抜け道


 「レフィアちゃん、ごめん…俺……あの場に居たのに何も出来なくて……」


 教会本部を後にし、今は先にギルドに戻っている筈のレグス君に事の顛末を報告する為にレフィアちゃんと二人帰路に着いていた。


 少なくともあと二年はリフィアちゃんに会う事が出来ず沈んだ空気の中、堪えきれぬと言わんばかりに俺の口から謝罪の言葉が溢れ出た。


 俺はあの教皇の間で教皇の口からリフィアちゃんをあと二年間は預からせて欲しいと伝えられた時に何も言い出す事が出来なかった。


 理由は自分でも分かっている。教皇の話した『石護の聖女』と呼ばれている子の境遇に同情してしまったからだ。


 本来なら俺はレフィアちゃん達姉妹の幼馴染として彼女側に立って一緒にリフィアちゃんを返して貰うように訴えて然るべきだった………。だが独りぼっちだった『石護の聖女』の側に今はリフィアちゃんが居てくれているという教皇の話を聴き、果たして本当にその二人を引き離して良いのか?という疑問が頭の中をぐるぐると巡り結局リフィアちゃんを返して欲しいという言葉を言い出す事が出来なかった。


 「……いえ、気にしないで。あんな事情があったのならどちらにしろリフィアは戻って来なかったと思うから」


 「え?」


 ……戻ってこなかった?


 「……王都で一緒に暮らしていた時にリフィアはずっと言っていたの。自分も誰かに寄り添えるような人間になりたいって、困っている人を助けられる人になりたいって………だからあんな事情があったのならリフィアはその子の側から離れるなんて事はしなかった筈だわ」


 「リフィアちゃんがそんな事を?」


 俺が村から追い出されてから一度もリフィアちゃんとは会えて無いが、自分も……という事は誰かの影響を受けたのか?


 「……ええ」


 「そうなのか……」


 「……………それに私分かってたわ」


 「……?」


 「その………エデルは『石護の聖女』って呼ばれていた子を一人にしたくなかったんでしょう?」


 「………!?」


 …………なんでレフィアちゃんがその事を………もしかして……心が読めるのか!?


 『いや、それは無いと思うッス。もし他人の心を読めているのなら先程のやり取りで妹が『石護の聖女』にされるなんて誤解して取り乱さなかった筈ッスから』


 『ララ……!?』


 さっきは話しかけても返事が無かったが……大丈夫なのか!?


 『すみません、さっきまで意識がトんでいて………今意識が無かった間のアニキの記憶を見終えたところッス』


 『意識を……?本当に大丈夫なのか?』


 『御心配をおかけしてしまって申し訳ないッス。もう大丈夫なんで安心して欲しいッス』


 「………エデル?」


 ララとの話の方に意識を奪われていると隣からレフィアちゃんが怪訝そうな表情で様子を伺ってきた。


 ……ララはレフィアちゃんが心を読んでいる訳では無いと言っていたが……ならばどうしてレフィアちゃんは俺の思考を……


 『少なくとも心が読めるのなら今だってララと心の中で会話していたアニキを不思議そうな顔で見てこないと思うッス』


 ……いろいろと分からない事が多いがレフィアちゃんに知られているのなら話は早い。


 「……レフィアちゃんの言う通りあの時俺は相手の方を心配してしまっていたんだ。ごめん……本来俺は幼馴染としてレフィアちゃん側として立ち回るべきだったのに……」


 これじゃあ一体なんのためにここまで着いてきたのか……なんの意味も無かったじゃないか……


 「いいえ、エデルがあの時私と一緒にリフィアを返して欲しいなんて言わなくて良かったと思っているわ」


 「言わなくて………?でも俺達はリフィアちゃんを返して貰うために来たのに……」


 「エデルに自分の口で誰かが独りになってしまうような事を言わせたく無かったから……もしエデルがあの話を聴いた上でリフィアを返して欲しいって言っていたら私はずっと後悔していたと思うから」


