午後3時
死なない蛸
第1話
ある暑い夏の日
疲れ果てた一人の男が歩道をてくてくと歩いていた。
すると彼の近くに車が止まり、中から「乗ってけよ」という老人の声があった。
感激した男は感謝の言葉とともにその車に乗りこんだ。
「いやぁー!助かったよ!ちょうどヘトヘトだったんだ。ありがとう!」
「俺もあんたに会えて嬉しいよ。だいぶ疲れてんじゃねぇか。大丈夫か?」
「うん。お腹もペコペコだよ」
「サンドイッチ食うか?」
「まじで!?ありがと!」
「いいよ。なんなら家くるかい?水とかも貯めてあっから。」
「上がらせてもらうよ。どんくらいかかるんだい?」
「ちょっと遠いから喉も渇いているだろうが少しの間我慢しておいてくれ。」
「平気さ。ありがと」
車は砂の混じった舗装道路を踏みつけ、勢いよく発進した。
車中、老人は男に尋ねる。
「あんた、こんな所で何してたんだ?」
「おれはここら辺に昔なじみのコンビニがあったからちょっと立ち寄ってみようと思ってたんだけど、さすがに潰れてたね。」
「まぁ、しかたないさ。残念だけど。」
開きっぱなしの車の窓から熱気を孕んだ風がなんとも言えない感触で男を舐め回す。
老人が思い出したようにこう言った。
「今さらだが、あんた名前はなんて言うんだい?」
「ユウキだ。あんたは?」
「おれはタロウ。よろしくな。」
強い日光は舗装された道路を容赦なく照らし、辺りには人影ひとつなかった。
男はふと気になってこんなことを尋ねた。
「そういやじいさんはこんな所で何してたんだ?」
「おれはこの前たまたま見かけたカップルに飯を届けてやったんだ。あの二人こんな時まで愛なんかに執着してて、みるみるやせ細っていたからな。」
「そりゃあいい事したな。おれもこんど挨拶しに行きたいな」
「生きてたらな」
しかし、夏の暑さは、全てを忘れさせてくれる訳では無かった。
「……昔だったらあんたみたいな命の恩人には敬語とかいうもん使ってたんだろうなぁ」
「なぁに、昔は昔、今は今。大したこたないさ。おれたち地球上の全人類はみんな兄弟だろ?」
様々な感情の入り交じった複雑な眼差しをたたえて、男は静かにこういうのだった。
「……おれたち仲良し10人兄弟。死ぬ時は一緒だぜ?」
目の前に広がる荒廃は、彼ら兄弟以外の生命の不在を表していた。
午後3時 死なない蛸 @shinanaitako
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