優等生ヒマリの憂鬱(『文芸部』シリーズ)
今田葵
第1話 友達第1号
「島﨑さん、ちょっといい?」
下校の準備をしていると、クラスメイトの星野さんが話しかけてきた。珍しい。
「どうしたの?」と私が聞くと、
「あのさ、島﨑さんって、文化祭の実行委員とか興味あったりする?」
「文化祭の実行委員?」
「そう、人が足りないらしくてね。私にも勧誘が来たんだけど、私そういうの向いてないっていうか……島﨑さん、そういうの興味あるでしょ? もしよかったらと思って」
なるほど、そういうわけか。確かに私はクラスの級長やら委員長やら、そういうリーダー系の役職に多く就いている。でも、人の上に立って何かをしたいとか、行事ごとが好きとか、皆と一致団結して何かしたいとか、そういう訳では無い。ただ、こういう仕事をしていないと、人付き合いが苦手な私は完全なぼっちになってしまうからだ。それで仕方なくやっている。アカネちゃんもいつか言っていたが、『席』があるって大事なことなのだ。
そんなことを思いながらも、やっぱり私は目の前の彼女の依頼を断ることが出来ない。私は笑顔を作って、
「じゃあ、やろうかな?」
「本当に!? いいの!?」
「いいの、ちょっと興味あったし」
「ありがとう! 助かるー! それじゃあ、島﨑さんがやるって言っておくね!」
彼女は鞄を手に取ると、元気よく教室を飛び出していった。彼女がいなくなると、小さくため息をついた。「いいように使われた」そう思った。でも、仕方ないじゃないか。一人ぼっちになるよりはずっとマシだ。愚痴を脳内で消化させながら、私はトボトボ家に帰った。
「ただいまー」
リビングからママが出てきた。何やらソワソワしている。どうしたのだろう?
「ヒマリお帰り。ほら、早く上にあがって。もう来てるわよ」
「へ?」
「もう来てる」?一体誰が来たというのか。そもそも、私の家を知っている人なんていたっけ?
私は数少ない知人(残念ながら友人とは言い難い)を思い浮かべながら、自分の部屋に向かった。
ドアを開けると、すぐに納得した。なるほど、アカネちゃんか。
アカネちゃんは、私が所属する文芸部の先輩だ。確かにこの前、姉の件で家に呼んだが、まさかアカネちゃんの方から突然訪問してくるとは。
「アカネさん、連絡もせずに来ないで下さいよ。びっくりしたじゃないですか」
アカネちゃんはニヤニヤしながら、
「今日部活ないから暇なのよ。それでヒマリの家に突撃しようと思って、来ちゃった」
「来ちゃった」って……この人、時々すごくワガママなんだよなぁ。実は私より年下なんじゃないだろうか?
そう思っていると、アカネちゃんが近くにあったティッシュ箱で私の頭を叩いた。
「何するんですか!?」
「失礼なこと考えてそうな気配がしたから」
そして時々すごく勘がいい。非常に厄介だ。
「それよりさっさと着替えたら?」
そう言えば、アカネちゃんは私服だ。赤いパーカーに黒のスウェットパンツ。ということは、急いで自宅に帰り、着替えた後に私の家に来たのか。変なところで頑張る人だ。
「そうですね」と言い、私はクローゼットに向かう。クローゼットには服がいっぱい詰まっている。実はファッションにはけっこうこだわりがあるのだ。誰に見せるわけでもないけど。私がセーラー服とスカートを脱ぎ下着姿になると、後ろから嫌な視線を感じた。
「……何見てるんですか?」
アカネちゃんは私の体を目を細めてジロジロ見ながら、
「ヒマリってさ、その、何ていうか……幼児体型ってやつ?」
私は持っていたハンガーでアカネちゃんの頭を叩いた。けっこう痛そうだが気にしない。
「何てこと言うんですか!? それに、幼児体型はそっちもでしょ!?」
私はアカネちゃんの胸を指さす。お世辞にも大きいとは言えない。
アカネちゃんは余裕そうな顔で、
「私のはスレンダーっていうの。幼児体型じゃないわ。どちらにせよ、私、彼氏いるし」
そうだった。私の後押しのお陰で、現在、アカネちゃんはコーセーさんと付き合っている。チクショウ。何も言わなきゃよかった。
幼児体型なのは自分でも分かっている。この前の身体測定では身長が148cmだった。そして胸は……お察しの通りだ。
私は両手の拳をギュッと握りし……いけない、いけない。これはシリアスな場面でするやつだ。私はアカネちゃんに背を向け着替え始めた。私は拗ねたような言い方で、
「じゃあ、私じゃなくてコーセーさんのところで暇つぶししてこればよかったじゃないですか。ついでに、その控えめな胸も揉んで大きくしてもらったらどうですか?」
「今日アイツは塾よ。だから今日部活がないんでしょ。忘れたの?」
そうだった。怒りですっかり忘れていた。
「じゃあ、他のご友人は?」
「私友達いないし」
そうだった。この人も私同様人付き合いが苦手、というか嫌いなタイプだった。
攻める手がなくなった私に、アカネちゃんは悪戯っぽく尋ねた。
「そういうヒマリはどうなのよ。友達いるの?」
ギクッ。この人本当に勘がいいな。でも、友達がいないとは言いたくない。特にこの人には言いたくない。私は胸を張って言った。
「いますよ。そんなに多いわけじゃないですけどね。一応、これでも級長を務めているんですよ。友達がいないわけないじゃないですか」
「でも、さっきヒマリママが『あの子が久しぶりに友達を家に誘ってくれた』って大喜びしてたわよ。今夜の夕食はヒマリの好きなハンバーグにするって。よかったじゃない」
ママ、余計なこと言いやがって。ハンバーグは普通に嬉しいが。クソ、これはもう白旗を上げるしかない。私は腰に手を当て、さらに胸を張って言った。
「そうですよ。人付き合いが苦手で、何もしてないとぼっちになっちゃうから、リーダー系の仕事やって、何とか知り合い作ってるんですよ。知り合い止まりで友達は出来ませんですけどね。何か悪いですか」
アカネちゃんは苦笑いをした。「なんていうか、その……ごめんね?」 みたいな苦笑いだ。その反応はやめてほしい。辛くなるから。
「まあ、でも、私も友達いないし、それでも何とかやってるし、ね? そんなに落ち込まないで」
本格的に慰めてきた。ますます辛くなるからやめてほしい。心が悲鳴をあげている。体が灰になっていくのを感じる。風で吹き飛ばされそうだ。
「それにさ」と言いながら、アカネちゃんは立ち上がった。
「友達も、一人はいるでしょ?」
アカネちゃんは私の目をじっと見つめた。黒くて大きな目だ。アカネちゃんは部屋のドアを開けながら、
「今日はありがと。それと」と言った。
「今度からアカネ『ちゃん』でいいわ」
ガチャリという音ともに、アカネちゃんは部屋から出ていった。こうして、私ヒマリに、高校で初めての友達ができた。
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