復活


 「……アハッ、見ていてくださいましたか!私はとうとう貴方様の仇を討ちました!!あの化け物を!!この世から消し去りましたよ!!」


 いつの間にかこの騒動の首謀者である女性が目の前に立っていた。ララは彼女の事をイヴィアと呼んでいたが………。


 「ララは……ッ彼女は化け物なんかじゃない………!」


 「??何を言っているんですか?今まで沢山の人を殺してきたアレが化け物じゃないなんて……やはりアレが守ろうとするだけあって頭がイかれちゃっているみたいですね」


 「彼女はただ操られていただけだ。彼女を使って破壊を撒き散らしていたのは別の……」


 「そんな妄想話はどうでもいいです。とりあえず……………死んでください!」


 「……!?」


 キィン!


 彼女が放ってきた突然の斬撃を聖剣で咄嗟に受け止める。


 「……アレの方は最後まで大切な者を守り切ったなんて結末許されないでしょう?だからどうか貴方にも死んで欲しいんです」


 「くっ……!うおおおおおっ!」


 きっとララを殺された怒りもあったのだろう。


 両腕に力を込めて鍔迫り合いの状態から彼女を弾き飛ばした。


 「……先程魔力を使いすぎたから剣を使ってみたんですが………近接だと少々危険ですかね………もう一度彼に動いて貰いましょう」


 そう言って彼女が倒れているヘンリーを一瞥すると、それに反応したように彼がムクリと起き上がってきた。


 倒れていたはずの彼はいつの間にかあの短剣を手に持っている。



 「二人がかりでならどうですか?」


 「……………」


 ヘンリーは何かを訴えるような……これから起こる事に恐怖したような眼をして此方に短剣を向けてくる。


 

 逃げてください。



 彼の目はそう訴えていた。


 だが……


 「絶対に見捨てない……!またみんなで集まって…お前の誕生日を祝うんだ……!」


 迫り来る二人に向けて聖剣を構えて応戦の意思を示す。


 ここで逃げる訳には行かない……!ララがヘンリーのことに関しては任せて欲しいと言い残したんだ。


 なら俺はそれを信じていつでもヘンリーを回収出来る範囲にいよう。


 だがそれまでヘンリーに傷一つ付けずに二人の相手を出来るのか………。


 剣を握る指に嵌められた『召喚の指輪』に視線を落とす。


 イリエステルを呼ぶべきか……。


 いや、それは最終手段だ。ヘンリーが相手の支配下にいる以上盾に使われる可能性もある。


 「では改めて……死んでください」

 

 最初に、彼女に操られているヘンリーが短剣を正面に構え突撃してくる。


 あの短剣は危険だ。だがヘンリーは技術もへったくれもなく、ただ一直線に突っ込んでくるだけだ。何とか回避してあの短剣をヘンリーから取り上げなければ……


 「何をするつもりか見え見えですよ」


 俺の行動を読んだのかイヴィアが俺の動きを制限するように俺を魔法陣で囲んだ。


 「しまった……!」

 

 「このまま死になさい…!」


 絶体絶命、そんな時だった。



 ヘンリーの身体がビクンと震えて突然その場に倒れこんだ。



 「なっ、何をした……!?」


 自身が操っていた筈の人物が突然倒れたことに驚いた様子のイヴィアが俺を取り囲んでいた魔法陣から魔法を放とうとし始める。


 しかし………


 ザザッ


 展開されている魔法陣が突然形を歪ませたかと思うと溶けるように消えていった。


 「なっ………魔力が無くなって………」


 魔力が無くなった………?


 いや、そんな事を気にしている場合ではない!


 彼女は戸惑った様子で隙だらけだ。


 今のうちにヘンリーを回収しよう。


 きっとヘンリーが倒れたのはララが何かしたからだ。


 「ヘンリー!今助ける!」


 うつ伏せに倒れたヘンリーに駆け寄り、一先ず彼が待っている短剣を遠くに放り投げた後、仰向けにして状態を確認する。


 「……ぁ………ぁ…………」


 眼球だけ動かし俺を見ている彼は身体も口もうまく動かせないみたいでただ微かな呻き声を発するだけだ。


 「……これは」


 その様相に見覚えがあった。


 アーシン、ギルと共に魔族と戦った時、彼らが運んでいた木箱の中に入れられていた魔族の状態と似ている。


 あの時、あの魔族の中には…………『悪滅の雷』が………。


 「ま、まさか………!」


 俺はララから聴いた話を思い出した。


 『悪滅の雷』は自身を倒した者の魂に寄生し、その者の魔力を吸い上げてそれを糧に復活すると。


 「!?なんで……なんでその子からヤツの……ドス黒い魔力が………突然何故!!」


 イヴィアの狂ったような叫び声が聴こえてくる。


 そこにいるのか………ララ。


 恐る恐るヘンリーの身体に……触れた。


 『……たしの声がきこえますか』


 その瞬間、頭の中に何者かの声が流れてきた。


 『あ、ああ……!!聴こえる。聴こえてるよ……ララ』


 『……それはよかった』


 『良かった!俺はてっきりララが死んでしまったと……』


 『……魔導書である『悪滅の雷』に魂なんてものは存在しませんから。……まあその話は後にしましょう。アニキがこの者に触れている間はこの者の身体を操れるという事にヤツが気づく前に伝えるべき事を伝えなければ』


