善意


 長期休暇も間も無く終わるという頃にレグス君からの呼び出しを受けた。


 「レフィアちゃんはこの公園にレグス君が居るって言ってたけど……」


 昨日、ヒサメ達と共に学食で昼食を摂っていると突然レフィアちゃんが訪ねて来た。


 一体どうしたのかと訊ねるとレグス君から明日公園に来て欲しいと俺に伝えて欲しいと頼まれたらしい。


 そして俺は今その彼の伝言を受け取り指定された公園まで来ていた。


 いや〜それにしても本当に良かった。レグス君からの呼び出しの要件なんて彼が言っていた借りを返す件ぐらいしか思いつかない。俺はてっきりレグス君のあの態度だとお礼というのにかなり時間を割いてしまうんじゃないかと不安に思っていたのだ。


 だが借りを返すと言われた日からあまり日にちも経っていない内にこうして呼び出されたということは彼も常識的な範囲内の金額で納得してくれたということだろう。


 本当に良かった。


 彼の気が変わらない内にさっさと受け取って今回の話を終わらせてしまおう。



 そう思って伝言の通りに朝の公園にやって来たのだが彼は一体何処に…‥。



 「こっちだエデ…………ジョン!」


 

 公園内をキョロキョロと見回しながら歩いていると少し離れたところから知った声が聴こえて来た。


 「ああ、そこだったのか。今そっちに行くよ!」


 一人立っていたレグス君の元へ駆け寄った。


 「悪いな、態々こんな朝早くから来てもらって」


 「いや、それは構わないけど……いったいどうしたんだい?レフィアちゃんも何の用事なのかは分からないって言ってたけど……」


 とは言いつつも十中八九例の件だろうが。


 「ああ、今受けている依頼にどうしてもお前が必要だったから足を運んでもらったんだ。すまないな。」


 ……ん?依頼?予想してたものと違うな。それに彼は今何か依頼を受けている最中なのか。


 思った要件とは違っていたが、彼が人手が足りなくて困っているというのなら当然手伝わないという選択肢は無かった。


 「もちろん構わないよ。それでレグス君は今どんな依頼を受けているんだい?」


 「人探しだ」


 人探しか………。それは確かに人手が多ければ多いほど有利な依頼だ。


 「人探しだね。分かった。詳しい情報を教えてくれ」


 「詳しい説明は向こうに着いてから話す。付いて来てくれ」


 ……此処では話さないのか?


 そう言って彼は行く先も伝えぬまま何処かへと歩き始めた。俺は彼の態度に疑問を抱きながらもその後ろをついて行った。








 レグス君に付いて移動する内に周りの街並みの中に豪奢な邸宅が目につく様になって来た。


 俗にいう貴族街だ。


 「レグス君、今受けているのは人探しの依頼って言ってたけど……依頼主は貴族の人だったり?」


 貴族街、此処に来たのはヒサメ達と冒険者ギルドの依頼を受けようとしたあの日以来だ。


 「そうだ」


 「そうなのか………」


 ……大丈夫だろうか?一応俺は今、この国の貴族に命を狙われたという事で身分を変えているんだが……。


 一応彼にも今の俺が身分を偽らざるをえなくなった事情について説明はしているから分かってくれているとは思うが……


 『安心してくださいアニキ!アニキを害するものは全部ララが排除してあげますから!』


 『ララ……気持ちはありがたいけど俺もララに他人の命を奪う様な事をさせたくないって気持ちは変わらないよ』


 『………』


 「………ここだ」


 ララとの念話に集中しているとレグス君が何処かの屋敷の門の前で足を止めた。


 「此処は……」


 その屋敷には見覚えがあった。


 「此処に住んでいるバルスブルグ家の人達が今俺が受けている依頼の依頼主だ」


 「……マジかよ」


 俺は前にもこの家の出していた人探しの依頼を受けた事がある。ヒサメ達と共に。


 まさかとは思うがレグス君が受けた依頼というのは………。


 「レグス君……そろそろどんな依頼を受けたのか説明して欲しい」


 俺の心配しすぎかも知れない。ワンチャンこの家の人達が他の人探しの依頼を出している可能性もある………可能性とかないだろうか?


