話を遮る者達


 長期休暇が明け、とうとう第二学年としての年が始まった。


 と言っても特別寮に所属している俺とヒサメは特に授業などと言ったものは無く、気がついたら昼休みを迎えてしまっていた。


 そして昼休み、いつも通り学食の定位置となった場所でヒサメ達と共に昼食をとっていたのだが……。


 「それでは三人とも今学年の魔競技でもどうかよろしく頼むでござるよ」


 「ええ任せてください!お二人の目的の為にも頑張らせていただきます」


 「私も……私も次こそはマクスウェルさんに勝って見せますわ」


 「ふむ、確かに去年の魔競技では総合一位を取ることが出来たとはいえ、マクスウェル殿がいる限りは油断は禁物でござるな」


 「……その事なんだがレフィ…彼女はこの学校を辞めるそうだ」


 「え?マクスウェルさんが?」


 「………」


 「……そうでござったか。拙者達にとっては警戒すべき者が一人減ることは歓迎すべきことでござるが、リリィ殿としては納得し難いものでござるな」


 「………………いえ、最大の障害である彼女が退学なされるのならそれは喜ばしい事ではございませんか」


 「リリィ……」


 リリィもレフィアちゃんとの再戦に向けて燃えていたからな。すぐには飲み込めないだろう。




 「……あの、今いいかしら」




 「レ……マクスウェルさん……」


 リリィにどう言葉をかけるべきか悩んでいると件のレフィアちゃんが食堂の定食の載ったお盆を持って話しかけてきた。


 今はタイミングが悪い……。


 「ごめん、ちょっと今はタイミングが悪くて……後でこっちから話を聞きにいくからその時にでも……」


 「そう、なら……」


 「……ジョンさん、私達は構いませんわ。お二人も別に問題ありませんわよね」


 リリィがこの話を飲み込めるまで時間が掛かるだろうとレフィアちゃんとの話を後回しにしようとしたのだが当のリリィがこの場で話したらどうかと促してきた。


 「拙者達も構わぬでござるよ」

 

 此処で話を聞く事になった。


 「えっと…レグスが今日神聖国の方に戻るそうよ」


 「レグス君が?」


 ……そうか、レグス君が神聖国に戻るのか。出来れば見送りたかったのだが……


 「ええ、その……貴方がレグスがこっちについてくることになった時に気にしてたみたいだったから……」


 「あー、態々ごめん……。俺もレグス君がどうしてたのか気になってたから助かるよ」


 先日バルスブルグさんの屋敷を後にし、レグス君と二人帰路に就いていると、彼が突然依頼の報酬として貰った金銭を投げ渡してきた。


 あの莫大な報酬が提示されていた依頼を達成して手に入れた金を彼は全部俺に渡してきた。


 だがそうか……レグス君は神聖国に戻ったのか。あの依頼の報酬額は彼の中でも十分に借りを返したものと判断されたのだろう。


 「その……それだけ」


 そう言い残して彼女は踵を返そうとした。


 「待ってくれ!」


 「………どうしたの?」


 「もう結構席は埋まってきてるけど何処かに座る場所は確保してるのかい?」


 「いえ、この後探す予定だけど」


 「なら此処で一緒に食べないか?」


 レフィアちゃんは善意で俺にレグス君の事を報告しにきてくれたのだ。だがそのせいで彼女は昼休み中に席に着くのが難しくなっている。


 リリィにはきつい思いをさせてしまうかもしれないが今空いている席といえばいつも通り周りから距離を取られている俺たちの近く席しか無い。


 「此処で………?」


 「ああ」


 「…………」


 「…………」


 「…………」


 「……なんか空気が重くないですか?」(コソコソ)


 「気のせいでござろう」(コソコソ)


 「気のせいかなぁ」(コソコソ)


 「………いえ、私は「あのッ!…………少し良いでしょうか……ジョン・ドゥ……さん……」


 レフィアちゃんが口を開くのとほぼ同時に何者かが会話に割り込んできた。


 「バルスブルグさん……」


 会話に割り込んできたのは先日一悶着あったばかりのクレア・バルスブルグさんだった。


 「………その、昨日の件なんですが……シルフレヴさんからアレを受け取られましたか?」(コソコソ)


 彼女は周りに聴こえぬ様に俺の耳元に顔を近づけてそう聞いてきた。


 「……………」


 「……………ッ」


 「なんか急に寒くなりましたね」


 「気のせいでござろう」


 「気のせいかなぁ」


 バルスブルグさんの言うアレ……思い当たるのは昨日の帰り道、レグス君から依頼の報酬と共に渡されたアレのことだろう。




 



 


 時は『開示請求』とかいうふざけた名前の鏡に俺の姿が映し出されたところまで巻き戻る。

 



 「ありがとうございますっ!あの時貴方に聖剣デュランダルを頂いたおかげで僕達は没落を免れる事が出来ました!」


 「いえ……お気になさらず」


 「シルフレヴさんも本当ににありがとうございます!!」


 「いや……俺は」


 「ほら!姉上もお礼を……というかこれまでの無礼を早く謝ってください!」


 「そんなっ………私は………違っ……」


 「その……本当に気にしてないんで」


 この場にいる殆どの者が現状に戸惑って動けずにいる。この三者三様の混沌とした場をどうすれば収める事が出来るんだ?


