『PvP』


 第三の魔競技、『PvP』が開催される日がやって来た。


 一つ前に開催された魔競技『PvE』では巨大な魔物に化けた魔道具との戦いだったが、今回は他の班の生徒との直接対決だ。


 まずは各々の班から五人を選出してその選ばれた生徒達が一対一で相手の班の生徒達と試合をしていき、先に三勝した方の班が勝利する。というルールでトーナメント方式で順位を決定していくという行事だ。


 勿論直接対決だからといって相手の身体に直接魔法をぶつけたりするわけじゃ無い。『PvE』の時にも使用されていた自らの周りに障壁を張るフード付きのマントを今回も使用し、先に相手の障壁の耐久度を半分まで削った方が勝者となる。


 マントが張る障壁は耐久度が半分を切ると色が赤く変化するらしく、その色の変化で判断するらしい。



 それとプラスして、去年までは班の人数が五人に満たない場合は同じ生徒の連続出場が認められていたらしいのだが、今年からは全ての生徒が一つの試合につき一度ずつしか出場出来なくなったらしく、たった四人しかいない俺達の班は既に一敗した状態から試合が始まるというかなりのハンデを背負わされ、苦戦する事は必至だった。



 と思っていた。


 代えの人員も居らず、それどころか一敗した状態から試合が始まるというハンデがあるのに、それを補って余りあるほどにヒサメ達が強かった。


 三人が出た試合全てで勝って来てくれているお陰で、俺に一度も出番が回ってこないままとうとう決勝戦まで来てしまった。








 「急にルールが変更されて最初は驚きましたけどなんとか決勝まで来れて良かったです」


 「確かにここまでは危なげなく来れたでござるが油断は禁物でござる。相手はあのアゾーケント班、何を仕出かして来るか分からんでござるからな…………特にあのアゾーケント班に所属している女人は『PvE』の時からかなりの強さを発揮しておったでござるよ」


 「その方と戦うのは…………私ですわね」


 「戦っているあの者の姿を見ていたでござるが何やら鬼気迫るものを感じたでござる。きっと目的は拙者達と同じ……リリィ殿も気をつけて欲しいでござる」


 「………あのレフィア・マクスウェルって生徒のことか」


 ……魔競技中はフードを被っているせいで顔までは分からなかったが様々な属性の魔法を使って戦っていた姿は記憶に強く残っている。


 「うむ、なんと驚く事にあの女人はほぼ全ての属性の魔法を使っておった。どの程度まで使いこなせるのか底は見えなかったでござるが、あの様子だと少なくとも一つ一つの属性を各寮の一般生徒と同じ程度には使いこなせる筈でござる」


 「その人なら同じクラスに所属しているんですけど少なくとも炎属性の魔法はかなり上位の練度をしてました。レフィアさんが氷魔法の方をどの程度の練度まで使えるのか分かりませんが、もし相手の炎魔法の練度がリリィさんの氷魔法と同等以上だったらかなり相性が悪いです。気を付けてください」


 「………もし氷魔法が通用しなさそうだったらすぐに『製剣魔法』に切り替えますわ」


 どうやらあのレフィア・マクスウェルという生徒がこの『PvP』決勝戦最大の壁となりそうだ。


 だが俺もこの学校に入学したからには必ず『状態異常封じの腕輪』をイリエステルの下に持ち帰ってやりたい。


 絶対に負けるわけにはいかなかった。


 決勝戦でも俺の出番は回ってこない可能性もあるが、改めて気を引き締めなおした。


 



 


 『ではこれより魔競技『PvP』決勝戦、ジョン・ドゥ班とアゾーケント班の試合を開始します』


 会場に備え付けられた待合室で最後の準備をしているとアナウンスが流れ、とうとう決勝戦が始まった。


 『尚第一試合目はジョン・ドゥ班の班員が五名に満たなかったためにアゾーケント班の不戦勝とします。第二試合目、ジョン・ドゥ班のヘンリー・ヴィクティウム対アゾーケント班の…………』


 「では行って来ます」


 アナウンスで名前を呼ばれ、ヘンリーが試合会場へと向かっていった。


 



 「漸く来たか。全く………平民如きがこの様な場に立つなんて………いや、お前だけじゃ無い。お前の班にいる特別寮の落ちこぼれ達もこの場に……いやこの学校に全くふさわしく無い」


