『沈黙の歌姫』


 エデル改めジョン・ドゥ達が第二学年に進級してから既に二つの魔競技が終わった。


 様々な妨害に遭っていた第一学年時の『ダンジョン攻略』と違い、他の生徒と同じ条件の下で挑んだ二度目の『ダンジョン攻略』では他の追随を許さない程の好成績を叩き出したジョン・ドゥ班はその流れに乗るように第二の魔競技である『PvE』で一位を獲ったのだった。


 「…………俺のチームを……辞める……だと?」


 「ええ……申し訳ないけど」


 「……俺が……コイツらが弱いからか。一位を獲れていないからか」


 「違うわ」


 「ならどうしてだ!……レフィア!」


 そして一位が存在するのなら二位も存在するわけで……現在総合成績二位のアゾーケント班であったのだが、その班の代表であるユリウス・アゾーケントとエースであるレフィア・マクスウェルが何かを言い争っていた。


 「さっきも話したけど第二学年の課程が終わり次第この学校を辞めることにしたからよ。もう校長先生の許可も取ってあるわ」


 今回の魔競技の後に二人だけで話がしたいとレフィア・マクスウェルに呼び出されたユリウスだったが、そこで思いもよらない話をされた。


 「なんで……俺への相談も無しに……!」


 「……?どうして私が学校を辞めるかどうかの相談を貴方にしなければならないの?」


 「それはっ……お前が俺のっ……班のメンバー…だからだ」


 「ええ、だから事前にこうして連絡してるじゃない」


 「そういう事じゃっ………!」


 このアゾーケント班を此処まで押し上げて来た一番の功労者であるレフィア・マクスウェルが班を辞めるどころかこのマジカルヤマダ魔法学校を自主退学すると言い出したのだ。


 これに焦りを覚えたのは班の代表であるユリウス・アゾーケントだ。勿論この班の戦力が落ちてしまうというのもあるが彼個人がレフィア・マクスウェルに向けている感情のこともあり彼女の報告を受け入れることが出来なかった。


 「……っ今お前に抜けられると困る。もし考え直してくれるのなら……次期大臣の夫人の座を用意してやってもいい。……どうだ?」


 「結構よ。じゃあ確かに伝えたから」


 本来なら彼の出したその条件に靡かない女性は居ない。だが肝心の彼女はそう短く返事を返して未練もなさげにこの場を去っていったのだった。





 「…………クソッ」


 それから数分程、一人残された彼も悪態をつきながらその場を離れようとしたのだが……


 「……フラれちゃいましたね」


 「………!?」


 突然背後から何者かに話しかけられた。


 今は自分しか居ないはずの空間で突然聴こえた他者の声に驚き、急いで背後にいる何かから距離を取った。


 「…………お前は」


 振り返り、改めて声の主の姿を確認するとそこに居たのはいつぞやの怪しげな女だった。


 「おや、覚えててくれたんですね。次期大臣である貴方に覚えていてもらえたとは光栄です」


 「………」


 次期大臣……そう表現されたことが癇に障った。


 先程、自身が次期大臣である事を武器に行った告白が全く相手にされないまま袖にされたのだ。そんな事があった後に次期大臣と称された事が腹立たしかった。


 いつもの様にムカつく相手には魔法をぶつけたかったが目の前に居る女には魔法が通用しない事をユリウスは知っていた。


 「……何度来たって『沈黙の歌姫』は解放しないぞ」


 「良いんですか?」


 「……なに?」


 「彼女が自分に振り向いてない原因を貴方はわかっているんでしょう?」


 「………それは」


 「貴方が魔競技で彼女の望む結果を得られなかったから彼女は離れていったんじゃないんですか?」


 「……まだ次の『PvP』と第三学年での魔競技で勝てば取り返せる筈だ」


 「無理でしょ」


 「なんだと……?」


 「貴方は彼に勝てるんですか?」


 『彼』……それが誰を指しているのかはユリウスにもすぐに分かった。


 「またみっともなく彼に負けるのがオチでしょう?……あ、そういえば彼は最近よく彼女の側で見かけますね?」


 「……ッ!」


 「貴方が魔競技でこれから勝つつもりなら彼を消してしまうしかありません」


 「そんな事ッ………出来るのならとっくにやっている!」


 ユリウスの脳裏に浮かんでくる数々の絶望的な情景、「此方を睨んでくる黒く巨大なエンシェントドラゴン」、「自分を囲む様に展開されている数々の上級魔法」、口には出さなかったがその一つ一つがユリウスの心に絶対的な恐怖を刻んでいた。


