再会


 早朝の保健室、治癒術師の先生はどうやら不在のようで保健室の中には俺とレフィアちゃんだけしか居なかった。


 「………」


 「………」


 保健室に入ってきた俺を最初は呆然と見ていたレフィアちゃんだったが、次第にどんどんとその視線は下に降りていき、終いには顔自体を俯かせてしまった。


 「………い、いやぁ、まさかレフィアちゃんもこの学校に入学していたなんて………」


 レフィアちゃんが使っているベッドの横に置いてあった椅子に座り、気まずさを和らげる為に当たり障りのない会話から始めることにした。本当はレフィアちゃんがこの学校に入学していた理由、リフィアちゃんに何かあったのではないかと今すぐにでも聞きたかったが当のレフィアちゃんの様子がおかしく、その話を切り出して良いものか分からなかった。


 「………」


 「………」


 「………」


 「………」


 「………本当に………………本当に………エデルなの?」


 どう話を切り出そうか決めあぐねいていると、躊躇う様にレフィアちゃんの方から話しかけてきた。


 「え?………ああ、確かに俺はレフィアちゃんの家の隣に住んでいたエデル・クレイルだけど……此処ではジョン•ドゥって呼んでほしい」


 「……どうして………なんで生きて…………」


 ………まあ当然その事は聞かれるよな。レフィアちゃん達の中ではずっと死んだ事になっていたみたいだし。だがレフィアちゃんにあの後のことをどう説明したものか………。


 あの時、俺が助かったのは『全状態異常無効化』の能力と………イリエステルに助けてもらったおかげだ。『全状態異常無効化』については説明できる。俺が異界人?である事を打ち明ければ良いだけだ。


 だがイリエステルの事を説明するべきかどうか…‥。


 レフィアちゃんにとってイリエステル……『腐敗の女神』は妹を苦しめ続けた憎むべき敵だろう。俺も直接彼女と逢うまでは村の人達を苦しめる邪悪な存在だと思っていた。そんな『腐敗の女神』が、腐敗の能力も自分の意思でばら撒いてるわけでも無く、倒れている人を助けるような善性を持っているという話をレフィアちゃんは信じてくれるだろうか?


 「実は………」


 結局、自分が異界人であること、『腐敗領域』で力尽き倒れているところを『腐敗の女神』に助けられた事の両方を話すことにした。……王都に行った件を除いて。


 「………という訳なんだ」


 「………なら本当に………」


 「そう、だから俺は別にどうもなってなかったんだ。だからレフィアちゃんもそんなに気にしな……」


 「……なさい」


 「ん?」


 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…………」


 突然レフィアちゃんが声を震わせながら何度も何度もごめんなさいと繰り返し呟き始めた。


 「ちょっ!レフィアちゃん!?」


 ……もしかして俺が殴られた事を根に持っているとでも思っているのだろうか?


 「レフィアちゃんが謝る事なんて何も無い!悪いのはあの時誤解されても仕方ないような行動をとった俺の方だ!」


 「………ッ!違う!全部私が悪いのよ!あの時……私が少しでも貴方の話を聴こうとしてたら……!………私………エデルがリフィアを殺したって思って……そんな事する訳なかったのに!!……私はエデルを……!!」


 レフィアちゃんは一瞬だけ顔を上げ、此方と目を合わせたかと思うとまた顔を俯け、絞り出したような声であの時の事を謝罪してきた。


 「その事は本当に気にしなくてもいい!こうして俺も生きてるんだし。…………というかこの話を信じてくれるのか?」


 レフィアちゃんにとってこの話は信じ難い話だろうし信じたくない話でもあるだろう。


 「……………信じたい。信じられないような話ばかりだったけれど………………こんな事を言える立場じゃないけどッ……………こうしてエデルが生きていてくれるのなら…………その話を………信じたい………!」