 「そうだな、……これを見てくれ」


 そう言って彼は懐から一枚の紙を取り出した。


 「これ……お前じゃないか?」


 彼が見せて来たのは前に一度見た事のある子供の描いた(多分)俺の似顔絵らしきものだった。


 当たってほしくは無かったが……………やっぱりかぁ………。


 『どうしますかアニキ』


 『誤魔化そう』


 「違うんじゃないかなぁ……」


 「そ、そんな事は無い筈だ……!ほら、この似顔絵だって村に居た頃のお前そっくりだし!それに何でお前を探しているのか探りに来た時に『腐敗領域』にあった筈の家宝を渡してくれた人を探していると聴いた!それともお前以外に居るのか?あの『腐敗領域』の中に入って生還出来た奴が……」


 「それは……」


 『こいつアニキがこの国の貴族に狙われたから身分を変えたって事を本当に理解してるんスか?よりによってそいつらが集まっている土地でこんな大声で以前のアニキの特徴を捉えた似顔絵を持った状態で目立ちやがって……』


 「ごめんレグス君。あまり俺は貴族街で目立てないんだ。出来ればもう少し声を抑えて欲しい」


 「……あ、すまない……だがだからこそなんだ。……お前が貴族に狙われて今の名前に変えたのは聴いた。だからこそこういった大きな家の後ろ盾が必要なんじゃないか?俺も事情を聞く為に一度此処を訪れた事があるが、此処の人たちはお前が似顔絵の人物だと知れば必ず力にもなってくれる人達だと感じた」


 申し訳なさそうに声を抑えながら彼はそんな事を言ってきた。


 そうか……レグス君なりに俺の事を心配して………。


 彼には貴族に命を狙われて名を変えたと説明したが、その貴族がこの国の大臣であるというところまでは話していなかった。


 「それに此処の人達が探しているのはエデル・クレイルじゃなくて聖剣を渡してくれた人物だ。だからお前が身分を隠したいのならジョン・ドゥと名乗れば問題ないんじゃないのか?」


 彼に俺の命を狙っていた貴族が大臣だという事を話したほうがいいだろうか?


 「……実は一つレグス君に話してなかった事があるんだ」


 俺の命を狙っていた貴族というのはこの国の大臣をやっている者だったらしいという事を伝えた。


 「だいっ!?………お前そんなデカいところから狙われていたのか!?」


 あまり彼には心配をかけたくなかったがこうなってしまっては仕方がない。何とか彼に諦めてもらうためにも真実を話すしかなかった。


 「うん、だからこの家の人達を巻き込むわけにはいかないんだ」


 「……そうか。お前がそう言うなら…………相手は大臣だもんな………お前は大丈夫なのか?」


 「大丈夫だよ。いざとなったら『腐敗領域』に逃げる事も出来るしね」


 指に嵌められた『転移の指輪』を見せながら安心させるようにそういった。


 「そうか……だがお前が名乗り出ないとなるとどうするべきか。前に此処に訪れた時に心当たりがあるから連れて来るといってしまったんだが……」


 「誤魔化そう」


 「え?」


 「誤魔化そう」


 「あ、ああ……それしか無いのか?」


 「それしか無いね」


 ただ偶々手に入れたものを本来の持ち主に返しただけでお礼として莫大な金銭を受け取るなんて逆に申し訳なさすぎる。


 それに何より俺が『腐敗領域』に足を踏み入れても何の影響も受けない人間だと言う事が知れたら、また『腐敗の女神』を信仰している異端者扱いを受けるかも知れない。


 イリエステルと友人関係を築いている現状、『腐敗の女神』の信奉者扱いされても一概に否定できないのだから目立たない事が一番なのだ。


 「分かった。なら心当たりがあった人物は俺の思い違いだったと言うことにしておく」


 「ごめん。俺の為にとしてくれたことだろうけど……」


 「……いや、お前に迷惑をかけるようだったら意味が無いからな」


 彼には申し訳ないがそうしてもらうしか無いだろう。


 彼がこの家の人達に落胆の表情を向けられてしまう事を考えると名乗り出てしまおうかとも思ってしまうが『状態異常封じの腕輪』までもう少しという状況で波風を立てる訳にはいかない。


