第11話 西の国、<ナトーレ>

「「「こ…ここが、<ナトーレ>…」」」


3人は、息を呑んだ。そこにはもう人気もなく、まるで魔界そのもののような暗黒に包まれていた…。山の上から、とりあえず<ナトーレ>を見下ろしていると、魔物がうじゃうじゃいることが目視出来た。


「こ…これは酷い…」


ヒロイドケイスが、顔を曇らせた。


「そうですね…。こんなに魔物に支配されている街が他にもあるのですか?ミトミル」


「あぁ…。認めたくはないが、ペルシャロが現れる前にもうかなり魔物の人間界への浸出は進んでいてな…。だから、お前の記憶を戻させるのを急いだのだよ。そうしている間にも、こうした街は増え続けてしまうからな…」


「どうする?ペルシャロ。このまま3人で街に乗り込んでも、あの魔物たちすべてを倒せるかどうか…」


「…大丈夫ですよ。ヒロイドケイス」


「なに?そんなはっきりと言うと言うことは、何か策があるのか?」


「はい。ただし、後1日、<ナトーレ>の人たちには我慢してもらわなければなりません」


「1日?」


「<ワルツ>第2番、<クレズマー>を、ヒロイドケイス、あなたに習得してもらいます」


「<クレズマー>…?」


「はい。この技は、街の真ん中までなんとか入り込み、街の中心で<クレズマー>を使うと、魔物たちだけが浄化され、一気に魔臭ごと空へ吹き飛ばし、天界へ導く大儀です」


「それを、明日までに、俺が習得すればよいのだな?どれほど鍛錬すれば、その1日を捉えられるのだ?」


「かなり、きついですよ?覚悟は出来ていますね?ヒロイドケイス」


「勿論だ!」


「では、すぐに、特訓に入りましょう!ミトミルも良いですね!」


「「おう!!」」






「何をしているのです!!ヒロイドケイス!!そんな乱れた呼吸では、<クレズマー>は得られませんよ!!」


「くっ…!しかし、なぜ、いきなりこのような重さに…」


ヒロイドケイスは、<ワルツ>のかつてない重さに、持ち上げることすら儘ならなかった。


「その重さは、この<ナトーレ>の魔物の出している魔力の量です。その重さを持ち上げなければ、天界へ魔物たちを一気に浄化することは不可能ですよ!!貴方はこれまで鍛えに鍛えてきたはず。意地でも持ち上げるのです!!」


「ふっ!あぁ!!持ち上げて見せるさ!俺は何処までも諦めが悪いんでね!!」


その言葉とは裏腹に、中々<ワルツ>を持ち上げることが出来ない。


「違います!!無理に持ち上げようとしても無駄なのです!!とにかく、<ワルツ>の声を聴きなさい!!そうしなければ、<クレズマー>は発動しませんよ!!」


「くくく…っ!!!」


ペルシャロは叱咤を飛ばす。しかし、どうしてもヒロイドケイスは、<ワルツ>を持ち上げることが出来ない。その状態で3時間。とうとう、ヒロイドケイスはその場にしりもちをつき、倒れ込んだ。


「ぐわ―――――!!!はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…」


「…やはり、少しこの技を使うのは速いのかも知れません…。他に何か方法を見つける必要がありますね…」


ペルシャロは、少し残念そうに、肩を落とした。しかし、これ以外の方法…と言っても…、と言うような面持ちだ。ミトミルも、その顔を見て、2人が行き詰まっているのを感じる。


「…だ…大丈夫だ…。必ず…必ず…間に合わせて見せるさ…。はぁ…はぁ…はぁ…」


「「ヒロイドケイス…」」


どうしたものか…と、ペルシャロとミトミルは顔を見合わせた。


「とりあえず、私の<ニュートリション>で、少し回復してください」


「あぁ…ありがとう。ペルシャロ…。すまない」


「謝ってる暇があるなら、<ナトーレ>の為に特訓を続けてくれませんか?本当に無理だと解れば、本当い何か別の…」


「黙れ!!」


「「!」」


「俺はやって見せる!!今まで、ずっとペルシャロにばかり助けられ、鍛えられ、授けられてきた。その俺がペルシャロに出来るのは、ペルシャロの求めることに応えることだけだ!絶対、諦めてなるものか!!」


