第2話 ロックな少女
授業が終わると、私はすぐに第2多目的室に向かった。扉を開けると誰もいない。一番乗りのようだ。私は席に座ると、鞄からスマートフォンとワイヤレスイヤホンを取りだし、音楽を聴き始めた。andymoriの『グロリアス軽トラ』。夕暮れ時の無人教室で聴くのに、これほど最適な曲はない。私は軽トラの荷台に乗っている気分で、目を閉じながらパイプ椅子に深く腰かけた。
気づいたら、目の前にアカネちゃんとコーセーさんがいた。
「おっ、起きた」
窓の外を見ると空が少し暗くなり始めている。掛け時計を見ると、時刻は17時。30分も寝ていたのか。
「すいません。気づいたら寝てました」
コーセーさんはニコッと笑って、
「いいよ。僕も本読んでただけだから」
コーセーさんはいつも優しい。
「すごいぐっすり寝てたわね。寝言がうるさかったわ。『コーセーママ、抱っこして』って」
コーセーさんは本の表紙でアカネちゃんを叩いた。アカネちゃんはいつも意地悪だ。
「そう言えば、ヒマリ、最近よくイヤホンで音楽聞くようになったわね」
「もう趣味を隠す必要がありませんからね」
アカネちゃんは「私のお陰」と言わんばかりに鼻を鳴らした。いや違う。貴女の「せい」で隠す必要がなくなったんだ。
「ヒマリってどういうのを聴くの?」
コーセーさんが言った。そう言えば、コーセーさんは私の秘密の棚を見ないでくれたんだった。どこかの誰かと違って。
「そうですね。andymori、Hi-Standard、ナンバーガール、銀杏BOYS、ゆらゆら帝国、THE YELLOW MONKEY……あとはなんだろうなぁ……」
「2000年代のジャパニーズ・ロックが好きなんだね」
私は目を見開いた。
「分かるんですか!」
「僕の場合、どちらかというと洋楽が多いけどね。でも邦楽もたまに聴くよ」
私は思わず立ち上がって飛び上がった。まさかこんなにも近くに同士がいたとは。
「洋楽はどんなのが好きなんですか!?」
「僕はThe Beatlesから聴き始めたんだ。だから、その年代のものが多いかな。The Whoとか、The Kinksとか。あとは、アメリカのThe Beach BoysやThe Ronetts
とかも好きだよ」
「けっこう渋いんですね。私はその時代のロックだと、やっぱりThe Rolling Stonesですかね。後、私Led Zeppelinが大好きなんですよ。コーセーさんはどのアルバムが好きですか?」
「僕は『Physical Graffiti』かな」
「なるほど、私は『Led Zeppelin Ⅱ』ですね」
「Ⅱもいいよね」
私たちがロック談義に花を咲かせていると、ふと、横から鋭い視線を感じた。アカネちゃんがふくれっ面で、私のことを見ているのだ。「私の彼氏をとるな」ということだろう。紛れもない嫉妬だ。かわいい。
私は目線でコーセーさんにアカネちゃんの方を見るよう訴えかける。コーセーさんはアカネちゃんの顔を見て苦笑いした。そして、立ち上がると、パイプ椅子をアカネちゃんの横に持っていき、腰をおろした。
「アカネ、僕が悪かったよ。だから機嫌を直して」
コーセーさんが優しく言うと、アカネちゃんは大きな目でじっとコーセーさんを見た。相変わらず大きな目だ。しかも少し潤んでいるように見える。あの目で見つめられた男子はただじゃ済まないだろう。女に生まれてよかった。
すると、アカネちゃんはコーセーさんにギュッと抱きついたかと思うと、彼の唇にキスした。
もう一度言う。「唇」に「キス」した。……あの、私いるんですが。
コーセーさんは慌ててアカネちゃんを引っ剥がし、
「ちょっと、ヒマリの前ではやめてくれ」
アカネちゃんはフンと鼻を鳴らして、
「だからよ。ちゃんと知らしめとかなきゃ。コーセーは私のだって」
「いや、ちゃんと分かってますよ」
私は呆れて言った。私同様、ずっと友達がいないから、少しこじらせてるのかもしれない。コーセーさんの負担が大きそうで不安だ。私はああならないように気をつけよう。彼氏が出来る予定は、今のところないけど……
「本当に?」
アカネちゃんはジトーと私を見ると、徐ろにコーセーさんのズボンのジッパーに手を伸ばした。おいおい。
コーセーさんは机の上の本を持って、角で思いっきりアカネちゃんの頭を殴った。「叩いた」ではなく、「殴った」だ。
「それだけは! 本当に! やめろ!」
こんなに大きな声を出すコーセーさんは初めて見た。明日喉が枯れてないといいけど。
「いいじゃん、初めてじゃないんだし」
「初めてだわ! いつしたって言うんだよ!」
あっ、まだだったんだ。少しホッとする。私はワイヤレスイヤホンを耳につけて音楽をかけ始めた。ノイズキャンセリング機能があってよかった。現代文明に感謝する。
それにしても、と思いながら、二人を見た。あんなに大胆なことをするなんて、3人の中で一番ロックなのは意外とアカネちゃんなんじゃないだろうか?私はロックな少女とその彼氏の戯れを眺めながら、ロックを聴いていた。
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