嫌われる覚悟


 時は王都が歌声に包まれる直前まで巻き戻る。


 「……本当に『沈黙の歌姫』を再度封印する事が可能なんだな?」


 「ええ、貴方が心配する必要はありません。それで封印を解いた後の段取りは整っているんですか?」


 「ああ、歌声が聴こえたら襲撃する様に命じている」


 アゾーケント家の屋敷の中にユリウスが生まれるよりもずっと前から存在している『絶対に開けてはならない扉』、その強い存在感を放つ扉の前に女とユリウスは立っていた。


 「ならその人達も今か今かと待っているでしょうしササッと封印を解いてしまいましょう」


 「………ああ」


 そう短く返事をしてユリウスは『絶対に開けてはならない扉』のドアへと両手を伸ばし……暫しの逡巡を見せた後、意を決した様に扉を押した。


 「これでようやくッ………!」


 ズズズズズッ


 そうして重苦しい音を鳴らしながら開かれた扉の先には……もう一つの扉が存在していた。


 「………これは……また扉?」


 


 「………その扉こそが真の封印の扉だ」




 扉を開けた先に存在したもう一つの扉、その扉を見て戸惑いの表情を浮かべている二人に背後から話しかける人物がいた。


 「………ち、父上………何故此処に……今日は登城する予定だったのでは……」


 「その扉に近づく者が居ると報告を受けたので戻ってきたのだ」


 自身の指に嵌めた『転移の指輪』を見せながらそう言ってきたのはユリウスの父、この国の大臣でもあるマルシス・アゾーケントその人だった。


 「……それで、お前はそこで何をしている。そこのフードを被った女は何者だ?この通り嘘を暴く為の魔道具を持ってきている。正直に話せ」


 彼は自身の右手に持った『嘘に反応して音の鳴る鐘』を二人に見せつけながらそう言った。


 「父上……これは………」


 「……二重の扉に、報告を受けてすぐに戻ってくるその焦りよう。貴方がこの世界の誰よりも『厄災』に怯えているというのは事前の調査で知っていたつもりですが……どうやら想像以上みたいですね」


 「……私を調査だと?」


 「ええ、貴方が『厄災』を恐れるあまり自国の年若い娘達を誘拐して神聖国に流していたことも知っています。可哀想ですよねぇ、全ての記憶を消されて一生を剣の管理の為に捧げさせられるなんて……」


 「なっ!?父上がそんなことをするはずが………」


 「それはこの世界の人々の為。彼女達は人類が存続する為の必要な犠牲だ」


 「本来法力を持つ者が一人いれば『石侵食の剣』の管理は出来るのに?実際に貴方が手駒として使っていた自分を魔族だと勘違いしていた男が、どこぞの冒険者に討伐されて少女の供給が止まった後に神聖国は少女を一人創り出して、今はその子に管理させる準備をしているそうじゃ無いですか」


 「もしそうして創り出された者の身に何かあればどうする。何事にも保険は必要だ」


 「だとしてもあれは過剰な供給です……………ところでまだ私に対して行動を起こさないんですか?」


 「………なに?」


 「私が御子息を唆して此処を開けさせようとしていた事は既に察しているんでしょう?どうして私に攻撃してこないんですか?」


 「…………」


 「やっぱりあれです?自分の息子を巻き込むかもしれないから下手に攻撃出来ないとかそういう感じのやつでしょうか。なら、人質として有効そうですね」


 女がそう言いながらユリウスの方へ手を伸ばそうとするのと同時に、マルシスの周りに魔法陣が展開された。


 「だっ、ダメです父上!この女の外套は……ッ!」


 ユリウスの制止の声も間に合わずに放たれた幾つもの氷塊が、女の纏っている外套に触れた途端に霧散し消える。


 「なっ!?」


 「その反応……親子でそっくりですね。では次はこちらの番ですね」


 女は魔法陣を展開することも無く、ただその場で指を鳴らした。


 「ぐうっ……!?………Zzz」


 「父上……!」


 「安心してください。魔法で眠ってもらっただけです。………それじゃあ改めて扉を開けましょうか!」


 「……やっぱりこんなこと止めよう」


 「……はい?」

 

