復讐の刃
王都から全ての声が消え去った。
突然の事に殆どの者達が混乱に陥っている中、事態をすぐに把握し次に起こり得る騒動に備えて動いている人物がいた。
マジカルヤマダ魔法学校の現学校長であるアドルフ・アドマイアだ。
歌声と共に自身の声が失われたことで理由は分からずとも『沈黙の歌姫』の封印が解かれた事を即座に理解した彼は、この後に起こり得る事態に備えて自身が長を務めるマジカルヤマダ魔法学校の宝物庫へと急いだのだった。
そして薄暗い宝物庫の中で、開けた扉から差し込んでくる光を頼りに『状態異常封じの腕輪』を回収した彼がその腕輪を腕に嵌めたその時だった。
突然その光が何者かの影に遮られた。
「?………おぉ、ヘンリーか。すまんのぉ、いくら今が緊急事態じゃからと言って宝物庫に入ることが出来るのは当代の学校長だけという決まりなんじゃ………」
「…………」
宝物庫の入り口に立っていたその人物は、彼の制止の言葉を気に留める様子もなく彼に近づいてくる。
「……ヘンリー?……一体どうし…………ぐうっ?!」
そして実の孫の様に思っているその人物がふらりとぶつかってきたかと思ったその瞬間、ズブリと腹部に何か刃物を刺された感触が。
「…!?お、お主は……まさかっ…!?な、何故生きて…………まさか『沈黙の歌姫』の封印を解いたのは………がふっ……………」
「………………」
今更ながら侵入者の魔力を見てその者の正体に気付いた彼だったが自身の懐に居たその者が離れていくと同時に腹部から夥しい程の血が噴き出した。
「……ぐうっ……何故………お主が……ヘンリーと…同じ顔……」
アドルフは誰よりも目の前の人物が危険である事を知っている。
その女がどうして自身の知っている姿とは違う、孫と瓜二つな見た目をしているのか分からなかったが、此処で自分がこの女の息の根を止めなければならないと身体に力を込めようとするも……もうほとんど力が入らない。
「クッ………………………………」
……そしてその場に倒れ込んだ彼がピクリとも動かなくなったのを確認して、その侵入者は彼の腕に嵌められていた腕輪を外し自身の腕に嵌め直した。
「………老いましたね。昔の貴方なら他者をこんな距離まで近づけさせる事はなかったのに……………後は彼の代わりにあの腕を回収しなければ………」
そしてその者はそうブツブツと呟きながら宝物庫の奥へと姿を消していった。
「くそっ………間に合ってくれ………!!」
ヒサメからヘンリーが今回の事件の首謀者らしき人物を追って『沈黙の歌姫』の下に向かったと聴いた俺は今現在『聖剣デュランダル』を片手にアゾーケントの屋敷に向かっていた。
目的は勿論ヘンリーを連れ戻すためだ。
唯一の家族だったアドルフ先生を殺されたヘンリーの怒りも当然のことだと思う。
だが俺はアドルフ先生が如何に強者であったかを魔法の指導を受けている中で理解していた。
そんな彼を殺せる様な人物にヘンリーが太刀打ち出来るとは思えなかった。
だからクレア先輩達を魔法学校に置いてこうして急いで追いかけているのだ。
『……やっぱり止めておきませんか。もう暫くしたら魔法学校あそこへの襲撃も本格的なものになる筈です。魔法を使えなくなった彼等では一方的に殺されてしまうだけでしょう。現時点で生きているのか死んでいるのか分からない者の捜索を優先してもしも全てを失うようなことがあれば………』
『……ヒサメと約束したんだ。ヘンリーを必ず連れて戻るって……』
確かにララの言う通り魔法という対抗手段を失った彼等では魔道具で武装した襲撃者達にただ一方的にやられてしまうだけだろう。
だが今は魔法学校へと続く唯一の門を特別寮の担任であるシルバーチ先生、魔法生物学のモンストラム先生とその使い魔たち、最後にヒサメの三名と数匹が防衛に当たっている。
そしてそのヒサメが、俺がヘンリーを連れ戻って来るまで必ずこの場を持ち堪えさせてみせると言った。言ってくれた。
それにプラスして、この歌声が聴こえ始めた時にヘンリーとリリィが偶々召喚していたらしい二人の使い魔ワイバーンも校舎を囲う外壁の上を旋回して防衛に加わっているという情報も後押しとなり、こうしてアゾーケントの屋敷に向かう事が出来ている。
彼のその覚悟に応える為にも必ずヘンリーを見つけて連れ戻さなくてはならない………!