 「じゃあ此処には俺が一人で入るからお前は此処から……」


 ガチャッ


 レグス君が屋敷の門へ手をかけるのとその門が開くのはほぼ同時だった。


 「あ、もういらっしゃってたんですねシルフレヴさん。それで隣にいる方が例の…………………あ」


 「「あ」」


 門を開け中から出てきたのはどこか見覚えのある男の子で………。


 あまりにもタイミングが悪過ぎた。


 「こっ………………この人です!シルフレヴさん!この人ですよ!ありがとうございます!!」


 その少年は俺たちが何かを言うよりも先に俺の手を握り興奮した様子でレグス君にお礼を言い始めた。


 「……なんのことだ?そいつは俺の冒険者仲間で心当たりがあった奴とは別だ。あの似顔絵の特徴とは全然違うだろ?」


 「……確かに眼の色も髪の色も違いますね。………でもこの方の顔を見たことあるような…………いえ、詳しい事は中でお聞きしましょう。姉上も待ちきれないといった感じでしたし」


 そういって彼はどうぞどうぞといった風にレグス君と俺を屋敷の中に招こうとしていた。


 どうする……。今此処で俺だけ帰るのも不自然じゃないか?


 ふとレグス君の方へ視線を向けると彼は目で何かを伝えてこようとしていた。


 『お前が似顔絵の人物である事はなんとか誤魔化すからこの場は一旦着いてきてくれ』


 『…分かった』


 『羨ましい!ララもアニキと目と目で通じ合いたいっス!』


 そうして少年に促されるままレグス君と共にバルスブルグ家の屋敷の中に足を踏み入れた。






 「どうぞ、此方の部屋に依頼主である姉上がいらっしゃいます」


 案内された部屋の中には前回此処に来た時に対応してくれた魔法学校の先輩であるクレア・バルスブルグさんと小さな男の子が一人ソファーに腰掛けていた。


 「なっ!?なんでまた貴方が!」


 バルスブルグさんは俺の顔を視界に入れた途端に立ち上がり、警戒の表情を向けてきた。


 「姉上はこの方とお知り合いなんですか?」


 「……マジカルヤマダ魔法学校の後輩です。…………まさか彼が似顔絵の人物だなんて言いませんよね」


 「ああ、こいつは俺の冒険者仲間で……俺が心当たりのあった人物じゃあありません」


 「ですよね。彼な筈がありません」


 良かった。どうやら俺が言い繕わずとも特に疑われたりする事も無さそうだ。


 「それじゃあシルフレヴさんが心当たりがあると言っていた方は……」


 「……そいつに確認してみたら俺の思い違いだったみたいで……期待させてしまって申し訳ありません」


 「そうですか………。確かに残念ですが貴方が謝る必要はありません。中には適当に似顔絵の特徴を真似た茶髪で翠眼の人物を用意して報酬を受け取ろうとする人達もいましたし………それに比べたら心当たりの方が違ったからと素直に引き下がれる貴方には好感がもてます」


 「ありがとうございます。良い報告が出来ずにすみません。……帰るぞ」


 レグス君は俺にそう一声かけた後に部屋を出て行こうとした。


 そして俺もぺこりと頭を下げてそれに続こうとしたのだが、



 「ちょっと待ってもらっていいですか」




 俺たちをこの部屋まで案内してくれた少年に止められた。


 「……どうされましたか?」


 レグス君が声音に警戒の色を滲ませながら少年に向き合った。


 「やっぱりシルフレヴさんの冒険者仲間の方に見覚えがあります。……本当に貴方の心当たりは違っていたのですか?」


 ……まずい。やはり多少の違和感を持たれようがあの場で引き返しておくべきだったか?


