スリーストーカーズ


 「お、お待たせしました!」


 「いえ、俺もさっき来た所ですから」

 

 昔から恋人達の待ち合わせの場所として利用されている王都の公園、そこでは今日も逢瀬の待ち合わせをしていたと思わしき男女による如何にもなやり取りが行われていた。


 「申し訳ありませんっ!お時間を頂いた上に遅れてしまうなんて……!」


 「遅れて……ってまだ集合時間の一時間前ですけどね。それにどっちかというと時間を取ってもらってるのは俺の方でしょう」


 「それは違います!元々はこちらの不手際だったんですからジョンさんが母の提案を受ける必要なんて本当は無くて!」


 「いえいえ、皮袋の中に手鏡が入っていた経緯はともかく替えの利かない手鏡が壊れた原因は多分此方にありますから。多分俺一人だとそんな大切な手鏡の代わりになるものなんて思い付かなかったと思うので今回のアルマさんの提案は本当に助かりました」


 「……でも」


 「寧ろクレア先輩こそ……その、良かったんですか?持ち主に直接確認しながら代わりのものを選べば良いっていうアルマさんの提案はこっちとしてはありがたかったですけど……俺の魔力のこととか怖く「大丈夫です!!」……え?」


 「……あ、すいません。でも大丈夫です。もうジョンさんの事を怖がる事はありません。寧ろ……」


 「寧ろ……?」


 「……いえ、私にはまだこの先を言う資格はありませんね」


 「……?」


 「なんでもありません。それでは……その、早速行きましょうか!母からオススメの店を聞いてきたんです」


 「そうなんですね。……凄く助かります」


 そうした幾つかのやり取りを終えてこの場を離れていく男女だったが、そんな二人を離れた物陰から見つめている者達が居た。





 「私わたくしならジョンさんを待たせるなんて事はしないのに……」


 「ジョン殿も本来なら償わなくともよいものまで償おうとする程に責任感の強い男、早めに待ち合わせの場所に赴くというのもその責任感の表れでござろう」


 「あ、お二人が早速何処かへ向かうみたいですよ」


 物陰に身を潜めながら待ち合わせをしていた男女……とりわけ男性の方を観察していたのは彼の友人であるヒサメ・ムイチモンジ、ヘンリー・ヴィクティウム、リリィ・ナイトエイジの三人だった。


 ジョンから次の週末に手鏡の弁償をする為にクレア先輩と出かけてくると聞いた彼らは各々好奇心、不安、、心配を胸にこの場に集まった。


 「ッ追いかけましょう!」



 「まあ少し待つでござる」



 「っなぜ止めるんです?早くしないと見失ってしまいますわ」


 「リリィ殿の焦る気持ちも分かるでござるが……………この物陰から出る前に手に握っているその調理用の刃物を仕舞った方が良いでござるよ」


 急く様に二人を追おうとしているリリィ・ナイトエイジの手には調理用の刃物……所謂『包丁』と呼ばれるものが握られていた。


 「………あら?私ったらいつの間に……はい、消しましたよ。では行きましょうか」


 リリィは何事もなかったかの様に手に持った刃物を消し、ヒサメ達に尾行を続けるよう促した。


 「お、お二人はあっちの方に行かれましたよ!」

 

 






 それから数時間後、尾行を続けた三人の視線の先にはクレア・バルスブルグに紙袋を手渡しているジョン・ドゥの姿があった。


 「ジョン殿も詫びの品を何にするか漸く決めたみたいでござるな。二方が逢瀬をしている者達で溢れた店に入って行く度に感じる横からの圧に心折れそうになったが、決まって良かったでござる」


 「……ならもうお二人の用事は済んだという事でしょうか?」


 「どうします?ジョンさんが戻る前に僕達も戻りますか?ジョンさんが戻った時に僕達が居ないと不審に思われないでしょうか」


 「そうでござるな、ジョン殿もこれで心のつっかえが無くなったでござろ…………なぁっ!?」


 ジョン・ドゥが特に何事も無く紙袋を手渡したのを見届けた三人は踵を返し魔法学校まで戻ろうとした。


 しかしふとヒサメが振り返るとそこには驚きの光景が広がっていた。


 「ん?どうしたんですか?」


 「ジョンさんに何かあったんですの?」


 「リリィ殿!振り返ってはならぬ!!」


 「あれは……」


 「……!?」


 何事かと振り返った二人の視界に入ってきたのは、地面に膝をつき、ジョン・ドゥの腰に縋り付いているクレア・バルスブルグという光景だった。



 ギリィィッ!