『…………』
そうして先輩達から一時的に譲り受けた聖剣を片手に再度貴族街の中を駆け抜け、アゾーケント家の所有する広大な敷地へと足を踏み入れることが出来たのだが…………。
「……一体此処で何があったんだ………」
この国でも有数の権力を持つ一族の……その権力を誇示するが如く巨大な屋敷があった場所、そこには見るも無惨な瓦礫の山が存在していた。
「……ん?あれは……」
その瓦礫の山の中で、遠目ながら一際光り輝くナニカに気がついた。
「あれが……『沈黙の歌姫』……なのか?」
距離が離れていて正確な大きさは分からないが瓦礫の山から立ち昇る炎の灯を反射して黄金に輝く女性を模した彫像……あれが『沈黙の歌姫』ならばあれを無力化することが出来ればこの混乱を収める事も……。
聖剣を握る手に力がこもる。
コレをどうにか出来ればヒサメ達に無理させる事も……
『沈黙の歌姫』に向かって一歩踏み出したその時、
『……アニキの御友人が向こうに倒れています……!』
頭の中に焦ったようなララの声が響いた。
「なんだって……!?」
ララの示した方へ顔を向けると少し離れた場所に倒れている人影が見える。
「っ!?ヘンリー!」
倒れている彼の下まで近付き急いで様子を確認した。
「…………」
「………良かった、呼吸はしている……生きている………」
呼び掛けに対しての反応こそ無かったものの、呼吸をしていることから気を失っているだけだと分かりとりあえずは安心することが出来た。
「……返り討ちにあったのか?」
ここで何があったのかは分からないが、ヘンリーを見つけるという目的は果たした。
とりあえず此処から離脱しようと気絶した彼を抱き起こした時、彼が手に何かを握っている事に気付いた。
「この短剣は………」
彼が気絶しながらも強く握りしめているその短剣には見覚えがある。
ヘンリー達と共に挑んだ初めての『ダンジョン攻略』で、リッチーとの死闘の末手に入れた短剣だ。
確かアドルフ先生がコレに刺された者は魂が消滅してしまうとかそんな説明をしていた筈。
そして危険だからと宝物庫の中で管理されていた筈だが……もしかしてヘンリーは敵討ちのためにそれを持ち出したのだろうか。
『アニキ、今はまず何よりも此処を離れる事を優先しましょう』
「……そうだな、よっ……と」
ヘンリーを背負ったその時だった。
「貴方……声を出す事が出来るんですか?」
背後から突然声を掛けられた。
「………ッ!?」
声を掛けてきた何者かから距離を取りながら後ろを振り向くとそこには………
「……なっ!?ヘンリー……?」
フード付きのローブを身に纏ったその人物の顔は……いま俺が背負っている筈のヘンリーの顔と瓜二つだった。
「ヘンリーとは貴方が背負っているその子の事ですよね?」
「なんで…ヘンリーと似て……」
ヘンリーに兄妹がいるなんて話は聴いたことが無い。
『……あの魔力は』
『何か知っているのか!?』
『アレは……見た目こそあの時とは違いますが……あの魔力に覚えがあります。あの魔法学校を創設した異界人の側にいた人間です。確か名前は………イヴィア………』
『…!?それって………』
魔法学校を創った転生者って…あの『悪滅の雷』に取り憑かれて死んだっていう……!?
彼が生きていたのは数百年も前の事の筈……どうしてそんな昔の人間が!?………それに何よりもあの顔………なんでそんな人がヘンリーと同じ顔をしているんだ……?!
それに彼女はこの歌声の中で言葉を話せるのか…!?
