紅き女神への呪い その3
「……ふぅ、まさか教会の中に魔物が居たとは………ニケの方は怪我は無いか?」
「…………」
私が料理を担当して……彼には外の知識があるみたいだから食材の調達を担当してもらって…………いや、料理も食材の調達も彼と一緒にやりたいわね………悩みどころだわ。
「…………ニケ?」
「………ハッ!……な、何かしら?」
彼からの好意をどう受け止めるべきか考えているうちに周りへの意識が疎かになっていたようだ。
「大丈夫か?もしかしてさっきの魔物に何かされたんじゃ……」
彼はぼーっとしていた私を不審に思ったのか心配そうに此方へ駆け寄って来た。
「え、ええ…大丈夫よ」
「……本当か?本当に怪我とかは無いんだな?」
「ええ。本当よ」
「そうか……じゃあ教会の中を見てくるからニケは此処にいてくれ」
そう言って彼は剣を片手に一人教会の中に入って行き、それから暫くして彼が教会の中から戻ってきた。
「あの魔物の他には何もいないみたいだ。とりあえず教会の中に入ろう」
「ええ」
そうして私達は第二の教会の中に入っていった。
彼と互いに思い合っていたと分かった日の夜、彼と教会の近くの森で採取した果実を二人で食べ、教会の中に用意されている聖女用の部屋でこれからの事について話し合った。
「次の教会に行く前に念の為にさっきの森ので保存の効く食料を調達しよう。ある程度は一つ目の小教会の近くで集めた木の実を持って来てはいたけど……三つ目の小教会がある場所以降はもう『邪神』の影響を受けてるんだよな?」
「ああ、それなら心配しなくても大丈夫よ。リオスは動植物が『邪神』の影響で口に出来なくなってるかもしれないって心配しているのよね?心配しなくてもある程度のものなら私の少ない光の魔力でも元に戻せるわ」
「そうなのか。なら道中の食料はなんとかなりそうだな」
「ええ。それぐらいは任せて。これからはしっかりと二人で支え合わないと!」
これから国の外でたった二人で寄り添いながら生きていかなければならないのだ。私も何か彼の役に立ちたかった。
「………ところで今日の夜はどうするの?教会の中にも魔物が入って来るって分かったけど………まさか私をこの部屋に一人残すなんて事ないわよね?」
そして一つ目の小教会では言い出す事が出来なかった一緒の部屋にいて欲しいという願いも彼から好意を向けられていると知った今なら勇気を持って言う事が出来た。
「いや、流石に一緒の部屋っていうのは………部屋のすぐ外に長椅子を持って来るからそれで勘弁してくれ。何かあればすぐに駆けつけるから」
……あれ?普通に断られた??
……いやいやまさか、きっと彼は私の事を大切にしてくれてるだけなのだ。それか同じ部屋に居たら自分の好意に抑えが効かなくなることを危惧しているのかもしれない。
まあ良い、急ぐ必要は無い。これから先私達は長い時を二人で生きていくのだから。時間に余裕がないわけでは無いのだ。
それから次の日、第二の小教会を後にした私達はとうとう『邪神』の影響を受けた領域へと足を踏み入れた。
「その魔物は鹿が変異した魔物よ!後で私が元の姿に戻すから出来れば傷の少ない状態で倒して!」
「分かった!」
二人で手を取り合いながらどんどんと歩みを進めていった。
「教会の裏手でさっきの鹿を焼いて来た」
「ありがとう。助かるわ」
「と言っても本当に火を通しただけの味気ないものなんだが」
「いえ、それでも十分よ。………私、この旅が終わったら料理を覚えるわね!」
「料理か。良いんじゃ無いか?」
そうして彼の強さもあってか窮地に陥る事も無く『邪神』が封印されている場所へと近付いていっていたのだが、九つある小教会のうちの八つ目の小教会のある場所に辿り着いた時に驚くべき事態に遭遇した。
【小教会の中から魔物が飛び出して来た】という出来事を一度経験したことのある私達は、小教会に近づく時も警戒を疎かにしないという事を心づけていた。。
『邪神』の影響を受けた生物は『光の魔力』を持った者が近くに居る事を感知すると本能のままに襲いかかって来る。
だからもし小教会の中に魔物が居るのならこうして私が近づけば自ら姿を現す筈だ。
そして私達がある程度小教会へ近付いたその時、小教会に備え付けられている扉が一人でに開き始めた。
「……下がっててくれ」
「…分かったわ」
八つ目の小教会ともなると二人とも少ないやり取りで手際良く行動できるようになっていた。
……ギィーッ
「……えっ?変異してない人がなんでこんな所に!?」
扉の軋む音と共に小教会から出て来た青い肌をしたソレは私たちの存在を確認すると慌てた様子で
人の言葉を放った。
「魔族……!?」
その人間に限りなく近いカタチをした生物に対してリオスはひどく驚いた様子で剣を向けた。
「うわっ!?落ち着いてください。そんな物で斬られたら死んでしまいます!」
そしてリオスに剣を向けられたソレは慌てるように身振り手振りで交戦の意思がない事を示して来た。それにしても今リオスが呟いた魔族というのは……。
「………もしかしてアナタは『邪神』の影響を受けた人間なの?」
人の言葉を解しながらも目の前にいる生物と同じような特徴を持った存在の事を先代の聖女の旅路の話の中で聴いた事がある。
「………………………人間……だって?」
「ええ、私も昔話の中でしか聴いた事が無いけど。多分この姿になる前の彼は普通の人間だった筈だわ」
「そうそう!そうなんですよ!いやー話の分かってくれる人がいて良かった!あ、僕はナイーブと申します!出来れば其方の男性の方も僕に向けている剣を下ろしてくれると助かります!」