 「……父上に申し訳無い」


 「突然ですけど、先程私が貴方の父上が女性を誘拐して神聖国に流していたと言ってたじゃないですか」


 「……それがどうした。俺も今初めて聴いたことだが掃いて捨てるほどいる平民達の命で『厄災』の一つが封じられるなら悪い事じゃないだろう」


 「ところで貴方が想いを寄せている彼女が魔法学校を辞める理由って知ってます?」


 「………知るわけ……ないだろう」


 「実は彼女の妹君は今、次代の『石護の聖女』を管理する為の施設にいます」


 「……なに?そんなことあり得ない。あいつの妹って事は……マクスウェル家の人間の筈だ。父上が貴族まで誘拐させるなんてあり得ない」


 「知らないんですか?誘拐された娘達の中にはこの国で貴族という身分に該当する娘もいた事を…」


 「………な」


 「彼女は最近妹の行方を知って、だから神聖国に向かう為に魔法学校を辞めるのです」


 「…………そんなこと、嘘に決まってる!」


 ユリウスはチラリと眠っている父親の持っている魔道具を一瞥した。


 「……なんで……なんで鐘が鳴ってないんだ……!」


 「私が言ってることが全て事実だからです。


 貴方の父親がこの国から若い娘を攫って神聖国に流していたことも、


 流された娘達は記憶を消されて『石護の聖女』としてその一生を消費させられていることも、


 貴方が想いを寄せている彼女の大切な妹が現在、次代の『石護の聖女』の調整を行なっている施設にいることも」


 「………ッ」


 「果たして彼女は貴方を選んでくれるでしょうか?自分と大切な家族を引き離した組織に手を貸しているアゾーケント家の方と比べたら……魔力の色がドス黒いなんて些細な問題ですよね」


 「……その事を知られなければいいだろう」


 「そうですね。知られなければアゾーケント家はただの名家……選ばれる理由にはなっても選ばれない理由にはならないでしょう。……でもどこかの親切な女性が彼女に真実を教えるかもしれません」


 「なっ……貴様っ!」


 「これは困りましたね……親切な女性は貴方が此処の扉を開かない限り貴方の周りを彷徨き続けるでしょう……


残された手段は一つしかありませんね



「………クソッ」












 そんな出来事から数分後、エデルの視点に巻き戻す。




 「あー、クソッ……!」


 近くで倒れている騎士の格好をした者から剣を拝借し、急いでクレア先輩の後を追った。



 「クレア先輩!」


 焦った様子で自宅の方へ向かっている彼女に追いつき、腕を掴んだ。


 「ヒッ……!あっ…ジョンさんでしたか」


 「一人では危険です。俺も付いていきます」


 先ほどの騎士達と同じく、まるでこうなる事が事前に分かっていたかの様に歌声と共に貴族街を襲撃し始めた者達。


 今は貴族街の至る所からその者たちと貴族の抱える私兵達の戦闘音が聴こえてきている。


 この手を離せば魔法も使えなくなる状態で、一人で行動するには危険すぎる状況だ。


 「………おねがいします」


 「それでは、急ぎましょう」


 不安そうにしている先輩の手を引いて、貴族街を駆け抜けた。







 そうしてバルスブルグ家の屋敷に向かっているのだが、どこまで進んでも周りから聴こえてくる戦いの音が止むことは無かった。


 「……ジョンさん、既に恩義ある身でこんなことを頼むなんて恥知らずだと思われるかもしれませんが……もし私の家族がこの事態に巻き込まれていたら……っ助けてください………お願いします」


 俺も彼女も心の何処かで、屋敷に近づくにつれてこの騒動の音が遠ざかっていくんじゃないかと心のどこかで期待していた。


 しかし現実はコレで……彼女が不安に思うのは当然だ。


 「……分かりました……もし先輩の家族に危機が迫っていたら……必ず助けます」


 少しでもそんな不安が頭から離れるように、少しでも安心出来るようにそう強気な言葉を口にした。








 そんなやり取りの後、特に妨害などされる事もないままバルスブルグ家の屋敷に辿り着いたのだが……。


 「これは……」


 バルスブルグ家の屋敷の前には多くの人が倒れていて、地面や屋敷の壁の傷からもそこで激しい戦いが行われていたというのが見てとれた。

 

 「そんな……」


 「……ッ」


 そして何より焦りを覚えたのは屋敷の扉が無惨に壊されていることだ。


 もう屋敷の中まで……!


