焦り
とりあえず屋敷の中には入れてもらえた。
そして今は依頼主の少女、俺、リリィ、ヒサメ、ヘンリーの五人で長テーブルを囲んで座っている。
「まさか依頼主がマジカルヤマダ魔法学校の先輩だったなんて思いませんでした」
「こっちもまさか依頼を見て来てくれた方々が後輩で………それもよりによって貴方達だったなんて……」
「僕達のことを知っているんですか?」
「貴方達、学校内で有名じゃないですか。特にそこのジョン・ドゥなんて入学早々決闘騒ぎを起こして、しかも学生達の目の前で教師に頭を下げさせてましたよね?」
「いやそれは誤解です。実は……」
ヘンリーは彼女の誤解が解ける様に丁寧に当時の状況を語っていった。
「………な、なるほど……そんな理由があったんですね」
「はい!だからジョンさんは凄いんです!」
ヘンリーはまるで自分の好きなアニメを語るかの様な勢いで俺に助けられたという話を熱弁していた。
き、気恥ずかしい………!
そんなヒーローみたいな表現されると逆に居た堪れなくなってくる。
だいたいヘンリーを助けたのだってそんな正義漢の様な理由じゃ…………
…………………あれ?俺なんであの時ヘンリーを助けたんだ?
いや、勿論普通なら助けないというわけじゃない。だがアゾーケントに殴りかかる直前………きっかけが思い出せな
『アニキ!今はあいつらの話に集中しましょう!』
自身の記憶を探っていると急にララに話しかけられ現実に引き戻された。
「………ちょっと……聴いてるんですか?」
「…………え?」
意識を取り戻すと同時に依頼主でもあるバルスブルグ家の少女に話しかけられた。
「もしかして聴いてなかったんですか?それとも何か言えない理由があるんですか?」
?彼女は俺に何を聞いているんだ?しまった…………こんなことならララの言う通りにみんなの話に集中しておけば良かった。質問内容が分からないせいでどう返答しようもない。
『このめ……女はなんでアニキの魔力はドス黒いのかって質問してきてるッス』
『俺の魔力が………ドス黒い?』
『いえ!勿論アニキの魔力がドス黒いなんてことある訳ありません!アニキの魔力はとても……とても優しい色をしています。その女の言ってるドス黒い魔力っていうのはララの魔力のことです』
『ララの?というか魔力の色が黒いと何か問題があるのか?』
『魔力っていうのはその者の魂・気質を表しています。だから魔力が見える者からするとアニキは邪悪な魂を持った悪人に見えている筈ッス』
マジかよ!?
「なんとか言ったらどうなんですか?!」
なんとかって言われても………馬鹿正直にララの事を言える訳もないし……
「く、黒が好きなんだ……」
流石に無理があったか……?
「は?」
俺の返答を聴いたバルスブルグ家の少女は目を点にした。
「僕も黒い色好きですよ!」
「…そうですか……言えないって事ですか……やっぱり貴方の事を信用できません!!」
彼女は心底軽蔑したという目で此方を見てきた。
「は?」
なんでヘンリーの方が反応してるんだよ。
「ん゛んっ、そんな事は置いておいて本題に入りたいでござる」
咳払いと共に、混沌としてきた場の雰囲気をヒサメが一刀両断した。
「でもこんな人なんかにッ」
「貴殿の抱いているその嫌悪感と、あの似顔絵の者を見つけたいという気持ちのどちらが大切なものなのでござるか?落ち着いて考えてみて欲しいでござる」
「それはッ…………!」
「まずは何故あの者を捜しているのか教えて欲しいでござるよ」
「分かりました。話します」
そこから彼女は父を亡くした事で家が没落しそうになった事。見知らぬ男性がなんの見返りもなく『腐敗領域』にある筈だった家宝の聖剣を弟達に譲ってくれた事、そのおかげで没落も免れ学校も辞めずに済んだ事を話してくれた。
「……という訳です」
「なるほど……あの似顔絵の人物はそのような立派な心意気を持った御仁だったのでござるか」
気恥ずかしい………!
