私は奥田君に言い訳する

小池 宮音

第1話

 二年六組理数科の私と、二年一組普通科の奥田君。交わることのない人種同士がひょんなことから交わってしまった場合、起こりうる化学反応が知りたい。


「奥田君。ちょっと脱いでもらってもいい?」

「え、森本さん、急にどうしたの? 恥ずかしいな」

「いいから早く脱げっ」

「あああっ! お許しくださいませお代官様~!」


 なぜか奥田君は女性の着物を着ていて、私は悪代官のような格好で彼の帯をはぎ取っている。


 いけいけ~、と帯を引っ張る私。あ~れ~、とクルクル回る奥田君。見事に帯が取れ、着物が床にはらりと落ちた。


「いやーん、見ないでぇぇぇ」


 両腕で上半身を必死に隠す奥田君の身体は、ボディービルダーのようにムキムキでテカテカしていた。


 あぁ、理想の身体だ。私はこれを追い求めていたんだ——


 抱き着こうとしたところで目が覚めた。カーテンの隙間から零れる朝日が眩しくて腕で目を覆う。


 私は夢を見ていた。らしい。しかもとんでもなく変態チックな夢だった。普段夢など起きたら覚えていないタイプなのに、今日の夢は強烈すぎて覚えている。


 悪夢だった。目覚めが悪すぎる。






 朝食や身支度を済ませ、いつも通りの時間に校門をくぐると、「森本さんおっはよ~」と背中を叩かれた。もう声だけで誰か分かってしまうほど親しくなったのか、と肩を落としたくなる。


「奥田君、おはよう」

「あれ、元気ないね。てんびん座は今日1位だったよ? 悪夢でも見たの?」


 うん、と答えようとして彼の姿を見て、足が止まった。夢で見たような着物を召していたわけではない。きちんと指定の制服を乱れなく着ている。


 季節は夏前。合服シーズンでブレザーを羽織っていない奥田君は、長袖ワイシャツの袖を無造作にまくり上げている。そこから伸びる腕には、そこそこの筋肉。


 脳裏に夢で見た彼の姿が蘇った。ボディービルダーのようにムキムキでテカテカしていた上半身。それに欲情して抱き着こうとした私——


「森本さん? え、大丈夫? 顔赤いよ?」

「ない、ないないないない! ありえない、私があなたに欲情? ありえない! あれは夢だったの。脳が疲れてたの。私はあなたのことなんて一切気にしてないんだから!」


 ひとりごとにしては大きすぎる声が校舎までの道のりに響いた。ハッとした時には登校してくる生徒たちがギョッとした顔で遠巻きに私を見ている。


 やってしまった。今まで目立たず平穏で安らかな日々を送っていたのに、奥田君に関わってしまったことで積み上げてきた優等生の実績がガラガラと崩れていく音がする。


「も、森本さん?」


 エロ本を本屋に探しに来て、手の平サイズのぬいぐるみを自分で作り、三つ子の妹の世話を器用にこなし、満月の深夜に彼の話をしていたら飼い犬が喋り、ダンベル代わりに三つ子を腕にぶら下げ、占いの7位をアンラッキーセブンだと言う。


 全部全部意味が分からないし謎だらけだけど。


「奥田君」

「はい」

「今日、あなたの家に行ってもいい?」


 私の中の小さな探偵が顔を出した。


 ——コイツの謎、解きたくない?


「うん、もちろん。妹たちも喜ぶよ」


 研究者になりたい私はこの謎の人物についてもう少し知る必要がある。そのための接近であってそれ以上の思いはない。ないったらない。


 ざわめきを取り戻した道のりに爽やかな風が吹いた。まるで夏の始まりを告げるような風で、乱れた心が穏やかになってゆく。


「あ、ねぇ森本さん。今日のラッキーアイテム、ダイヤモンドだったんだけど持ってない?」


 持ってるわけねぇだろ。


 私の奥田君の研究は、まだ続く。



END.

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私は奥田君に言い訳する 小池 宮音 @otobuki

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