 「母上……!パルマー、アーロン……!」


 その光景を見て彼女も最悪の光景が頭を過ってしまったのだろう。此方が動くよりも先にその壊された扉から屋敷の中に飛び込んで行った。


 「待っ……!」


 急いで彼女の後を追った。


 彼女の気持ちも分かるがあの扉を見れば屋敷の中に既に襲撃者達が入り込んでいるだろう事は予測できる。


 そんな中に魔法も使えなくなっている状態で飛び込むなんて自殺行為だ。



 なんとか屋敷に入ってすぐのホールの所で彼女を捕まえる事が出来たのだが、そこに広がっている光景は酷いものだった。


 この屋敷に仕えていたであろう者、この屋敷を襲撃したであろう者、武装した様々な格好をした者達の死体が辺り一面に転がっている。


 「……確かあそこの部屋の中にクローゼットがありましたよね。先輩はその中に隠れていてください」


 「なっ……でも私の家族が……!!」


 「俺を信じてください。お願いします」


 先輩が家族を思う気持ちも分かるが、先輩を護りながらだと動きがかなり制限される。


 そうなったら助けられるものも助けられなくなるかもしれない。


 「………分かりました」


 「……助かります。先ずは俺が先にあの部屋に入って安全を確認してくるので後ろに居てください」


 「………(コクリ)」


 そうして先輩より先に部屋に入り、中に敵が居ない事を確認した後にクローゼットの中に隠れてもらった。




 そして、その後すぐにアルマさん達の名前を呼び掛けながら屋敷の一階を一通り探し回ったのだが、それらしい姿を見つけることはできなかった。


 ……もしかしたらアルマさん達は既にこの屋敷から脱出しているのかもしれない。


 『一階はこの部屋で最後だ。この部屋を見たら次は二階に行ってみ』


 『アニキ!!その扉の向こうから人間の気配がします!!あの者の血縁では無さそうです!』


 『……分かった』


 襲撃者か、この屋敷に仕えていた人か……警戒しながらその扉を開ける。


 ……すると


 ブォン!


 「……うおっ!?」


 目の前を鉈が掠める。


 警戒せずにこの部屋に入っていたら大変なことになっていたかもしれない。


 バクバクと鳴る心臓を落ち着かせながら改めて部屋の中へ目を向けると、部屋の中には鉈を持った男が一人立っていた。


 服装を見る限り襲撃者側の人間だろう。


 『コイツっ……!よくもアニキにっ!!』


 男を囲むように数々の魔法陣が展開され始める。


 『待ってくれララ!この男には聞きたいことが沢山ある!こいつの動きだけ封じることは出来るか?』


 『え?……ええ、可能ッス』


 ララのその言葉と共に男の身体が氷で覆われた。


 首から下を氷で覆われ、身動きの取れなくなっている男の首に手を当て、先輩の家族について聞き出そうとした。


 「この家に居た人達をどうした……!」


 「……!?なんで魔法がッ!?あの女!騙しやがったのか!!歌声が聴こえてきたら貴族の奴らが魔法を使えなくなるんじゃなかったのか!」


 男はこちらの質問には答えず、何者かへの怒りをただ吐き出すだけであった。


 『……ララも事態を把握しておきたいですね。アニキ、そのままその男に触れていてください』


 ララがそう言ってきた次の瞬間、身体の中から何かが抜け出る感覚が、そしてそれから数秒ほどで再度身体の中に何かが入り込んでくる感覚が。


 『おえっ……やっぱりアニキ以外の中は不快ッスね。でもコイツの記憶を読んで今何が起こっているのかだいたい分かったッスよ』


 『本当か……!ッいや、今は先輩の家族の安否についてが先だ。何か分かったか?』


 『コイツらはこの屋敷に入り込んだ後、母親の方しか発見できていないみたいです。そして現在コイツはそれ以外のここの住人が居ないか一階を探し回っていたみたいッスね』


 『母親の方……アルマさんか!?』


 『ええ、こいつの仲間達が少し前に二階に逃げていった母親を追いかけて行ったようです』


 『二階か………!階段のところに戻ろう!』



 



 そして…


 バタッ……ドタドタドタッ


 二階へと続く階段を上がるにつれて、何処からか激しい物音が聴こえてくる。


 ……!!向こうか……!