 「リリィ殿、一先ず落ち着くでござる。一度深呼吸をしてその手に握っている刀を今一度納めてほしいでござる。そのような目立つ物を持っていてはこの物陰から出てジョン殿達の会話が聴こえる位置に移動できないでござるよ」


 「………」


 「ふぅ、リリィ殿が落ち着いてくれて良かったでござるよ」


 「何でバルスブルグ先輩はジョンさんに抱きついているんでしょうか。…………何かを必死に頼み込んでいる感じでしたけど……あっ!もしかして結婚のお願いとかでしょうか……!」


 「ヘンリー殿!?嘘でござろう!?」


 「いえ、僕もまだ確信は持てませんが昔読んだ事のある本にこんなシーンがありました。……まあ、あれは男女の立ち位置が逆でしたけど。でもジョンさんは全人類から好意を向けられて然るべきなんでありえると思います!」


 ヘンリーは視線を二人の方へやることもなく、目の前の光景から目を離さぬまま自分の予想を二人に話した。


 「いやっ……!拙者が嘘でござろうと言ったのはそういう意味では無く……ヘンリー殿、一度後ろを振り向いてはどうか」


 「後ろですか?……わっ!?リリィさんどうしたんですか!?その禍々しい見た目をした刀は……それはまさかヒサメさんが前に言っていた『ヨウトウ』というやつですか!」


 「いや、此処まで禍々しいものは拙者も見た事が無い…………では無く、ヘンリー殿……確信が無いことはあまり口にせぬ方がいいでござるよ。ジョン殿の為にも」


 「……?分かりました」


 「ふぅ……そしてリリィ殿も落ち着くでござるよ。決して早まった真似は……」


 「ヒサメさん、心配しなくともこの包丁で誰かを傷つけるつもりはありません。気付いたらつい出てしまってるだけです」


 リリィはそう言いながら手に握っていたものを消した。


 「うん、それを包丁などと可愛らしく形容するにはもういろいろと無理があるでござるよ。……では少し近づいてみるでござる」


 








 「この辺りならジョンさん達の声が聴こえると思います……!」


 ヘンリーが声を潜めながらそう言ったように三人の耳に段々と二人のやりとりが聴こえてきた。

 




 「お願いします!そんな事を仰らずに次は私に今までの失礼な態度のお詫びをさせて下さい!!」


 「いや、本当に気にして無いんで」


 「どうか……どうかッ!!」


 「うわぁっ!?」


 「お願いしますッ!そうしないと罪悪感で死にそうなんですッ!!」


 「わっ、分かりましたから!離れて下さい!立って下さい!落ち着いて下さい!周りの人達に誤解されますから!!」






 「……どうやらそういう事らしいでござるな。これでリリィ殿も安心でござろう。ジョン殿もあまり乗り気では無いようだし食事が終わればジョン殿も戻ってくる筈、拙者達も気付かれる前に魔法学校に戻った方が良いでござるよ」


 「………そう……ですね。戻りましょう」


 


 「母が『アバン・ベルズ』の予約をしてるそうなので!」




 改めて帰路に着こうとした三人の耳にクレア・バルスブルグのそんな声が聴こえてきた。


 「え!?ジョンさん達は今から『アバン・ベルズ』に行くんですか!?」


 「有名なところなのでござるか?そのあばんべるずという料理店は」


 「ええ!凄く有名な完全予約制の料理店ですね」


 「ほう、例えば人気があって向こう何ヶ月程か予約が埋まってる……とかでござるか?」


 「いえ、予約すれば次の日にでも入れてもらえるらしいです」


 「味に自信あり…とかでござるか?」


 「味も勿論悪くは無いそうです」


 「???なら何が有名なのでござるか?聞いてる限りはただの料理店のようでござるが……」


 「アバン・ベルズはカップルの方々の間で凄く人気らしく……プロポーズ予定だとか結婚記念日だって伝えたらお店側で盛り上げたりとか雰囲気づくりもしてくれるそうで……今まで数々のご夫婦があの店で誕生したそうですよ!」


 「へ、ヘンリー殿!!…………ハッ!?」


 「…………」


 「リリィ殿、落ち着いて聴いてほしい。どちらにせよ入るのに予約の必要な店となれば拙者達にこれ以上の尾行は難しいでござる。此処はジョン殿を信じて魔法学校に戻る事を推奨するでござるよ」


 「ジョンさんを信じて……ですか、ヒサメさんもズルいことを仰いますね。そう言われては私は帰るしか無くなるではないですか…………」









  

 そうして帰路に着いていた三人であったが、その途中でとある光景を目撃した。


 「あれは………」


 少し離れた場所で裕福そうな格好をした男達が恋人らしき男女を取り囲み、下卑た表情を浮かべている。


 「……仲良く集まっている…………という風には見えませんわね」


 「助けに行きましょう!ジョンさんならきっとそうします!」



 「二人とも待つでござる」



 急いで駆け出そうとしたヘンリーとリリィにヒサメが落ち着いた様子で静止の声をかけた。


 「どうして止めるんですかヒサメさんッ!もしかしてあの人達を助け無いつもりなんですか?!」


 「勿論善行を行うことに反対はしないでござる。ただ……一つ確認でござるが二人とも………相手を殺さずに無力化する方法は持っているでござるか?」


 「それは……」


 「…………」


 「別に責めているわけではござらん。むしろ先程の悪事を見つけて反射的に動き出した二人はまるでジョン殿の様でござったよ。ただ彼奴等には二人の手を汚すほどの価値も無いでござる」


