第12話 少しの休息
パキパキッ!パチッ!
焚火の炎が、力強く揺れている。木が燃やされてゆく音がする。ミトミルは、もう眠りについた。ヒロイドケイスとペルシャロは、焚火の炎を見つめながら、少しの休息に身を寄せていた。
ここは、南西の<ハチ―クス>と言う街に近い森の中だ。ミトミルが眠っていることからも想像はつくかも知れないが、<ハチ―クス>への森の中には、それほど手強い魔物はいない。…と言うより、<ナトーレ>での3人の冒険譚が人間界だけでなく、魔界にも轟き始めていた。そのペルシャロの知識と勇気。そして、つい最近まで、小さな街では、最強と呼ばれてはいたものの、ペルシャロと出逢い、本当に強くなったヒロイドケイスの<五重奏の刃>の噂は、魔物たちを恐れさせるのに、十分だった。
「ペルシャロよ、少しは寝たらどうだ」
「いいえ、ヒロイドケイス。わたくしは、不思議と眠くありません。それより、ヒロイドケイスの方こそ、かなりのハードな短期間での鍛錬、特訓で、疲れているでしょう。少しは眠ってください」
「…そうか。君も眠くないのか…。何だか解る気がする。興奮…しているのだろうな…。俺は、まだ、自分の力が信じられないでいるのだよ。こんな短期間で、俺は、<ナトーレ>を支配していた、ファンタースマに勝ったことが、嘘の様でな…。本当に、君には感謝している。ペルシャロよ…」
「いえ、ヒロイドケイス、それはすべて貴方の努力と、人々を救いたいと言う勇者であると言う自覚を持ってくれたことで成しえたことなのです」
「…本当にこの辺りには魔物の匂いはしないのか?ペルシャロ」
「えぇ。恐らく、<ナトーレ>で放った<クレズマー>が、この辺りの魔物の魔力も奪ったのでしょう。ヒロイドケイス、貴方の<クレズマー>がいかに強力だったのかが解ります。この辺りには、本当に魔力は一切、感じられません」
「そうか。まぁ…それもそうか…。エルフのミトミルがこんなに爆睡しているのだからな。はっはっはっ!」
「ふふふ…。そうですね。ミトミルは、初めて会った時から、何処か抜けていましたけどね。薬草の違いにも気づかず、騙されそうでしたから…。ふふふ」
「…!」
ペルシャロは気にしていなかった。自分が、笑ったことに。しかし、ヒロイドケイスはそうはいかなかった。
「ぺ…ペルシャロ。君も…笑うのだな…」
「え?」
ペルシャロはきょとんとした。そう言われれば…こちらの世界でも、そして、あちらの世界でも、生まれてから…それはちょっと言い過ぎか…。しかし、物心ついて、本当に嬉しくて、本当に楽しくて、本当に喜んで、笑ったことなどあっただろうか?いつも、復讐に燃えていた。いつも、苛立っていた。いつも、悲鳴ばかり上げていた。いつも、いつも、いつも、悲しくて、辛くて、痛くて、苦しくて、悔しくて、憎くて、恨めしくて…………。
「ペルシャロ…?」
「…っ」
「泣いて…いるのか?」
いつも、強く、気高く、ヒロイドケイスをビシビシと鍛える様は、まさか16歳の少女だとは思えぬ表情だった。教えも、命令も、指示も、そこには、いつも迷いや躊躇いはなく、その言葉遣い、振る舞いは、キリッとした大人の女性そのものだった。
「わたくしは…本当に弱かったのです。いつも、頭の中でしか動かなかった。誰を思うでもなく、誰を助けるでもなく、誰を頼るでもなく…それでいいと思っていました。しかし、こうして仲間が出来、一緒に闘うことで、やっと自分の存在意味を得ることが出来ました。わたくしの方が、ヒロイドケイスとミトミルに出逢い、感謝しているのです…」
そう言って、ペルシャロはもう一度、笑った。…イヤ、泣き笑い…と言った方が良いだろうか…。
「その涙には…きっともの凄い力が宿っているのだろうな…。その力に、俺は、何度も救われた。今度は…笑顔に救われたいものだな。はっはっはっ!」
「ヒロイドケイス…。では、貴方にはもっともっと、強くなっていただかなくてはなりませんね」
「むむ…、まぁ…ほどほどにしごいてくれ」
ヒロイドケイスはそう言って、笑った。その笑顔を見て、ペルシャロもまた、笑顔を見せた。
「明日は、<ハチ―クス>に着かなければなりません。まだ情報が足りませんが、噂ではファンタースマにも劣らぬ魔物がいるとか…」
「そうなのか?しかし、どんな魔物なのだ?ファンタースマは魔物の王道と言えばよいか、人間に宿ったり、喰らったり、支配をしてたな。ペルシャロ、何かそのような大まかな情報さえ何もないのか?」
「えぇ…。ファンタースマは、<クレズマー>に弱い、ということは知ってはいたので、作戦を立てることは案外容易いものでした。しかし、そのファンタースマを倒せたのは、ヒロイドケイス、貴方が頑張ってくれたからこそです。わたくし一人では、決して倒すことは出来なかったでしょう」
「ペルシャロ、君でも倒せないのか?」
「勿論です。わたくしの占術は、大規模な場所や、街を支配してしまうほどの大型の魔物、それに、占術があまり効かない魔物もうじゃうじゃいるのです。だからこそ、ミトミルはあなたを探せと言ったのでしょう。そんな、ミトミルもやはりすごいエルフなのでしょうね」
「中々見えんがな!」
「ふふふ。それは、内緒ですね」
「じゃあ、ペルシャロ、本当に少し休んだ方が良い。君の魔力をためねばならぬだろう?しっかり休んでくれ」
「ありがとう。ヒロイドケイス。じゃあ、少し、眠らせていただきます。2時間したら、交代しましょう」
「あぁ…。ゆっくり休んでくれ」
「…はい…」
そう言うと、頭巾とマントで体を覆うと、焚火の側に建てたテントの中に入って行った。
その寝顔を、ヒロイドケイスは愛おしそうに見つめるのだった。
(まったく…眠っているふりも大変だ…)
ミトミルは、そう思いながら、そうっとまた目を閉じた。
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