 音の聴こえてくる方を目指して、そこら中に襲撃者の死体が転がっている廊下を走り抜けた。


 そして音の発生源と思われる部屋の中でアルマさんを発見する事が出来た。


 彼女は息も絶え絶えと言った様子でその場に座り込み、例の聖剣を握っている手は地面にだらんと垂れ下がっている。


 そして……彼女の目の前には今にも上に掲げた斧を振り下ろそうとしている襲撃者の姿が……



 「……!?危ないッ……!!」



 ゴスッ!!


 反射的にその男に飛びかかり横合いから殴りつけた。


 「………!?」


 意識の外から突然殴られた男は勢いよく吹き飛び壁に激突し………そのままズルズルとその場に倒れ込んだ。


 どうやら気を失った様だ。




 「……間に合ってよかった」




 男が起き上がってこない事を確認した俺はアルマさんの前に膝をつき、先輩の弟達の行方を聞き出すためにその手に触れた。


 「…………………………………」


 しかしアルマさんは此方を呆然と見上げるだけで何の反応も示さない。


 ……もしかして襲撃してきた者達に何かされたのか?


 よく見ると顔が紅い気がする。


 「あの……」


 「………あぇっ!?ジョ、ジョン君!?」


 その反応を示さない様相に疑問を感じているとアルマさんは突然意識を取り戻したかの様に取り乱していた。


 無理もない。先程まで殺されそうになっていたのだ。


 「………………こほん………えーっと……ジョン君はどうして此処に?」


 「偶々この歌声が聴こえ始めた時にクレアさんと一緒に居て……」


 「………娘と?」


 「え?はい……今は下の階に隠れてもらってます。それでアーロン君達の姿が見当たりませんが……」


 「そ、外の騒ぎが聴こえてきてすぐに二人には隠れてもらいました。場所は一階の……」


 アルマさんから子供達の隠れている場所を聴き出し、そこに急いだ。





 

 そして彼女と共に一階に降り、先輩の弟達を隠れさせたという部屋に向かった。


 「この暖炉の中に……」


 アルマさんはその部屋に入ると迷う事なく備え付けられている暖炉の方へと向かい、その中に手を伸ばして何かを引っ張る動作をした。


 すると突然、鎖の擦れる音と共に暖炉の横の壁が扉の様に開いたのだった。


 「……隠し扉?」


 「はい、この歌声が聴こえてきて……念の為に子供たちを此処に隠れさせたんです。……パルマー、アーロン……!」


 アルマさんがその隠し扉の向こうに呼び掛けると中から二人が姿を現した。


 「「…………!!」」


 二人はアルマさんの姿を確認すると一目散に駆け寄り、その無事を確認するかのように抱きついた。


 ……良かった。少なくとも先輩の家族は全員無事だったようだ。


 この屋敷の扉が壊されていた時はどうなることかと思っていたが、最悪の報告はしなくても済みそうだ。




 抱き合ってお互いの無事を喜んでいるアルマさん達を一旦放置して、先輩を隠れさせているクローゼットの部屋へと向かった。


 そして先輩に家族が無事であった事を伝えて合流してもらい、その後改めてお互いの無事を確かめ合っている彼等を眺めながらララと今後の方針について考えていた。


 『さっきアレの頭を覗いた限りでは今此処を襲撃している者達の次の標的はどうやら魔法学校みたいッス』


 『なんだって!?魔法学校にはヘンリー達が………ッ急いで『沈黙の歌姫』をなんとかしないと…‥!先輩達にはその間そこの隠し扉の向こうに隠れていてもらうべきか……』


 『いや、ララ達には『沈黙の歌姫』をどうにもする事も出来ません。だからそこの者達や魔法学校にいるアニキの御友人達を連れてこの王都から一度離れましょう』


 『どうにも……って、本当に何も出来ないのか?『沈黙の歌姫』の影響を受けない俺や強力な魔法が使えるララだからこそ出来る何かがあるんじゃないのか?』


 仮にヒサメ達やレフィアちゃんを連れて王都から脱出するとなれば……今襲われている人達を見捨てる事になってしまう。


 こんな惨状を見てしまった以上見て見ぬ振りは出来ない。


 『……アニキがこの世界に来る前の記憶を見たから知っています。愚か者どもの悪事の証拠をカメラ?に残す為に見て見ぬふりをした事をずっと後悔していることを。……でもそれでアニキにとって大切な人達が死んだ時……アニキは後悔しませんか?』


