また星が降る

「また星が降るって、一体どういう意味だよ!」

 俺はカンサーを問い詰める。


 この惑星に落ちるはずだった小惑星の軌道が反れ、安全が確保された。だが、この星の人間たちはそれをまだ知らない。

 中には、これが最後と犯罪行為に走った者、自暴自棄となり最悪命を失った者さえいる。この惑星が混乱から解放されるには、まだまだ長い時間が必要なのかもしれない。

 だがそれは、俺たちが解決すべきことでもあるまい。

 

「小惑星帯の軌道とでも重なったんじゃないか」

「違う」

 俺の推論は、必要最小限の言葉で否定された。


「じゃあちゃんと全部説明してくれ。勿体ぶった言い方はやめろ」

「勿体ぶっているわけではない。私もまだ事態を理解できていないだけだ」

「理解できない? 過去も未来も見通せるはずのお前が?」

「一度だけ、危機を退ければそれで終わるはずだった。だが運命は変わり、十年後にまた星は降る」

「どういう、ことだ?」


 どうもこうも、とカンサーは仏頂面で告げる。

「お前はそれが、単なる自然現象とでも思うのか?」

「だから自然現象じゃなきゃ何だって聞いてんだろ」

「何者かが何らかの目的でこの惑星に小惑星群を引き寄せ、隕石として降らせた。もしそれがうまくいっていたなら二度目は必要なかった。だが失敗に終わったため、もう一度やり直しが必要となった。そうでなければ、二度目が突然発生するわけがない」

「何者かが何らかの目的って曖昧あいまいすぎるだろ。そんなにこの星の人類が邪魔に……」

「その結論は早計すぎる。目的は別にあって、人類はとばっちりを食っただけかもしれん」

 カンサーののんきな言いように、俺は苛立つ。


「人類がやられるなら同じことだ。それよりどこのどいつだ。そんなふざけたことをやらかすのは」

「敵の姿が見えん。小惑星の軌道が変わったのは、おそらく何者かの念動力テレキネシスだろうが、さっきから未来予知プレコグニション過去感知ポストコグニションで探っているが、使い手が見当たらんのだ」

