星の降る星
広瀬涼太
滅びゆくさだめの星
「てめえらああぁぁ!! 有り金全部置いていきや」
この惑星トメッコに着くなり襲いかかってきた野盗と思しき連中の姿が、ふっと虚空に消える。
「やったか? カニーク」
「やってねえよ。近くの海まで飛ばしただけだ」
今、奴らを消したのは、俺の
「ふん。ずいぶんと甘いことだな。放っておけば、奴らも助かるまいに」
俺の連れで、監視対象でもあるカンサーという男が、感情のこもらぬ声で切り捨てる。
一見するとどこにでもいそうな印象の薄い平凡な容姿。だが、『時の
「どうやら、随分とこの星は荒れ始めているようだな」
「この状況では、やけになる奴らがいてもおかしくはない。それよりも、惑星間連合からの依頼だ。この惑星トメッコと人類を救え、と」
この俺、カニークはしがない何でも屋だが、惑星間を渡る瞬間移動能力のおかげで、こうやって大きな仕事にありつけることもある。
そしてもう一つ。この、今はカンサーと名乗る厄介者の扱いに長けると、惑星間連合などのお偉いさんにも思われているらしい。
「頼み事を断れない人か? ならば頼む。その依頼、私の代わりに断って来てくれ」
「そういうのじゃねえよ! この状況を見て、何とも思わんのかお前は! これはお前にしか解決できない事態なんだ!!」
「本当に私にしか解決できないということは、もはやどうしようもないということではないか」
たしかにそれは、人類の手には負えないといっても過言ではない。それはこの男の言う通りなのだが。
俺たちの目の前では、惑星トメッコの夜空から、無数の流れ星が
華麗なる天体ショーともとれる光景であるが、それを楽しむ者の姿は見渡す限りは見当らない。ただ、悲しみ、嘆き、祈り、そして泣き声だけが、今この惑星を支配していた。
それは、三日後に訪れる悲劇の先触れにすぎないのだ。
「予言しよう。今のところ流星雨ですんでいるが、やがて小惑星が地表に降り注ぐ。三日後には最大級の小惑星が落ち、この惑星の人類は文字通り壊滅的な打撃を受ける。その後は……」
「それ以上言うな。惑星間連合でも確認済みだ」
「そもそも、もっと早く対策はとれなかったのか。昨日今日に始まったことでもあるまい」
「それが、ここ数ヶ月で急に小惑星群のルートが変わったらしい。その原因は、現在でもわかっていない」
そうか、と感情のこもらない、奴の返事が返ってきた。
「今、この
この惑星に満ちる悲しみや嘆きを耳にしながらも、カンサーは冷たく言い放つ。
「再び予言しよう。五千万年後、ここは再び文明が栄える惑星となるだろう。深海にひそみ難を逃れた、軟体動物たちの手によってな」
「な、軟体動物……?」
「おや、興味が湧いたか? このまま何もせず、なりゆきにまかせればたどり着く未来だ。だが、ここで我らが干渉すれば、億を超える命がこの世に生を受けることもなく消える」
そう、未来予知は万能などではない。まだ出会って間もない頃、この男は確かにそんなことも言っていた。
◇
「お前はこの事態を予想、いや予知ぐらいしてたんだろう! その上で奴らを見殺しにしたっていうのか!?」
「まず先に言っておくが、私は正義の味方などではない。縁もゆかりもない奴らに肩入れする理由などありはしない」
あまりの言いように言葉を失った俺に、なおも奴は畳みかける。
「それに、死ぬはずの人間が生き延びて、割を食う者がただの一人もいないとでも思うのか?」
「そんなことはわかっている! だがっ、どうなるかわからない未来の話よりも、今目の前危険にさらされている人がいるならばそれを助けようとするのが人間ってもんなんだよ!」
カンサーはわずかに俺から視線をそらす。
「どうなるかわからない未来、か。そうだな。お前はこの事態を予知したかと聞いたが……
「意味はない? どういう意味だそれは?」
「例えば……」
一瞬思案する様子を見せたカンサーは、すぐに俺を指さす。
「予言しよう。お前は、今から35年後に戦死する」
「なっ!?」
「だが、今ここでお前を殺せば、その予言は外れる」
「て、てめぇ……!」
「未来など、しょせんそんなもの。例えそのつもりがなくとも、未来を知ってしまえば何の影響も与えぬわけにはいかない。そして、わずかな動きの違いですら、未来を大きく変える。いつ、どこの星で聞いたものか、もう忘れたが……小鳥の羽ばたきが起こしたそよ風が、巡り巡って惑星の裏側で大嵐を引き起こすというのだ」
まだその頃の俺は、こいつの言葉の本当の意味を理解してはいなかった。
いや、おそらく今でも。
「おおそうだ。さっきのお前の余命の話だがな、あれは気にするな。この先俺の監視役を引き受けるならば、その程度の運命など軽く
最後にあいつはそう言って、俺たちの初仕事は終わった。
なお、短時間なら未来予知も十分役に立つらしい。
実際俺の攻撃は、奴にすべて
◇
「前にも言ったよな。起こってもいない出来事よりも、今助けが必要な者を助ける! 例え何億の命を天秤にかけようとも、な!」
「御高説痛み入るが、それでお前はここに何をしに来たのだ」
「だからてめぇをここまで連れて来たんじゃねえか!!」
カッと頭に血が上り、奴の胸ぐらを掴んだ。だが、その感触は瞬時に指の中から消える。
真後ろに出現したやつの気配に、振り向きざまに頭を下げた。
「頼む! 俺のかわりに、この惑星を助けてくれ!!」
「惑星間連合の命令になど従う理由もないし、お前が頭を下げる必要もあるまい。だが――」
カンサーは、近くにある建物の一つに目をやった。そこからは、かすかに赤ん坊と思われる泣き声が聞こえてくる。
「未だ生まれざるものよりも……生まれたばかりの幼子が、この世に生を受けたことすら気付かずに消えてゆくのは忍びない」
◆
こうして、この惑星トメッコが小惑星群にぶつかり、滅亡しかけた事件は、あっさりと解決した。
カンサーにとって、千を超える小惑星群など、敵でも何でもない。だから、こいつのそんな『作業』をつらつら描写しても仕方あるまい。
とにかく、この惑星の人類は救われた……そう思っていた。
「な……っ?」
カンサーの、そんな声を聞くまで。
「未来が変わった」
俺はこの男と十年近い――俺の生まれた惑星の時間に換算して――付き合いになるが、こんな戸惑いの表情は初めて見る。
そして奴は、俺の方を振り向きもせず、流れ星の消えた夜空を見上げ、つぶやいた。
「また、星が降る」
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