「……本当に何もしないんだな?」
「勿論何もしませんよ!」
「……分かった」
話を聞くとそのナイーブと名乗った男性はここから少し離れたところにある救世国から食い扶持減らしの為に追い出された人達が寄り集まって出来た村から此処に来たらしい。
ある日、その村に住む一人の青年の姿が突然苦しみ始め、今の自分と同じような魔物然とした姿に変わっていき、そしてそれを皮切りに村に住む人達が次々と似た姿形に変異していったそうだ。
みんなその事態に戸惑いながらも自分達では解決のしようがない事態だと判断し、数人の村人達を救世国に遣いを出したそうだがその村人達がいつまで経っても戻ってこず、手詰まりなその状況を解決する手段が何かないかと小教会を調査していたという事だった。
「……少し手を出してもらえるかしら」
「え?ええ……これで良いですか?」
「…少し触るわね」
「構わないですが……お嬢さんは一体何をしようと……」
私が手を握ると彼は戸惑ったように身じろぎした。そして私がこの旅の道中に何度かやって来たように接触部分から光の魔力を流し込むと男性が光に包まれ、身体がどんどんと肌色を取り戻していき、光が収まる頃には人間にあるはずのない角や翼といった部位も跡形も無く消えていた。
「こ、これは……!?」
「……ふぅ、なんとか人間も元に戻す事が出来たわね」
これでリオスが邪神の影響を受けても私が触れれば問題ない事が分かった。
「そんな、まさか……貴女は……聖女様………なのですか?」
「ええ……まあ………」
「ならもしかして、僕達の嘆願を聴いて聖女様自ら此処まで来てくれたんですか!?」
「いや、それはちが」
「こうしちゃいられない!すぐに皆んなを呼んできます!!」
「ちょっ……!」
少しは人の話を聴いてほしい……ッ!
まさか彼は変異してしまった村人を全員ここに連れて来るつもりだろうか?それは不味い……!今晩ここで休んだら私達は最後の小教会に向かわなければならないのだ。今足止めされる訳には………
「ごめんリオス!彼を追って!」
彼が此処に村人達を呼んできた頃には私達はもう此処を後にしている事だろう。『邪神』の影響を受けた生物が闊歩している危険な環境の中で無駄足を踏ませてしまうことになる。
「………いや、彼が村の人達を連れて来るのを待ってみよう」
「え?」
彼は何を言ってるのだろうか。私達にはすぐにでも『邪神』の封印を補強するという目的がある筈だ。そうしないと二人の生活が始まらないとリオスも分かっているはずなのに………。
「『邪神』が封印されている地には行かないの?」
「勿論『邪神』の事は大切だ。だけど俺達は『邪神』を倒した後の事も考えながら行動しないといけないだろ?だからもしこの世界に救世国以外に人が住める環境が出来上がってるのならそこに住む人達と関わりを持ってみても良いんじゃないか?」
どうやらリオスなりに私達の将来を考えた結果の言葉だったようだ。
「リオスはこの旅が終わったらそこに住んだほうがいいって考えなの?」
「今の所はな。ただその村に住んでいる人達の人となりが分からないからな。それに安全な環境なのかどうかも分からない。完全に判断するのはさっきの彼が連れて来た人達を見てみてからにしよう」
「そうね。大事な事だから慎重に決めましょう」
彼と二人っきりの世界で手を取り合って生活していくという未来にも心惹かれるが既に人々が寄り添い合いながら生活している地域に彼と夫婦として参入していくというのも魅力的だ。
次の日には彼が村人達?を連れて小教会に戻ってきた。
「…………結構人が居るな。その村っていうのは変異した生物に襲われたりしなかったのか?それにここにくるまでの道中に襲われることも無かったのか?」
初めて出会った時のナイーブさんと似たような見た目をした村人達が教会に入って来たのを確認すると彼が自然な動きで私と村人達の間に入り、既に私が元の姿に戻しているせいで一際目立っている彼に幾つも質問を投げかけた。
「ええ、村の畑がやられる事はありますけど何故か僕達が直接襲われる事は無いんですよね……ただ昨日村に戻って村長方と話ていたんですがその変異した生物に自分達が襲われないのは僕達が同じく変異しているからじゃないかって結論に行き着きまして………」
「……まぁ、可能性はあるな」
「だからとりあえず今回は聖女様への挨拶と……身の回りのお世話をする為に此処に来ました」
「身の回りのお世話?」
「はい!………もしかして必要ありませんでしたか?」
そんなの必要無い。私とリオスの旅を邪魔するな。
「ニケはどうする?此処まで来たけど疲れてないか?もし疲れてるようならこの辺りで何日か身体を休めるか?」
「心配してくれてありがとうリオス。だけど私は大丈夫よ。貴方の方こそどうなの?此処までずっと私を守りながら戦ってきたけど疲れてない?」
「ああ、俺は大丈夫だ。ニケの方が大丈夫だって言うのなら………そうだな、俺達は明日の朝此処を発つつもりだから身の回りの世話っていうのは必要無い。『邪神』をどうにかした後また改めて此処に来るつもりだから出来ればその時にお願いしたい」
「分かりました。その時をお待ちしております」
そうして村人達はリオスに自分達の村のある方向を伝えた後一度村に帰って行った。
「……結局、村の人達の人となりっていうのは分からなかったわね」
村人達を教会の中から見送り、村人達の姿が見えなくなってからそう言った。