 「………は?」






 『勝者!ジョン・ドゥ班ヘンリー・ヴィクティウム!!』


 「勝ちましたよ!」


 勝利報告と共にヘンリーが待合室に戻ってきた。


 「ありがとう……ヘンリー」


 「……はい!」


 「では次は拙者でござるな」


 待合室の椅子に座っていたヒサメが腰を上げ、会場の方に向かおうとしていた。


 「ヘンリー殿の勝利を無駄にしないためにも頑張って来るでござるよ」


 「………任せたぞ、ヒサメ」


 「任されたでござる」


 






 試合の開始と同時にアゾーケント班の生徒が空へと浮かび上がった。


 「貴様の戦い方は『PvE』の時に見て熟知している!我がトライピオ家に伝わる飛行魔法を前にその魔力で創った棒切れで何が出来るかな!」


 アゾーケント班の生徒は上空から一方的に魔法を撃ち続けていた。


 その空中での動き自体はかなり遅く、遠距離攻撃の手段さえあれば何とかなりそうなものだったが、魔力を剣の形にするという魔法しか使えないヒサメ・ムイチモンジは空から降って来る魔法をその『魔力刀』で切り払い続けるということぐらいしか取れる手段が無いように見えた。


 無数に飛んでくる魔法を切り払い続けるという行為自体が賞賛に値するものだったが、この会場に居る誰から見てもアゾーケント班の生徒の勝利は確定しているものだった。


 「……………余り拙者を舐めるな」




 突如、アゾーケント班側の生徒の視界が赤く染まった。




 ………違う、自身の装備しているマントから発生している障壁の耐久度が半分を切ったのだ。


 そう思い至り周りを確認すると敵であるヒサメ・ムイチモンジの持つ『魔力刀』が、遥か上空を飛んでいる自分へと届く程にその長さを増していた。


 「なっ………!?」


 「魔力の消費が激しい故に余りしたく無かったでござるが………確かに貴殿の言う通り拙者に取れる手段はこれしかなかったでござるからな………とっておきを使わせてもらったでござる」


 『しょ………勝者!ジョン・ドゥ班、ヒサメ・ムイチモンジ!!』







 ヒサメが待合室に戻って来た。


 「多少相手との相性が悪かった故、手間取ってしまったでござるが問題なく勝ったでござる」


 「これで二勝か……」


 「うむ、これであと一勝出来れば宝物庫までへの道が強固なものとなるでござる…………しかし次の相手は………例の生徒でござる。リリィ殿も気を引き締めてかかって欲しいでござるよ」


 「勿論ですわ!ジョンさんとヒサメさんの悲願に近付くためのこの一戦、全力を賭して戦いますわ!」






 『ではこれより『PvP』決勝戦第四試合目、ジョン・ドゥ班所属リリィ・ナイトエイジ対アゾーケント班所属レフィア・マクスウェルの試合を開始します』


 先に仕掛けたのはリリィ・ナイトエイジだった。本来なら最初から全力で『製剣魔法』を使って戦いたかったが、まだこれは一年目の魔競技。そんな序盤で自身の手札を公開したくなかった。


 「まずは様子見をさせていただきますわっ!行きなさい!『アイスブラスト』ッ!」


 自らの前方に無数の巨大な氷塊を創り出し、相手に向けてそれら全てを射出した。


 「………『ファイヤーウォール』」


 リリィ・ナイトエイジの放ったそれは着弾地点で破裂し、いくつもの氷の礫が全方位に飛び散っていくという魔法であったが、レフィア・マクスウェルの創り出した超高温の炎の壁に阻まれ着弾するより前に溶けて跡形もなく消滅した。


