不安


 「………………………え?」


 アゾーケント班のメンバーの一人、レフィア・マクスウェルが此方を見て信じられないものを見たといった様な表情を浮かべていた。


 ……彼女は何にそこまで驚いているんだ?先程彼女の事を幼馴染の少女と間違えて呼びかけてしまったことか?確かに面識のない男から急に馴れ馴れしく呼びかけられたら困惑するのも無理ないが………それにしたって少し驚きすぎではないだろうか?それとも間違いじゃなく本当に…………






 「………エデル?」


 




 ……………………………………!?


 それを知っているという事は………ここにいるなんて事は絶対にあり得ないと思っていたがやはり……


 「………もしかして………本当にレフィアちゃん………なのか?」


 「……………うそよ」


 彼女はそう言い残し、全身から力が抜けたかの様にその場に倒れてしまった。


 「レフィアちゃん!?ッすまないヒサメ、通してくれ!」


 部屋の入り口にヒサメ達が密集していてすぐに駆け寄る事が出来なかった。


 「……ジョン殿はこの女人と面識があるのでござるか?」


 ヒサメはまだ警戒の残る声音で質問をしてきた。


 「あ、ああ……多分俺の幼馴染だと思う………ッ!?」


 倒れた彼女に近付いて様子を確認すると呼吸はしているがどうやら気を失っている様だった。


 「ほ、保健室に運ぼう!」


 何故レフィアちゃんがこの学校に……それもあのアゾーケントの班なんかに……という疑問はあったがまずは気を失った彼女を保健室に運ばなければと手を伸ばしたその時、横から伸びてきた何者かの手に手首を掴まれた。


 「リリィ?」


 横を見るとそこにはリリィが立っていて俺の手首を掴んだまま呆然としていた。


 「………えっ、あっ、私は……」


 ………?自らが掴んでいる手首の部分と俺の顔を交互に見て何かに困惑している様だが……一体何にそこまで困惑しているんだ?


 「話があるのなら後で聞くから手を離してくれないか?まずはレ……彼女を保健室に連れて行かないと」


 「……私がその方を保健室まで運びますわ」


 「何?リリィが?」


 「ええ、今日はもう遅い時間です。この様な時間に男の方が一人で女性を何処かに運んでいるとなれば良からぬ噂がたってしまいます。なので私がその方を運びますわ」


 「……そうか、なら頼む」


 今はまず倒れているレフィアちゃんを保健室に運ぶ事が先決だ。ここでどちらが保健室まで運ぶかで問答して時間をかけたくなかった。










 気絶しているレフィアちゃんを保健室まで運び、常駐している治癒術師の先生に診てもらったところただ気を失っているだけという事だった。


 一先ず安心できた。きっと死んだと思っていた人間が急に目の前に現れて驚いたのだろう。


 「ではこの方の付き添いは私がしておきます」


 「すまない。俺の個人的な事情なのにそこまでしてもらって……」


 レフィアちゃんには聞きたい事が沢山ある。出来る事なら彼女の目が覚め次第話ができる様にしておきたかったが流石に恋人でもない男が気を失っている女性に一晩中付きっきりと言うのはいくら此方にその気が無くとも流石に外聞が悪いだろう。気掛かりでしょうがないが今はリリィに任せよう。


 「……ッ!いえ、気になさらないでくださいませ。私はジョンさんの………仲間ですから」


 「?……やっぱり無理してないか?」


 「無理なんてしておりませんわ。この方が目を覚まされたらすぐに知らせに参りますので今日は一旦お帰りになられて下さい!」


 そうして追い出される様に保健室を退室した。








 特別寮にある部屋に戻っては来たものの結局その日の夜は一睡も出来なかった。


 勿論レフィアちゃんの事が気掛かりだったからだ。


 レフィアちゃんが何故この学校に……それもアゾーケントの班なんかに入っていたのか、何かこの学校の宝物庫を目指さなければいけない事情があるのか………。


 かつて『PvE』でレフィア・マクスウェルを見た時、その鬼気迫る動きに気圧された。それほどまでに彼女は宝物庫にある何かを欲しているのかと、自分もそんな彼女に負けない様に改めて気を引き締めた事を覚えている。