 『伝えるべき事?』


 『ええ、この者の自由を取り戻す方法です』


 『!?教えてくれ。俺はどうすればいい』



 『先ずは奴の身体の自由を奪わなければなりません。その為にも奴からあの腕輪を引き離してください』



 『腕輪を?』


 『ヤツはこの者の身体の中に自身の魂を入れる事によってこの肉体を操ってました。そしてララは今その魂に寄生して魔力を吸い取ってます』


 『……なるほど、そういう事か』


 ……『状態異常封じの腕輪』。ララが魂に入り込んだ時点で麻痺状態となり本来指一つ動かせなくなっている筈の彼女は、あの腕輪のおかげで今も動けているということ。


 つまり、


 『……彼女の腕から腕輪を外せば良いんだな?』


 『まあ、向こうも素直に外させてくれる事は無いでしょうし、思い切って腕ごと斬り飛ばしてください。その為には先ず---』


 『……分かった。なんとかやってみる』


 自身がやるべき事を理解し、それを実行する為にイヴィアの方へと向き直す。


 「……さっきから魔法を使おうとしても全て不発に終わります。………今、アレは……私の魂に寄生しているんですね。……倒した者の魂に寄生してまた復活するなんて……製作者の正気を疑います」


 イヴィアは先程までの発狂ぶりが嘘だったかのように冷静に現状を把握しているようだ。


 「ああ、だから……諦めてくれ」


 「分かりました。『悪滅の雷』を殺すのは諦めましょう。無駄な事はしない主義なので……それに」


 彼女はやれやれと言ったポーズで手に持っていた剣を地面に落とした。


 そして、


 「直接殺すよりも最も苦しめる方法がありますから……ねッ!」


 「……!」


 その言葉と共に己が脚で落ちていく剣を蹴り飛ばしてきた。


 剣は俺の頭を目掛けて真っ直ぐに飛んでくる。


 そして……


 ガイィン!


 「…………あら残念、どうやらお見通しだったみたいですね」


 彼女の渾身の一撃は俺が振り抜いた聖剣によって弾き飛ばされる。


 「……分かるさ。そう簡単にその感情に諦めがつかないことぐらい」


 ずっと警戒はしていた。


 だからさっきの一撃にも反応することが出来た。


 しかし、まさかこの局面で剣を一本蹴り飛ばしてくるなんて……


 「おや?私が剣を一本無駄にしたのがそんなに意外ですか?別に不思議ではないでしょう?貴方に残された唯一の勝ち筋を考えたら」


 彼女は右手に持った剣を此方に突きつけながら腕輪を嵌めた左腕をローブの中に隠し、そのまま左半身を俺から隠すような構えをとった。


 ……どうやらこちらの狙いはバレているようだ。


 「こうするには二本は邪魔だったので。……それでは改めて………死んでください!」


 彼女がこちらに突っ込んでくる。


 「ソレが滅びる事が無いというのならそれに応じた苦しみを与えるだけです!護りたい者を護れなかった苦しみと共に永遠を生きるがいい……!」


 それに対して俺は聖剣を上に掲げるように振り上げ、そのままの姿勢で奴に飛び掛かった。


 「はあああっ!!」


 「フフフッ!有り難いですね!態々自分から殺されにくるなんて!!」


 逃げ場のない上空へと跳び上がり、正面への防御を捨てたように剣を上段に構えているこの状態は側から見れば隙だらけであろう。


 イヴィアも俺の行動を嘲笑うかのように自身の持つ剣をその無防備な心臓目掛けて突き出してくる。


 「死ねぇぇぇっ!!」


 イヴィアの顔は勝利を確信している。


 だがそれが狙いだった。



 「来てくれ!イリエステルっ!!」



 バサァ


 翼の羽ばたく音と共に背後から誰かに抱きしめられる。


 「なっ!?……紅い……翼」


 そしてイヴィアの渾身の突きはただ空を切るだけに終わった。


 彼女が驚くのも当然だ。本来空中に跳び上がった人間はそこから更に別の方向へ動くということは出来ない。


 彼女はただその場に剣を構えているだけで俺が自ら刺さりに来る筈だった。


 しかし俺には空中での移動を可能とする心強い味方が居る。


 彼女の力を借りて奴の真上へと位置取り、そのまま奴の左肩目掛けて剣を振り下ろした。


 「うおおおおおおっ!!」


 「しまっ………!」


 ザンッ!!

