心配


 「誰一人この場を収める気なし!此処は教会の懺悔室じゃ無いんですよ!?」


 「……………サラ………盗み聞き………していたのか……」


 「えっ!?それは………まあ、今はその事は置いといて貴方達の事ですよ!レグスさん達に何があったのかは私には分かりませんけど、お互いに悪いと思っているのならお互いを許してそれで良いじゃ無いですか」


 「……いや、そういう訳にはいかないんだ。俺が悪いんだよ……!」


 「いえ私が悪いのよ………!」


 「いや全部俺のせいだ!」


 「気付いてぇ!?自分のせいって言う度に相手を苦しめてる事に気付いてぇ!?ちょっと今は私の話を聴いてください!」


 「「「………」」」


 「………コホン、ではまずそこの貴方!」


 「はい」


 先程サラと呼ばれていた女性に急に指差された。


 「貴方は……レグスさんとそこの女性の方にずっと罪悪感を抱いたまま生きていて欲しいですか?」


 「なっ………そんな訳が無いッ!俺がもう少し村に早く戻っていれば二人をこんなッ………三年間も苦しませずに済んだんだ!」


 「では次にレグスさんと貴女に聞きます。彼はレグスさん達が自分を責める度に後悔の念に囚われ苦しむでしょう。それでも良いんですか?」


 「「良い訳が無い(わ)ッ……!だけどッ……!」」


 「貴方達が自分を苦しめれば苦しめるほど相手も苦しめることになってしまいます。ですのでお互いの為にも此処は一度許し合うということでこの場を収めてはいかがでしょう?」


 「「「………」」」


 「まあ部外者である私がどうこう言っても心から納得して頂けるとは思っていません。でも此処は一旦自分の本心は置いておいてお互いを苦しめない為に、形だけでもお互いの罪悪感に苦しまないで欲しいという要望を受け入れてこの件は解決という事にしませんか?………もう一度言いますけどこれは相手を苦しめない為です」


 「「「………」」」










 「ではレグスさん、その方達と一緒にこの依頼を受けてきて下さい」


 お互いの謝罪を受け入れ合い、ギルドの表の方へと戻って来た俺たちにサラさんが一枚の紙を渡してた。


 「これは……依頼か?内容は……ギルドの備品を注文して来て欲しい?」


 「はい!これを機に皆さんで確りと仲直りして来て下さい!」 


 「だが彼は冒険者じゃ………」


 「………すみません………俺達はどうしても教会本部に行かなければならなくて………」


 レグス君との間に未だ残る気まずさをどうにかしたいという気持ちはもちろんあるが、今はまずこの神聖国に来た目的であるリフィアちゃんを迎えに行くことを優先したかった。


 「教会本部ですか………?」


 「はい」


 「…………ごめんなさい、やっぱり教会本部には一人で行く事にするわ」


 後ろをついて来ていたレフィアちゃんが急にそんな事を言って来た。


 「…………え?一人で……?」


 何故レフィアちゃんが急にそんな事を言って来たのか分からなかった。


 「教会本部の中にある修道院は男子禁制らしいの……だから貴方はレグスに付き添ってあげて」


 レフィアちゃんにそう言われ、流されるままにレグス君とギルドから少し離れたところにある雑貨屋へと依頼達成の為に向かうことになった。


 






 「すまないエデル。まさかサラがこんな強引な手を使ってくるとは………」


 家具屋へと向かっている道すがらレグス君が突然謝って来た。


 「いや、それは全然構わないけど………サラさんはレグス君の好い人なのかい?」


 「好い人……?恋人ってことか?サラが……?違うぞ……?」


 「え?それにしては……」


 やけに距離が近かった気がしたし、何よりなんとも思っていないなら聞き耳なんて立てようとは思わないだろう。


 「サラは誰に対しても気を利かせる事ができる立派な奴だ。別に俺にだけあんな感じって訳じゃ無い」


 本当にそうだろうか……?先程あの部屋の中で俺に「レグスさんは悪い人じゃ無いんです」と言って見て来た彼女のその瞳の中にはレグス君に対する特別な感情が見え隠れしていた気がしたが……。


 もしかしてレグス君は他人からの好意に対してあまり鋭く無いのか?