 「はい、恥ずかしいくらい見当違いなものでした。それに彼は見ての通り茶髪でも翠眼でもありません」


 俺が振り返ることが出来ずにいるとレグス君が振り向いてそう返してくれた。


 「そうですよ、その人な筈がありません。彼も言ってましたがその人は茶髪でも翠眼でもありませんしそれに何より……」


 そして何故か分からないがバルスブルグさんもレグス君の援護射撃をしてくれている。


 「……でもこの方の顔に見覚えがある気がして」


 「それは気のせいでしょう」


 「ムッ、姉上に何が分かるんですか。姉上は僕達に聖剣を渡してくれた人を直接見た事もないのに」


 「……確かに私はその人の顔は見たことありませんがそこにいる彼の魔力の色は見えます。アナタには見えないでしょうがそこにいる彼の魔力は私達を騙そうとしてきた人達よりももっと……っドス黒い色をしています」


 彼女は害虫でも見るかのような目を此方に向けながらそう言ってきた。


 「魔力の色はその人の人間性そのものと言っても過言ではありません。彼の魔力の色を見る限りとてもじゃありませんが無償で人に聖剣を渡すような人には見えません。彼は絶対に自分の資産を無償で他人に分け与えることなんてしないでしょう。寧ろ」



 「それ以上コイツの事を貶すのはやめていただけませんか」



 目の前で突然姉弟による言い争いが始まったかと思ったらレグス君も何故かそれに参加しようとしていた。


 「レグス君?」


 俺はバルスブルグさんが言った事は全然気にしていない。俺の魔力が側から見て真っ黒な事はララから聴いている。だからさっき彼女が言ったことが俺の事だとは思わないし実際に黒い魔力の持ち主であるララが悪いやつじゃない事を俺は知っている。


 だからむしろレグス君の援護射撃をしてくれていたバルスブルグさんに感謝していたぐらいなのだが……何やら雲行きが怪しくなってきた。


 「レグス君、早くお暇しよう」


 悪い予感がした。


 だから彼に早く帰ろうと促したが彼はその場から動こうとしなかった。


 「いえ、シルフレヴさんが善人だからこそハッキリ言います。彼とは早めに縁を切った方が良いですよ?彼は周りに不幸しかばら撒けない人間です。私も昔は魔力の色で人を判断するなど愚かな事だと思っていました。しかし私達を騙そうとしてきた方々の魔力の色は総じて濁った色をしていたんです」


 「ハッ、コイツが不幸しかばら撒けない人間だと?俺はコイツに命を救われた」


 レグス君の態度がどんどんと遠慮のないものになっていっている。


 「命を救われた?ああ……だから彼とパーティを組んでいるんですね。貴方が義理堅い方だと言うのは理解出来ましたが貴方はいずれその事をきっと後悔します」


 「……お前にコイツの何が分かる。俺達は同じ村で生まれ育った。コイツがどんな奴か知っているつもりだがコイツは一度も他者に悪意を振り撒いた事は無い。寧ろ不幸な奴がいたらそれを救おうと全力を尽くしていた」


 「レグス君…」


 「それに俺はかつてコイツに……今思えば絶対にあり得ない疑いを向けて『腐敗領域』まで追い立てた。だがコイツはその事を責めるどころか疑われるような行動をとった自分が悪いと逆に頭を下げてきた。それでもアンタは……」


 「……………………『腐敗領域』まで追い立てた?」


 「……………あ」


 『こいつバカでしょ』


 「レグス君!?」


 「ほら、やっぱり僕の思い違いなんかじゃ無いですよ!『腐敗領域』に入った人間はたとえどれだけ強くとも全身が腐って死んでしまいます。僕達のご先祖さまもそうでした。でもこの方が此処にいると言う事はその『腐敗領域』から生還したと言う動かぬ証拠です!やっぱり『腐敗領域』から聖剣デュランダルを持ち帰って来たのはこの方なんですよ!」