「ヒロイドケイス…」


ペルシャロの瞳から、また涙が零れる。ペルシャロは、そっと、ヒロイドケイスを抱き締めた。


「そうですね…。ヒロイドケイス…。貴方は最強の剣士。に選ばれた剣士なのですから…。きっと…イエ、必ずしや、<ナトーレ>を救う英雄になれることでしょう…」


その涙が、ヒロイドケイスの手のひらにぽたぽたと広がった。


{ドクンッ!!}


いきなり、ヒロイドケイスの心臓が大きな音とともに振動を始めた。そして、あれよあれよと言う間に、腕、脚、腹筋、背筋…体中に力が漲ってきたのだ。


「ヒ…ヒロイドケイス…?」


「少し、離れていてはくれないか、ペルシャロ…ミトミル…」


「え、えぇ…」


「おう」




大きな体を、もう一度起こすと、脚が地に吸いつくようにミシ…ッと地面がひび割れた。


「あぁああああああああああ!!!!」


ごおぉぉぉぉぉぉおお!!!ともの凄い音を立てながら、<ワルツ>が天高く持ち上げられてゆく。


「「こ…これは…!?」」


ペルシャロとミトミルは思わず息を呑んだ。


「どうだぁああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


ぴたっと、時間が止まった。ヒロイドケイスは、あれほど苦戦していた<ワルツ>第2番、<クレズマー>を軽々と、右手一本で天高く掲げた。



「……」


ペルシャロは、そう呟いて、笑った。



―翌日―


「行きますよ、ヒロイドケイス、ミトミル」


「あぁ」


自信と誇りに溢れたような表情かおで、ヒロイドケイスは頷いた。



「貴様ら…何者だ」


<ナトーレ>に入ると同時に、西の国の魔物の主、<ファンタースマ>が3人の前に現れた。


「くくく…この俺の支配下にのこのこやってくるとは、身の程知らずな人間たちだ…」


「ふ…。それは、どちらのセリフかな?」


ヒロイドケイスは、余裕満々と言わんばかりの笑みを浮かべ、<ファンタースマ>に言った。


「…ん?そこの頭巾…まさか…ペルシャロ…と言うやつではないか?」


「ほう…わたくしを知っているのですか?」


ヒロイドケイスに負けず劣らず、不敵な笑みで、ペルシャロは、応えた。


「三牛角を1人で倒したということは聴いている。だが、俺の敵ではない。よーく思い知るがよい…」


<ファンタースマ>が動こうとした、その一瞬前、


「行きますよ!ヒロイドケイス!」


「おう!!」


「<リードモーストスカイ>!!」


「<クレズマー>!!」


ザ――――――――――ッ!!!!!


ペルシャロは天に向かって両の手を上げ、魔物を天に導く占術を唱えた。ヒロイドケイスは、ぐるりと一回転すると同時に、<クレズマー>でもの凄い竜巻を起こし、一気に<ナトーレ>に溜まっていた魔物も、魔力も、すべて薙ぎ払ってしまった。


「…ば…ばかな…」


細~い声で、何も出来ないまま、ファンタースマは天界へ浄化された。


「…」


魔物は消え、人々にかかった魔力も、解かれた。ヒロイドケイスは、剣を掲げたまま、ぼーっと突っ立っている。


「どうしたのですか?ヒロイドケイス」


「…凄いな…ペルシャロ…君は…」


「え?」


「俺は、君がいなければ、誰も救えなかっただろう…。逢えて…良かった…」


「…ヒロイドケイス…」


2人は、(一応ミトミルも)空を見上げ、そっと吹く新しい風にやっと人の匂いを感じることが出来た。

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