 まずはこの興奮した様に俺の手を握りブンブンと振っている子を落ち着かせないと話を聴いてもらえそうにない。



 「カミュ、興奮するのは分かるけど一度落ち着きなさい」


 

 どうすればこの子に落ち着いてもらえるか悩んでいるとアルマさんが助け舟を出してくれた。


 「母上………」


 母の言葉に冷静になったのか彼は握っていた俺の手を離し二歩ほど後ろに下がった。


 というか今更だがこの子の名前はカミュというのか。


 「先ずはジョン・ドゥ様、貴方に最上の敬意と感謝を……貴方の善意によって我がバルスブルグ家は……いえ、私の大切な家族全員が救われました」


 カミュ君が下がったのを確認するとそう言ってアルマさんは深々と頭を下げてきた。


 「つきましてはこの感謝の気持ちを形にして伝えたいのですが何かお望みのものはございませんか?」


 どうする?俺はこの件でバルスブルグ家に金銭的損失を与えるつもりはさらさら無い。


 あえて望みがあるとするならこの件を口外しないで欲しいということぐらいだ。


 「なら一つお願いがあります」


 「!何なりとおっしゃってください。バルスブルグ家の名にかけて必ず果たします」


 「今日の事を決して他言しないでください。どうかお願いします」


 『アニキ、差し出がましいですがそれだけじゃ足りない気がするッス。此処は二度と自分にも関わるなと付け足しておきましょう』


 『そんな感じの悪い事を言ったら他言しないで欲しいってお願いを聞いてもらえないかも知れないだろ』


 『それでもッス、そう言わないと絶対にこの後面倒臭い事になるッス。ララには見えます。周りに今日の事が聴こえない様にとアニキの耳元に顔を近づけて喋るそこのオンナの姿が……』


 『……いったい何を言っているんだ?』


 ララが何を言っているのか殆ど理解できなかった。


 「ええ分かりました。どうやら名を広める事が出来ない事情があるご様子、バルスブルグの者として決して恩を裏切る事は致しません。……貴方達も良いわね?」


 「「はい!」」


 「…………」


 アルマさんからの問いに兄弟達は元気よく返事をしていたが、クレアさんは未だ放心状態といった風で母親からの問い掛けが耳に入っていない様だ。


 「……クレア?」


 「……えっ?は、はい……?」


 「……今日あった事を決して他言しないで欲しいと大恩あるジョン・ドゥ様がお望みです。バルスブルグ家としてどうすれば良いのか分かってますね?」


 「……はい、決して他言しません」


 「よろしい」


 「ありがとうございます。助かります」


 「いえ、バルスブルグ家の者として当然の事です。ですがやはり他にも……」


 「それだけしていただけたら充分なんで、それじゃあ俺達はこの辺りで」


 それさえ約束してもらえればもう此処にいる理由は無い。クレアさんも俺が此処にいると気まずいだろうし早くこの場を離れた方がお互いのためだろう。


 「レグス君、行こう」


 「あ、あぁ」


 「お待ちください!……えーっと………そう!報酬!!今回の依頼の報酬の件についてお話しさせてください!」


 「報酬?……あっ」


 チラリとレグス君の方を見た。


 報酬……バルスブルグ家を救ってくれた人物を探して欲しいという依頼………その依頼を受けたのはレグス君だ。


 もし依頼に設定されていた報酬額を彼が欲しいと言うのなら俺にそれを妨害する権利はない。


 「シルフレヴさん……報酬を渡したいので少し此方に寄ってもらっていいですか?」


 「俺は……………………………っ分かりました」


 彼は申し訳なさそうに俺の方を振り返った後、なにかを決意した様にアルマさんの方に近づいて行った。


 「実は此処に報酬のお金を準備していたんです」


 レグス君が近くに寄ってきた事を確認したアルマさんは部屋の中に設置されていた宝箱?の中から両手いっぱいで抱えなければ持てなさそうなほど大きな皮袋を取り出し、それをレグス君に手渡した。