 「………レフィアちゃん」


 涙を流す彼女を見て、俺は自分が余りにも軽く考えていたのだと思い知った。レフィアちゃんは責任感が強くて優しい子だ。俺はリフィアちゃんの体調が改善した事でレフィアも喜んでくれていることだろうとしか考えていなかったが、レフィアちゃんはこの三年間ずっと罪悪感に苛まれていたのだ。


 「エデルが生きていてくれて本当に……本当に嬉しい。…………………けれどそれで私の罪が消えるわけじゃない」


 「そんなことは……!」


 「私はエデルにどうやって償えば………あの女の子がエデルをここに連れてくるって言った時、エデルが私に復讐しに来てくれるんだと思った」


 「ちっ違う!あの時の事でレフィアちゃんを恨んだりなんかしていない!俺がここに来たのは……!」


 「………でもそれともう一つ、エデルはそんな事をしないと言い張る自分も居た。そして案の定エデルは私の事を恨んで当然なのに平然と恨んで無いと言って…………そんな貴方だからこそ私は自分のことが…………!」


 レフィアちゃんの握りしめている手から血が滴り落ち、ベッドのシーツに赤い染みが滲み始めた。


 「レフィアちゃん!?手から血が!!」


 無理矢理にレフィアちゃんの手を掴み、手のひらを見てみると案の定爪が食い込んでいた。


 「……………包帯とガーゼをその辺で探してくるからそのまま待っててくれ」


 「………」


 此処は保健室だ。基本的に怪我は回復魔法で治すとはいえ包帯やガーゼは常備されているだろう。


 『アニキ、ララは回復魔法も使えますよ?』


 『……そういえばそうだったな、ならお願いしていいか?』


 『任せてください!アニキに手を握って包帯を巻いてもらうなんてそんな羨ま……アニキとララの娘なんですから治療するのは当然じゃあないッスか!』


 『???』


 「………やっぱり回復魔法で治療するよ」


 レフィアちゃんの手のひらに自分の手を翳すとそこにあった痛々しい傷が綺麗さっぱり無くなっていた。


 『ありがとうララ。おかげで助かった』


 『うへへ』


 「………レフィアちゃんが此処まであの時の事で自分を責めているとは考えもしなかった。ごめん、もっとしっかり三人を探すべきだった。リフィアちゃんが治ったのなら俺が側にいる必要は無くなったんだろうと思ってそのうち探すのを辞めてしまったんだ」


 「そんなことはない!エデルにはずっと私達の側にいて欲しかった!!………だけどそれを私が壊したのよ」


 「レフィアちゃんにあんな事をさせたのは俺だ。あの時は説明できない事だらけで、誰にも見つかる事なく戻ってくればいいかと楽観視してリフィアちゃんを『腐敗領域』に連れて行ったんだ。だからレフィアちゃんが何も知らなかったのも俺のせいで、あの状況だと俺がリフィアちゃんを殺したと思われても仕方なかったんだ」


 『腐敗領域』に入ると問答無用で死ぬと物心ついた時から教えられていた人達の村で、どうしてフフの実なんて知っているんだと聞かれても、女神という存在に悪感情を抱いているあの村で女神に聴いたなんてことも言えずに誰にも説明することもなく、俺一人の判断で『腐敗領域』に彼女の大切な妹であるリフィアちゃんを連れて行った。


 「だから俺は殴られて当然の事をしたし、帰ってきた後レフィアちゃんに殴られる覚悟もしていた。ただあの時は色々な不幸が重なった結果あんな事になってしまっただけで………本来レフィアちゃんは俺に怒ることはあれど罪悪感を感じる必要はない。だから…………自分を責めて傷つけたり………ましてや自分から死を選ぶなんて事は絶対にしないでくれ」