「まあ村の人達を全員人の姿に戻したせいで村が魔物に襲われましたってなられても困るからな。彼等の村に住むのかどうかの判断は『邪神』をどうにかしてニケが村にいける様になってから判断しても遅くは無いだろう」
二人でそう決めてその日は眠りについた。
そして次の日の朝には八つ目の小教会を後にし、そこから数日の移動を経てとうとう私達は最後の小教会である九つ目の小教会に辿り着いた。
「……此処に来るしかなかったから此処まで来たけど……………私のこの少ない魔力で『邪神』を封印出来るのかしら」
救世国を出て此処を目指そうと彼と決めた時は、きっと何とかなると自分に言い聞かせてた。
私にこの光の魔力をくれたのは神様で、その神様が間違えるはずがないと、この魔力量で足りるからこの魔力量の私に光の魔力をくれたんだと、ずっと言い聞かせてきた。
だがいざ封印の地を目の前にすると本当に私に出来るのか、そんな大きな不安が押し寄せてきた。出来なければ彼との生活も何もかも実現不能になってしまう。それが何よりも怖い。
「いや、それについては心配しなくていい。『邪神』は俺がどうにかする」
「……どうにかって……人類は『邪神』をどうにも出来なかったから封印する事しか出来なかったの。確かに貴方は強いけど………『邪神』はただ強いだけじゃどうする事も出来ないの」
確かに彼は強い。この世界で一番強いんじゃないかってくらいだ。だが『邪神』には死という概念が存在しない。決して殺す事は出来ないのだ。
「俺は神を………殺せる。そういうスキルを持っているんだ」
「………はい?」
彼が何を言っているのか理解できなかった。
「だから大丈夫だ。念の為に先に封印の補強はしてもらうけど仮に補強に失敗してもその後は俺が何とかしてみせる。『邪神』の事は俺に任せてニケはこの旅が終わった後の事をしっかりと考えておいてくれ」
「……分かったわ」
……本当は何も分かってない。だが彼が私に嘘をつく筈が無い。彼が神を殺せるというのなら其れは本当の事か、もしくは………彼が自分にそう言った能力があると思い込んでしまっているのかだ。
……もし……後者だった場合は私が頑張るしか無い。彼に対してそういった疑いを向けたくはなかったがそれほどまでに神を殺せるという話は突拍子のないモノだった。
……大丈夫だ。彼との未来を手に入れるためなら私は何処まででも頑張れる。
いや、頑張らなければならないんだ。
だが私の覚悟とは裏腹に彼が言っていた事は真実だった。
『邪神』が封印されていると言われている荒涼とした平地の中心部には確かにナニカが存在していた。
そこにはドス黒い液体が人の形を模った様なモノに地面から伸びた複数の白い光の鎖が巻き付いているという光景が広がっていて、その鎖を更によく観察してみると所々が黒く濁った色に変化していた。
「この鎖に魔力を流し込めばいいのよね……」
だから私は教会で教えられた通りにこの本来なら白く輝いている筈の鎖に光の魔力を流して封印を補強しようとした。
だが私が鎖に今持てる限りの全ての魔力を注ぎ込んでも黒く澱んだ部分が全て無くなることは無かった。
其れどころかそれを合図にしたかの様に突然凄まじい強風が吹き荒れ、私達を覆う様に大きな影が地面に広がった。
そして忘れることの出来ないあの怪物の咆哮が空気を揺らした。
「なっ………!?あ……あのド………ドラゴンは……ッ!別の個体が存在したの!?」
上を見上げるとヤツが居た。
ヤツは前の個体がどうやって倒されたのかを知っているのかリオスを警戒する様に上空を旋回しながら私たちに向かって炎を吐き出してきた。
「ニケ……ッ!!」
だが炎が私たちに到達する前に彼が私を抱き寄せてその場から飛び退いた。
「リオス……あのドラゴンは………」
「ああ、過去に来て初めて戦った……。くそっ……!ジャンプして届かない距離じゃ無いが動き回られてるのが厄介だな……!どうするッ………いや、迷っている暇は無い……!」
リオスは空を飛び回ってるドラゴンにどう対処しようか迷っている様子だったが腕の中にいる私と目が合うと覚悟を決めたようにドラゴンに向き直り、自身の手のひらを奴の方へと向け叫んだ。
「全魔力一点放出!!」
彼のその叫びと共に彼の掌から目を逸らしたくなるほど強烈な閃光が撃ち出された。
バシュウ!!………ゥゥゥゥゥン!
光が収まると共にドチャッという音と共に上半身が消し飛んだドラゴンの死体が落ちてきた。
「……よし、じゃあ言ってた様に後のことは俺に任せてくれ」
そういって彼は抱えていた私を地面に下ろし『邪神』にの方へと顔を向けた。
「………さっきはアレしか無かったから使ってしまったが……さっきので魔力を使い切ってしまった。これ以上はもう何も起こらないでくれよ」
ドドドドドドドドドッ!!
彼がそういった途端、遠くの方から地響きが聴こえ始めた。
「今度は何!?」
辺りを見回してみると全ての方向で土煙が立ち昇っていた。目を細め一体何が土煙を立てているのか見ようとして………私は目を疑った。
幾万もの魔物達が私たちを囲むように、こちらに向かっていた。
「………ひっ!」
そのあまりにも絶望的な光景に自分でも知らぬうちに後退りしてしまっていた。
「……!?ニケッ!!」
頭が真っ白になっていたが彼の焦ったように私を呼ぶ声に現実に引き戻された。
トン……
私が彼の方を振り向こうとするのと、彼が私を突き飛ばすのは殆ど同時だった。
「………え」
そして彼が突き出したその腕に横から黒い腕が伸びている光景をゆっくりとした時間の流れの中で見てしまった。
あのままあそこに居たら『邪神』に掴まれてたのは私だった……?