 「…………………………そうなのか」


 恋心に気付いてもらえない彼女が少し可哀想ではあるが部外者である俺が言うべき事は何も無いだろう。あくまでこれはレグス君と彼女の問題だ。





 その後もお互いの近況などを話し合っているうちに依頼書に書いてあった雑貨屋が見えて来た。


 雑貨屋の中には若い女性の店員らしき人物が一人、こちらに気がつくなり花綻ぶ様な笑顔で駆け寄って来た。


 「レグス君さんお久しぶりです!今日は依頼も出してないのにこの店に足を運んで下さってとても嬉しいです!………あれ?その方は………」


 「ああ、彼は俺の………幼馴染のエデル・クレイルだ」


 「エデル・クレイルです」


 「そうなんですね!私はこの店を営んでいるセシリーって言います!レグスさんにはよくこの店が出した依頼を受けてもらってるんですよ!」


 「今日はギルドからの依頼で此処に書いてあるものを注文しに来たんだ」


 「あ、そうなんですね」


 セシリーさんはレグス君の発言に残念そうにしながらもテキパキと依頼書に書かれたものの中から今すぐに持ち帰れそうなものを見繕っていた。


 「では残りの物は後日直接ギルドまでお運び致しますね」


 「ああ、助かった」


 「いえいえ、でも次こそは依頼とか関係なしにこの店に訪れて下さいね。」


 「分かった」


 「絶対ですよ?何も買う予定がなくてもその………レグスさんが会いに来てくれるだけで……」


 先程までの彼女は快活といった表現がピッタリと当てはまる様な雰囲気であったが、顔を赤らめ気恥ずかしそうにレグス君に話しかけるその姿は恋する乙女そのものだった。


 「いや………俺はこの後王都に戻るつもりだから当分此処には来れない」


 「……えーっと、此処にはまた戻ってくるんですよね?」


 「ああ、王都での用事を済ませたら戻ってくるつもりだ」


 「あ、そうなんですね。ではお気をつけて行っていらして下さい」


 彼女の告白まがいの言葉を気付いていないかの様に一蹴したレグス君に対して俺は絶句していたのだが当の彼女は慣れたものだといった感じに対応していた。







 その帰り道、


 「さっきセシリーさんに言ってたけどレグス君も王都に何か用事があるのかい?」


 しかしレグス君が二人の女性から好意を寄せられているなんて………。俺は村にいた時から彼が良い奴だという事は知っていたのだが………まさか本人が一切その好意に気付いてないなんて……………


 たまげたなぁ…‥。


 俗に言う「鈍感」というやつなのだろう。レグス君には女性に刺されないようにどうか気をつけてもらいたい。


 「………後で話す」


 王都にどんな用事があるのか少し気になったのだが、彼はそれだけ言うと口を噤んでしまった。


 






 そうして二人でギルドまで戻って来たのだがレフィアちゃんは未だ教会の方から戻って来ていない様だった。


 「……レフィアはまだ戻って来ていないようだな。どうするエデル、俺達も教会本部に行ってみるか?」


 「……少し心配だね。案内を頼んでも良いかい?」


 「ああ…勿論構わない」


 その後レグス君の依頼の達成報告が終わり次第すぐに出発した。








 


 レグス君の案内の元、教会本部が見えてくると同時に聴き慣れた女性の声が聴こえてきた。


 「ッ!だからリフィアに会えないならその教皇に会わせなさいよ!元々はそいつがリフィアを勝手に連れて行ったんだから!」


 声の聴こえてきた方へ近づいてみると、レフィアちゃんが重厚な鎧を身に付けた男性を一方的に責め立てているような状況のようだった。そして男性の後ろにある門の更に向こうには小さく何かの建物が見えた。


 「どうしたんだレフィアちゃん……………もしかしてリフィアちゃんには会えなかったのかい?」


 「……ッ!?レグスと依頼された場所に行ったんじゃ………いえ……この男がリフィアのいる修道院に通してくれないの」


 ということは向こうに見える建物がリフィアちゃんがいるという修道院か………。


 「通してくれない?修道院には女性なら入れるんじゃないのか?」


 「……それは普通の修道院の話だ。此処の修道院は特別なんだ」


 レフィアちゃんに責められていた男性が、俺の口から出た疑問に訂正を入れてきた。


 「特別?」


 「ああ、そうだ。此処は次代の『石護いしもりの聖女』様をお育てする為の場、関係者以外は此処の門番として決して通すことは出来ない」


『石護の聖女』………?


