤に近寄り、眉間に銃口を突きつける。

 そして、引き金を絞った。

 パンと乾いた発砲音。

 斎藤の頭がザクロのように弾ける――はずであった。


 斎藤の頭がわずかに沈み込み、外れた銃弾がリアガラスを砕く。

 金切り声をあげ降り注ぐガラス片。 

 斎藤はそれを無視してニット帽の男の銃をバレルごと握って捻る。

 男が反射的に2発目を発射しようとするが、スライドが動かない。

 しまった、と男が思考するのと同時に喉輪を受ける。

 ガハッと奇妙なうめき声。

 そのまま喉を掴まれ持ち上げられると、自身が砕いたリアガラスから投げ落とされた。


 と、斎藤は止まらない。

 荷物の入っていた袋をサングラスの男に向かって投げつける。

 それに怯んだ男との距離を一瞬で詰めると顔面にスケールを握り込んだ拳を叩き込んだ。

 容赦なく付きこまれた拳により、サングラスが砕け眼球がズタズタに裂かれる。

 ギャアと男が叫ぶのと同時に発砲音。


 マスクの男が放った銃弾は、斎藤ではなく元サングラスの男に突き刺さった。

 さらに高いギャアの声。

 それを聞き流しながら斎藤は、叫ぶ男をマスクの男に投げつける。

 マスクの男は、反射的にさらに数発発砲する。

 そして、意外なことに止まることなく進撃を始めた。

 叫び声をあげなくなり地面に転がった元サングラスの男の背を踏み砕くと、斎藤に銃口を向ける。

 しかし、構えた右手の甲に斎藤の放ったスケールが突き刺さり照準がずれた。

 斎藤の足元が弾けるが斎藤は止まらない。

 障害を飛び越え一瞬で間合いを詰めると、男の股間に爪先を叩き込む。


 声のない叫び声。

 その後、引き絞るような呼吸音。

 男は銃を取り落とし崩れ落ちる。

 睾丸が砕け、痛みで気絶しそうになる。

 しかし、その痛みは気絶を許さない。

 脳髄を痛みを伝える電流が駆け回る。


 ハヒッハヒッとリズミカルにする呼吸を、今度は頭部の痛みが遮った。

 斎藤が、気絶したサングラスの男とマスクの男の髪を掴んで引きずっている。


「やめ……やめ……」


 マスクの男の声を無視して斎藤は、バス中央部にある搭乗扉を蹴り開けた。

 高速で走るバス内にボウッと風が吹き込む。

 そして、無表情のまま、目を開けないサングラスの男を放り投げた。

 フワッと宙を舞いバスから出た瞬間後ろへ吹き飛んでいく。

 そして、地面を数十メートル転がり停止した。


 「やめ……ごめ……投げないで……」


 マスクの男は懇願する。

 斎藤は、その男をちらりと見た。

 目が合う。

 男は引きつった笑顔を浮かべる。


 ――斎藤さぁん。いつも言ってるじゃん、顔怖いって。


 斎藤は店長の言葉を思い出して笑って見せる。

 そして、投げた。


 斎藤はそれの行き先など気にした様子もなく、車内に視線を戻す。

 フミの胸が上下するのを確認すると、座席の隙間に頭を庇うような姿勢を取らせて押し込んだ。

 そして、男たちの持っていたカバンを開く。

 中には札束が無造作に突っ込まれていた。

 斎藤は気にした様子もなく、カバンを閉めるとそれも扉から放り投げる。 

 そして、いまだ半狂乱に飛ばす運転手に向かった。


「運転手さん。あいつら、よくわかりませんが仲間割れして全員車から落ちましたよ」


「ひぇ? なに? なに?」


 パニックの運転手にスピードを緩める気配がない。

 斎藤は少し考えてから、運転手の横に体をねじ込むと、ブレーキを踏み込んだ。

 キィーとブレーキ音が響き、バスが止まる。


「運転手さん。あいつらは仲間割れして全員バスから落ちてった。

 もう大丈夫だ。ただ女性がケガをした。

 俺は今から病院に連れて行くから、降りるぞ」


 斎藤は、フミを肩に担ぐと先程二人ほど叩き落した扉から出ていった。

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