 俺が一方的に、関わらない方が相手の為だろうと決めつけたせいでその相手が自ら死を選んでしまったというのはもう………


 「でもエデルはリフィアを助けようとしていただけで………実際に命が危なかったリフィアを救ってくれて………」


 「今回此処に来たのも復讐とかじゃなくレフィアちゃんがなんでこの学校に入学したのかを聞く為に来たんだ」


 「……私が………?それはエデルを……」


 「俺?………リフィアちゃんに何かあったんじゃないのか?」


 「リフィア?リフィアは今……………………リフィア!!!そうだ、早くリフィアにもエデルの事を教えてあげないと………!!」


 「リフィアちゃんは無事なのか?」


 「……リフィアは今…………」


 レフィアちゃんがこの魔法学校で三年間を過ごす間、神聖国にある教会本部で面倒を見て貰っているという事を説明してもらった。


 「それじゃあリフィアちゃんは今神聖国にいるのか………」


 「…………ええ、でも……シスターとして修行する三年間は教会から出して貰えないらしいし………手紙……外部との接触も禁止らしいし………どうすれば……」


 「……リフィアちゃんをそんなに厳しそうなところへ?」


 あのレフィアちゃんが?


 「……最初は私の魔法の師匠の知り合いが神父をやってる普通の教会に居たの。でもその教会に教皇様が訪れたらしくて………リフィアを大教会に誘ったみたいで………私に手紙が届いた頃にはリフィアはもう大教会に………」


 「………ならもうそろそろ長期休暇だし、とりあえず神聖国に行ってみないか?」


 「…………いいの?」


 「当然……」


 「ジョン!さん、彼女のルームメイトの方が来られましたわ」


 レフィアちゃんと話しているとリリィが突然保健室の中に入って来てジョンという名前を強調する様に呼びかけてきた。そして続くように面識の無い女生徒も入って来た。


 「レフィア!!大丈夫!?今さっきレフィアが倒れたって聴いて………どうして此処にジョン・ドゥが………」


 レフィアちゃんのルームメイトらしい女生徒は此方を見て怪訝そうな表情を浮かべながらベッドに近付いて来た。


 「………もしかしてジョン・ドゥに何かされたの?」


 「ち、違うわ!………気を失って倒れた私を彼が助けてくれたの」


 どうやらレフィアちゃんは俺がエデル・クレイルだという身分を隠しているという事を察してくれている様だ。死んだ筈の幼馴染を見て驚いて気絶したと言われたらどうしようかと思っていたが杞憂だった。


 「………ならこっちを見て言ってくれないかしら。………もしかして宝物庫の中の物を条件に酷い事を……」


 「彼はそんな事をする様な人じゃないわ!」


 「……私には信用できないわ。だいたい女性の寝ているベッドにこんなに近付くなんて常識が無いの?さっさと此処から出ていって!でないと彼女の班の班長を呼ぶわよ」


 「やめて……彼とはまだ話が……」


 「行きましょうジョンさん、今アゾーケントを呼ばれるとお話どころでは無くなってしまいます」


 「………っ!」


 リリィが俺の手を握り、そのまま引っ張られる形で保健室から退出しようとした。


 「ちょっ!リリィ!?レフィアちゃん、話の続きはまた今度しよう!」


 「………ちょっと待ちなさい」


 今さっきまで早く保健室を出ろと催促していたレフィアちゃんのルームメイトが一転して立ち止まる様に言ってきた。


 「………このベッドに付いているシミ………これ……血よね………今見てもレフィアに怪我がある様に見えないし…………………まさか宝物庫の中の物を盾にレ、レフィアにとんでもない事を…………!」


 「…?…?…?……………ファッ!?」


 まさかとんでもない勘違いをされていらっしゃる!?


 「ち、違う!その血は彼女が手のひらを怪我して流れた血で」


 「………怪我なんてしていないじゃ無い」


 彼女はレフィアちゃんの手を取り手のひらを一目見て此方を軽蔑した様な目で見てきた。


 そうだった………!ララの回復魔法で跡形もなく怪我は消えたんだった!