 「それは一体……」


 「君達が報告にあった、修道院の門の前で騒ぎを起こしているという者達かの?」


 『石護の聖女』について門番の男に聞こうとしたのだが突然後ろから何者かが声をかけてきたのでそれを中断し、そちらの方へと顔を向けようとした。


 「貴方はッ………!」


 俺が振り向くより先にその人物を確認した門番の男が酷く驚いたような声を上げた。


 「教皇様!!??」


 声の方向にいたのは何人もの人間を引き連れた如何にも教会関係者といった格好に身を包んだ痩身の老人だった。


 「……教皇?なら貴方がリフィアを此処に入れたのね!」


 「ダメだレフィア!やめろっ!」


 老人の正体が教皇だと聴いたレフィアちゃんが老人に詰め寄ろうとしたのだがレグス君が後ろからそれを羽交締めにした。


 周りを見てみると老人の周りに居る者達、先ほどまで話していた門番、その全てがこちらに武器を構え敵意を向けてきた。


 「皆の者、武器をしまうのじゃ」


 「「し、しかし……」」


 「私が彼女の妹君を無理に次期聖女候補の側へと置いたのだ。彼女には私を責める権利がある。だから皆、武器をしまうのじゃ」


 教皇が重ねてそう言うと周りの者たちが渋々と言った様子で武器を納めた。


 「………」


 「君も私に言いたいことがあるじゃろう。当然じゃ………。じゃが此処では悪目立ちしてしまう。説明の場を設けるので今はぐっと堪えて私に付いてきてはくれぬか?」


 教皇は未だに納得のいってなさそうなレフィアちゃんの方を向き、申し訳なさそうにそう言っていた。


 「……分かったわ」


 「………うむ、それは良かった。しかし彼女だけでは不安じゃろう。そこのお連れの方もどうか一緒に付いてきてはくれぬか?」


 レフィアちゃんが着いてくる事を確認した教皇は次に俺の方へと顔を向けて俺にも付いてくるように言ってきた。


 「………分かりました」


 レフィアちゃんが心細そうに此方を見てきていた事もあって断ると言う選択肢は勿論無かった。












 「うーむ、何処から話せば良いか………」


 教皇の間と呼ばれているこの国の中心となる場で俺とレフィアちゃんは教皇様と周りから呼ばれていた男性と対面していた。


 部屋の中には先程までは他にも複数人の護衛?のような人達が居たのだが、教皇本人から席を外して欲しいとお願いされ退出していった。


 「君達は七つの厄災の一つ、『石侵食せきしんしょくの剣』について知っておるかな?」


 「「……はい」」


 『石侵食の剣』………それは名前の通り剣の形をしている。自身に触れたモノを触れた部分からどんどんと石へ変えてしまうという恐ろしい剣だ。そしてその危険すぎる剣は教会がなんらかの手段で保管しているというのは聴いたことがあるが………。


 「ふむ、ではあの忌々しい剣を我々がどういった方法で周りを石化させずに管理されておるかは?」


 「「………」」


 『石侵食の剣』はたとえ人が触れてなくとも地面に置いているだけで、大地に刺しているだけでそこからどんどんと世界を石へと変えいくと聴いたが………。


 「『石侵食の剣』がこの世界に存在しているモノに接触しているとそこからどんどんと命の無い世界が広がっていってしまう。じゃから私達は神より賜りし法術の力を使いアレを宙に浮かせ続けておるんじゃ」


 「法術で……?」


 「うむ、法術の中には他者の怪我を治したり自らの周りに簡易的な障壁を発生させるといった魔法と同じような結果をもたらすものもあれば、自身以外の物体を宙に浮き上がらせたり固定したりといった法術という方法でしか出来ないようなものもある。そして我々はその力を使い遥か遠い昔から『石侵食の剣』が何にも触れる事のないように宙に固定し続けているのじゃ」


 「………」


 「しかし物体を宙に浮き上がらせ固定するといった事が出来るほどの法力の持ち主というのは極僅かじゃ。これまでは『石護の聖女』と呼ばれる強力な法力の持ち主が代わる代わる交代しながら『石侵食の剣』を固定し続けてきたのじゃが……………残念ながら今代ではその『石護の聖女』と呼ばれるに足る程の法力の持ち主はたった一人しか居らんかった」


