第16話 ペルシャロはただの少女
―次の日の朝―
「はっ!はっ!はっ!はっ!」
朝5時。ヒロイドケイスは、剣の素振りを懸命に行っていた。
「ヒロイドケイス、生が出ますね」
「おぉ、ペルシャロ。早いな。まだ休んでいなくて大丈夫なのか?昨日は体力をたくさん使って疲れたであろう」
「えぇ。でも、大丈夫です。それよりも、貴方の特訓をしなければならないので」
神妙な面持ちで、ペルシャロは言った。
「あぁ。俺もそのつもりだ。何だか力が漲ってな…。うずうずする…と言うのはこういうことを言うのだろうか…。早く強くなり、民を救いたいのだ」
「頼もしいですね。ここから57里ほど行った南の街、<ユスカス>に、<インクボ>と言う魔物がいると聞きました。この魔物は、<ミュゼット>ととても相性のいい魔物なのです」
「<インクボ>とな?一体どんな魔術を使うのだ?」
「<ニュイリュージオーネ>と言う、魔術です」
「それは、どんな…」
「“悪夢”…、です」
「ほう…悪夢…か」
「はい。暗黒の森を、幻影でまるで天国のように、人間を惑わせ、幾つもの街を一気に呑み込む…と言う、頭がよく、強力な魔術を使う魔物です」
「そりゃあ、かなりの準備と覚悟で行かなければならんな」
「あら、ミトミル。あなたも早いですね。どうしたのですか?」
「どうしたって…私が早起きしちゃいかんのか」
耳をピン!立て、すねたようにミトミルは言った。
「冗談ですよ。ミトミルも落ち着かないのですね…」
「あぁ…<インクボ>の噂は、私も聴いているからな…。しかし、ペルシャロ、<ニュイリュージオーネ>に、どんなに<ミュゼット>が相性がいいと言っても…」
「……」
突然、黙り込むペルシャロとミトミル。その2人の神妙な面持ちを見て、ヒロイドケイスは、何となくその理由が解る気がした。
「<ミュゼット>は…、習得が難しのか?」
「…はい。かなり…イエ、相当の体力と精神力…そして…」
「そして?まだ何かあると言うのか?」
ヒロイドケイスは少し、柄にもなく不安になった。
「…はい。<ミュゼット>を使う上で、ヒロイドケイスには魔力を少々会得してもらわねばならないのです」
「魔、魔力を!?し、しかし、俺は普通の人間だ。この<ワルツ>に君の占術を取り込むことは可能だが、俺に魔力を会得する方法などあるのか!?」
「はい。それが困難なのです。けれど、出来ないことではありません。わたくしの、⁅涙⁆です」
「な、涙とな!?」
「はい。貴方も、ミトミルも気付いているとは思いますが、危機となった時、わたくしの涙が何かの拍子に、何らかの理由で強力な魔力上昇に繋がることにわたくしは気付いたのです」
「「…確かに…何度かそんなことが…」」
「ですが、恐らく、恐らく…ですが、わざと流した涙ではきっとその力は発揮されないかと…」
「ならば…俺が<ミュゼット>を習得するために、魔力を会得しなければならないとして、それに君の涙を必要とし、しかし、わざとではダメ…となれば、一体どうすれば…」
「そこなのです。わたくしも、<ミュゼット>を貴方に習得させるうえで、一番悩んでいる所は…」
「「「う~ん」」」
ここで、3人の中で、1番思いつかなそうな者が提案した。
「こういうのはどうだ!?」
「「ミトミル!?」」
「なんだ。私が提案するのはそんなに変か?」
あからさまにむっとしたミトミル。
「イ、イエ。聞きましょう。ミトミル。あなたの考えを…」
⦅……でな。……して。…………たら。………なら。…………こうで。……だ!!⦆
「「ほう…」」
「それは、一か八かだな」
「えぇ…本当に。それで私の涙が流れるか解りませんし、流れたとしても、<ミュゼット>に必要な体力と精神力が、それまでにヒロイドケイスが身に付けられているか…も解りません。その作戦の失敗は、わたくしたちの“死”を、そして、“人間界の終わり”を示します」