 「彼はそんな事をする人じゃない!その血の痕は本当に私が手を握りしめた時に出来た怪我から流れた血の痕で、その怪我を彼が回復魔法で治してくれたの!」


 「……回復魔法?回復魔法の習得にはかなりの期間を要するのよ?それに素質も必要だし。あんな魔力の色をしてる様な奴に回復魔法の素質があるとも思えないし、ましてや最初から怪我なんて無かったように見えるほどの治療が出来るほどの………」


 レフィアちゃんも弁明に参加してくれたがルームメイトの浮かべる軽蔑の表情が消えることはなかった。彼女の中ではレフィアちゃんは完全に嘘をつかされている被害者という立場で固まっているようだ。


 「………その方の事は一晩中私が側で見ておりました。そしてジョンさんはその方が目を覚ました後で私が部屋まで呼びに行って此処まで連れてきたのです。ジョンさんはその方に何もしておりませんわ」


 「……貴女はジョン・ドゥ班の人間よね。自分達の班の班長だから庇ってるのかもしれないけど同じ女として何も思わないって訳?」


 第三者のリリィの証言ですら受け付けてもらえず、何か無実を証明する手段は無いのかと必死で考えていると突然リリィが製剣魔法で剣を創りだし、徐に自身の手のひらを切りつけた。


 「「「!?」」」


 「……ジョンさん、私にも回復魔法をかけて貰って宜しいですか?」


 「え、あ、ああ」


 『ララ!頼む!リリィを助けてくれ!』


 『……了解したッス』


 リリィの手のひらの傷を急いで治した。


 「これで証明出来ましたか?彼は回復魔法を使えます。嘘なんてついておりません」


 「え、えぇ……でも回復魔法が使えるからって彼が最低野郎じゃないってことの証明にはならないわ」


 リリィのおかげで回復魔法を(ララが)使える事の証明は出来たが、どうしても彼女は俺を犯罪者にしたい様だ。


 「これ以上の彼への侮辱は許しません。彼への侮辱は我がナイトエイジ家を侮辱したも同じ、それ以上ありもしない罪で彼を責め立てるのなら此方にも考えがあります」


 「…………っ!」


 「でも……!」


 「………もうそろそろ此処の先生も仮眠から戻ってこられる筈です。彼女も遅くまで保健室にいらっしゃいました。そんなに私達が信用ならないなら彼女に聞いて下さい。………行きましょうジョンさん」


 そこまでいうとリリィは俺の手を引っ張り保健室から退室した。








 その帰り道


 「リリィ………さっきは本当に助かったよ。ありがとう。……けど治癒術師の先生がもうそろそろ戻って来る事を知ってたのならあんな自分を傷付ける必要は無かったんじゃないか?」


 「………すみません。一刻も早くあの失礼な方と同じ部屋から出て行きたくて」


 「でもリリィも俺が回復魔法を使っている所を見た事無かったよな?もし俺が回復魔法を使えなかったらどうするつもりだったんだ?」


 リリィは俺が(ララに頼んで)回復魔法を使うところを今まで見た事無かった筈だしレフィアちゃんを治療したところも見ていない。俺が回復魔法を使えるという事は知らなかった筈だ。


 「私はエデルさんを信じています」


 歩みを止め、後ろを振り向いた彼女は俺の目を真っ直ぐ見ながらそう伝えてきた。


 「お、おう。でも自分を傷付けるのはやめてくれよな」


 ギルにも申し訳立たないし、何より俺も見たくない。


 「ええ、善処いたしますわ」


 そういうと、彼女は話を切り上げるように再度前を向き歩き始めた。


 数分歩くうちにお互いの寮への分かれ道に辿り着いた。


 「ここまでだな。………ありがとう。さっきの事だけじゃなくて、昨日の夜からリリィには世話になりっぱなしだ」


 「気になさらないでください。私達は仲間………いえ、家族も同然ですから」


 家族……?


 ………ああそうか、彼女の兄から俺が弟のような扱われ方をしていたという話を当人に聴いたのか。


 「………そうか。ならリリィが困っている時は言ってくれ。俺も家族として力になるから」


 「……ええ、その時はよろしくお願いしますわ」


 彼女も昨日の夜は休めてないだろうから、せめて今日はゆっくり休んでもらおうとそこまで話した後に解散した。






 




 「………信じてますわ」






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