【50話記念】紅き女神への呪い その1 〜???視点〜

  

 





 私は取り戻す。


 私が独りにならないようにと側に寄り添ってくれた彼を、


 他愛の無い会話でさえも心躍っていたあの幸せな時間を、


 必ず取り戻すのだ…………!











 失敗した?態々別の世界からあの最後の異界人と親しくしていたという人間の魂を持って来たたというのに………よりによってあの女神に邪魔をされるとは……!


 あと一歩だった。


 『腐敗の女神』が興味さえ示さなければ……エデル・クレイルが、村を追放された後に少しでも『腐敗領域』を先に進み、魔族の領域側に近付きさえしていれば邂逅していた筈なのだ。『氷結界の女神』の創り出した氷の中で永い眠りについている前世の友と……。


 ……だがこれで諦めるわけには絶対に行かない。


 私はどうしても……どんな手段を使ってでも過去へ遡らなければならないのだ。








 過去へ遡る為にはこの世界の主神だけが持つ『遡逆時計の針』と呼ばれる道具が必要だった。


 しかし、あの主神は……私がどれだけ必死に懇願してもその過去へと魂を飛ばす道具を渡してはくれなかった。


 だから私は機会を伺った。


 どんな手段を使ってでも奪い取る。その機会を………。


 そして数千年の時が経ち、とうとうその時が訪れた。


 それまで自らの神格を異世界から招いて来た者達に特典という形で分け与えていた主神が、とある一人の異界人に神格の半分程を分け与えた。


 今しかないと思った。何故その異界人にそこまで力を分け与えたのか理由は分からなかったが今の力が半減した奴からなら『遡逆時計の針』を力尽くで奪えるのではと思った。


 だが力の半分を失っていようとこの世界の主神、完全な不意を突いたと思ったが、奪えなかった。


 それどころか突然私に襲撃された主神は深い傷を負いながらも残った力を以って己の身体を実体化し下の物質世界へと落ちていった。


 『遡逆時計の針』と共に……。 






 遥か昔、一つ前の代にこの世界の主神を務めていた神がこの世界に一つのルールを設定した。


 【主神以外の神による上位世界から下の物質世界への直接的な干渉を禁ずる】

 

 そのルールの存在のせいで身体を実体化して主神を追うという事が出来なかった。


 まずはその世界に掛けられたルールをどうにかしなければならない。だがこの世界に対するルールを書き換え直す為には主神と同程度の神格が必要だった。


 しかしこの上位世界に存在する神の神格というのはこの世界に召し上げられた時、下の世界でどれ程信仰されていたのかによって既に決まっているものであり、そこから変化することなど無い……。


 主神が異界人達に分け与えていた神格を私が回収することも考えたが、その者達の身体は神格を分け与えられる折にこの世界の存在として造り替えられている。例のルールが存在する限りその者達への干渉すら出来なかった。



 もう主神を追う事が………過去へと戻る事は出来ないのか………。もう二度と………彼に………。



 絶望しかけていたその時、あの最後の異界人が復讐の為に主神に頼みこんで元いた世界からこの世界に呼んだとされる三人の特殊な異界人がいた事を思い出した。


 元居た世界で一度死に、その後この世界の存在として身体を造り替えられている今までの異界人と違い、その者達は生きたまま……身体を造り替えられる事もなくこの世界へと直接招かれていた。


 つまりその者達の肉体はこの世界に属するものではない。この世界に定められているルールをどうにかせずとも干渉する事が可能だった。


 何も分からぬままこの世界へと呼ばれ、戸惑うままにこの世界の人間に保護されていた彼らにとある契約を持ち掛けた。


 私の代わりに異界人達から神格を回収してくれるのなら元の世界に帰してやると。


 そして彼らはそれに了承し、私が各々に分け与えた神格(能力)を用いてこの世界に数多居た異界人から神格を回収して回るようになった。


 しかし肝心な……主神の神格の半分を受け取った例の異界人はその身体に宿る神格を私に渡すまいと激しく抵抗してきた。


 それどころかその者は『七つの厄災』のうちの一つである『氷結界の女神』と手を組み、自身の身体を完全に凍結させた後、『腐敗領域』内へとその身体を移動させた。


 相手の目論見通りに私がその異界人の身体から神格を回収するのがかなり難しいものとなった。今の手駒である三人には神格を回収しようにも『氷結界の女神』の氷をどうにかする手段も『腐敗領域』内に入って無事に済む手段も無い。