「見当たらん? まさかそれ、お前以上の能力の持ち主では」

「そこまでの力は感じない。単に、一度失敗したから、やり直しただけの話だろう」

「で、どうすんだよ? こっちも十年後にもう一度やり直すのか?」

「それも面倒だな。今片付けてしまおう」

「おい待て何をする気だ。未来に飛ぶ気か!?」

「そんな必要もない。今この場から未来に干渉する……だめだな。十年後を防いでも、二十三年後に新たに三回目が発生する」

 俺が止める間もなく、未来が書き換えられる。


「二十三年後? 何でそんなに先なんだ」

「さあな。準備期間ってものが必要なのかもしれん。小惑星群をまとめて軌道を変更するには、大量のエネルギーが必要だ」

 じゃあお前のその力は何なんだ。そんな言葉が浮かんだが、俺は口をつぐむ。それでヘソを曲げられてもかなわん。


「とにかく、俺は惑星間連合の支部に報告に行く。余計なことはしないで、しばらくここで待っていてくれ」

 こいつも連れて行きたいところだが、話がこじれたら惑星一つ壊滅では済まないだろう。

 惑星間転移を使おうとした俺に、奴の言葉が届いた。

「未来は簡単に変わるが、お偉いさんの頭の中はそう簡単には変わらんぞ」

「上手いこと言ったつもりか!」


    ◆


「遅かったな。こちらは朝からお祭り騒ぎだぞ」

 俺が戻ったのは惑星トメッコのその日の夕方近くになってからだった。

 滅亡の危機をまぬがれ、歓喜に沸く街の様子を俺たちは丘の上から眺めていた。


「駄目だった」

「やはりな」

 そんなことは予知通りと言わんばかりにカンサーはうなずく。

 報告したものの、カンサーの言葉は信用されなかったのだ。こいつが全ての黒幕ではないかという話まで飛び出した。やはり連れて行かなくて正解だった。

 信用できないのは確かかもしれないが、こいつが嘘をつく理由もない。必要なものがあればこいつは自力で手に入れるし、敵意があるならすでに俺たちはこの世にいない。


「遅くとも五十五年後にまた騒ぎが起きるだろう。その時また、俺が力を貸してやれるかは知らんがな」

「!?」

 今聞き捨てならないことを、いっぺんにいくつも言われたような気がしたが。俺の記憶が確かならば、今朝は二十三年後と言っていた。


「おい待て。今度は何をした」

「それより朗報だ。この事態の元凶が判明した」

 だから順を追って話せと。


生ける惑星リビングプラネット。聞いたことぐらいあるだろう?」

 確かに聞いたことはある。惑星そのものが一個の生命体となる、稀有けうな例だ。長い宇宙の歴史の中でも、数十個体程度しか確認されてはいない。

 しかし多くの場合、それらは人類との間に良い関係を結べてはいない。ある大きな問題があるためだ。


「ならば、こんな言葉は知っているか? 『すなび』」

「は?」

 その言葉も聞いたことがある。俺が戸惑ったのは、この状況でどうしてそんな言葉が唐突に出てきたのか、にわかには理解できなかったからだ。


 ある種の動物に見られる行動で、体に砂を擦り付け、汚れや寄生虫を落とす行為だ。

 ならば今回の事件は――。

 それに気付いた途端、頭にカッと血が上る。


「じゃあ何か!? 奴らにとっては俺たち人類は寄生虫と変わらんというわけか!?」


 つい荒い言葉をぶつけてしまったが、カンサーはそれを気にもとめず淡々と言葉を返す。

「文句はこの惑星に言うがいい。意思の疎通など、まず不可能だろうがな」

 お前も似たようなもんじゃないか。さすがにそんな感想は、口には出せない。


「お前だってお風呂に入ったり、消毒したりすることもあるだろう。その時被害を出さない微生物、いわゆる善玉菌というやつだな。彼らがどれほど犠牲になるか考えたこともあるまい」

 微生物に気を使うようなことを言っているが、人類ですらそれと同じような目で見ている。結局こいつも、この惑星に近いのかもしれん。

 でなければ、この惑星の行動原理など、にわかに理解できるはずもなかった。

 だがしかし、こんなに早く事件解決の糸口は掴めなかった。


「それで、このリビングプラネットとやら、お前なら何とかできるのか?」

「このまま小惑星落下を阻止し続ければ何とかなるかと思ったんだが、痺れを切らしたか五十五年後には自身が暴れだす」

 何をやってるんだこいつは。


「それを止めることは?」

「倒すことは可能だ。だが惑星上の生物の安全は、さすがに保証できん」

「……わかった。もう一度惑星間連合に報告に行ってくる」

 気力を振り絞り、転移能力を発動する。これが最後になってくれればいいんだが。


    ◆


「喜べカニーク。また未来が変わったぞ」

 二度目の報告も徒労に終わり、どう話したものかと途方に暮れながら惑星トメッコに戻ってきた。もしかしたら、いやもしかしなくとも、こいつには全てお見通しなのかもしれないが。

 だか俺を出迎えたのは、カンサーの意外な言葉。


「四十八年後ごろから、この惑星で群発地震が発生し始め、調査の結果、生ける惑星の存在が確認される。そして五十五年後の大災害までになんとか人類の移住が間に合った。それがスムーズに行われたのは、お前の報告のデータが残っていたからだろう。さすがに犠牲者がゼロとはいかなかったようだが」

「……そうか」

 力が抜け、俺はその場に座り込む。問題はまだ残っているのだろうが、ひとまずは解決したらしい。


 だがカンサーの奴は、未だに不機嫌そうな面をしている。

「移住が済んだ後ならこの惑星を潰すことも可能だが、意味がない。何やら釈然とせん」

 まあ確かに、こいつが勝てなかった相手なんてめったに存在しないものだろう。


「いや、この星の人類は救われたんだ。ありがとう、カンサー。俺たちの勝利だよ」

 俺の礼の言葉に、カンサーは目をそらしてつぶやく。


「釈然とせん」

 そして、その後しばらくの間、それがこいつの口癖となった。


―― 了 ――

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星の降る星 広瀬涼太 @r_hirose

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