「ぐうぅっ!?」
『邪神』に腕を掴まれた彼が苦悶の表情を浮かべた。
「リオスッ!!」
「近づくなッ!!……何っ!!??」
彼の腕が千切れ飛んだ。
『邪神』が掴んでいた部分を握り潰したのだ。
「そんな……!!」
「クソッ……!すまない!!」
「リオス!!」
今度こそ彼に駆け寄った。
「そんな……腕が…………ッ」
私は自身の着ていた衣服を脱ぎ、それを彼の千切れた左腕に傷口を押さえ込むように巻き付けた。
今の私にはこれくらいしか出来なかった。
「………どうすれば」
私達はかつて無いほどの窮地に立たされていた。
リオスは今、全ての魔力を使い切り、片腕さえもなくした状態だ。
いくら彼が強くともそんな状態で今も私たちの下に向かってきているあの魔物の大群を全て相手にできる状態じゃ無い。
「………ッ」
…………………私は
私が光の魔力に目覚めた時、みんなの期待に応えられるのか怖かった。
別の世界からもう一人の聖女が来た時、みんなから見向きもされなくなるのが怖かった。
あのドラゴンを初めて見た時、自身が死ぬのが怖かった。
彼と旅してる間、彼との未来が無くなることが怖かった。
そして今、私にとって何が一番怖いことなのかがハッキリと分かった。
「リオスっ!!貴方だけでも逃げてッ!!」
「なっ!?待つんだニケ!!」
私はリオスから遠く離れるように走り始めた。
本当は死ぬ時は彼の腕の中でが良かった。
だが私にとって一番怖い事は
彼が死ぬ事。
それが何よりも怖かった。
あの魔物達の狙いは光の魔力の持ち主である私のはずだ。
彼だけなら今の状態でもどこかを一旦突破してこの魔物の群れから離脱出来るかもしれない。
だから私は彼から出来るだけ離れるように走った。
だが……
ガシッ
「落ち着いてくれ。俺は大丈夫だし……まだ手は残ってるから」
リオスはすぐに私に追いついてきた。そして私を元の場所まで連れ戻し、残った腕に握った剣を『邪神』に突き付け、その剣に赤黒いナニカを纏わせ始めた。
「最初からこうすれば良かったんだ。少しでもコイツの身動きを封じた方がいいだろうとニケに封印の補強を頼んだ俺のミスだ」
そう言って彼は黒い人形ひとがたの胸の中心に剣を深く突き刺した。
「この『神殺し』っていうスキルは神をも殺しえるというものじゃ無い。神を必ず殺すスキルだ」
『邪神』はその顔の部分で自らの胸に刺さっている剣を一瞥し、直後にビクンッと身体を大きく揺らす。
そしてバチュン!!という音と共に『邪神』の身体が突然消えてしまった。
「……………倒したの?」
「………ああ、倒したはずだ」
「…………………リオスが神を殺せるって言っていたのは本当だったの?」
「……ああ」
「でも『邪神』を倒したとしてもあの魔物達は……」
この世界から『邪神』が居なくなって皆んなが救われるのだとしても私達はもう………助からない。
「いや、そっちの方もなんとかなりそうだ」
「……え?」
彼の言葉につられて魔物達の方を見ると確かに彼の言うように何か様子がおかしい。
他の魔物に喰らいつく魔物、他の魔物と争い出す魔物、群れの中から逃げ出す魔物、さっきまで何かに統率されていたかのように一つの圧倒的な暴力として行動していた魔物達が今は此方に見向きもしていないようだった。。
「少なくとも魔物達の中ではもうニケを襲うということが優先されてはいなさそうだ。多分ヤツらに光の魔力の持ち主を襲うように命令していた『邪神』が居なくなったからだろう」
「なら私はもう……魔物を引き寄せたり…………しないの?」
「ああ、だからニケはもう……自由だ。これからは好きな場所で、好きな人と、好きな事をやっていい」
「リオス……」
「だからその為にまずは……この場から離れよう」
そう言って彼は私を抱えてその場から離脱した。
「……本当に魔物達は私を追ってこないのね」
「ああ」
「その………貴方の腕のことだけど…………ごめんなさい。私があの時不用意に『邪神』に近付いたせいで」
本当はもうこれ以上彼に無理をさせたく無い。此処で降ろしてと言いたかった。
だが彼の腕のちゃんとした治療の為にも急いで村に戻るしか無い。今の一番早く移動できる状態を解く訳にもいかなかった。
「いや、この腕は俺の判断ミスが招いた結果だ。ニケのせいじゃない。最初から俺が邪神に剣を向けてれば良かったんだ」
「でも………ッ私!……私、貴方の腕の代わりに頑張るから!」
ただの怪我なら救世教会の者に頼めば回復してもらえたかもしれないが欠損ともなると誰も治す事は出来ないだろう。だからこれから先、彼と生活する中で私が彼の左腕の代わりとして頑張るのだ。今までずっと守ってもらったんだからその分私が彼を支えていこう。
「いや、この身体は………まあ、見せた方が早いか」
そう言って彼はその場で立ち止まり、突然自身の左腕に巻き付いた私の衣服を剥がし始めた。
「何してるのッ!?そんなことしたら血が…………え?」
彼が私のスカートを剥がし終えてもその傷口から血が噴き出す事は無かった。それどころか血が一滴も落ちて……無い。
これは……何?
