SS グランベルム家の休日
レアンデルが旅に出て一週間が経ったある日のこと。空を見上げると、薄い雲がかかり、夏の日差しを幾分か和らげていた。
「随分と寂しそうな顔をしているな、アーシェ」
「そ、そんなことありません! お父様ったら、もう!」
ここはウェスタール王国の財務、財政、金融を取り仕切るグランベルム公爵家の一室だ。
公爵家の次女であるアーシェス・グランベルムは、メイドに淹れてもらった紅茶を物憂げな表情で飲んでいた。そこにこっそりと近付いてきたグランベルム家の当主であるルーカス・グランベルムが娘のアーシェスの顔を覗きこんで話しかけてきたのである。
「レンのことなら心配はいらないぞ。レンと共に旅をする人物は、世界を見渡しても類を見ないほど優れた指導者だと王より聞いている。帰ってくるときには驚くほど成長していることだろう。お前もレンに負けないように自分を磨いておかないとレンに笑われるぞ」
「分かっています。レンは私に約束しました。成長して無事に帰ってくると。レンが私との約束を守らなかったことはありませんから」
アーシェスがレアンデルのことを心からを信じている様子を見たルーカスは微笑みを浮かべた。
「そうだな。レンはお前との約束を破ったことはないからな」
「はい! お父様。ですから私も負けないように勉強も魔法も頑張ります」
そしてルーカスはニヤリと笑みを浮かべてアーシェスに告げる。
「お前たちが小さいころ、『アーシェがレンのお嫁さんになってあげる』『僕がアーシェを守ってあげる』というやりとりをしていたが、レンはその約束も守ってくれるということだな」
アーシェスは飲みかけている紅茶を噴き出しそうになった。
「な、な、なんですか、突然! そんな小さいころの話なんて私もレンも覚えていませんよ!」
顔を真っ赤にして反論するアーシェス。
「そうなのか。二人とも私とランバートの目の前で約束していたのだがな。その話を聞いてランバートと喜んでいたのだが……そうか。覚えていないのか」
「そうですよ! そんな小さいころの約束まで覚えてはおりません! お父様もお忘れになってください!」
ルーカスが意地悪く小さいころの話をしてきたと勘づいたアーシェスは、顔を真っ赤にしながら話を打ち切るのであった。
「覚えていないのなら仕方ないな。しかしレンのことは安心して待てばよい。お前との約束通り必ず無事に帰ってくるよ」
レアンデルと一緒に旅をする者の素性については、国王に近い僅かな者しか情報が共有されていない。
宰相に次ぐ重職を任されているルーカスには情報が伝えられており、その人物はウェスタール王国の国民が敬意を抱く火龍様が尊敬する龍族であるとのこと。
にわかには信じがたい存在であるが真実であり、無用な混乱を避けるために箝口令が敷かれている。
そのためルーカスからアーシェスに具体的な話は出来ないが、レンの旅が大丈夫であることは伝えておきたかったのだ。
「はい! ありがとうございます、お父様。レンが帰ってきたら逆に驚かせるぐらい成長してみせます!」
「ふふ。頑張りなさい。何かあればいつでも相談に乗るぞ」
部屋に入ってきたときの物憂げな表情が無くなったことに安心したルーカスはそのまま扉を開けて退室した。
一人になり、窓の外を眺めながら、アーシェスは少し冷めた紅茶を口に運ぶ。
「お父様もあの約束を覚えていたんだ……。レンは覚えているのかなぁ……」
空の薄い雲が流れ、窓から夏の日差しが入ってくる。日の光がアーシェスの顔を輝かせるように照らすと、晴れやかな表情で微笑みを浮かべながら、レンの旅の無事を祈るのであった。
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