 「なっ………!?」


 「…………負けられないのよ。こんなところで……ッ!『フレアボール』!」


 お返しとばかりに放たれた炎の弾丸がリリィ・ナイトエイジに襲い掛かろうとした。


 先程のやり取りからも分かることだが魔法の練度が同程度の場合は炎の魔法に対し氷の魔法は相性としては最悪だった。


 「くっ………『製剣魔法・防壁展開』!!」


 リリィ・ナイトエイジの前にいくつもの幅広の剣が現れ地面に刺さった。


 魔法で氷の壁を作り出すことも出来たが相手の魔法の練度を見る限りそれも突破されるだろうと判断し、『製剣魔法』による防御に切り替えた。


 その咄嗟の判断が功を奏したのか炎の弾丸は防御用に展開した剣を何本かへし折ったところでその力を失い消滅した。


 しかし相手は安心する暇すら与えてくれなかった。


 レフィア・マクスウェルの方を見ると既に次の魔法の準備に入っていた。


 なので改めて『製剣魔法』による防壁を展開し、その防壁の向こうでリリィ・ナイトエイジは一つの決意をした。





 ここまでのやり取りで相手の炎魔法の練度が自身の氷魔法の練度と同等かそれ以上である事が分かった。


 出来る事なら氷魔法だけで戦いたかった。こんな一年目の魔競技で全ての手札を公開したく無かった。


 しかしここで負けるという事だけは絶対にしてはいけない。


 私の命を救ってくれた彼の、私を守るためにやった慣れぬ殺人で心に傷を負ってしまったであろう彼の願いを絶対に叶えてあげたかった。


 だからこそ、自分の全てをここで出し切る事を決意した。




 リリィ・ナイトエイジは更に幾つもの剣を重ね、何重にもなる剣の檻を造り出し、その中で自らの切り札である魔法の詠唱を開始した。


 檻の向こうからどんどんと剣が破壊される音が近づいて来たがそれを気にも留めずに詠唱に集中した。




 そして剣の檻の正面の部分が全部剥がれ落ち、レフィア・マクスウェル残って顔が見えた頃に漸く準備が整った。


 「絶対に負けるわけにはいかないのです!!『製剣魔法・天剣墜落』!!」

 

 瞬間、会場を巨大な影が覆った。


 観戦していた生徒達が疑問に思い上を見てみると空から一本の巨大な剣が落ちて来ていた。




 しかしその観戦していた全ての生徒全てが声を失う様な絶望的な光景を前にしてもレフィア・マクスウェルは諦めた様子を見せなかった。




 「ここで負ける訳にはいかないのよ………ッ。絶対に!!」


 落ちて来る巨大な剣に向かって幾つかの魔法を放ち、傷一つ付かないと分かるや否や自身もここで切り札を切るという決断をした。


 「『全魔力解放エデル』!!」


 この後も活動出来る分のほんの少しの魔力を残し、それ以外の自身に残っている魔力を全て自らの体から解き放った。




 その膨大な魔力の奔流は空から落ちて来る巨大な剣を粉々に砕き、観客席を守るように展開されている障壁を軋ませ、そしてリリィ・ナイトエイジに襲いかかった。














 「……………………申し訳ありません。負けてしまいました」


 待合室に戻ってきたリリィは、死人の様に顔を真っ青にした状態で負けた事を謝罪して来た。


 「………だ、大丈夫ですよ!この後の最終試合…………ジョンさんが負ける訳ありませんから!」


 「………」


 「うむ、何せジョン殿はあのリッチすら倒した漢、ただの学生相手に負ける筈が無いでござる。ジョン殿まで繋げた時点でこの決勝戦は勝ったも同然でござるよ。だからリリィ殿もその様に気落ちしなくとも大丈夫でござる。そうでござろう?ジョン殿」


 ヒサメはどう返答しなければいけないか分かっているよな?という目で此方を見つめてきた。


 「だっ、大丈夫だ。必ず勝つ」


 「ジョン殿もこう言ってるでござるからリリィ殿も安心するでござるよ」


 『まもなく『PvP』決勝戦最終試合、ジョン・ドゥ班所属ジョン・ドゥ対アゾーケント班所属ユリウス・アゾーケントの試合を開始します………』


 アナウンスに従い試合会場のほうへと向かった。





 『漸くアニキの番が回ってきたッスね!』


 会場まで向かう道中、ララが話しかけてきた。


 『そうだな、俺が負けたらリリィがずっと気に病みそうだから必ず勝たないとな』


 そして何より『状態異常封じの腕輪』の為にも。


 『…………理由はともかく、安心してください!ララがアニキを絶対に勝たせて見せますから!』


 『………すまない、本当はこの時までには魔法を覚えたかったんだが……』


 他の寮で各寮ごとの授業が行われている時間にアドルフ校長から一つ魔法を習っているのだが、結局『PvP』には間に合わなかった。


 『ララがいるからアニキは魔法を覚える必要なんて無いのに。だいたいあの魔法だってララが使う『悪滅の雷』の完全下位互換じゃないッスか。使う時なんて今後絶対に来ないッスよ』


 『まだ分からないじゃないか。俺とララが別々に行動したりする時が来るかも……』


 『そんな時は来ないから安心して下さい』


 『そ、そうか………』


 ララと話しているうちに会場が見えて来た。

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