いや、そういえば彼の腕が千切れ飛んだ時、血は出ていただろうか?あの時はいっぱいいっぱいでそこまで気がまわっていなかったが今思い出すと彼の傷口から血は全く出ていなかったんじゃないだろうか。
「なんで………」
「………この事で気に病んで欲しくないから本当の事を話すよ」
彼の話は普通では信じられないものだった。
彼は遥か未来の時代から『遡逆時計の針』という別の時間に精神を跳ばす道具を使って、『邪神』を倒す為にこの時代に跳んできたそうだ。そしてこの過去の時代に自分の肉体が無かったからやむなくドラゴンの襲撃の時に命を落とした救世騎士の肉体に宿らせて貰っていると彼は話した。
「だからニケを救世国から連れ出した時に言われていたネクロマンサーっていうのもあながち間違いじゃないというか」
普通なら信じられない話だ。だが彼の話が事実なら彼が神を殺せるスキルを持っている事も、彼がすごく強い理由も、彼の傷口から血が出てない理由にも説明がついてしまう。
「そんな……」
この時の私の頭の中には二つの心配事があった。一つは勿論彼の身体が既に死んでしまっているという事だ。だが私はその事を解決出来そうな情報を一つ持っていた。
救世教会の教主様は死者の蘇生さえ出来ると聴いた事がある。
リオスを救う為なら自分を監禁して殺そうとしてきた彼に頭を下げるのも本望だ。だから一度救世国に戻ろう。彼等も『邪神』を討伐して世界を救ってくれた彼に無体な扱いはしない筈だ。
そしてもう一つ、どうしても彼に確かめなければならない事がある。
「………その『遡逆時計の針』って道具は……今も持っているの?」
「ん?いや、あれは一本毎に使い切りだからな。すまない、今は持ってないんだ」
「……そうなのね」
心底ホッとした。
『邪神』を倒した今、彼が元いた時間に戻るという選択肢をいつ選んでもおかしくない。もし彼がその道具をまだ持っているのなら私はずっとその不安を抱えて生きていかなければならなくなる。私の手が絶対に届かない場所に彼を行かせてしまう道具なんてこの世界にあってはいけないんだ。
この時、私はその二つのことで頭がいっぱいで大切な事を聞き忘れていた。いや、話を聞いたばかりで彼が未来から来た人という実感がまだ湧いて無かったんだと思う。
彼の本当の名前を……この時に聞いていれば…………。
その後、私は彼に救世国に戻ろうと提案したが、彼が一度村の様子を見たいと頑なに言い張った為に村に寄る事になってしまった。
「おお!聖女様!どうやら『邪神』の封印に成功なされた様ですな!……って騎士様!?その腕はどうなされたのですか!?」
村に着いてすぐ、未だに変異した姿のままの村人達がそう言いながら駆け寄って来た。
「……なんでそれを知ってるの?」
本当は封印したのではなく討伐したのだが……それにしてもなんで村人達は『邪神』が無力化した事を知っているのだろうか?見た目はまだ元の姿に戻ってない様だが……?
「村の結界が復活したんですよ!」
「村の結界?」
「ええ、実はこの地が『邪神』の影響を受ける前まではクレーメル様が村に結界を張っていて下さったんですよ。魔物とまではいかなくても肉食の動物がこの村に入ってこない様にする為に」
「クレーメル様がそんな事を……」
「ええ、それで少し前にこの村が魔物に襲われそうになった時に結界が復活している事に気付いたんです」
村人達との話が終わった後、周りに聴こえぬように声を潜めてリオスに耳打ちした。
「ねぇ、村に結界が張ってあるのならリオスが心配してた様な事は無いはずよ。やっぱり一度救世国に向かいましょう?クレーメル様の力がまた届く様になったのなら啓示でリオスが『邪神』を倒した事も伝わってる筈だし。今頃聖女様と救世騎士達が各地域を周る準備をしてると思うわ」
レイカ・ナナセは私と違って対象に触れなくても『邪神』の力を取り除ける。それどころか救世国を覆って余りあるほどの範囲に光の魔力を展開できる。彼女がいればそのうち魔物も居なくなるだろうし変異してしまった人達も難なく元に戻るだろう。
「そうだな、結界があるとはいえ外に魔物が居るのなら今彼等だけ元に戻すのは危ないか」
「でしょう?!だから早く救世国に向かいましょう!」
「そんなに戻りたいのか」
「当然よ!」
彼の腕を、命を、絶対に元に戻してもらうのだ。
「……分かった。救世国に戻ってみよう」
リオスに背負われ十数日間に及ぶ帰り道の末にようやく救世国が見え始める場所まで戻って来た。
「………ニケを背負ってこの景色を観るのも二度目だな」
「そうね」
今でもはっきりと想い出せる。彼との出逢いを。
「なあ、救世国に着いて『邪神』を倒した時のことを聞かれたら俺ニケは話を合わせてくれないか?」
彼との出会いに想いを馳せていると突然彼がそんな事を言って来た。
「え?ええ、構わないわ」
なんで彼がそんな事を言って来たのか分からないけど今はそんな話よりもまず先にあの国に辿り着きたかった。
そして警戒しながら救世国に近付いた私達を迎えたのは大きな歓声だった。
「なっ、なんなの!?」
「おおっ!『邪神』を討伐せし英雄リオス・デメト様と聖女ニケ・ヘレニズム様ですね!ご帰還を心より歓迎いたします!!」
教会関係者だろうか?法衣に身を包んだ若い男性が救世国の住民を代表するかの様に私たちの前に出て来た。
「リオスが『邪神』を倒したって事はクレーメル様からの啓示で知ったの?」
「ええ!私達が間違っておりました!人類の恒久平和の最大の立役者である英雄様を死霊使い扱いし、ましては騎士総出で殺しにかかるなど!どうお詫びすれば」
「違ぁう!最大の立役者は俺じゃない!」
突然リオスがこの場にいる全員に聞こえるほどの大きな声で男の話を遮った。
「確かに邪神にトドメを刺したのは俺だがその俺に邪神を倒せる様に加護を授けてくれたのはこの聖女様なんだ!だから『邪神』討伐の最大の立役者は彼女、聖女ニケ・ヘレニズム様だ!!」
「なんと!そうなのですか!?」
「…………え?ちがムグっ!?」
彼が言った事を否定しようとしたら彼の手に口を塞がれ、耳元で囁かれた。
「話を合わせてくれ」
彼がこの国に戻る少し前に言っていたのはコレの事だったのか。
だが何故自分の功績を他人に譲る様な真似を?
