第3話 辛辣な優等生

「島﨑さんってホント真面目だよね」

 文化祭の実行委員の一人がそう言うと皆が頷いた。私たちはいま、文化祭の運営会議をしているのだ。会議といってもそんなに堅苦しいものではない。文化祭まで時間はたっぷりあるし、実質顔合わせ会みたいなものだった。

「分かる。ザ・優等生みたいな」

「そうそう。頭よくてしっかりしてるうえに優しいし。もう完璧よね」

 たいそうな形容詞がズラリと並び恐縮する。私は苦笑いをするしかなかった。

「島﨑さんって悪口とか言ったことあるの? 島﨑さんが悪口言ってるところとか全然イメージつかないんだけど」

「そんなことないよ。悪口ぐらい普通に言うって」

「うっそだー。絶対ないって」

 ここまで聖人君子として扱われると、逆に困る。悪口なんて言った日には失望されかねない。とはいえ、聖人君子として扱われているからこそぼっちにならずに済んでるわけで、そのイメージになんとかしがみつきたい気持ちもある。とにかく、いま思うことはただ一つ。早く帰りたい。


 第2多目的室の扉を開けると、アカネちゃんが宿題をやっていた。もう一度言う。アカネちゃんが宿題をやっていた。

「えっ、アカネちゃんが、シャープペンシルを持ってる……?」

「おい、さすがに私だって宿題ぐらいするわ」

「頭大丈夫ですか? まともな人になったりしてませんか?」

「私先輩なんだけど?」

「アカネちゃんが先輩ってことはつまり、アカネちゃんは先輩じゃないってことですよね?」

「お願いだから日本語喋って」

 私とアカネちゃんの会話を聞いて、コーセーさんがフフッと笑った。あっ、コーセーさんいたんだ。この人、いかにも小説の主人公って感じの顔してるのに、なんか影薄いんだよな。

「ヒマリってさ、けっこう辛辣だよね」

 辛辣? そんなこと初めて言われた。私を表す形容詞と言えば、優しいとか真面目とかそんなものばかりだ。マイナスなイメージの形容詞をつけられたことはほとんどない。こんな時、どんな反応をすればいいか分からなくて狼狽えてしまう。

「えっと、その、すいませんでした。さすがに馴れ馴れしすぎましたよね。お二人が優しいのでつい。以後気をつけます」

 私が堅苦しく謝罪の言葉を口にすると、

「まったく、もう少し敬意を持ちなさいよ。今後私のことはプリンセスクイーンアカネ大統領閣下と呼びなさい」

「あの、プリンセスなのかクイーンなのか大統領なのか、はっきりしてください。何者なのか全然分からなくて敬意が持てません」

「そう? じゃあ、ポチで」

「分かりました。ポチ、さっさと宿題しろ」

「お腹がすいて宿題する元気がないワン。ポテチ買ってこいワン」

「ふてぶてしい犬だなぁ」

 またコーセーさんがフフッと笑った。そういえばこの人いたんだった。すっかり忘れてた。

「アカネは辛辣なヒマリが好きだって言いたいんだと思うよ」

「ドMってことですか?」

「引っ掻くぞワン」

 語尾のつけ方がテキトーになってる。っていうか、そのキャラまだ続いてたんだ。

「まあ、その、ヒマリがツッコんでくれるからこそ私もふざけがいがあるっていうか……だから変に先輩後輩とか意識しないでグイグイ来ていいわよ。コーセーだってきっとそう思ってるわ」

 コーセーさんは笑顔で頷いた。

「もちろん。僕とアカネには手加減なしでツッコんでくれて大丈夫だよ」

「お二人とも、ありがとうございます!」

 アカネちゃんとコーセーさんはニッコリと笑った。

「あの、コーセーさん。グイグイいっていいと言うなら、一つ言っていいですか?」

「いいよ。何?」

「コーセーさんって、何ていうか、その……影薄いですよね」

「あっ、それ言っちゃう?」

「共通認識!?」

 コーセーさんはがっくりと肩を落とし、

「ヒマリさん、やっぱり、もう少しだけ手加減してください」

 私とアカネちゃんは腹を抱えて笑った。




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