 アゾーケント家が抱えている者達に学校外の場所であの男を襲撃して学校に来られない体にしてやれと命じたこともあるが、標的に近づく直前に何処からともなく発生した魔法に襲われなす術なく退散させられたと報告された。


 ならばと奴が魔法学校に通えなくなる様に奴の実家に圧力を掛けようともしたが『ジョン・ドゥ』という名の子息を持った家がまだ見つからない。


 もしかして奴は貴族ではないのか?という疑問が頭をよぎったが、奴の指に輝く『召喚の指輪』が奴を貴族か…商家の息子だと物語っていた。




 「出来ますよ?」


 


 「……なに?」


 「貴方ほどの権力を持っていながらも彼を消す事が出来ない理由はご自身で分かってらっしゃいますよね?『沈黙の歌姫』さえ解放すれば彼の圧倒的な魔法を封じる事が出来ますよ?そしたら後は数の暴力という手札を持つ貴方の思うがまま!どうです?封印を解きたくなってきたでしょう?」


 「……なんでそこまで俺に『沈黙の歌姫』の封印を解かせたいんだ?お前は一体……何が目的なんだ」


 「実は私にもどうしても殺したい相手がいるんです。ですが貴方と同じ様にソイツの使う魔法が厄介で……」


 「……お前の目的は分かった。だが一度でもあの封印を解いてしまっては……」


 「ええ、貴方の葛藤も理解出来ます。ですがご安心下さい。私は『沈黙の歌姫』を再度封印する方法を知っています」


 「それを信じろって言うのか……」


 「ほら……この通り私も魔法使いです。折角こんな選ばれた才を持っているのに態々自分でそれを消す筈が無いじゃないですか……」


 女は自らの掌の上に炎を揺らめかせながらそう言った。


 「………」


 「ササッと封印を解いてお互いの目標を達成した後にこれまたササッと封印し直せばなんの問題もありませんよね?………それとも今回も私の提案を断ってただ彼と彼女が仲良くなっていく様を指を咥えて見てるだけの生活に戻るんですね?」


 「…………っ本当にお前は解いた封印を元に戻せるんだな?」




 「…ええ、任せて下さい。それでは決行日について話し合いましょうか」












 そんな不穏なやり取りが行われてから数日が経ち…………




 その日はマジカルヤマダ魔法学校が創立記念日で休日となっていて、そんな日にエデルはヒサメと二人で街へと出掛けているのであった。


 「今回ジョン殿に着いてきて貰ったのは他でも無い。明後日に迫ったヘンリー殿の誕生日に備えて色々準備をする為でござるよ」


 そう、明後日にエデルの魔法学校でのチームメイトの一人、ヘンリー・ヴィクティウムの誕生日が明後日に迫っている。


 その事をエデル達が知ったのは一週間ほど前の事だ。


 一週間前、突然校長室に呼び出された三人は、アドルフ校長に一週間後に開催する予定のヘンリーの誕生日パーティに参加して欲しいと頭を下げられたのだった。


 勿論参加する事自体は問題ない。この魔法学校での数少ない仲間なのだからその生誕を祝うのは当然だ。


 だが、そんな大切な仲間だからこそ手土産も無しに参加する訳にはいかなかった。俗に言う誕生日プレゼントというものを渡したかった。


 日頃の感謝を込めてヘンリーにプレゼントを渡したかったのだが、たった一週間しか猶予は無い。


 エデル達は急いで準備に取り掛かった。


 先日、週末で魔法学校が休みの時にヒサメとリリィの二人は各々用事があるというていで外出し、王都の街にヘンリーへの贈り物を探しに出掛け、その間エデルは何も知らないヘンリーと共に魔法学校に残り、気づかれない様にフォローをする役へと回っていた。


