桜色の手紙
今年の桜は満開になるのが早かった。だからもう雪のように散り始めている。歩道にひしめく桜の花びらを踏みしめて、僕は文ちゃんの家へと自転車を走らせていた。今日は文ちゃんが出発する日だ。
あれから文ちゃんと連絡を取り合って、なんとか切れそうな糸を繋いでいる。今日は文ちゃんのご両親の御厚意で、空港へと向かう車に僕も一緒に乗せてもらえることになっている。
「文ちゃん!」
「典ちゃん」
文ちゃん家へと到着すると、ちょうど文ちゃんが表へと出て来たタイミングだった。文ちゃんの後ろには、彼女のご両親も居る。
「今日は僕まですみません。ありがとうございます。これ、うちの両親から」
親から持たされた菓子折りを文ちゃんの御両親へと差し出す。「まあ、気を使わなくていいのに。ありがとうね」とお母さんが答えてくれて受け取ってくれた。ガレージに止めてあるアルファードへと乗り込むと、お父さんの運転で空港へと出発した。
助手席にはお母さんが乗り、僕と文ちゃんは中間座席に横並びに座る。「空港まで少し時間あるから、これどうぞ」と、お母さんが助手席からお茶とお菓子をくれた。「ありがとうございます」と御礼を言って受け取る。
ぐんぐんと進む車の中で、僕と文ちゃんは他愛もない話をした。御両親の手前、当たり障りのない話しかできなかったという方が正しい。それでも、元クラスメイトたちの話で盛り上がり、空港までの道のりはあっという間だった。
「まだしばらく時間があるから、お母さんたちは買い物してくるね。なにか欲しいものがあったら連絡して」
これまたご両親の御厚意で、二人きりにしてもらえた。たくさんの人が行き交う空港の中で、僕と文ちゃんは保安検査場近くの空いていたベンチへと腰を下ろす。定期的にピンポンパンポーンと飛行機の便のアナウンスが流れる。どこか気忙しいけれど、これが文ちゃんが東京へ行ってしまうまでの最後の二人きりの時間だ。
「……いよいよだね。こんなに早く文ちゃんが東京に行く日がくるなんて思わなかった」
「本当だね。卒業式終わってからあっという間だった。本当はもっと典ちゃんと遊びたかったけど、今日こうして来てくれたからいいやって思っちゃう私はどうしようもないね」
えへへと笑う文ちゃんの横顔に見惚れる。彼女の視線の先には何が映っているのだろう。
「文ちゃん。ありがとう。僕を好きになってくれて」
「……なによ、急に」
「僕ね。何度も何度も考えた」
「うん?」
「文ちゃんの居ない生活。それがどうしても苦しい」
「……うん」
「抱きしめたいときに傍に居ないのは辛い」
「……うん」
「だから僕、たくさん電話する。たくさん手紙も書く。文ちゃんを繋ぎとめておけるのなら、なんだってする。僕と文ちゃんの未来がつながるのを信じて」
「……うん」
亜麻色の瞳からは、ぽろぽろと雫が零れた。僕はブルゾンのポケットに手を突っ込んで、そこに入れてあったものを取り出す。それを彼女へと差し出した。文ちゃんはそれを不思議そうに見つめる。
「受け取って。読んで」
「……今?」
「うん」
桜色の封筒を受け取った彼女は、それを丁寧に開けた。中に入っていた便箋を開けると、亜麻色の瞳は一際大きくなり、そしてぽたぽたと雫が零れ落ちる。
「文ちゃんに贈る最初の手紙だよ」
今、伝えたいことはたった一つしかない。「文ちゃんのことが大好きです。これからもずっと一緒にいようね」と僕は書いた。文ちゃんは泣きじゃくりながら、うんうんと頭を大きく縦に振る。その仕草があまりにも胸に迫って、小さな身体を抱きしめた。
「四年間なんてきっとあっという間だよ。これから過ごす僕と文ちゃんの時間を思えば」
ずっとずっと未来のことを想像した。僕らの
「私も。私も、典ちゃんとずっと一緒に居たい」
「うん。ありがとう」
僕たちはまだたったの十八歳で、これからのことなんて何も分からない。だけど一つ分かることがあるとしたら、今、手の中にあるものを大切にするということだ。
「文ちゃん。うんとやりたいことやってくるんだよ」
「うん。典ちゃんもね」
何が正解なのか分からない。だけどもう、できないいいわけを数えたりしない。全力でやってダメなら仕方がないと思えるくらいに、今できることに尽くしていきたい。
桜の花びらを見るたびに僕たちは今日のことを思い出すだろう 茂由 茂子 @1222shigeko
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