 「レフィアちゃん……俺は……」


 自分が酷く情けなかった。レフィアちゃんだって妹と、リフィアちゃんと会えずに終わってしまってショックを受けている筈だ……なのに何も貢献できなかった俺の方を気遣うような事を言ってくるなんて………。


 「だからどうか私達に罪悪感を持たないで」


 「すまな………いや、分かったよ」


 何も出来なかった俺に今出来るのは彼女の善意を無駄にしない事だけだった。


















 「そうか、リフィアは今そんな状況に居たのか」


 ギルドに戻ってきた俺達は、教会本部の中で何があったのか、リフィアちゃんが今どういう状況にいるのかをレグス君に報告していた。


 「ならばリフィアに会えるのは二年後になるのか……ならば二人はこの後どうするんだ?魔法学校だってあるんだろう?もう王都に戻るのか?」


 「……エデルは何かこの神聖国で他に用事があるって言ってなかった?」


 「え、ああ、少し神聖国で調べたい事があったんだ」


 「調べたい事?なら何か俺に力になれる事は無いか?俺もこの国で何年かは過ごしていたからある程度な力になれると思うが……」


 「ありがとうレグス君。知りたいのは法力や法術についてなんだけど」


 「法術を……?エデルは法術を学びたいのか?」


 「いや、ただある法術について調べたかっただけで……」


 イリエステルが孤独から抜け出す為には『状態異常封じの腕輪』だけでは足りない。『腐敗領域』と呼ばれている人間と魔族の土地を二分している場所からイリエステルが離れても大丈夫なように彼女の代わりとなる新たな分断方法が必要だった。


 そしてその方法として『結界』という法術が機能できるのかを知りたかった。


 「そうか……法術の事となると……教会しかないな」


 そうしてレグス君の案内の下、法術について教えてくれそうな教会に向かう事になった。
















 「レグス君、さっきから結構教会らしき建物をいくつか通り過ぎてるんだけどああいったところじゃダメなのかい?」


 現在俺はレグス君と二人で神聖国の街の中を歩いていた。


 レフィアちゃんは少し疲れたと言い、今はギルドの受付嬢のはサラさんの部屋で休んでいる。少し疲れたからギルドで少し休んでおくわとレフィアちゃんから伝えられている時に、たまたまその話を聴いていたのであろうサラさんが自分の部屋を貸してくれたのだ。


 「教会と言っても全部が全部良心的な人達が運営している訳じゃない。中には情報を教える代わりにと金銭を要求してくる奴らもいる。だから俺が知ってる中で最も信頼できる方達が運営している教会に向かっているんだ」


 「そうだったのか。態々ありがとうレグス君」


 「いや……気にしないでくれ。これぐらいで返せるとは思っていないからな」


 「……?」


 「あそこだ……あそこの人達ならエデルの知りたい事も快く教えてくれるはずだ」


 そう言ってレグス君は一軒の少し年季を感じる教会を指差した。


 「レグス君はあそこの教会の事をよく知ってるみたいだけどよく行っているのかい?」


 「ああ、あそこは………レフィアが預けられていた教会だ」


















 「レグスさん!お久しぶりです!」


 教会の中に入ると一人のシスターが此方に駆け寄って来た。


 「今日はどうなさったんですか?もしかしてどなたからか今日が孤児院の子達の清掃の日だって話を聴かれたのですか?………それともまさか私に会いに来たりとか……」


 おや?この流れは雑貨屋でも見た……


 「いや、今日は俺じゃなくて………俺の幼馴染が此処に用があるっていう事で連れて来たんだ。神父さんはいるか?」


 「……あ、そうなんですか。でしたらすぐに神父様のところにご案内いたしますね」


 レグス君の返答に残念そうにしながらもシスターさんは俺達に背を向けて歩き始めた。


 ………3人目か。


 というかレグス君も此処まで露骨な好意に気付かないなんて鈍感が過ぎるんじゃないか?それともまさか気付いた上で気付かないふりをしているのか?