 そして今日、マジカルヤマダ魔法学校が創立記念日で休みとなっているこの日に、エデルはプレゼント探しの為に王都へ繰り出すのだった。







 「今回はリリィ殿がヘンリー殿を足止めする役目でござる」


 「……それはいいんだが、どうしてヒサメがここに居るんだ?前にリリィと一緒に出かけた時に目ぼしいものが見つからなかったのか?」


 「いや、これと決めたものはあったのでござるが……それを手に入れるにはジョン殿が必要だったのでこの機会を待っていたのでござる」


 「俺が?」


 「まあ行けば分かるでござるよ」


 「そうか、なら先ずはそこに行ってみるか」


 そうして三十分くらいだろうか?ヒサメの後をついて行くうちにやけに目立つ看板を掲げた建物が見えてきた。


 「ここでござる」


 その建物は貴族街と商業区の間辺りに建っていた。


 子供の目を引く様な色彩の看板を入り口の上に掲げたその店に入ると、先ずは店の真ん中に置かれた精巧なドラゴンの模型が目についた。


 小ぢんまりとした店内に目立ったものはそれしか無く、後は人のいない勘定台があるくらいだ。


 「ここは……?何の店だ?外の看板には『ミゼルの店』って書いてあるだけで何の店か分からないんだが……」


 「コレの店でござる」


 そう言ってヒサメは店の真ん中に置かれた大きなドラゴンの模型を指差した。


 「コレって……このドラゴンか?……ああ、ここはドラゴン系のモンスターの飼育に関する店か」


 俺達が魔法学校で受けている『召喚魔法と魔法生物学』という授業の一環でヒサメ達は最近ワイバーンとの契約を成し遂げた。


 だからてっきりそのワイバーンの飼育に必要なものを売ってる店だと当たりをつけたのだが……


 「違う違う、このドラゴンの模型そのものがこの店の売り物でござる」


 「模型?ああ、ここは模型の店なのか」


 この世界の模型は前世でいう粘土細工のようなものだ。


 しかしそれなら外の看板が子供の目を引く色合いだったのも納得だ。


 それにヘンリーも見た目はともかく俺達と同じ男だからな。こう言った模型をプレゼントすると喜んでくれそうだ。


 「うむ、その竜の模型も此処の店主が造った物だそうでござる。先日此処に訪れた時、ヘンリー殿に贈るのに模型はどうかと思案した次第」


 ヒサメはそう言いながら勘定台の上に置かれているベルを鳴らした。


 チリンという音が店内に響き、しばらくすると勘定台の奥にある空間から男性が一人姿を現した。


 「いらっしゃい、『ミゼルの店』へようこそ!…って、ヒサメくんじゃないか…!もしかして前に言ってた模型のモデルにしたい子を連れてきたのかい?」


 「うむ、どうかこの者の姿形で模型を造って欲しいでござるよ」


 そう言ってヒサメは俺の肩をポンと叩いた。


 「…………はい?」


 理解するのに数秒時間を要した。


 ……え、まさかヒサメは俺の模型フィギュアをヘンリーへのプレゼントとして渡すつもりなのか?


 模型自体は良い案だと思うが……その模型の題材が俺なのが意味不明すぎる。


 ヒサメは偶に浮世離れした事を言ったりしてるがこれは本当に……意味不明すぎる。


 「え!?この方を……!?」


 ほらぁ店員さんも困ってるじゃん。


 「ヒサメ、それは辞めておこう。ヘンリーもそんなもの貰っても困惑するだろうし、現に今店員さんも困惑してるから……!」


 「あ、いえ……僕が困惑してるのは……………あの、失礼ですが貴方は何かの道で有名な方なのですか?何せずっと工房に籠っていて世間の流行りには疎いもので……」


 「いや、全然有名とかじゃないですから!」


 むしろ極力目立たない様にしなければならない身分なのに……!


 「ヒサメもほら……もっと他にあるだろう?たとえば……そう、最近三人ともワイバーンと契約したんだからワイバーンの模型とかどうだ?それかヘンリーがよく読んでいる本の主人公とか……」


 「うーん、熟考したでござるがやはりジョン殿をモデルに造ってもらうでござるよ」


 「絶対に熟考なんてしてないだろ……!」


 折角の誕生日パーティで俺の模型を貰ったヘンリーの気持ちを想像してみろよ!


 俺の模型を貰ったヘンリーが微妙な表情を浮かべてでもみろ!


 俺が居た堪れないよ!