 それに対応出来るように私が自らの神格を削り新たな能力を創り出すしかなかった。


 そして『腐敗領域』の中で『氷結界の女神』の創り出した氷に護られているとなれば必要となってくる能力は『腐敗を防ぐ能力』と『凍結を解除する能力』だろう。


 更にそれが神の力に依るものだとするのならそれ相応の神格を使い能力を創らなければ通用しない。


 私の神格を削り能力を与えるとしても一人が限界だった。


 だが元々あの異界人は主神の神格の半分を受け取っただけあって、私の神格を分け与えた三人が揃って漸く抑え込めるかどうかといったものだ。一人に状態異常をどうにかする能力を与えて向かわせても失敗する事は目に見えていた。


 だから私は……別世界から一人の人間の魂を連れて来ることにした。


 あの異界人が前の世界で唯一親しくしていたという人間だ。


 奴がもう一度話したがっていたその人間に能力を与え、奴の下に私が仕掛ける罠と共に向かわせるつもりだった。


 まずは絶対に必要となるその人間を回収する為に奴が元居たという世界に渡った。奴以外の異界人から神格を回収出来ていたおかげでなんとかその世界へと移動する事が出来た。


 そして無事にその人間の魂を回収する事に成功した。


 魂の回収を終えて元の世界に戻ると数千年程の時が流れていたが些細な問題だ。




 後はその魂にいくつかの細工を仕掛け『腐敗領域』の氷像のところまで向かわせるだけだったが、一つだけその工程を複雑にするものがあった。


 奴が持つ幾つもの能力のうちの一つ、『見たものの過去を見通す能力』……これが厄介だった。


 別の世界から連れて来た者をそこまで向かわせるだけならどうということはない。ただそこに向かって欲しいと伝えればいいだけだ。


 だが目の前の人物の過去を見通す能力でその再会が私の企みによるものだと確信を持たれた瞬間、奴はその身に宿る幾つもの能力を以って全力で対策してくるだろう。


 だから私は、性格を偽り、声を偽り、姿・を・偽・り・、少しでも疑われぬ様にその魂を奴らの世界で一番馴染みがあるとされる流れで転生させた。


 そして転生させたエデル・クレイルが『腐敗領域』を渡れる程度の体力をつけた頃に声を届け、不慮の出来事を装って『腐敗領域』へと向かわせた。


 ……奴も再開した幼馴染の記憶の中に私の存在を確認出来ずとも完全に警戒を緩めることは無いだろう。かつての幼馴染同士が同じ異世界に招かれて、再会を果たすなんてことは何者かの作為が無ければあり得ない事だからだ。しかしほんの一瞬でも躊躇って………動きを止めてくれたらいいのだ。そしたら



 私はもう一度彼に逢えるのだから。


 





















 「前方より巨大な影が接近!!あれは………ッ!?ド、ドラゴンです!!巨大なドラゴンが此方に近づいて来ます!!」

 

 「……なんという禍々しさだ………『邪神』の封印がそれ程までに弱まっているのか………」


 かつて人類は『邪神』と呼ばれる神に滅ぼされかけた。


 その神はこの世界に存在している生物達を次々に怪物へと変え、凶暴になったそれらをけしかけて人類をじわじわと追い詰めていった。


 「総員!聖女様方を必ず死守しろぉッ!!」


 しかし絶滅の危機に瀕していた人類はある一人の人物によって救われる。


 その人物とは後に『聖女』と呼ばれることになる女性だった。聖女は神を封印することに特化した『光』の属性の魔法というものを用いて『邪神』を封印した。


 「クソッ……!第一部隊から第三部隊まで全滅しました!!『聖女』様の魔法も」


 「そんな……たった一度の攻撃で………救世教会の誇る精鋭達なんだぞ………」


 そして聖女もこの世を去り人類が平和を取り戻してから百年ほど経った頃、禍々しく姿を変えた生物に襲われたという報告が各地から挙がり始め……遂には人間の身体から角が生え、翼が生え、肌の色が青く変化するという事例まで報告された。


 そこで漸く人類は邪神の封印が永久的なものでは無かった事を知る。


 今度こそ自分達は滅びるしか無いのかと絶望に沈んでいた人類だったが、その人類の中から今回も光の魔力に目覚めた者が現れた。


 そしてその光の魔力を持った二代目『聖女』と呼ばれることになる女性が、封印の解けかかっていた『邪神』に改めて封印を施し、更にはその光の魔力を用いて姿を変えられていた人々を元に戻したのだった。