 『………っ』


 『だからやりたくは無いでしょうが今は他者の命に優先順位を付けて行動しましょう。もう一度言いますが『沈黙の歌姫』を相手にララ達が出来ることはありません……』


 『………………………ッ分かった。急いで魔法学校に向かおう』


 ララと話し合って決めた今後の方針をクレア先輩達に説明して、先ずはヒサメ達と合流する為に魔法学校まで着いてきてもらうことにした。


 







 …………それにしても先ほどララが、俺たちに『沈黙の歌姫』をどうこうするのは無理だと言っていたが………少しだけ違和感を感じる。


 言い伝えが正しければ『沈黙の歌姫』はこの世界に突然現れたかと思えばすぐに異界人(転生者)の手によって封印され、今日までその封印が解かれたことも無かったはずだ。


 だからララは『沈黙の歌姫』を見たことも無い筈。

 

 しかしララは俺たちに『沈黙の歌姫』の対処は無理だと断・言・し・た・。


 普通なら見たこともないものについて聞かれたら「分からない」と答えるだろう。


 ………だがララは見たことも無いはずの『沈黙の歌姫』への対処について「無理」と断言したのだ。


 そこが少し…引っかかった。


 『…………』


 





 この時、その違和感について詳しくララに訊いておくべきだった。













 それから暫く経ってからのことだ。


 先輩たちと共に襲撃者達の目を掻い潜りながら魔法学校を目指していると、その道中にどうしても無視することの出来ない光景を捉えた。


 「あれは……!?」


 子供だ。


 仕立ての良い服に身を包んだ裕福そうな男の子を武器を手にした大人達が壁に追い詰めている。


 とてもじゃ無いが《この危険な状況の中で子供を保護しようとしている大人達》には見えなかった。


 「…!?何をしているんだ!!」


 その子供の身に危険が迫っている事は誰が見ても明らかだ。


 俺は一人物陰から飛び出て、その子供を助けに向かった。


 だが、



 「………カフッ」



 間に合わなかった。


 俺が奴の下まで辿り着くより先に男の持った短剣が子供の喉を切り裂いた。


 「……!?しまった!……このッ!!」


 襲撃者達を蹴散らして急いで子供の下に駆け寄った。


 『ララっ!回復魔法を!!はやく!!』


 「……カヒューっ………カヒューっ」


 俺は……彼女の回復魔法ならこんな状態からでもどうにか出来ることを知っている。


 だから急いでこの俺の腕の中で今にも死んでしまいそうな子供を助ける様に頼み込んだ


 しかし……




 『……嫌です』




 「…………………なんだって?」


 返ってきたのは拒否の言葉だった。


 『…………ララ?……何を言って……いるんだ?今はそんな冗談を言っている場合じゃない…だろう』


 『……ララはこの人間を………助けたくありません』


 『なっ……!?』


 理解できなかった。


 ララの意図が。


 『頼むララ……俺が迷わなければこの子は…こんな事には…』


 『………』


 そして………


 「……………」


 「ダメだ……頼む、死なないでくれ………」


 気付けば腕の中の子供は死んでいた。


 ……間に合わなかった。


 「…そんな…………なんで………」


 『ララ……なんで…………なんで魔法を……ッ……使わなかったんだ』


 『………』


 『……黙っていても何も分からない。教えてくれ………なんでこの子を………助けなかった。ララの魔法なら……間に合った筈だろう……?!』


 『アニキは……』


 『………』


 『この子供を生かしていたら……アニキは必ず後悔する事になっていました』


 『………………は?』


 子供を助けたら俺が後悔する……だと?ララは何を……言っているんだ?


 後悔するというのならまさに今、子供を助けられなかったことを後悔している。


 ララの言っている事が何も理解できない。


 『………今此処を襲撃している者達の目的は大きく二つに分かれます。一つは貴族達が蓄えている金品を略奪する為』


 『ッ!……そんな事の為に……!?』


 『……そしてもう一つが貴族に虐げられた者達の……貴族に大切な何かを奪われた者達の復讐です』


 『……ッ!』


 『この者達はこの状況の中で金品を盗むではなくこの貴族の子供を殺す事に躍起になっていました。……つまり彼等は復讐の為にこの計画に参加した側です。


 ……アニキは復讐という行為を否定してはいないでしょう?』


 『……確かに彼等が虐げられたり……大切なものを奪われているなら復讐をする権利があるのかもしれない……』


 ……もしあの日、アイツが自死という選択をせず復讐という道を選んでいたなら俺はそれを手伝っただろう。


 『だけど……この人達を酷い目に合わせたのはこの子なのか?!違うんじゃないのか!?確かにこの人達もなにか酷い目に遭わされた被害者なのかもしれないが貴族ってだけでこんな子供まで殺そうとするのは絶対に違う!』