 「……えーと、人物をモデルにするなら一週間ぐらいかかるけど大丈夫かい?」


 「……マジでござるか。それは困ったでござるな。ヘンリー殿の誕生日パーティは明後日まで迫っているというのに」


 「そんな事情ならこっちも間に合わせてあげたいんだけどね…………うーん、あまり良くはないんだけど」


 店員の男性は少し悩んだそぶりを見せた後、店の奥へと引っ込んでいった。


 そしてしばらくした後に布の掛かった何かを手に持って戻ってきた。


 「これなんだけど……」


 おずおずと店主が持ってきたものの上にかかっている布を取るとそこには……



 俺・の・模・型・があった。



 「なんでだよっ!」


 「なんと……!では店主殿、それをいただく事は可能でござるか?」


 「いや、それがこれは別のお客様から頼まれて造ったもので、売るわけにはいかないんだ」


 「どういうことだよっ!」


 「…ジョン殿、今大事な交渉中故、少し静かにしていて欲しいでござる」


 「え、これ俺がおかしいのか?ヒサメはこの状況に何も疑問に思わないのか?」


 「……ちょうど一週間前に魔道具の鏡に写っている人物の模型を造って欲しいと、ある女性に依頼されてね」


「なんっ………ん?」


 鏡の魔道具?……なんか覚えがある様な。


 「その女性がそろそろ来店されると思うからその方と交渉してみたらどうかな?」


 「うーむ、では拙者は此処でその女人を待たせていただくでござる。ジョン殿、すまんが一人で………」



 「あれ?その魔力は……ジョンさん?」



 ヒサメが何かを言いかけたその時、店の入り口の方から女性の声が聴こえてきた。


 「クレア先輩……」


 そこに居たのは最近よく話す様になった魔法学校の先輩だった。


 鏡の魔道具というワードで薄々予想はしていたがやはりこの俺の模型の制作を依頼した人物とは……


 「き、奇遇ですね。こんなところで会うなんて……」


 クレア先輩は自身の髪をくるくると指で弄りながら気まずそうにしている。


 「バルスブルグ様ですね。ご注文の品は出来上がっておりますよ」


 そう言って店主は俺の模型を更に二体勘定台の上に置いた。


 「ちょっ……!」


 「三体もあんの!?」


 「あっ………その、お、弟達が家を救ってくれた恩人であるジョンさんの模型を欲しがっていて……」


 「えっ……ああ、そうなんですね」


 自身のフィギュアが目の前に置かれた時は一体どういうことだと戸惑いもしたが、自分が小さな子達にとってのヒーローになっているのなら……まぁ……悪い気はしない。


 「あれ?でもクレア先輩の弟さん達って二人ですよね?このフィギュ…っ模型は三つありますけど?」


 「あ、ああ!そ、それは模型がもしも壊れてしまった場合の保険で……」



 「それは丁度良かったでござる!」



 クレア先輩の補足を聴いていると突然ヒサメが声を張り上げた。


 「へ……?」


 「実は拙者、今どうしてもジョン殿の模型を必要としていて、良ければその保険用にと買ったものを譲っては貰えぬか?」


 「ええっ!?それは……その、困ります……」


 「頼む!今から注文してもヘンリー殿の誕生日には間に合わないのだ……!一週間後、必ず同じモノを返す事を約束する故、どうか……!」


 「ヘンリーって……あのジョンさんに助けてもらったって言っていた女子生徒……いや、男子生徒でしたっけ?」


 「うむ、最初は拙者とジョン殿の二人しかいなかった班に入ってくれた我らの戦友ともに思いつく限り最高の贈り物を贈りたいのでござる」


 「ジョンさんの班の…………………分かりました。この…っ保険用の模型をお渡しします」


 模型のモデル本人が口を挟む隙もなくそういうことになった。


 「感謝致す」


 「いえ、そう言った事情ならば……その、お二人の感謝の気持ちがヘンリーさんに伝われば良いですね」


 彼女は気持ちいいほどの笑顔でそう言葉を投げかけてきたが俺はその言葉にほんの少し違和感を感じた。


 「あの……この模型をプレゼントするのはヒサメで、俺は別の物をプレゼントするつもりですよ?」


 「そうだったんですか?私はてっきりお二人が合同でこの模型をヘンリーさんにプレゼントするのだと思っていました」


 「違いますよ!?」


 じゃあ俺はさっきまで自分のフィギュアを友人へのプレゼントにチョイスする様な人間だと思われていたのか!?


 ただでさえヒサメが俺の模型をプレゼントにチョイスしてることにも納得してないのに……!