 そしてレフィアちゃんがそれほどまでに一生懸命になる理由なんて一つしか思い浮かばない。


 まさかリフィアちゃんに何かあったのでは………。


 早くレフィアちゃんに事情を聞きたかった。この恐ろしい想像を否定して欲しかった。





 カーテンの隙間から日の光が差し込んできた頃、部屋のドアを控えめにノックする音が聴こえた。


 急いで部屋の入り口に向かいドアを開けると神妙な表情をしたリリィがそこに立っていた。


 「もしかしてレ、彼女の目が覚めたのか!?」


 リリィが口を開くよりも前に、詰め寄る様に要件を尋ねた。


 「……はい」


 「ッ!そうか!連絡してくれてありがとうリリィ!」


 今すぐにでも保健室に向かおうとしていると、突然リリィが腕を掴んできた。


 「ん?どうしたんだ?」


 「………廊下を走ったら危ないですわ。それに………彼女はアゾーケント班の人間です。ジョンさんがあの方と話している最中にアゾーケント班の生徒があの方の様子を確認する為に訪ねて来る可能性もございます。なので見張り役として私も付いていきますわ」


 「……それはありがたいけど、リリィも一晩中保健室で付き添いをしていたから疲れているだろう?」


 「大丈夫です。全然疲れてなどおりませんわ」


 そんな目に光の無い状態で言われても。


 「………」


 「………」


 「……分かった。なら見張り役を頼んでもいいか?」


 「ええ、では保健室に向かいましょうか」






 保健室までの道中、一切の会話が発生することもなく、無言で前を歩くリリィの後ろを付いていく形で保健室まで向かっていた。


 『うわっ!?なんスか!?なんでこんなにアニキの中に不安の感情が立ち込めてるんスか!?』


 疲れている様子のリリィに話しかけていいものか頭の中で右往左往していると、突然ララの驚いた様な声が頭の中に響いてきた。


 『ララ?』


 『あ、アニキ………今日はこの時間から起きていたんスね』


 『……いろいろあってな』


 『そのいろいろと言うのはアニキの心の中に渦巻いている不安の感情と関係ありますか?』


 ララの言動に少し違和感を感じた。いつもなら俺が教えなくとも周りの状況を把握しているララが、まるで昨夜あった一悶着を全く把握してない様な………


 『……申し訳ないッス。さっきまでかつて寄生したことのある異界人の記憶に潜っていたので……。』


 『別に責めている訳じゃ……ん?異界人の記憶?』


 『はい、少しでも異界人に関する情報が欲しくて。でも今は何よりアニキの不安をこのララが払拭する事が先決ッス。少し待っててください。ララが居なかった間のアニキの記憶を見てみるんで…………………………ん?…………この人間は!?』


 『………流石に驚くよな。ララも俺の記憶を覗いて知っているとは思うけど、まさかレフィアちゃんもこの学校に入学していたなんて……』


 『………今はララのこの人間に対する感情は一旦置いておきましょう。アニキに嫌われたくないので………。それで今から会いに行く訳ッスね』


 レフィアちゃんに対する感情?


 『そうだ……』


 『そしてアニキは今、その人間の肉親に何かあったのでは無いかと心配している訳ッスね』


 『……そうだ』


 『………分かりました。もしその人間の抱えている事情がアニキの心を痛める様なものだったなら、このララがどうにかしてみせるッス!』


 『いいのか?というか出来るのか?』


 『当たり前じゃあないッスか!アニキにとって娘の様に思っている人間という事はララにとっても我が子同然と言っても過言ではないッス!一緒に私達の娘を助けましょうね!』


 ???


 ララは何を言っているんだ?


 『……保健室が見えてきたぞ』


 ララと頭の中で会話していると保健室が見えてきた。




 先に歩いていたリリィが保健室の扉の取手に手を掛けていたので彼女がそのまま扉を開けるのを待っていると、取手に手をかけたままの姿勢で彼女は躊躇う様に動きを止めた。


 「リリィ?」


 「………エデルさん、一つ……聞いてもよろしいですか?」


 彼女は此方に背を向けたまま何かを尋ねてきた。


 「ん?どうしたんだ?……後あまり魔法学校の中でその名前は出さないで貰えると」


 「エデルさんはあの方のことが好……………………いえ、なんでもございませんわ。忘れてください」


 そう言って、結局なんの質問をする事もなくリリィは保健室の扉を開けた。


 「………では私は外で見張りをしているので終わったら声をおかけください」


 「あ、ああ。ありがとう」


 そうして保健室の中に入るとベッドの上で上半身を起こしたまま驚愕の表情で此方を見ているレフィアちゃんと目が合った。


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