 「そ、そんな話信じられません。シルフレヴさんが誇張して話しただけでしょう。仮に彼が言った事が本当だとしてもきっと聖剣の方とは別人のはずです」


 「姉上の分からず屋!」


 「貴方は魔力が見えないからそんな事が言えるんです!」


 「ちょっ……兄上も姉上も落ち着いて」


 場が混沌とし始めた。


 「レグス君、今のうちにこの屋敷を出よう」


 「あ、ああ……すまない」


 今起こっているこの喧嘩の原因が俺が名乗り出ないせいだという事は重々承知しているがこれ以上此処に居るとそのうちボロが出そうで怖い。


 


 「これはなんの騒ぎ?」




 この隙に部屋を出て行こうとしているともう一方の扉からクレアさんの姉だろうか?落ち着いた雰囲気の女性が部屋に入ってきた。


 「「母上!」」


 先程までバルスブルグさんと言い争っていた少年と二人の言い争いを仲裁しようとしていた少年の二人が入ってきた女性の事をそう呼んだ。


 母上!?という事は彼女はこの子達の母親なのか!?


 「それで二人はどうして喧嘩をしているの?それもお客様の前で」


 「聴いてください母上!例の依頼を受けていただいたシルフレヴさんが僕達に聖剣を渡してくれた人を連れて来てくださったのに姉上がこの人じゃないと言って聴いてくれないんです」