いや、別に彼と他人という訳じゃないが。
しかしここにいる民達はすぐに彼の話を信じてしまった様で大きな歓声を上げた。
そして休める場所に案内すると言われ「聖女ニケ様万歳!!」という民達の称賛の声に包まれながら私達は豪奢な馬車に乗り込んだ。
「ねえ、どういうつもり?なんであんな嘘を……」
馬車の中には私とリオスの二人きりだったのですぐに意図を確認した。
「そういう事にしておいてくれ」
「そういう事にしておいてくれって……そんなので納得できる訳ないでしょう?」
「……ニケの安全の為だ」
「私の……?」
「ニケが『邪神』を討伐してこの世界に恒久的な平和をもたらした存在になったのならみんながあの教主よりニケを優先してくれると思う。そしたらこれからはみんながニケを護ってくれるだろうしニケもまた救世国の中で暮らせるはずだ」
そんな理由であんな事を言ったのか。
だが彼だって全ての者たちに賞賛され尊敬されるべき存在だ。
……だが、彼が世界を救った英雄として有名になってしまうとその肩書きに釣られた女達が寄り付いて来てしまう。
彼の心が私に向いている事は分かっているがそれでも気に入らない。
「……分かった。私も話を合わせるわ」
これは仕方が無い事だ。
それに何より彼より私の方の意見が優先された方が都合が良い。
彼は私が肉体を蘇生させる方法があるかもしれないと言うと、こう呟いたのだ。
「この肉体を持ち主に返すことが出来るのか?」と。
私は愕然とした。
彼の肉体を蘇生さえ出来れば彼との未来が待っていると思って此処まで来たが、たしかに彼の肉体を蘇生すると言う事は彼の肉体の本来の持ち主の魂を再び呼び戻すと言うことにならないだろうか?
そしたら今あの身体の中にいる彼はどうなる?
私は彼と教主を絶対に会わせてはならないと決意した。
根っからの善人である彼にとって他者の身体を奪っていると言う事実は耐え難い苦痛かもしれない。
だが私には彼が必要なんだ。
だから絶対に彼に蘇生魔法の事がバレてはならない。
とりあえずこのお祭り騒ぎが収まったら彼の居ない場所で一度教主に話を聞いてみよう。
そう思っていたのだが次の日に救世教会(向こう)の側から出来れば一度来て欲しいと接触があった。
そして迎えの馬車に乗り込み教会へ向かうと、そこではかつては私に失望した様な目を向けていた教会の者達が一同に私達に向かって跪いていた。
そしてその中にいた昨日の男がまたここに居る者達を代表する様に私達の前に出て来てこう言った。
「おお!この世界を『邪神』の魔の手から救いし偉大なる大聖女ニケ・ヘレニズム様と只の一人で大聖女様を守り抜いた孤高の英雄にして真の救世騎士リオス・デメト様!来て頂けたのですね!」
「え、ええ……私も用があったし」
まだこの世界にレイカ・ナナセがいなかった頃、私がこの世界の唯一の聖女であった時でもここまで大仰に畏まれた事はない。
「話と言うのは他でも御座いません!あなた方に汚名を着せ命を狙った元救世教会教主とその部下達の処遇に関してです!……お前達、連れてこい」
忘れもしない……私を監禁し殺そうとした救世教会教主が騎士二人に連れてこられた。
「この者とその部下達の処遇を最大の被害者である御二方に決めて頂きたく此処まで足を運んでもらった次第でございます。御二方が望むならこの者の首を今此処で刎ねる事もできますが」
「そんなのダメ!!」
反射的にそう叫んでしまった。
私達の未来の為にはこの者の知識と魔法が必要だ。絶対に死なせる訳にはいかない。
「……彼はこれからに必要な人間よ。殺さないであげて……」
「俺もそれで構わない」
「皆聴いたか!!大聖女様と英雄殿が自身を監禁し命まで狙ったこの不信信者を御許しになられたぞ!なんと慈悲深くお優しい方々なのだろうか!」
男は大仰に周りを煽った。
「「「大聖女様万歳!!英雄様万歳!!」」」
今更だが、このやり取りは教会の外で行われている。周りで観ていた国民達も一緒に歓声を上げていた。
「この国の民達も深く感謝しております!そしてこの国の中にも貴女を信仰する者達がどんどんと増えております。大聖女様は死後必ず神の座へと召し上げられ、大聖女様方の成した偉業は未来永劫語り継がれていく事でしょう!!」
私が死後『神』になる。この時にその事を深く考えていれば……もう一つの道が開けていただろう。
私が不死の存在となり、彼がこの世界に生まれるまで待ち続ける。彼の本当の名を、彼が生きた時間さえ聞いていればそんな選択も選べた筈だ。
その後、その元教主を個人的に呼び出し話を聞いてみた。
その時、元教主は従順な態度で私のする質問に答えていったのだが、やはり教主の使う蘇生魔法はその肉体の持ち主の魂を呼び戻すものだった。
魂が輪廻の輪に既に乗っているのであれば魂を呼び戻す事は出来ないが肉体が蘇生される事もないと。
そう言われて私は失意の底に沈みそうになったが元教主は続ける様にこう言った。