……さっきの話だと聖人の様な語られ方をしていたが当の本人はこんなんだ。
俺が内心悶えているとリリィが此方の方へ目配せしてきた。
《この話の男の方ってエデルさんですか?》
その目配せに対して俺はこくりと首を縦に振った。
「あの、少々よろしいですの?」
リリィは俺の返答を確認すると意を決した表情で依頼主の少女へ話しかけた。
「……なんですか?」
「貴方はその似顔絵の方に会ってどうしたいんですの?」
「………それは」
少女はなんの返答も返さず、ただ顔を朱に染めて俯かせただけだった。
そんなに恥ずかしがる様な用事なのだろうか?恥ずかしいのなら無理して探さなくていいのに。
俺も態々彼女に恥ずかしい思いをさせたい訳じゃない。だから名乗り出ない方がいいだろうと決意した。
「なるほど………申し訳ございません。私達は何の力にもなれそうにありませんわ。という訳で皆さん帰りましょう」
そういうと彼女は俺の手を取りツカツカと出口へ向かっていった。
「え、ちょっ………私まだ何も言って………」
「じゃあ行きましょうかヒサメさん」
「う、うむ。今日は皆、落ち着きがないでござるな」
俺の手を引っ張ったままツカツカと急ぎ足で歩いていたリリィだったが商業区に入ると同時に足の速度を落とした。
「………すみませんエデルさん」
「リリィ?」
「あそこで名乗り出ていたらエデルさんにも様々な恩恵があった筈ですのに……でも私は……」
「いや、それなら名乗り出るつもりは無かったぞ」
「え!?そうだったんですか!?」
「名乗り出るつもりがあるのなら聖剣を渡した時に名乗ってるよ」
「………そうだったんですね」
「ジョンさーん!リリィさーん!」
「お二方とも待って欲しいでござる!」
後から遅れるように二人が走ってきた。
「ふぅ…ようやく追いついたでござる。急にどうしたんでござるかリリィ殿。らしくないでござるよ」
「………それは」
ん?また目配せか?
「……もしやあの似顔絵の御仁というのはジョン殿の事でござるか?」
「……実は俺だったらしい」
二人に黙っていた事に罪悪感を覚えた。
「……成程そういう事でござったか。いろいろと納得出来たでござる」
「ハァ……ハァ………ジョンさんはそれで良かったんですか?」
「何か見返りが欲しくてやった事じゃなかったからな。黙っててすまない」
流石に目の前で子供達があんな悲劇を語っていたら渡すしかないだろう。
「そうなんですね。ジョンさんがそれでいいのなら僕からは何もありません」
「うーむ、しかしそれならあの大量の報酬金をあてに出来なくなったでござるな」
「ヒサメさんっ!」
「仕方ないでござるな。それなら今から冒険者ギルドに戻り適当な依頼を受けて、その報酬で何か美味なものを四人で食べるとするでござる」
「ヒサメさん……そうですね……そうしましょう。ジョンさんもリリィさんもそれで良いですか?」
「え、えぇ……問題ありませんわ」
「大丈夫だ。二人共……ありがとう」
その後、近場の依頼を達成し、四人で食事をして親睦を深めた。
「そこの貴族の方………ちょっとよろしいでしょうか」
夜、上級貴族のみ住む事の許される区画で、目深にフードを被った怪しげな女性が身なりの良い学生服の男に話しかけていた。
「………なんだ、ここにいるって事はお前は貴族なのか?」
「『PvE』………負けましたね」
「なっ!」
「今日誘う予定だった彼女はそのせいで修行に没頭しちゃいましたね」
「お前は……何者だ!」
「あの子は貴方の班に入った事を後悔してるかもしれません」
「貴様!!」
ボウッ!!
男は目の前の女に向かって炎魔法を放とうとした。
「無駄ですよ。今私が着ているのは私の愛する人が造った全ての魔法を遮断するマントです。貴方達が魔競技で使っているマントの上位互換ですよ」
女の言う通りに男のはなった魔法はマントに当たると同時に音もなく消えていった。
「なっ!?」
「だから無駄だって言ったじゃないですか」
「くそっ!くそっ!くそっ!くそっ!」
男は女に何度も魔法をぶつけるが、その全てがマントに触れる度に消え去っていった。
「はぁ、めんどくさいですね……無駄ですよ」
「何が狙いだ………俺に何かするのならお前はこの国に住めなくなるぞ!」
「お願いがあるんです」
「何で俺が貴様のような貴族か平民かも分からんような奴の願いを聞かなければならない」
「次に魔競技に負けたらあの子からの関心を無くしますよ?」
「………………………な」
「私のお願いを聞いてくれたら次の魔競技で貴方が勝てるようにしてあげますよ?」
「……願いは何だ」
「貴方達アゾーケント一族にしか開けられないあの扉を開けて欲しいのです」
「………!?そんなことできる訳ないだろうッ!!父上からもあの扉は絶対に開けるなと言われている!!」
「負けても良いのですか?」
「……貴様なんぞに頼らなくてもあんな平民や基本魔法も使えないような奴らに俺が負ける訳ないだろう!」
「でも『PvE』では負けたじゃないですか」
「!!」
「もし次負けてしまったらあの子は一位を取った班の方達にお願いするでしょうね。何でもするから宝物庫から宝物をもらえる権利を下さいと」
「………」
「どうですか?扉を開けるだけですよ?」
「……………ダメだ」
「………」
「『沈黙の歌姫』を解放する事だけは絶対に出来ない。父上とも固く約束している」
「………」
「次の『PvP』ではこの俺が絶対に勝つ。貴様には頼らん」
「………そうですか」
女は音も無く男の目の前から姿を消した。
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