 「それでですね………」


 そしてアルマさんは受け取った皮袋を抱えているレグス君の耳元にそっと顔を近づけ、ごにょごにょと何かを耳打ちしていた。


 「………元からそのつもりです」


 アルマさんが耳元から離れた後、それだけ言って彼は戻ってきた。


 そして俺達は「何か困った事があればいつでも当家を頼ってください」という言葉と共に見送られながら屋敷を後にしたのだった。



 その帰り道、


 「……今日は悪かったな。俺があの時口を滑らせなければ………」


 「いや、気にしてないよ。レグス君も俺何悪く言われない様にフォローしようと思っての事だっただろうし」


 『そうか……』


 二人で話しながら暫く歩いているとレグス君がふとその歩みを止めた。


 「……?レグス君?それを抱えた状態であまり止まらない方が……」


 騎士団が見回っている貴族街もすでに抜けていて、この商業区の中ではいつひったくりに遭ってもおかしくない。そしてあの袋の中には依頼書に書かれていた分の報酬が入っているはずだ。今は周りに人もいないとはいえそんなものを抱えた状態で歩みを止めるのは危険な行為の様に思えた。


 「これ全部お前にやる」


 だが心配するのも束の間、そう言って彼は抱えていた皮袋を此方に投げ渡してきた。


 「うおっ!?…………ととと?」


 急に投げ渡されたそれに何とか反応できたもののその予想以上の重さに後ろに倒れそうになり……………尻餅をつく事までは覚悟していたが、突然後ろから誰かに支えられ倒れる事なく済んだ。


 「あ、すまないエデ……ジョン。大丈夫か?」


 「あ、ああ……この人に支えてもらったか………ら?」


 背後に居る筈の誰かに礼を言わなければと振り返ったが、そこには誰の姿も……無かった。


 「………え?」


 「……?支えてもらった……って此処には俺とお前しか居ないじゃないか」


 「……あれ?」


 いったい誰が……と疑問が浮かびそうになったが、一瞬だけ姿を現し、一瞬で姿を消せる存在に二人ほど心当たりがある事に思い至った。


 『もしかしてララがさっき支えてくれたのか?』


 『……はい、あまりアニキ以外の人間の目に触れるのも良くないと判断して、一瞬だけ実体化させてもらいました』


 『そうだったのか。おかげで助かったよ、ありがとう』


 『ララが助けになれたのなら良かったです』


 「あー、気のせいだったみたいだ。それよりこれは………」


 「その中には今回の依頼の報酬と………バルスブルグさんからお前に渡して欲しいと頼まれた分の金が入っている」


 ならこの皮袋の中には報酬以上のお金が入っていると言う事か。どうりで予想してたよりも重い筈だ。


 「俺に渡された分の報酬もお前にやる。俺の命を救って貰った分の礼だ。元からあの依頼に書かれていた報酬は全てお前に渡すつもりだった。といっても今日はいろいろ当てが外れたせいで実質お前を売って手に入れた様なものだからな。お前が納得しないって言うならそれとは別に用意するつもりだが……」


 これは……どう答えるのが正解なんだ?


 この皮袋の受け取りを拒否してしまうとレグス君の時間を更に奪ってしまう事になりそうだ。


 ここは受け取るべきか………。


 『ララは辞めておいた方がいいと思うッス。きっとアニキの事だからそれを受け取ってしまうと逆に負い目を感じてあの家の人間達を気にかけざるを得なくなる筈ッス』


 『でも負い目という点であればレグス君の時間を奪う事への負い目の方がかなり大きい。このお金に関しては一旦後回しにして今はこれを受け取ってレグス君の借りというのを無くそう。このお金は後でどうにかしてバルスブルグ家の人達に返すか、それが難しかったら別の形で返したら良いだろう』


 『だからソレェ!!ソレの事をララは言っているんスよ!…………………ハァ、分かりました。此処は一度受け取ってこの男があの国に戻った事を確認した後、このお金をさっきの人間達にしっかりと返しに行きましょう』


 『……それが良いよな』


 「このお金はレグス君が人探しの依頼を正規の方法で達成してレグス君に与えられた報酬だけど、本当に全部貰っても良いのかい?」


 「……元々お前が居ないと手に入らなかった金だからな。……やっぱりこの金でお前への恩を返すのは間違っていたか?」


 「いやいや、間違ってないよ!じゃあありがたくこれは貰うね!」


 「そっ、そうか……じゃあ確かに渡したからな」


 そうしてその日は解散した。










 「あー、アレですね。確かに受け取りましたよ。ただアレに関して少し話したい事があって……」


 ちゃんとアレが必要ない物だと伝えなければ。


 「………もしかして足りませんでしたか」(コソコソ)