 『…………………………………………アニキは他人ひとの恋心に敏感なんスね』


 『ん?まあ、元居た世界ではいろんな媒体でいろんな恋愛模様を見る事が出来たからな。正直そういうのには自信があるよ』


 マンガ、アニメ、ドラマ、ゲーム、様々な方法で数多くのラブコメを見て来たのだ。恋愛の機微に関する知識ならいろいろと知ってるつもりだ。


 『…………………そうなんですね』


 ララと頭の中で会話しているうちに前を歩いているシスターさんがある扉の前で止まった。


 「神父様はこの部屋にいらっしゃいます。……………神父様、エマです。レグスさんとその御友人の方が神父様を訪ねて来られましたよ」


 彼女がその扉に対して声をかけると扉の向こうから優しげな男性の声が聴こえてきた。


 「レグス君が?それはちょうど良かった。すぐに入って貰いなさい」


 「「「失礼します」」」


 部屋の中に入ると中に居た穏和な雰囲気の眼鏡をかけた老齢の男性が此方に笑みを浮かべながら椅子から立ち上がっていた。


 「よく来てくれたねレグス君、それとその御友人の方」


 「お久しぶりです神父様」


 「うん、久しぶりだね。レグス君も元気そうで何よりだよ。ところで今日はどうしたんだい?」


 「えーっと、俺の幼馴染が法力や法術について知りたいって言っていて……」


 レグス君はそう言いながらチラリと此方の方に視線を向けた。


 「法術を?君は法術を使いたいのかな?」


 「いえ、そういう訳じゃ……」


 「そうなのか……ならば君が知りたい事何なんなのか私に教えてくれるかい?……あ、でも少し待ってくれ。レグス君、よければ待ってる間だけでいいから子供達の監督をお願いしていいかな?」


 「勿論です」


 「それは良かった。ではシスターエマ、レグス君を子供達のところに案内してあげなさい」


 「えへへ、分かりました神父様。こっちですレグスさん」


 部屋からシスターさんとレグス君が出ていったのを見届けると神父は改めて此方へ向き直った。


 「すまないね、では改めて君の知りたい事を教えてくれるかな?」


 「すみません、お忙しい中………知りたい事って言うのは…………」


 法力とはなんなのか、『結界』という法術がどういうものなのか、そして『結界』の規模はどの程度のものまで出来るのか、大陸を二分する程の規模で出来るのかといろいろ質問してみたが、結論としては「大陸を二分する程の規模の『結界』を張るなんて不可能だ」という事が分かっただけだった。


