第5話 コーセーとの約束
優等生(の皮を被っている)私だが、唯一嫌いな授業がある。プールの授業がある。泳ぎが嫌いなわけではない。普通に50m泳げる。嫌いなのは水着の方だ。水着を着ると、私のまな板がバレてしまうのだ。
幸い、男子と女子で泳ぐレーンが離れているから、男子にジロジロ見られることはあまりない。ただ、たとえ同姓であっても、自分の胸を見られるのは嫌だ。きっと心の中で、「あっ、この子、胸ないんだ」って思われてるに違いない。
それに、同級生の胸を見るのも嫌だ。クソ、みんなご立派なモンぶら下げやがって。巨乳がなんだ。巨乳だろうと貧乳だろうと、人権は平等に与えられると日本国憲法で定められてるんだ。貧乳にもちゃんと選挙権は与えられるし、巨乳だって消費税を10%払わなくちゃいけない。爽やかな夏の日差しとは対照に、私の平たい胸の中ではドス黒い感情が渦巻いている。私は出来るだけ感情を無にしながら水泳の授業に臨んだ。
放課後、第2多目的室に着くと、私はすぐに席に座り、机に突っ伏した。
「どうしたの? 元気ないね」
コーセーさんが心配してくれる。
「今日、水泳の授業があったんです」
するとアカネちゃんが不思議そうな顔をして、
「泳ぐの嫌いなの?」
「嫌いじゃないです」
「じゃあいいじゃない。この暑い日にプールに入れるんだから、むしろ最高じゃない」
最高だって!? 私はムッとしながら、
「そりゃあ、Bカップのアカネちゃんは水着のことなんて、そんなに気にならないでしょうね」
「あの、さらっと私のカップ数バラさないでくれる?」
コーセーさんがそっぽを向いた。意外とムッツリスケベさんなのだろうか。
「っていうか、Aカップの女子ぐらい、けっこういるわよ」
「Aカップじゃないです。AAAカップです」
コーセーさんがさらにそっぽを向く。やっぱりムッツリスケベさんのようだ。
「貧乳だからってそんなに気にすることないわ。世の中貧乳好きもけっこういるわよ」
「そんなの幻想です。どうせ男はみんな巨乳が好きなんです。貧乳好きの男性なんているわけ……あっ、コーセーさんがいるか」
「いつ僕が貧乳好きだって言った!?」
コーセーさんがやっとこっちを向いた。
「えっ、コーセーさんって巨乳好きなんですか? というころはアカネちゃんの胸に不満を感じてるんじゃ……」
「グスッ、ごめんねコーセー、私の胸が足りないばっかりに……お願いだから、私のBカップは嫌いになっても、私のことは嫌いにならないで」
「はい、そうです! 僕は貧乳好きです!」
あっ、やっぱり貧乳好きだったんだ。
「コーセーさん、あんまり自分の性癖を人に言わないほうがいいですよ」
「そうよ。あんまり人前で言うもんじゃないわ」
「誰が言わせた!?」
今度は私ではなくコーセーさんが突っ伏してしまった。魂が天に昇っていくのが見える。
「コーセーさん。貧乳好きだからってそんなに気にすることないですよ。貧乳好きもけっこういますから」
「貴女さっき幻想って言ってなかった?」
コーセーさんはもはや死んだ魚のような目をしている。プールにいたときの私と同じ目だ。アカネちゃんは手をパンと叩いた。
「とにかく、貧乳も、貧乳好きも、世の中いっぱいいるんだから、気にする必要ないわ。だから元気だして」
「でも私、貧乳というより無乳なんです。それに身長も低いから、貧乳というより、ロリってやつじゃ……」
「ロリコンもきっといっぱいいるわ」
「わあ、犯罪者いっぱい」
「コーセーもきっとロリコンよ」
「もうロリコンでいいよ」
コーセーさんは諦めきったように言った。
「コーセーさん。もし私が裸を見せる機会があったら、ちゃんと興奮してくださいね」
「分かったよ。ちゃんと興奮するから、もう勘弁してくれ」
私とコーセーさんは謎の約束を交わし、貧乳論争は幕を閉じた。貧乳コンプレックスに苛まれたときは、貧乳好きでロリコンのコーセーさんのことを思い出すようにしようと、私は心に決めたのだった。
優等生ヒマリの憂鬱(『文芸部』シリーズ) 今田葵 @ImadaAoi
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