「そうだな…。しかし、それ以外、方法は無いかも知れん」
「そうですね。…では、せめて、ヒロイドケイス、貴方の力を精一杯つける為、<ハチ―クス>では、後ひと月、わたくしの特訓を受けていただきます!!覚悟はよろしいですね!!」
「当たり前だ!!俺が必ず魔界を滅ぼしてみせる!!」
★★★★★
そして、厳しい特訓が始まった。ペルシャロは、ハンドメイドブックの占術をさらに増やし、臨機応変にどんな魔物にも素早く、強烈に効く占術を試行錯誤しながらヒロイドケイスの特訓を続けた。
ペルシャロ;「<マッサーニラ>!!」
黒い塊が、ペルシャロの懐からブワーッとヒロイドケイスに襲い掛かる。もの凄い威力の風と、重量感だ。
ヒロイドケイス:「<タランテラ>!!」
ヒロイドケイスは、それを容易く薙ぎ払う。
ペルシャロ;「<マッチマッサーニラ>!!」
更に威力を増した黒炎が、ヒロイドケイスに襲い掛かる。ヒロイドケイスが少し怯んだ。
ヒロイドケイス:「<スクード>!!」
「ヒロイドケイス!!このくらいのマッサーニラにスクードを使っているようでは到底<インクボ>とは対等に闘えませんよ!!」
「くっ!!」
「<ワルツ>で受けなさい!!」
「わっ!解った!!もう一度、マッサーニラを!!」
「はい!!<マッサーニラ>!!」
「<リーチェブートワルツ>!!」
バキ――ン!!とものすごい音を立て、マッサーニラがワルツに跳ね返される。
2人は、走りながら、剣を振るいながら、占術を駆使しながら、息も切れ切れに体力、精神力、魔力、限界ギリギリで、毎日毎日特訓をしていた。
★★★★★
「すー…すー…すー…」
<ハチ―クス>に腰を据えて2週間が過ぎた。ペルシャロが、静かに寝息を立てていた。ハンドメイドブックの増加や、連日のヒロイドケイスとの特訓、自身の占術のスキルアップなど…ペルシャロはかなりの疲労を背負っていた。
それを、誰よりも知るのは、ヒロイドケイスだ。ヒロイドケイスは、素振りや体力づくり、精神統一、邪念破棄、など、出来ることはしているつもりだが、それ以上にペルシャロは頑張っていることを痛いほど感じている。
「なぁ、ミトミル、ペルシャロが、もっと安心して闘いを俺に任せられるようになるには、後俺に何が足りなくて、何を補えばよい」
「それは、愚問だ。ペルシャロは恐ろしいほどの賢者だぞ。例え私が探せと命令した剣士であるヒロイドケイスでも、ペルシャロの左腕くらいにはなれるだろう…と考えたからだ。右腕にも成れぬのに、おぬし1人でペルシャロを守ろう等と考えるのは思い上がりだ」
「…そう…なのか…」
「…辛いか?ヒロイドケイス」
「辛い…うむ…たがわぬが、悔しいのだ。俺が、非力すぎてな」
ヒロイドケイスは下を向き、くちびるを噛む。ミトミルはそっと顔をヒロイドケイスから背けると、呟いた。
「大丈夫だ。ヒロイドケイス。おぬしは支えとなっている。十分な」
「支え?俺が、なんの…」
「解らぬか?ペルシャロは、おぬしに心を許している。それだけで、ペルシャロは生きていけているのだ」
ミトミルの思わぬ励ましに、ヒロイドケイスは、ペルシャロの寝顔をもう1度覗き込む。とても、可愛い。こうしていると、只の少女に相違ない。こんな細い腕で、こんな小さな体で、あんなに、驚くほど緻密で大胆な占術を繰り出す。まさに、賢者ペルシャロがここにいる。
「この娘、決して死なせるわけにはいかんな…」
そう言うと、ヒロイドケイスは、ペルシャロの頭をそっと撫でた。
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