 『……すみませんアニキ、ララが『結界』なんて専門外のものを手段の候補として挙げてしまったせいで……』


 『………いや、気にしないでくれ。大陸を二分するなんて大掛かりなものの方法がそう簡単に見つかる訳が無かったんだ。また別の手段を探そう』


 『こうなったらララが責任を持って今すぐ魔族共を根絶やしに……』


 『それは絶対ダメだ』


 『でもララにはこれぐらいしかアニキに無駄足を踏ませてしまった事への責任の取り方を知らないッス』


 『方法はまた別のを一緒に探そう。その時は手伝ってくれるか?』


 『それは勿論!どうか手伝わせて欲しいっす』


 『ならそれで充分だ。だから責任がどうこうとかは考えなくていいから』


 「他に知りたい事はあるかな?」


 「……いえ、いろいろ教えていただきありがとうございました」


 「……君が知りたい事は知る事が出来たかい?」


 「はい」


 『結界』という手段がイリエステルの代わりにならない事が分かっただけでも収穫だろう。


 「そうかい、だけど君の表情はあまり晴れてないみたいだ。すまないね、どうやら私には君の知りたがってる何かの答えを教える事が出来なかったようだ」


 「いえ!決してそういう訳では………!」


 「おっと、君を困らせたかった訳じゃないんだ。少しそこの椅子に座って待っていてほしいんだけど大丈夫かい?」


 「え?ええ…大丈夫です」


 「それは良かった」


 俺の返答を聴くと神父様は部屋から出ていってしまった。


 言われた通りに椅子に座り十分程待っていると神父様が両手にティーカップを持った状態で部屋に戻ってきた。


 「待たせてしまったかな?」


 「いえ……」


 「お茶でもどうかなと思ってね。期待に応えられなかったお詫びだとでも思って……どうかな?」


 「………いただきます」


 お詫びなんて必要無いとも思ったがせっかく入れてもらったお茶をつき返すのも失礼だろうと差し出されたティーカップを受け取った。


 ティーカップに注がれていた紅茶は温かく落ち着く様な味だった。


 「紅茶の味はどうだったかな?」


 「美味しかったです」


 「それは良かった。………さて、それじゃあそろそろ二人のところに向かうことにしようか」


 俺が紅茶を飲み終わって一息ついたのを確認すると神父様がそう言いながら立ち上がった。











 神父様の案内のもと教会の中を歩いていると向かっている方向から子供達の声が聴こえてきた。


 神父様とともに声の方に向かうとレグス君とシスターさんが教会の掃除をしている子供達に何か指示を出している姿が見えた。


 子供達の相手をしながらも幸せそうにレグス君と話しているシスターさんの姿を見てどうして神父様が忙しそうな中で態々紅茶を振る舞ったのか分かった気がした。


 「お小遣いをあげる代わりに定期的に孤児院の子達に教会の掃除をしてもらってるんだ。……前はこの教会にももう一人シスターが居たんだけどね……とある事情で今は居なくなって………レグス君の幼馴染という事は君も顔見知りかな?リフィアという名の女の子なんだけど」


 「っ……知ってます」


 「うん、少し前まではその子がこの教会に居てくれたから三人で子供達の監督が出来たんだけど、年老いた私と女性であるシスターエマの二人では子供達の相手をするのに手が足りなくてね………たまたま今日シスターリフィアが居てくれた時によく手伝ってくれていたレグス君が来てくれたおかげで助かったよ。これも神のお導きかな?」


 「……そうなんですね。その、是非俺にも手伝わせて下さい」


 色々と知りたかった事を教えてもらったのだ、手が足りないという事なら是非とも手伝わせて欲しかった。


 「おや、本当にいいのかい?助かるよ。ならレグス君に今どういう状況なのか聞きに行こうか」


 そう言って神父様と共にレグス君に近付いて行った。


 「レグス君、子供達はどんな様子だい?」


 「え?えぇ、問題ありません。子供達のまとめ役の殆どとは顔見知りですし真面目に言うことを聴いてくれてます」


 村にいた時から子供達のリーダーをしていたレグス君は子供達を上手くまとめられている様だった。


 「おや、なら私達の手は必要無いかな?」


 「……エデルも手伝うのか?」


 「ごめん、勝手だったかな」


 俺が手伝うと言い出したせいでレグス君が手伝いを続けざるをえなくなったかもしれない。


 「いや、助かる。殆どの子供達とは知り合いなんだが実は全く知らない子が一人居てな。みんなそいつの事を避けてるみたいだし、そいつも周りに溶け込めないのか溶け込むつもりが無いのか他の子に話しかけるつもりが無いみたいだ。エデルならそういう奴の相手も出来るだろ?任せていいか?」


 レグス君の目線を辿ってみるとそこには周りの子供達よりも少し年上だろうか?リフィアちゃんと同じくらいの年齢に見える男の子が床の掃除をしていた。


 『いやアニキ、あれは…』


 「あの子か、今日街で屋台に並べられている料理を羨ましそうに見ながら行く当てもなさそうに歩いていたから今日の掃除に私が呼んだんだ。教会の掃除を手伝ってくれるなら少しならお金を渡すよってね」


 「そうなんですか……」


 


















 「掃除の調子はどうだい?」


 「えっ、その………」


 「ああ、急にごめんね。さっき俺も子供達の監督役の手伝いに入ったんだけどあそこにいる彼が殆どの子達と顔見知りで順調に進んでるから手は要らないよって言われてね、そんな時に君が一人で居たみたいだから何か手伝える事はあるかなって思って話しかけたんだ」