 「一度撤退して態勢を立て直しましょう!!ここで我々が全滅してしまっては……ッ!」


 「ぬぅぅぅ!………総員…撤退!!」

 

 それから更に五十年ほど経ち………これが三度目だ。


 各地で邪神の影響を受けた生物の目撃が相次いだ。


 百年保つかと思われていた封印が想定よりも早く解けるという想定外の事態ではあったが、人々は前回程狼狽えはしなかった。


 きっと今度も光の魔力に目覚める者が出てくるだろうと、『聖女』の支援をする為に創られた『救世教会』の主導の下、光の魔力の持ち主が捜索された。


 「殿は私達が務めます!!」


 「聖女様方を乗せた馬車の撤退を優先しろ!」


 そして人々の思い描いた通り光の魔力を持った者が今回も現れた。


 「………ダメです!!振り切れません!!」

 

 しかし……見つかったその平民の魔力は………あまりにも小さかった。


 「…ならば………ならばッ………ニケ様の方の馬車を……此処に置いていくんだ………!」


 「「なっ……隊長!?」」


 人類の存亡を任せるにはあまりにも頼りない魔力量をした三代目聖女を見て、今度こそ自分達は終わるのでは無いかと人々の心の中の希望が潰えようとしていたその時、異世界から膨大な魔力を持った光属性の魔法も・使える者がこの世界に姿を現した。


 「あのドラゴンも例に漏れず光の魔力に引き寄せられているように見える。どちらにせよこのままでは人類は二人の『聖女』様を失い滅ぶのを待つだけだ!だが!!ナナセ様さえ生きていればなんとかなるはずだ!彼女こそが真の希望!!ナナセ様だけでもこの場から退避させるのだ!!」


 そうしてあれよあれよと邪神を封印する旅に連れてこられた私は一人で凶悪な姿をしたドラゴンの前に置いていかれた。





 馬達の蹄が地面を蹴る音がどんどんと遠くへ離れていく事が信じられずに馬車から降りた私の目に恐ろしい姿をしたドラゴンの姿が映った。


 「ひっ……!」


 もうドラゴンは私に向かってその巨木の様な前脚を振り下ろしている。


 逃げたくても腰が抜けてその場から動く事が出来なかった。


 私は此処で死ぬのか……?どうして私なんだ……?!誰もこんな力に目覚めたいなんて頼んでいない!この力は私に与えるべきでは無かった!!もっと魔力を持った適任者がいた筈だ!!


 ………嫌よ。みんなから失望されたまま……誰も側に居てくれないこんな場所で………



 こんな孤独な、寂しい死に方は嫌だ!!





 「今助けるっ!!」





 突然、誰かが私を後ろから抱き上げ、瞬く間にその場から離脱した。


 「なっ…?……えっ…??」


 何が起こったのか訳が分からず、ただ戸惑うしか無かった。


 突然現れたその人物は、私をドラゴンから離れた場所に降ろすと、私が危険だと伝えるよりも前に目にも止まらぬ速さでドラゴンの元へと戻っていった。





 次の瞬間、大きな破裂音と共にドラゴンの頭が消し飛んだ。


 頭を失い、その巨体が崩れ落ちていく光景を見て、私は漸く自分が助かった事を理解した。


 そしてあの絶望を具現化した様な姿のドラゴンを一人で討伐したと思われる救・世・教・会・の・騎・士・の・鎧・に・身・を・包・ん・だ・人物が此方に近づいてきた。


 「……その、大丈夫か?」


 「………………大丈夫か……ですって?」


 目の前にいる人物が何を言っているのか理解できなかった。大丈夫な訳がない。私は……お前達に見捨てられて……死ぬところだったんだ。


 そうだ、ああやってドラゴンを倒せた筈なのに……お前達は……私を見捨てたんだ。


 自分が助かった事を理解した事で、次に私をドラゴンの前に置いていった救世教会への怒りが沸々と湧いてきた。


 だが、それらの怒りは、憎しみは、彼の次の言葉を聴いて戸惑いへと上書きされたのだった。





 「あと、良ければ……今がいつで、此処が何処なのか………今どんな状況なのか教えてくれないか?」




 

 

 

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