 「…………」


 「…………」


 「いや、どちらかと言えば多すぎるというか……むしろ要らな」




 「おいッ!レフィア!そんな奴らと何をしてるんだ!!」




 突然食堂内に怒号が鳴り響いた。


 「あの人は……」


 「……ユリウス」


 声の方へ振り向くとそこには怒りの形相を浮かべながら此方に近づいてくるユリウス・アゾーケントの姿があった。


 「お前は俺の班のメンバーだろ!なんでそいつと……そいつらと一緒にいるんだ!!」


 「……此奴は場の空気というものが読めんのか」


 「なんだとッ!貴様!!」


 「……とヘンリー殿が言っていたでござる」


 「ヒサメさんっ!?」


 「なっ!むぐぐぐっ!!」


 どうやら今にもアゾーケントに掴みかかられそうだったヒサメは俺がアゾーケントと決闘した時の『ヘンリーに関わるな』という約束を有効利用したようだ。


 「……要件は済んだし私はもう行くわ」


 「レフィアちゃん?」


 一連のやり取りを眺めていたレフィアちゃんはそう一言言い残しこの場を離れていった。


 「むぐぐっ…ぷはぁっ…レフィア!」


 そしてそれを追うようにアゾーケントもこの場を後にしようとしたのだが思い出したかのように俺の方へ振り返って


 「おいジョン・ドゥ!レフィアは俺の班のメンバーだ!部外者のお前が彼女に近づくな!」


 最後にそう言い残していった。


 「………」


 「マクスウェル殿に助けられたでござるな」


 「………別に私だって同じ立場なら同じようにしてましたわ」


 「………」


 「ヘンリー?大丈夫か?」


 ヘンリーは未だに唖然とした表情でヒサメの方を見ていた。


 「はっ、ジョンさん?……ええ、大丈夫です」


 「そうか、なら良いんだが」



 「あ、あのっ!!」



 一体さっきのは何だったんだという戸惑いの雰囲気の中、バルスブルグさんが声をあげた。


 「……そう言えばまだ話の途中でしたね。どこまで話しましたっけ」


 「あの………申し訳ありません。母があの皮袋の中に私の手鏡を間違って入れてしまってたらしくて……お手数ですがそれだけ返していただくことは出来ないでしょうか」


 「あの皮袋の中に?」


 「……もしかしてありませんでしたか?」


 「……いや、あの中身はまだ一度も確認してなくて……」


 「そう………ですか」


 「今すぐ確認しに行きますね」


 「い、いえ!そんな急かすつもりで言ったわけじゃではなくて!」


 「でも態々そう言いにくるってことは大切な物なんでしょう?ちょっと此処で待っててください。すぐに探して持ってくるんで」


 一瞬、あの皮袋ごと返そうかという考えも過ったがあんなに重かったものを女の子一人に渡してはい終わりとするのもどうかと思いやめることにした。後日しっかりと自分であの家まで返しに行こう。


 今はとりあえず手鏡だけ……そう考えて席を立ち食堂を出た所で、バルスブルグさんが後を追ってきた。


 「せ、せめて探すのを手伝わせてください!」


 



 


 そうして特別寮にある俺とヒサメの部屋に向かい、そこに放置していた皮袋の中身を探し始めた。


 「…………ごめんなさい」


 「え?……ああ、気にしないでください。さっきも言ったけど大切な物なんでしょう?」


 「いえ、この事じゃなくて……これもですけど、これまでの態度の事を謝りたくて……」


 「……それこそ気にしないでください。魔力が見える人が俺を見た時に嫌悪する事も恐怖する事も知ってます。あれは当然の反応です」


 「なら何故お母様は貴方の人柄を見抜けたのでしょうか……」


 「それは……なんででしょうね………ん?これかな?」


 大量の金貨の中に一際大きな手で握れる何かが入っていた。


 「ありました。多分これで…………………すっ!?」


 俺が金貨の中から引き抜いた物、それは確かに女性向けのデザインの手鏡だった。


 だがその鏡面は割れていた。それはもうバキバキに割れていた。


 「……割れている?」


 何故か頭の中にレグス君からこの皮袋を投げ渡された時の光景が思い浮かんだ。


 ま、まさかあの時か?。


 『落ち着いてくださいアニキ!あの腹黒……目の前の人間の母親が最初から割れた手鏡を入れていた可能性もあるッス!』

 

 『いや、そんな意味のわからない事をする理由も無いだろう。一番可能性があるのはやっぱりあの時だ』


 『仮にそうだったとしても悪いのは投げ渡してきた方でしょう?アニキには一切非は無いッスよ』


 『でもレグス君が神聖国に帰ったのなら責任を取れるのは俺しか居ないだろう』




 「……ベ、弁償させて下さい」




 俺は反射的にそう口走っていた。

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