 「えーっと、順調です」


 「それは良かった。でも一人でここの掃除って大変なんじゃ無いか?他の子の手は借りないのか?」


 「それは……最初にあそこの監督役の人にこの教会に置いてある壺の掃除を頼まれたんですがそれを断ったせいで他の子の不況を買ってしまったみたいで」


 「断った……?」


 「その……信じてもらえないかもしれないですけど僕は……運がかなり悪いというか……かなりのドジで……壺なんて触ってしまったら割ってしまうと思って……」


 「そうなのか……そんな事情ならここの棚の掃除はまだだよな?見るからに壊れそうな物ばかりだし」


 そんな事情があるのならここの棚の掃除は任せてもらおう。


 「え、あの……監督役の人に掃除までやっていただくわけには……」


 「いや、実はここの神父様に恩を返そうと思って監督役に参加したのはいいんだけどさっきも言った様に手が要らないと言われてね、でも何もしないと恩返しの意味が無くなって逆に罪悪感に苦しむことになると思うんだ……だからここは俺を助けると思って棚の掃除は任せてくれ」


 「……その、ありがとうございます」


 そうして二人で付近の掃除を終わらせた。











 「みんな今日はご苦労だったね。じゃあ今からお給金を払うからみんな順番に並んでくれ」


 神父様がそういうと待ってましたと言わんばかりに子供達が群がっていた。


 殆どの子供達が賃金を受け取った中で最後にあの子がおずおずと賃金を受け取っていた。


 「君も今日は助かったよ。ありがとう」


 「……こちらこそありがとうございます。今日の恩は絶対に忘れません」


 良かった。あの子も無事に貰えることが出来たのか。


 「今日は勝手に俺も手伝うって言い出してごめんね。そのせいでレグス君も抜けにくくなったんじゃないか?」


 「いや、俺は元々最後まで手伝うつもりだったから気にしないでくれ」


 「ありがとう。じゃあギルドまで戻ろうか」


 「ちょっと待って下さい!」


 子供達が全員賃金を受け取るのを見届けてレグス君と共にギルドに戻ろうとすると後ろから誰かに呼び止められた。


 後ろを見てみると先程一緒に掃除をした子が此方に駆け寄ってきていた。


 「今日僕が無事に掃除を終えることが出来たのもお兄さんのおかげです。どうかお礼をさせて下さい!」


 「え、俺は別に何も……」


 そんなつもりで手伝ったんじゃ……


 「……俺は先にギルドに戻っておく」


 「レグス君!?」


 レグス君は呼び止められている俺を置いてスタスタとギルドへ戻っていった。


 「……あの、もしかしてご迷惑でしたか?」


 「いや、そういう訳じゃ無いんだ。ただあれは俺が勝手にあそこを掃除しただけで君が恩に感じる事は無いよ」


 「いえ、そういう訳には行きません。どうかお礼をさせて下さい。じゃないと僕はずっと後悔することになります。だからどうか僕を助けると思ってついてきて下さい」


 「……分かったよ」















 「お兄さーん!こっちです!」


 少し先を歩いていた例の男の子が街の人混みの中でも聴こえるように大きな声で俺を呼んでいた。


 「ここのアイスクリーム?と言うのを食べてみたかったんですよ!」


 彼はとある屋台の前で止まり楽しそうにその屋台を指差していた。


 屋台の方を見てみると……元いた世界でも見た事があるアイスクリームの絵がついた看板が置いてあった。………これも異界人が伝えたものだろうか?


 「何人か並んでいるみたいですね。お兄さんはあそこの広場の椅子に座って待っていて下さい。自分で何かを買うのなんて初めてで楽しみです。お兄さんは味の希望とかはありますか?」


 「……ちょっと待ってくれ。もしかしてこのアイスクリームを買うつもりなのか?手持ちのお金はさっき教会で貰った分だけじゃないのか?アイスクリームなんて買ったら殆ど無くなってしまうぞ」


 「……大丈夫です。このお金は今日中に使ってしまわなきゃいけないんで」


 「今日中に?明日からはどうするんだ?」


 「今日中に僕がいるべき場所に帰るので問題ありません」


 ??どういう事だ?さっきの物言いといい家出中の貴族の子とかか?