 「俺はこれから他の別の物を探しに行くつもりなんで!」


 「そ、そうなんですか?でもそんなおっしゃり方をするって事は未だ具体的なものは決められていないんですか?」


 「そうですね、この数分で自分のプレゼント選びのセンスが他の人とかなりズレてるんじゃないかという疑問が湧いて出てきて……かなり迷っています」


 クレア先輩も俺の模型がプレゼントにチョイスされる事に疑問を持っている様に見えなかった。


 俺か、俺がおかしいのか……。


 『なあララ、俺の模型ってプレゼントになるのか?この世界ではこれは普通のプレゼントなのか?』


 『アニキの世界に比べたら他人への贈り物の選択肢が少ないのは事実ッスね。模型そのものは一般的な贈り物だと思うッス』


 『そうなのか。だけど俺がモデルって……需要が無いだろう』


 『ララも!ララもアニキの模型貰ったら嬉しいッスよ!!』


 『えぇ……』


 俺のセンスがこの世界とズレていることが確定した瞬間だった。


 「あの……ジョンさんが困られているのならプレゼントを選ぶのをお手伝いしましょうか?」


 「ええ!是非ともお願いします……!」


 『えぇっ!?アニキにはララがついてるじゃないですか!』


 『勿論ララにもアドバイスを貰うつもりだが意見は多いに越した事はないからな』


 どうせなら喜んでもらえるようなプレゼントを選びたい。


 だからララも含めて四人がかりで探せば良いものも見つかるだろうと思っていたのだが…………


 「先に戻るだって?」


 「うむ、リリィ殿だけでは誤魔化すのも大変でござろうし、何よりバルスブルグ殿に頂いたコレを壊してしまう前に部屋に置いて起きたいでござるからな。拙者は先に戻らせてもらうでござるよ」


 「それなら仕方ないな。ただ出る時は二人で出てきたからな、もし俺が戻らない事を不審に思われたら俺は偶々会ったクレア先輩と遊んでるって言っておいてくれ」


 嘘をつく時は少しの真実を交えてと何処かで読んだ憶えがある。


 「え゛っ」


 「……どうしたんだ?」


 ヒサメが普段出さないような声を出した。


 「あ、いや……とりあえずジョン殿の帰りが遅れるという旨は二人に伝えておくでござる」


 そうしてヒサメとはそこで別れた。


 







 ヒサメと別れた後、いくつかの店をクレア先輩と回った。


 「助かりました。おかげで良い物が買えたと思います」


 「ジョンさんの助けになれたのなら良かったです」


 「ほんとうにありがとうございました!今度ぜひお礼させてください!」


 「お、お礼ですか?」


 「はい!何でも言ってください!」


 『アニキ!そんな気安く何でもなんて言ったら……!』


 『大丈夫だって。クレア先輩は正義感の強い人だ。そうおかしな事は頼まれないだろう』


 「なら、なら是非とも私のっ…………」








 突然、クレア先輩の声が消えた。








 『これは……ッ!』


 いや、クレア先輩だけじゃない……!突然、人の声が全て聴こえてこなくなっている。


 ただ一つ耳が捉えているのは何処からともなく響いてくる誰かの歌声。


 『アニキ!周りから人間の声が全て消えて、この歌声……何か思い当たりませんか』


 『…………『沈黙の歌姫』。でもどうして急に…………ヘンリーの話では封印されているんじゃなかったか』


 『情報が足りないッスね。ララとしては一旦『転移の指輪』で遠くに離れて欲しいッスけど』


 『……いや、とりあえずアゾーケントの屋敷に行ってみよう。………その前に先ずは』


 目の前で口をパクパクとさせながら戸惑っている様子の彼女をどうにかしなければ。


 俺はそっと彼女の手を取った。


 「……あっ、声が………これは……何が起こっているんでしょう」


 彼女は怯えたような表情で身を寄せてきた。


 「多分……『沈黙の歌姫』の封印が解けたんだと思います」


 「そんな……!?どうして……」


 「とりあえず俺は…」



 ガチャガチャガチャ



 状況を把握しようとしたのも束の間、突然沢山の金属の擦れる音と共に騎士団の甲冑に身を包んだ物達が俺達を取り囲んできた。


 『……クッ、歌声の方に意識が取られて敵意に気付かなかったッス……!』


 「「「「「……………」」」」」


 「こ、今度はなんですか……!?」


 「……俺から離れないでください」


 「はいっ……!」


 「「「「「「……!?」」」」」」


 この歌声の中で俺たちが声を出し話している事に驚いたのだろうか、周りを取り囲んでいる者たちから戸惑うような気配が感じられた。


 しかしどうする、今俺の腕の中にはクレア先輩がいてそう自由には動けない、それにただプレゼントを買いに出かけただけで武器になるような物も持っていない。


 はたして今現在も俺たちに剣を向けている三十人弱の騎士?達に対抗出来るのか?