 

 気迫と共に放たれた斬撃が、ローブごと彼女の腕を斬り飛ばす。


 「っ!……………ぁがっ!?」


 そして………腕輪の効果を失ってしまった彼女の身体は先程のヘンリーと同じように地面に倒れ込んでいったのだった。


 「……助かったよイリエステル。だけど頬擦りする必要は……恥ずかしいから辞めてくれ」


 今現在、俺は背後からイリエステルに抱きつかれ、お互いの頬をくっつけているという状態だ。


 「これは仕方のない事。この頬を離すと私の呪いが発動してしまう」


 先程空中でイリエステルに持ち上げてもらった時、俺はしっかりと服を着ていた。


 だからイリエステルがその呪いを発動させない為にはお互いの頭を接触させておくしかなかったのだ。


 本当はイリエステルを呼ぶ前に服を脱いだり破り捨てたりする隙があれば良かったのだが、残念ながらイヴィアはそんな隙を見せてはくれなかった。


 「今は手が空いているから!ほら!こっちを握ってくれ……!」


 彼女に手を差し出したのだが……彼女はそれを断った。


 「……いい、この後戻ってやらなければならないことがあるから」


 「やらなければいけない事?」


 「あの虫の……墓を作ってあげようと思う」


 「む、虫………」


 確かイリエステルがそう呼んでいるのは………


 「あー、イリエステル……水晶で見てたんだと思うが実はララは」


 シュン


 俺が最後まで言い終わるより先に彼女は姿を消した。


 「ちょっ!?話を最後まで聴いてくれよ!」


 ……まあいい、後であの家に帰った時に訂正すればいいか。


 今はヘンリーの所に戻って次の段取りを聞くことが最優先だ。







 そしてヘンリーのところへと戻り、その体に触れる。


 『この後どうすればいいんだ?』


 『この者と奴の身体を接触させてください。そしたらそこからララが今掴んでいるあの者の魂ごと奴の中に移動するッスから』


 『それでヘンリーは自由になれるんだな?』


 『はい。……ただ、その後の奴の処遇はどうするつもりですか?…‥生かしておくと必ずまたアニキの命を狙ってきます。奴が命尽きるまでこのままこの魂に寄生しておきましょうか?』


 『……それはやめておこう。ララに恨みを持った者の魂に住むのはきついんだろう?とりあえずあのローブだけ回収させてもらって……この騒動の被害者達の事を考えるなら騎士団に引き渡せれば良いんだが………今は先ずヘンリーのことを優先しよ…………………………………………え?』




 ララと話していると突然、歌声が消えた。




 ラジカセの停止ボタンを押したように、ピタッと歌声が止まったのだ。




 『……っアニキ!『沈黙の歌姫』の近くに誰か居ます!』


 『何っ……!?』


 ララの言葉につられて『沈黙の歌姫』のあった場所の方に顔を向けると、確かにそこには誰かが立っていた。


 遠目ではその人物が男であるという事ぐらいしか分からない。


 彼が『沈黙の歌姫』に何かをしたのだろうか?


 そう疑問に思いながら見ていると突然その男の姿が消えた。


 (消えた……!?)


 男が突然姿を消した事に驚き周りを見回すと、その者は倒れているイヴィアの近くに座り込み、ローブの中を何かを探すようにまさぐっていた。


 いつの間に……!


 しばらくすると男はローブの中から何かを取り出し、それを自身の懐に仕舞い込んだ。


 ………あれは、人間の…腕?

 

 そしてその腕を自分の懐へと仕舞い込んだその男は続くようにイヴィアの胸目掛けて短剣を突き刺した。


 ……あれは!さっき俺が投げ捨てた『魂を消滅させる短剣』?!


 「………カハッ」


 『アニキ……あの女の魂が……消滅しました』


 『なっ……!?』


 「お前!一体何をして……!」


 剣を構えてその突然現れた謎の男に近づく。



 「いやー、助かったよ。折角この女に『腕』を回収させたところまでは良かったんだけど……その後この女からどうやって奪おうか悩んでいたんだよね」


 

 男はそう言いながら立ち上がり、こちらにその顔を見せてくる。


 「………………っ!?うわあああああっ!!」


 その顔を見た瞬間、俺はそいつの首を刎ねるように剣を横に薙いでいた。


 「おっと、折角帰る為の手段を手に入れたのに傷つけないでくれよ」


 男はその斬撃を後ろに回避し、特に焦った様子も無くそう言ってくる。


 「なんで……この世界に…………」


 その男の顔には見覚えがあった。


 いや、忘れるはずがない。


 あいつを虐めて……孤立させていた者達のうちの一人。


 「この世界?……………あ!お前あれだろ?俺達があいつで遊んでいるところを撮ってネットに流したあいつの友人……いや、隣人だったっけ?それまで見て見ぬふりしてたくせに急にあんなことするなんて……そんなにバズりたかったのか?」


 「……ッッ!!ふざけるなァァ!!」


 さっきのように回避はさせない。


 片手で奴の胸ぐらをしっかりと掴み、もう片方の手で握った剣をその顔面に向けて突き刺そうとした。


 しかし、その瞬間奴が嵌めている指輪が輝き、その姿を消し去った。


 ……『転移の指輪』。


 逃げられた。


 ……なんでヤツがこの世界に。


 まさかあいつを孤立させていた奴等の行方をどうやっても見つけ出せなかったのは……この世界に来ていたからか?


 一体何故……。


 ……いや、理由なんてどうでもいい。


 ただ奴らがこの同じ世界に居るのなら……













 殺さなきゃ















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