 疑問に思いながらも彼の勢いに押され、結局言われた通りに近くの広場のベンチで彼を待つことにした。


 「お兄さーーーーん!!」


 数分待っていると彼は両手にアイスクリームを一つずつ持った状態で勢い良く此方に走ってきていた。


 そんなに走ると危ないぞと声をかけようとしたその瞬間、悲劇が起こった。


 「わっ」


 ベチャッ


 「あ」


 運悪く、走り寄ってきていた彼の横にあった屋台からりんごの様な果物が転がり落ち、それを踏んでしまい足を取られ勢い良く顔から地面に倒れ込んだ。


 「だっ、大丈夫か!?」


 急いで彼に駆け寄った。


 「痛たた、僕は大丈夫です。それよりアイスクリームは……」


 彼が地面に目を向けるとそこには落ちた衝撃で形が崩れたアイスクリームが二つ。


 「そ、そんな……」


 「一先ずそこの椅子に座ろう」


 顔や腕に傷を作った彼を先程まで自分が座っていたベンチへと座らせ、ララに頼んで彼の傷を回復してもらった。


 「いえ、この程度の傷慣れてるんで自分で……いえ、ありがとうございます」


 ララのおかげで彼の傷は治す事はできたが彼の表情は数分前までの楽しげなものと違い曇りに曇ったものへと変わっていた。


 「………少しここで座ったまま待っていてくれ」








 

 「お待たせ」


 お願いした通りに椅子に座って、顔を俯かせていた彼に声をかけた。


 「お兄さん、さっきはすいません。どうか明日ここに来ていただけたら次こそは……ってそれは!」


 俺の両手には先程屋台で買ってきたアイスクリームが一つずつ握られていた。


 「さっきのアイスの代わりにはならないと思うが今日はこれで我慢してくれ」


 初めて自分の力で手に入れたお金で買ったアイスクリームの価値には勝てないとは思うが……


 「いえ、そんな!お世話になったお兄さんからこれ以上何かを貰うなんて出来ません!」


 「でも既に買ってきてしまったんだ。でも俺は二つも食べきれないよ。だからどうか俺を助けると思って片方食べるのを手伝ってくれ」


 「………分かりました」








 「美味しかったです。それと本当にすみません」


 「いや、君は俺が食べきれなかったアイスを食べるのを手伝ってくれただけだ。それより……あれが君が言ってた………」


 不幸体質というやつか?


 「……はい、今日はお兄さんと出会えたという珍しく幸運だと思えることがあったので油断してました」


 「そうか。何というか……大変だな…………」


 「いえ、この不幸とも後二年すればお別れ出来るので………」


 「何かそういう当てがあるのか?」


 「はい」


 「そうか………」


 かける言葉が見当たらず見上げた空はオレンジ色に染まっていた。


 ゴーン……ゴーン……ゴーン


 夕焼け空に教会の金の音が鳴り響いた。


 「!!まずい!!すみませんお兄さん!今日はもう帰らなければなりません。アイスクリームはありがとうございました!今日のお礼は改めて後日ということで!」


 彼はそう言いながら慌てた様子で何処かへと走り去って行った。


 「………さて、王都に帰るか」


 結局彼が何者かも分からなかったが『結界』という手段が使えない事が分かった今、この神聖国にいる意味も無いだろう。
















 その数十分後、教会本部の修道院で


 「ハァハァ今戻ったよリフィア」


 「ロア!本当に危なかったんだよ?………ところで修道院の外はどうだった?」


 「あの抜け道、なぜか今日人が少なかったから試したけどいつも通りに門番の人達が配置されてても使えそうだったよ。………それより聞いてよレフィア!街で凄く親切なお兄さんに会ったんだ!本当にいい人でね!また明日も会えるかなぁ?」


 「………そうなんだ。名前とか聞いたの?」


 「…………………あ」

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