 「…………………ダメよ」


 「………ぬ?」


 「レフィアはっ……!私のたった一人の妹なんです!お願いします……!リフィアを『石護の聖女』にはさせないで下さいッ………!」


 「……これはすまぬ。姉君には誤解を与えてしまったようじゃな」


 「…………………へ」


 「リフィア殿には今代唯一の『石護の聖女』の友人になって貰おうと本部の修道院へと来て貰ったのじゃ。姉君の許可も得ずに彼女を本部の修道院へと移してしまい申し訳ない」


 そう言って教皇はレフィアちゃんに対して頭を下げた。


 「………いえ、その……」


 レフィアちゃんはバツが悪そうにその下げられた頭から目を逸らした。………レフィアちゃんの気持ちも分かる。リフィアちゃんがそんな過酷な運命に身を投じずに済んだという安心感も勿論あるのだろうが、つまりそれはその今代唯一の『石護の聖女』に全てを押し付けるという事だ。


 「リフィア殿が大きな器の持ち主だという事は私の耳にも届いてきておった。じゃから当時周りの者全てが敵だという態度で孤独の中におった今代の『石護の聖女』の側に着いて貰ったんじゃが…………彼女のおかげで『石護の聖女』は心許せる友人という存在を知る事が出来たのじゃ」


 ………リフィアちゃんは今その孤独だった子に寄り添っているのか……。だがそれは友人の人生を犠牲にして自分が生きるという罪悪感を抱えさせてしまうという事だ………。そんな苦しみをリフィアちゃんには味合わせたくは無い。何か良い方法というのがあれば良いが………。


 『ララは何か良い方法を思いつかないか?』


 ……………


 いつもならすぐに返ってくる筈のララからの返事が全く返ってこなかった。


 『……ララ?』


 寝ているのだろうか?


 「じゃからどうか頼む。あと二年、あと二年経って今代の『石護の聖女』がその任に着くまでの間、どうかリフィア殿にはその子の側に着いていて貰いたい。決してリフィア殿に不便な生活はさせないと教皇の名の下に誓う。じゃから………」


 「………なら今から私の妹に……リフィアに会わせて下さい」


 「………すまぬ、それも出来ぬ。リフィア殿には家族が居て、その家族から愛されているという事を『石護の聖女』に知られたく無いのじゃ。そうなると二人は仲違いをするかもしれぬ。そしたらリフィア殿が傷つく結果になるやもしれぬ」


 「…………」


 「必ず………必ず二年後にはリフィア殿を君達の元にお返し致す。だからどうか………どうか…………」


 その後も何度も頭を下げてきた教皇にとうとうレフィアちゃんの方が折れ、絶対に二年後、迎えにきた時に絶対にリフィアちゃんを此方に渡すという約束を取り付けてその場を後にした。



















 『……………………ハッ!?(アニキが他人を鈍感と評したことに)絶句して意識がトんでたッス!』






















 エデル達の姿が見えなくなった後、教皇という立場に就いている老人は自身の座っていた席の後ろにある部屋へと入っていった。


 「………女神様、これで宜しかったですかな?」


 その部屋には一体の女神像があった。


 『はい、まさか準備が終わるより早く彼が来るとは思いませんでした。今は自由に動かせる使徒が居ないので二年後にまた此処に来させるという約束を取り付けることが出来たのは僥倖でした』


 「……第二使徒様がいらっしゃるのでは?」


 『異界人の処理を任せていた彼ですか?彼に与えた悪意を操作するという能力では一度失敗してますし、何より今まで彼がその能力で操っていた『悪滅の雷』にとり憑いた悪意達がこの世から消えたせいで今の彼に出来る事は殆ど無くなってます』


 「………左様ですか………早く女神様に全ての力を取り戻して頂きたいあまりに焦ってしまいました」


 『ええ、私も早くあの虫のようにしぶとい最後の異界人を処理し、前神が異界人に与えていた特典………切り分けられた神格を全て取り戻したいのですが………やはり前神の神格のその殆どを渡されただけあって油断ならない相手です』








 『…………なので我々の関与を一切悟らせずに唯一心を許していた相手であるあの人間と引き合わせなければなりません』




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