「『邪神』の影響をこの世界から取り除く為に遠征に出て行かれた聖女ナナセ様なら私より蘇生魔法を使いこなせるかもしれません。少なくとも聖女ナナセ様のお力であれば英雄リオス様の欠損した腕を治す事が可能でしょう」
私はこの話を聴いてすぐに聖女ナナセ一行に国に戻ってくる様に伝える役目の伝令の者を送り出した。
そして聖女ナナセが戻ってくるまでの間、私を信仰したいという者達が造りたいという要望が多くあった為に造り始められた神殿のその内部に誰にも邪魔されずリオスと二人で暮らす為の場所を造ってもらえる様に根回しして回っていた。
そんな私をリオスはずっと申し訳なさそうな目で見守っているだけだった。
そうして救世国の中を走り回っているうちに気付けば二十日もの時間が過ぎ、とうとう聖女ナナセ一行がこの国に戻って来た。
私はすぐにナナセ・レイカに接触した。
だが普通の倫理観を持っていたら助かるかもしれない魂を見捨ててその者の肉体を他人に奪わせるという行為には忌避感を感じるだろう。
だから先ずはリオスの身体のことには触れずにどの程度のことが出来るのか遠まわしに聞いてみると確かに彼女は元教主よりも自在に蘇生魔法を扱えることが分かった。
しかしリオスの肉体だけを蘇生する事が出来る事と、それを実際にしてくれるのかというと話は別だ。
普通の感性の持ち主ならば【蘇生すれば生き返るかもしれない者の肉体を別の者に乗っ取らせる】といったことに忌避感を感じるだろう。
慎重に進まなくてはならない。彼女だけが最後の希望なんだから。
それから私は頻繁にリオスとナナセ・レイカを連れて救世国の様々な場所を出歩いた。
一番確実に彼女に力を貸してもらう方法。それは彼女の中で私やリオスの優先順位が彼女の持つ良識よりも上になる事だ。
だから三人で親睦を深める為に共に食事したり、演劇を見にいったりと彼女に少しでもよく思ってもらおうと努力した。
本音を言うと彼とナナセ・レイカを会わせたくは無かった。だが彼女にもリオスの存在を惜しんで貰わなければ上手くは行かないだろう。
大丈夫だ。彼の心は私に向いている。サキュバスに魅了された時、彼は私の抱擁で正気を取り戻したんだ。
そう自分に言い聞かせながら殆どの時間を三人で過ごし、とうとう彼女の口から「この三人の時間がずっと続けば良いのに」という言葉を聴く事が出来た。
今ならいけると感じた。
本当なら彼女がその言葉を呟いたその場でリオスの肉体を蘇生してもらう様に彼女に頼みたかったが、そこにはリオス本人も同席していて言い出す事が出来なかった。
彼はたとえ私に想いを寄せていても肉体を元の持ち主に戻せるのなら戻すという選択を取る人だ。そんな彼が好きだが、絶対にそんな選択肢を取らせてなるものか。彼はこれから
「明日は私とレイカの二人だけで出掛けてくるわ。貴女は家でゆっくりしておいて」
明日、私はレイカ・ナナセにリオスの肉体だけを蘇生してもらう様に頼むつもりでいる。
「そうか、それは……本当に良かった。明日は二人で楽しんできてくれ」
「……良かった?」
「…ずっと申し訳ないと思っていたんだ。ニケの安全の為だったとはいえ俺が『邪神』討伐の功績を殆どニケに押し付けたせいで誰も君自身を見なくなってしまったんじゃないかって」
「……だからずっと申し訳なさそうな目をしてたのね」
私はリオス以外からは別にどう思われようが扱われようがどうでもいい。
「ああ、でも………安心した」
「リオスが安心出来たのなら良かったわ」
この時、もっと彼の方を見ておくべきだった。この後、彼を騙してレイカ・ナナセの蘇生魔法を受けさせるという引け目からいつもの様に彼の顔を見る事が出来なかった。
「ニケ、今日は招待してくれてありがとう!」
「気にしないで、偶には女性だけで食事会でもと思って……下の階が少しうるさいかもしれないけどいいかしら?」
今、私はレイカ・ナナセと共に大衆演劇場件食事処へと来ていた。
そこの二階を貸し切り、二人でテーブル席に腰を落ち着けながら一階に設置してある劇場を見下ろしていた。
「全然問題ないない!むしろ貸切とか良かったのって聞きたいくらいよ!」
ステージの上では丁度私とリオスの物語をやっているみたいだ。
【騎士リオスは邪神の魔の手から聖女ニケを守った事で片腕を失ってしまう。だが事態はそれだけでは終わらなかったのだ……!】
【なんなの……あの魔物の群れは……】
【聖女と騎士を囲む様に此方へと向かってくる魔物達、その光景を前に怯える聖女を騎士は自らの胸に抱き寄せ周囲の魔物を睨みつけた】
【失せろ】
【騎士リオスがギロリと一睨みすると今にも二人に襲いかかりそうだった魔物達は途端に怯えた様に逃げだしていった】
「ええ、その……今日は誰にも聞かれたくない相談事があって……」
【おいおい泣くな、お前は世界を救う聖女だろ】
【でもリオス………!!】
「相談事!?なんでも言って!必ず力になるわ!」
【腕が!!】