「やけに驚いた顔をしていますね……そんなにその子と私の顔が似ている事が気になりますか?」
「…………っ」
「昔、その子の養祖父に殺されかけた事があったんですよ。その時偶々近くに居たまだ赤ん坊だったその子の中に自身の魂を移す事で生きながらえたんですが……その子の肉体が私の魂に引っ張られる形で成長してしまったみたいですね」
彼女は此方が言葉を返さずとも、まるで講義をするかのように自身とヘンリーが同じ顔をしている理由について説明し始めた。
「なっ!?魂を……?!」
俺がその所業に戦慄していても構わずに彼女は話を続ける。
「先程そんな彼に借りを返しに行ったんですけど……どうやら宝物庫にあった道具を使って私の後を追いかけてきちゃったみたいでですね……無力化させていただきました」
「!?やはりお前がッ………!」
『アニキ!此処はララに任せて離脱する事に専念してください!戦いになればそこに居る御友人も無事ではすみません!』
ララのその言葉と同時に目の前の人物の足元に幾つもの魔法が降り注ぎ、その人物を中心に土煙が立ち上った。
『…地面を狙ったのか?』
『あいつが身に纏っているのは例の異界人が作り出した『魔法を完全無効化するローブ』です。《悪滅の雷》以外の魔法では有効打になりえません。この土煙に紛れて早く此処を離れましょう!』
『……っ、ああ』
『悪滅の雷』に想い人を殺された者………気になることは多いがヘンリーを抱えた今下手な行動は取らないほうがいいだろう。
「……《サイクロン》」
土煙の向こうに見える影を視界に収めながら一歩二歩と後ろに下がっていたのだが突然突風が吹き荒び土煙を全て吹き飛ばした。
「なっ……!?魔法を使えるのか!?」
『……この状況下で声を発していた時点で十分にこの可能性も予測はしてましたが……これならば残された手段は私が……』
「……私を狙わずに地面を………貴方はこのローブの効果を知っているのですか?」
「………っ!」
自身の近くに幾つもの魔法が降り注いだ事を気にも留めていないかのように平然とした態度で此方に話しかけてくるその女が只々不気味だった。
それ以上俺たちに近づくなと聖剣をその者に向かって構える。
「………答えてくれないんですね」
「…………」
警戒を緩める訳にはいかない。
「そうですね………ならば先に貴方が疑問に思っている事に私が答えるのでその後貴方の番という事で如何でしょうか?……まずは、そうですね」
女は一方的にそう言うとローブの中から自身の腕を出してこちらに見せてきた。
「これは『状態異常封じの腕輪』という物で………これを付けているおかげで私はこうして声も出せるし魔法も使えるんですよ」
「!?それが………!」
「おや、興味を持ってくれましたか?なら次はこの騒動についてですが実は私が首謀者なんですよ」
「……!?」
「私の敬愛する方が昔この国の民に魔法の使い方を教える為の教育機関を設けたんです。昔は人々の暮らしがより良くなるようにその門戸を開いていたんですが………最近は同じ国の民を虐げる愚か者達を助長させる場所と化していて…………
腹が立つんですよね。
だから虐げられていた可哀想な人達に特別な武器をプレゼントして、あそこをめちゃくちゃに壊して貰おうと思い立ったんです」
得意げにそう語る彼女だったが俺はその言い分に違和感を感じていた。
好きだった人が創り上げた場所が劣化していく事を憂いてしまうのは理解出来る。だが、その感情の着地点が『その場所を壊そう』になるのは少し行き過ぎている気がする。
普通そんな場所がダメになっていってるのならそれを防ごうとか元に戻そうとする筈だ。しかし彼女は魔法学校そのものに敵意を向けているみたいで……理解出来なかった。
「これで貴方が疑問に思っていそうな事には答える事が出来たと思うのですが……次は改めて此方から質問させていただきますね?
………どうして貴方は彼が私の為に作ってくれたこのローブの効果を知っているのですか?」
「………っ!」
言える訳が無い。
俺の中にいる『悪滅の雷』に教えてもらった。なんて言えば『悪滅の雷』に想い人を殺された彼女は間違いなく此方に襲いかかってくるだろう。
気を失っているヘンリーを抱えている今戦いになれば守り切れる保証が無い。
「……答えてくれないんですね。なら質問を変えます。
貴方から立ち昇るその汚泥の様な色をした魔力に私……とても見覚えがあるんですよ」
「……!?」
不味い……!
そう思ったのも束の間、俺達を取り囲むように現れた幾つもの風の刃が俺たちに襲い掛かってくる!
ヒュンヒュン……ヒュン!
『ララが対処しますっ!』
俺を中心にして現れた無数の風の刃が此方に迫り来る風の刃とぶつかり相殺していく。
パァンパァン……パァン!
「へぇ…!人間の寿命を遥かに越えるほどの時間を己の研鑽に費やしてきた私の魔法を、正面から打ち消せる程の魔法を貴方は使えるのですね……!そんな芸当が出来るのは私と同じぐらい……いや、私以上に永い刻を生きてきた存在しかあり得ない!」
その断言と共に彼女は自身の纏っているローブの中から細身の剣を取り出し此方に襲い掛かってきた。
「うおっ……!?」
ガキィン!!