 だがもし、アイツの復讐が無関係の人を巻き込んだりするようなものなら俺は全力で止めていた。


 『……アニキには見せないようにしてましたがこの国の貴族というものはこのくらいの年齢でも他者を虐げてる者達はいました。……この子供もその可能性があります』


 『可能性……!?可能性だけで……この子を……見捨てたのか……!』


 『……ええ、何か間違っていますか?』


 『……ッ!らしくないぞ!ララ!なんで今になって……』


 『らしくない?ララらしいってなんですか?もともと『悪滅の雷』は家族を殺された男がその復讐の為に悪人やそうなる可能性が高い者全てを滅ぼすために作ったものです。そんなララこんな事言うのはおかしな事ですか?』


 『っ………!ララっ!!』


 『………』


 それ以降ララは何も話さなくなった。


 「…………すまない、助けてあげられなくて………」


 その子の遺体をその場に寝かせる。


 まだララには聞きたい事があったが此処で悠長にしている訳には行かない。


 せめて先輩達だけでも最後まで守り切らないと………。


 そう改めて決意し直し、先輩達の隠れている物陰へと戻った。








 『……その子供が誰かを虐げてようがそうで無かろうがどうだって構いません。


 ただ貴方の判断でその子供を助けるわけにはいかなかったのです。


 助けたその子供が将来貴族として誰かを虐げた時、貴方は自分がその者を助けなければ虐げられる人が生まれる事は無かったと、きっと自分を責めてしまいます。

 

 貴方が一番苦しむのは誰かを助けられなかった時じゃありません。誰かが虐げられる事に自身が貢献してしまった時です。


 そしてその責任を取るためにその者と……自分の命を……


 だから今回の件で貴方に貴族側の人間を助けさせる訳にはいきません。『沈黙の歌姫』を停止させて多くの貴族を救うなんて以ての外です。


 全ての生と死を私に責任がある形にしなければ………』








 先輩達のもとに戻り、突然飛び出して行ったことを謝罪して改めて魔法学校を目指した。


 ……謝罪している間も終わった後も先輩達は終始何か言いたげな表情だった。


 先輩達を放置して突然一人飛び出て行った事にきっと文句の一つも言いたかったのであろうが、今はそういったものを受け止める時間的な余裕も精神的な余裕も無い。


 だから時間が惜しいと言わんばかりにソレに気付かないふりをして先を急いだ。






 そうしてなんとか貴族街を抜け、誰も欠ける事無く魔法学校の校門まで辿り着くことが出来たのだが………


 そこには沢山の人が倒れていた。


 その倒れている者達の服装や手に持った武器を見るに貴族街を襲撃していた側の人間の様だ。


 いったい誰が彼等をと門の下を見てみると見知った姿を確認することが出来た。


 あれは…… 


 「ヒサメ……!」


 安否を案じていた友人達のうちの一人の姿を確認し思わず駆け寄った。


 そして酷く焦った様子の彼の腕を掴み、他の班のメンバーの安否について聞こうとしたのだが……。


 「良かった!無事だったのか!此処が爆発するのが見えたから心配してたんだ!ヘンリーとリリィも無事なのか?」


 「ジョン殿!?声が出せるのでござるか……!?いや、今はそんな事を気にしている場合では無い………!」


 自身が声を発したことに初めは驚いた様子を見せたヒサメだったが、そんなことよりもっと大事な事があると言わんばかりにこちらに詰め寄ってきた。


 「ジョン殿、大変なことが起こったでござる……!」


 「……!?もしかしてヘンリー達に何かあったのか!?」


 普段飄々としているヒサメが珍しく動転しているのを見て、嫌な予感が頭を過る。


 しかし続くヒサメの言葉はそんな予感とは違ったものであったが……驚くには十分すぎるものだった。

 



 「校長殿が…………アドルフ校長殿が何者かに殺害されて、先程ヘンリー殿がその下手人を追って一人で出て行ってしまったでござる………!!」


 


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