 「あら?この家を救ってくださった方が見つかったの?」


 女性が急に此方の方へ身体を向けてきた。


 「あら、シルフレヴさんと…………そちらの方ははじめましてよね?私この子達の母親のアルマ・バルスブルグと申します」


 「どうも……」


 「あ、初めまして桐や……いや、エデ……いや、ジョン・ドゥと申します」


 自己紹介と共に頭を下げられ、俺の中の前世の部分が反射的に自己紹介を返してしまった。


 「お母様も魔力が見えますよね!なら分かる筈です!この人の魔力が如何に邪悪なものか!」



 「クレア?今、お客様を指差すだけでなくお客様に向けて邪悪と言い放ったの?」



 「……ッ!?………ええ、そうです。きっとこの人達も依頼の報酬目当てで此処を訪ねてきたに決まってます」


 一瞬ビクッと身を竦めながらも、それでも彼女は必死に俺の危険性を説いていた。


 ララからこの黒い魔力のせいで魔力が見える者には凄まじい嫌悪感を与える事もあると説明を受けていたが………まさか此処までのものだとは。


 「ねえクレア、貴女はバルスブルグ家の者としてお客様を指差しなさい、お客様の人間性を否定しなさいと教えられたのかしら」


 「それはッ…………申し訳ございません」


 「謝るのは私にではないでしょう?」


 「……………………………………申し訳ございません」


 バルスブルグさんは苦虫を噛み潰したかの表情で謝罪の言葉と共に頭を下げてきた。


 「私からも謝罪致します。娘の無礼な態度をどうかお許しいただけないでしょうか」


 「ちょっ……!頭を上げてください……!」


 「許していただけるのですか?」


 「許すも何も全然気にしてないですから!」


 「……ごめんなさい、娘はまだ未熟で、魔力の色でしか人を見る方法を知らなくて……この家を救ってくださった方に品の無い言葉を……」


 「この家を救ったのは俺じゃ無いです。じゃあ俺達はこれで失礼します!……行こうレグス君」


 今は早くこの場から離れたかったのだが……。


 「良ければ少し待っていただけるかしら」


 「………何でしょうか」


 「ドゥさんも娘に此処まで言われたままでは腹に据えかねるでしょうし、ドゥさんが邪悪な人では無いと此処で是非証明させていただけませんか?」


 「すみませんこのあとようじがあるので」


 「………そうですよね、娘に此処まで酷い言葉をぶつけられてはこの屋敷にいるのも嫌になりますよね……」


 ヨヨヨヨ…‥といったふうにアルマさんはその場に蹲った。


 「………」


 か、帰りづれぇ……。


 「お客様を此処まで不快な気分にさせたとあってはバルスブルグ家の名折れ。こうなってしまっては娘を勘当するしかありませんね」


 「お母様!?」


 「………わ、分かりました!待ちますから…」


 自分たちが来たせいでそんな事に発展したなんて事になったら寝覚めが悪いなんてものじゃ無い。


 「それなら良かったですわ。ならそこで少しお待ちになってくださいね」


 だが彼女は俺の返答を確認すると先ほどまで嘆いていたと思えぬ程ケロリとした表情で部屋を出ていった。


 「………」


 「………」


 「………」


 暫くこの気まずい空間で待っていると、彼女は二人がかりで布の被された大きな板を運んでいる執事服を着た男達を連れて戻ってきた。


 そしてその男達は持っているその大きな板を部屋の真ん中に降ろすと何も言葉を発する事もなくアルマさんに一礼して部屋を出ていってしまった。


 「お母様、何故今それを……?彼らには必要無いものでしょう?」


 あの立てるように置かれた巨大な板はいったい……


 『ララ、アレが何か分かるか?』


 『魔力を感じるので何かの魔道具だと思うんスけど………大きな板状の魔道具……この人間達の状況から考えると『開示請求』である可能性が高いッスね』


 『開示請求?』


 それは本当に道具の名前なのか?ファンタジー世界にあるまじき名称なんだが。


 『アニキのご想像通りあの鏡を造ったのはアニキが今通われている魔法学校を創った異界人です』


 そうなのか、いやまあ魔法学校のイベントの名称に『PvP』だの『PvE』といった名前をつけた人物だから納得できるのか……?


 『さっきのあいつらの会話から推測するに、この人間達を騙そうと別の人間どもがアニキのフリして訪ねてくることが多々あったみたいですから、変装を見破る手段としてその者の偽りの姿を否定するというあの鏡を用意しているんでしょう』


 『……偽りの姿を否定する?ならアルマさんは今俺がララの魔法で見た目を変えていると知っているってことか?』


 『そうあたりをつけてる事は確かッスね。だからアニキに名乗り出るつもりがないならあの鏡には映らないようにした方がいいと思うッス』


 『そうだな』


 ララとの会話を終え、板の方に意識を向けると既にアルマさんは鏡に掛かっている布を取り払おうとしていた。


 「うおっ……!?」


 大股で大きく横に移動してどうにか鏡面に映る事は回避する事が出来た。


 「………あら?」


 だがアルマさんは俺が鏡面に映ってない事を確認すると鏡の向きをずらして俺を映そうとしてくる。


 「………!」


 俺は更に横に移動し、鏡に自分の姿が映されないようにした。


 「あら……?」


 鏡の向きをずらされ


 「………!」


 横に移動し


 「あら……?」


 ずらされ


 「……!」


 移動し


 「あら…?」


 「……!」


 「この人その鏡を凄い避けてるじゃ無いですか!?やっぱりやましい事があるって証拠でしょう!」


 「あらあらそんな事あるはずないでしょう?彼がこの鏡に映る事を拒否なんてしたらシルフレヴ君に『姿を偽っている者を用意して依頼主から報酬を騙し取ろうとした』なんていう噂がたってしまうかもしれないわ。彼はシルフレヴ君がそうやって後ろ指を指されることをきっと良しとしない筈よ。ですよね?」


 「う゛っ……!」


 『アニキ!?』


 アルマさんの問い掛けについ動きを止めてしまった。


 そして……






 「ほらやっぱり!この方です!この方ですよ!僕達に聖剣デュランダルを返してくれた人はこの方で間違いありません!!」






 鏡の中に茶髪で翠眼の青年の姿が映し出されていた。




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