警戒の為に聖剣を構えていたおかげでなんとか反応する事が出来たのだが、その細身の刀身からは想像つかない程に重い一撃だった。
「お前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前が!!」
「くうっ……!」
一撃を受け止めるだけでも精一杯の剣撃を、彼女は何度も何度も何度も叩きつけてくる。
『くそっ!すみませんアニキ!こいつッ!ララと同じだけの魔法陣を展開出来るのか………ッ!』
その恐ろしい気迫と共に彼女が剣を振るって来る間も、絶えず魔法が此方に向かって射出されている。
ララがそれらの魔法に対処してくれているお陰でなんとか相手の剣撃のみに集中出来てはいるが………このままでは埒が明かない。
何かこの状況を打開できる手を考えなければ……!
「お前をこの世から消す為に私は全てを費やしてきたのだ!この魔法を……この剣技を以って必ずや此処で……!」
そう言いながら彼女は俺の前から跳躍し、空中で自身の纏ってるローブを脱ぎ、それをララが迎撃の為に射出していた火球の一つに被せた。
『しまった……!!』
ローブを被せられた火球は、まるで手品のように消え去り、本来その魔法が迎撃するはずだった火球が俺に迫ってくる。
「くっ!うおおおおおお!!」
聖剣を盾にするように構え、受け止めた。
ドッ!しゅぅぅぅ……
受け止めた火球の勢いで後退しながらもなんとか耐えた。
これがただの剣であったならこの一撃でやられていただろう。
『この聖剣を貸してくれた先輩たちには感謝だな』
「……まさか防がれるとは。私の魔法を受け止めて尚折れないなんてさぞ名のある剣なのでしょうね。貴方が殺した人間から奪った物ですか?ただでさえ超常の存在でありながらそんなモノを持っているなんて狡いと思わないんですか?」
魔法を無効化するというローブをもう一度着込みながらそんな事を言ってくる。
『………やはり、残された手は…これしか……』
『何かあるのか!この状況を打開できる手が!』
『ええ、一つだけあります』
『教えてくれ!俺はどうすればいいんだ!』
『ララをこの場に召喚してアニキは逃げてください』
『!?ララを一人置いて逃げろっていうのか!?』
『それが全・員・生・き・残・れ・る・方・法・です。
奴があのローブを身につけている限り『悪滅の雷(魔法の方)』以外の魔法では動きを止めることすら叶いません。
しかしララがアニキの中からソレを使おうにも、魔法を発動するまでの間アニキの………人間の肉体の強度では奴の魔法による猛攻に耐え切れないでしょう。
だからヤツの攻撃をものともしないララが盾になってアニキ達をこの場から離脱させます』
チラリと背負っているヘンリーを見る。
迷っている時間は無い。さっきの様に決断を迷っているうちにヘンリーに何かあったら俺はきっと自分を決して許せないだろう。
『……ララ、頼めるか』
本当は彼女を盾にする様な真似をしたくはないのだが……
『そう気にしないでください。元々アレが恨んでいるのは『悪滅の雷』……ララです。ならその怒りはアニキでは無くララが受けるのが筋でしょう』
「……ッ来てくれ!ララ!!」
指輪に魔力を込めて叫ぶ。
本当はララの言葉を今すぐに否定してあげたかった。
俺は当時のララのカラダが別の意思によって操られていた事を本人から聴いて知っている。
本当は全ての人にその事を広めたい。だがそれで許されるには『悪滅の雷』はあまりにも多くを殺しすぎていた。
だからせめて俺だけでも側にいると。その罪を背負うつもりならララの存在を周りに黙っている俺も一緒に背負うと。
だが今はそれを実現できる状況でも無ければ、その事を伝える時間も無い。
この戦いが終わったら、改めて彼女にその事を伝えよう。
「……なんですか?突然女の子なんて召喚して………いや、その娘の魔力は!………………そういう事ですか。貴方は寄・生・さ・れ・て・た・側・な・ん・で・す・ね・?・………そしてお前こそが真の……!」
『…………(こくり)』
興奮してる様子の女性を尻目に、ララが力強く頷いてきた。
此処は任せて、行ってください。
「………(コクリ)」
彼女の合図に此方も了解という意味で頷きを返し、彼女に背中を向けて全力で此処から離脱した。
「……おや?剣を持った彼は逃げるんですね」
『………』
「あれ?喋れないんですか?それとも喋りたくないんですか?……まあどっちでも構いません……………………私の事を覚えてますか?」
『…………』
「タナカ様の従者をしていたイヴィアです。……と言ってもいちいち自分が殺した者の事なんて覚えてないですよね」
『…………』