 『ララに任せてくださいッス!……アニキに敵意を向けるもの全てが私の敵だッ!!』


 ララの声が頭に響くと同時に眩い光が視界を埋め尽くし、大量の爆音が聞こえてくる。


 『……命までは奪ってないっす』


 『……ありがとうララ、助かった』


 『いえ、でもこれで今の状況とその原因をある程度予測する事が出来るッス』


 『……この騎士達、まるでこの状況を待ってたかのように俺たちを取り囲んできたな』


 『アニキも気付かれましたか。そして付け加えて言うのならこの人間達はその殆どがアニキの方に意識を向けていました』


 『狙いは俺の方か』


 『その可能性が高いッス。そしてこの人間達がこの状況を待っていたという事は何者かに事前に『沈黙の歌姫』の封印が解かれる事を聴かされていた筈』


 『この人達が本当に騎士かどうかは分からないが少なくとも容疑者は沢山の人を動かせる立場にあるようだ。……そして封印が解かれる事を事前に知れる人物』


 『そしてアニキを殺そうとする理由を持つ人物』


 『アゾーケント大臣……』


 まさか俺がエデル・クレイルだとバレたのか?


 『もう一人いるッスよ。ほら魔法学校でアニキに楯突いてきてたアゾーケントの人間が』


 『……ユリウス・アゾーケント。どっちにしろアゾーケントの屋敷に行ってみるしかないようだな』


 「……あの!大丈夫ですか?」


 ララとの会話に集中しているとクレア先輩が腕の中から話しかけてきた。


 「あ、ああ……大丈夫です」


 「……なら良かったです。ジョンさんが魔法を撃ったと思ったら急に何か考え込むような顔をして動かなくなってしまったので何かあったんじゃないかと」


 どうやら心配をかけてしまっていたようだ。


 「……とりあえず俺はアゾーケント家の屋敷に行ってみるんでクレア先輩は自分の家に帰って下さい。……あ、それとさっきは途中で途切れてしまいましたけどなんてお願い事だったんですか?」


 「えっ……あの、それは………良ければ私と……」



 ドォォォォォォン!!



 「今度はなんだ!?」


 突然遠くの方から大きな爆発音が聴こえてきた。


 そしてその方向を見ると……


 遠目に見える巨大な建造物、マジカルタナカ魔法学校から複数の黒煙が立ち昇っているのが見えた。


 「魔法学校が……!」


 そしてその後も魔法学校の方から繰り返し爆発音が聞こえてきてその度に黒煙の数も増えていった。


 「一体何が起こってるんだ……!」


 頭の中に思い浮かべているこの件の容疑者、アゾーケント家の人間、そいつ等が俺を狙う理由には思い至っても魔法学校を攻撃する理由が分からない。


 パリーン!


 今度は近くからガラスの割れるような音が聴こえてきた。


 その方向へ視線を移すと様々な格好をした者達が貴族の屋敷へ攻め入っている光景が目に映った。


 「なっ……!」


 どう言う事だと改めて貴族街の方へ顔を向けると、ほぼ全ての屋敷が似た状況であることが伺えた……


 「何がどうなっているんだ……」


 「……そんな、お母様、パルマー、アーロン……!………ッ!」


 クレア先輩も同じ光景を見てしまったのだろう。握っていた俺の手を離して焦ったようにバルスブルグの屋敷のある方へと走っていった。




 今俺の頭の中には三つの選択肢があった。


 一つは当初の予定通りアゾーケント家の屋敷に向かうという選択肢。


 二つ目は様子のおかしい魔法学校の確認に向かうという選択肢。


 そして三つ目はクレア先輩の後を今すぐ追いかけるという選択肢だ。


 「あー、クソッ……!」



 そして俺が選んだ選択肢は………








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