 「ならどうすれば……」


 「先ずはリリィ殿、貴殿の魔法で刀を作り出した後にこの辺りを巡回している筈の騎士団を呼んできてほしいでござる」


 「分かりました……!」


 「そしてヘンリー殿はあの者達が拙者に対して魔法を使用してきた時に備えて離れた場所で迎撃の準備をしておいてほしいでござるよ」


 「りょ、了解です!」


 









 「そいつを離してやってください!お願いします!」


 後ろから二人がかりで地面に押さえつけられた男性が、自分を押さえつけている男達に必死に何かを頼み込んでいた。


 「嫌だね。さっきお前…俺達とすれ違おうとした時その女を俺達から隠す様に動いたよな?その態度がムカついた。おい、お前達……その女をこの場で○せ」


 「なっ……!やめ、止めろっ!!」


 「『止めろ』?誰に向かって言ってるんだ?魔法も使えない平民が俺達に命令したのか?……お前達、ちゃんとこの男を抑えておけよ」


 この集団のリーダー格らしき男が地面に押さえつけられている男性の顔を蹴り上げようとしたその時だった。


 「そこまでにしておけ愚か者共」


 ボキッ


 男性の顔面目掛けて勢いよく向かっていた足から鈍い音が響いた。


 「俺の足が!貴様ァ!俺が誰だか分かっているのか!!……ガッ!?」


 喚いていた男の足に刀を振り下ろしたと思わしき人物……ヒサメは特にそれに対して反応を示すこと無く瞬く間にその場にいた暴漢達を気絶させた。


 「安心めされよ、不本意ではあるが……峰打ちでござる………お主達、大丈夫でござるか?」


 「「あっ、ありがとうございます!!」」


 その後、リリィが呼んできた騎士団に男達の処遇を任せてヒサメ達はその場を離れた。





 


 そして改めて帰路に着いた三人だったが……


 「それにしてもさっきはあんな事態に遭遇するなんて思いもしませんでしたね」


 「ええ、偶々居合わせることが出来てよかったと思いますわ」


 「でもまさか騎士団の方が見回っている王都であんな事をする人がいるなんて……」


 「………」


 「あれ?どうしたんですかヒサメさん。浮かない顔をして」


 「……二人は王都でのあの様な光景は初めて見たでござるか?」


 「え?ええ……」


 「いつも四人で出かけてますがあんな場面を見たのは初めて……ですよね?ヒサメさんは初めてでは無いんですか?」


 「………拙者は皆と出かける度にあの様な者達を見かけていた」


 「え?でもヒサメさんが出かけるのって基本的には僕達と一緒でしたよね?そんな人達を見かけたらジョンさんが黙ってないと思うんですけど」


 「ジョン殿は毎回…まるで何かに導かれる様にコトが起こっている方向と反対の方を見ていたでござる。そして次の瞬間にああいった愚か者たちは……どこからとも無く発動された魔法で吹き飛ばされていた」


 「本当ですか?そんな光景、僕達は見た事が無いんですが……」


 「普段ジョン殿を含めた四人で出歩く時は自然とジョン殿と拙者が前を歩く形になっているでござるからな。だから拙者だけ気付けたのでござろう。そしててっきり拙者はこの国がそういった秩序を守る為の仕組みを創っているのだと思っていたが………今回はあの者たちに魔法が降り注ぐ事が無かったでござる」


 「見てないふりをしてるだけで今まではジョンさんがどうにかしてたって事じゃ無いですか?」


 「それは絶対にあり得ぬ」


 「むっ!なんでですか?まさかジョンさんがああいった事を知らないふりして通り過ぎる様な人間だって事ですか?ヒサメさんも見たでしょう?ジョンさんが僕を助けてくれた時のことを……!」


 「ああ……見たでござる。だからこそジョン殿には無理だと確信しているでござるよ。ジョン殿には決して………見て見ぬふりをしながら救いの手を伸ばす……などと余裕を感じる様な救出方法を取る事が出来ぬということを」


 「……なら他に誰が……魔法を使っているんですの?」


 「ジョン殿が魔競技で見せた強力な魔法、本人の気質とはあまりにもかけ離れたドス黒き魔力の色、ジョン殿の中にはもしや……いや、まるでジョン殿を護るように立ち回っているのなら聴いた話とは……」


 「ヒサメさん……?もしかして魔法の主が分かるんですか?」




 「…………いや、確信の無い情報を話すのは辞めておくでござる」




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