イヴィアが何を言おうとも『悪滅の雷』は表情一つ動かさない。ただ何の感情も読み取れない顔で彼女を見ているだけだ。
「………っ!!死ねっ!!!」
その自分を歯牙にも掛けていないような態度に頭に血が上った様子の彼女は大量の魔法を『悪滅の雷』目掛けて叩きつけた。
………だが、
それらの魔法は『悪滅の雷』の身体に触れた瞬間、吸い込まれるように消えていく。
「……フフッ、そうでした。『悪滅の雷』は魔法を吸収し、だからといって物理的な手段で挑もうにも周りに展開される電磁波のせいで近づく事も叶わない無敵の存在。そんな存在でしたね………ですがっ!」
イヴィアはローブの中からもう一本の剣を取り出し、二刀を構えて切り掛かる。
それに対し『悪滅の雷』は自身の腕を竜の腕へと変化させ、その巨大になった両腕を自分の身を隠す様に交差させた。
「今私は『状態異常封じの腕輪』のお陰で麻痺などせず!対してお前は『沈黙の歌姫』の影響で得意の魔法も使えない!元々魔法学校を破壊するだけのつもりでしたがこんな機会が舞い込んでくるなんて!!」
キィン!キィン!キィン!
硬質な竜の鱗と剣がぶつかり、何度も甲高い音が響き渡る。
そして致命傷こそ避けているものの『悪滅の雷』の腕には小さな傷が少しずつ増えていく。
そして遂にその防御を崩され弾き飛ばされた。
「………その様子だと本当に魔法は使えないようですね。ならやはりこの歌声の中で言葉を発していたあの少年にこの腕輪の様な能力が…?なら何故態々少年の外に……」
イヴィアは後ろを振り返り此処から走り去っていく少年を一瞥した。
「おや、いつの間にかあの少年とは逆の方を向いていたみたいですね………………ん?」
『……………』
「……もしかして、態と私をあの少年と正反対の方に向けたのですか?」
『……………』
「ハハッ、まさかですよね?破壊を撒き散らすことしかできないお前がこんな他者を護ろうとするような行動を取るなんて………違いますよね?」
『…………』
「いや、お前が現れたタイミングで彼は逃げていった。…………………お前が?自分の力が封じられるこの状況で殿しんがりを………?」
『……………………』
悪滅の雷は何も答えない。
「……《フレアボール》」
ものは試しにとイヴィアは自身の恨みの対象とは真逆の方へと炎魔法を飛ばした。
『………!』
『悪滅の雷』は自身の足を獣人のものに変化させ、その自身には絶対に当たるはずのない方向へと飛んでいく火球の下まで駆けた。
そして火球の前へと躍り出た彼女は竜の腕でそれを受け止めたのだった。
竜の腕からはプスプスと煙が上がっている。
「………真反対の方に撃たれた魔法を態々受け止めに行くなんて………やはり。ッ………!!許せない許せない許せない許せない!!」
何かに納得した様子のイヴィアは次の瞬間には恐ろしい様相で激昂していた。
「私から大切なあの方を奪っておいて自分は誰かを護ろうなんて虫のいい話がある訳ないでしょう!!」
イヴィアは大量の魔法陣を展開し、それらを全て逃げていく少年の方へと向けた。
「お前も……!お前が護っているアレも……!必ず殺してやる!」
その言葉と共に射出された幾つもの魔法を、『悪滅の雷』は時に巨大化し、時には様々な者に変化させた手足を用いて、全てを捌き切った。
だがその必死な動きがイヴィアの怒りを増幅させる。
「……絶対に守らせない。フフフフフフフ………。あの少年が背負っているあの私にそっくりな男の子。彼が祖父の仇を取るために私の下に来た時、別に魔法とかそういったもので無力化した訳じゃ無いんですよ」
『……………』
「彼の身体の中には私の魂を入れています。……だからでしょうか。私は彼の身体を意・の・ま・ま・に・操・る・事・が・出・来・る・ん・で・す・」
『……………!!』
初めて『悪滅の雷』の顔に表情が浮かんだ。
「アハハハハッ!初めて顔を青ざめさせましたね!!」
『悪滅の雷』が振り向いた先には、自身を背負っている者に向けて今にも『刺された者の魂を消滅させる短剣』を振り下ろそうとしているヘンリーの姿が。
エデルは走るのに必死でそれに気付いた様子もない。
『………!!!』
ただ駆けた。獣人の脚へと変化させていた自身の足を必死に動かし、一心不乱に駆け抜けた。
そこには『七つの厄災強者』の一つに数えられる存在としての矜持も、余裕も、何も無かった。
先ほどの攻防で変化させた体の各部位を元に戻す余裕もなく、不恰好な姿のまま大切な者の下へと向かっている。
「………これで漸く!」
そして……………
ヘンリーを抱えて走っていると突然後ろから強い力で引っ張られた。
「うおっ……!?」
何者かによってヘンリーが引き剥がされる。
まさかもう追いつかれたのか!?
警戒と共に振り向き、ヘンリーを奪った者の姿を確認した。
「……………へ?」
その光景を見て頭が真っ白になった。
ヘンリーを引き剥がした者の正体はララだった。竜のように巨大化した腕でヘンリーの胴体を掴んでいる。
そこまではいい。
なんで……なんでヘンリーはララの首筋に短剣を突き刺しているんだ………?
「ラッ……ララぁぁぁぁ!!」
ヘンリーを地面に落とし、力が抜けた様子でその場に倒れそうになるララを急いで抱き止める。
「ラ、ララ………ヘンリーがどうして……」
『アニキ……無事ですか………』
「ッ俺は無事だか……ララの首に刺さっているその短剣は……」
『……倒れているアニキの御友人の身体に傷一つ付いてなかった事を…疑問に思うべきでした。まさかこんな物を刺されるなんて』
「その短剣は………魂を消滅させる剣だって前に聴いたけど……本当なのか?ほんもの……なのか?そんなものを刺されてララは大丈夫なのか?」
『……どうやら本物みたい……ッスね。この短剣に刺された部分から魔力が流れこんできます。ララの中で何かの効果が発動しようとしてるみたいッス』
『…………ッ』
そんな………
『そんな顔をしないでください。ただ誰かの大切な者を奪った報いを、その咎を受けただけです』
「違う……!それはララを操っていたやつが受けるべき咎だ!くそっ……駄目だララ。まだ今まで助けてもらった分の恩も返せていないのに……!」
『……そんな事を言わないでください。アニキからは十分に沢山のものを貰いました。まずはララという名前を貰ったことです』
「違う………その名前は………」
パラ・ラ・イズ………麻痺させる者、当時の俺は何も考えずに『悪滅の雷』のイメージから考えた名前を彼女に与えた。
くそっ……今になって後悔してしまう。あの時、『悪滅の雷』とは関係の無い……過去の悪名から取ったものではなく、未来への新たな一歩となるような名前を考えてあげるべきだった。
『それに『悪滅の雷』であるララが誰かに心配されたり……頼りにされるという経験も新鮮なものでした』
「…駄目だ」
『アニキと様々な感情を共有した二年、本当に楽しかったです。『悪滅の雷』には勿体無いほどの幸せな日々でした』
「…………ッ!」
たった二年だ。彼女の人生は誰かに操られていた数千年と俺の中にいた二年のみで構成されていた。
『……もっと言いたいことはありますが……もうあまり時間が残されていません。その前にこれだけは伝えなくては……アニキの御友人の件です』
「……ッ、ヘンリー……どうして…」
今俺の横で気を失って倒れている彼を見る。
『アニキの御友人はあのイヴィアという女にただ操られていただけです。あの者自身にアニキやララへの敵意はありません』
「操られて…!?」
そんなのどうすれば……ならば彼を魔法学校に連れ戻す事は出来な……
『ええ、ですがこれに関してはララがなんとか出来るかも……しれません』
「………え?」
『その為には業腹ながら……ヤツにも協力してもらう必要が……』
『ヤツ……?』
『……このヒトの事を……絶対に……護れ………』
「……!」
何かを呟きながら彼女の身体は空気に溶けるように消えていく。
そしてカランと音を立てて地面に落ちた短剣が、彼女が消えてしまった事を強く物語っていた。
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