「本当?力になってくれる?」
【安いもんだ腕の一本くらい………】
「ええ!友人の頼みだもの!」
「本当にありがとう。相談っていうのはリオスの体の事なんだけど……」
「大聖女様ッ!!」
突然演劇場に大きな声が響き渡った。
「あの人は……ニケとリオスに酷い事をした……」
大声の主は元教主だった。彼は慌てた様子で私たちの座っている席まで近づいて来た。
「あの……此処は今日貸切で……」
「リオス殿が……リオス殿が……!!」
「………!?」
この元教主は………なんて事をしてくれたのだろうか。
元教主の話は私から冷静さを失わせるには充分なものだった。
先程急にリオスが元教主の下を訪ねて来て、蘇生魔法を自分にかけてみて欲しいとお願いして来たそうだ。
疑問に思いながらも英雄様たっての頼みとあればと蘇生魔法をかけた瞬間、突然リオスが意識を失ったらしい。
何度も言うがこの男はなんて事を……してくれたんだ。
「此方です!治療室の方へ……!リオス殿は治療室へ運ばせました!」
「…………ッ!!」
勢いよくドアを開け治療室に入ると丁度ベッドの上で上半身を起こしていた彼と目が合った。
「リオス……ッ!」
「あれ?聖女ニケ………様と……教主様!?どうしてこの様なところへ……!?」
身体が急速に凍えていくのを感じる。
そんなまさか………………………………………ウソだ………………………………………。
全身から力が抜けていく。
気付いたら私はその場でへたり込んでいた。
「大聖女様!?」
「大……聖女?なんでニケ様がそう呼ばれて……?もしや聖女ナナセ様に何かあったのですか!?」
「リオス殿………もしや記憶を………失ってしまったのでは………」
「記憶?……そういえば俺は……あの時禍々しいドラゴンが現れて………気がつけば真っ白な空間で見知らぬ者に身体を貸してくれてありがとうと言われたかと思ったら此処にいて……」
見知らぬ者…………彼だ!!
「その人はっ!その人は何処へ行ったの!!??」
「うわっ!?なんです急に!?」
「その人は………どんな人だった……!?どこへ行くのか聴いてない!?」
「どんな人…って言われても……あ、そういえば神様の元に行くって言ってた気が………」
神様の下へ……。
その言葉を聴いて私は一つのことを思い出した。
『邪神』を討伐して人類を救い、信仰を集めている私は死後『神』になる。
ベッドに立て掛けてあった彼の剣を鞘から引き抜いて自分の喉元に突き付けた。
視界いっぱいに赤い色が広がった。
気付けば私は荘厳な雰囲気を放つ白銀の色をした階段の前に立っていた。
この階段は何処まで続いているのだろうと上を見上げると、巨大な玉座が目に入った。
そしてよく見るとその玉座の前に立つ二人の人物の後ろ姿が見えた。。
一人は背中から三対の朱い翼を生やした女神様……だろうか?その広げた朱い翼でもう一人の後ろ姿を隠しているが……あれは……………翼に隠れたあの人は………まさか………
「リオス……!」
私は急いで階段を駆け上がった。
あの朱い翼で隠れた後ろ姿が彼の……本当の………。
長い階段を駆け上がり、とうとう話し声が聴こえる範囲まで来れた。
「…………だから助かったよ。アレがいたせいで下の世界に全く干渉できなくて」
「リ……リオス?」
「うん?君は新しい神かな?」
「その呼び方は……ニケ?」
私の呼びかけにその男性は反応し振り向こうとしていた。
彼がリオスだ。そう確信した。
彼の本当の顔を知る事が出来る。そう思って安心した瞬間、彼の横にいた朱い女神が彼を自分の胸へ抱き寄せ、私の視界から彼を遮断するかの様に翼で包み込んだ。
「ちょっ!?急にどうしたんだ!?」
「女神が追って来た……!まだ殺せていない……!」
「なんだって!?」
朱い少女は私をまるで親の仇の様な目で睨みつけると懐から時計の針?を出した。
嫌な予感がした。
「ちょっ、待っ……!」
「ッ……退避する……!」
彼等の姿が目の前で消えた。
「………リオス?」
彼がいた場所を掴もうとした。
「………リオス?」
彼がいた場所を掴もうとした。
「……リオス?」
彼がいた場所を掴もうとした。
何度も何度も何度も何度もさっきまで彼がいた場所を掴もうとした。
だが私の手は空を切るばかりで何も掴む事が出来なかった。
さっきまで此処にいたのだ。本当の彼が。この手の届くところに居たのだ。なのに私は彼の本当の顔も、本当に生きた時間も……何も分からないまま彼は消えていった。
あの女神が………彼を連れ去ったのだ。
「…………けるな」
私達は想い合っていた。
「………ふざけるな」
それなのにあの女神は彼を連れ去った。
「ふざけるな!!ふざけるな!!お前に何の権利があって彼を連れ去った!!…………ゆるさない……!呪ってやる!絶対に呪ってやる!!お前に私以上の孤独が訪れる様に!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます