第20話 いざ旅立つ

 僕は思わぬ形でアーシェから餞別を受け取ることになった。この剣とマントは大切に使おう。


「剣とマントを手に入れたけど、次はどこに向かうの?」

『旅の準備はこれで終わりだ』

「えっ、これだけ?」

『そうだ。お主の武器を揃えるために買い物に来たのだが、一軒目でどちらも揃ってしまった。ミスリル製のものとは予想外だったがな。

 それでは予定より早いが出発するとしよう。目的地はこのリアグニス大陸の南にあるラムセティッド大陸だ。そこにある風の大龍穴を目指す』 

「別の大陸に行くなんてはじめてだよ! 確かラムセティッド大陸って世界最大の砂漠があるんだよね」

『うむ。ラムセティッド大陸は面積の三分の一を大陸の中央にあるラムセト砂漠が占めておる。その周りを取り囲むように人間種が暮らしているのだ。人族もいるが、大半は獣人族だ』


 そうそう。授業で習ったけど、ラムセティッド大陸にあるサンネイシス帝国は獣人族の国で、帝国のトップである皇帝も当然獣人族。たしかレオーネ・サンネイシス皇帝だ。

 サンネイシス帝国は皇帝が治める国なんだけど、ウェスタール王国とは違って、国のトップである皇帝になるのは皇子や皇女とは限らない。皇子や皇女の中から選ばれた皇太子がそのまま皇帝になることもあるけど、皇太子に挑戦する制度があって、それに勝った場合はその人が皇位継承者である皇太子になれる。

 現皇帝であるレオーネ・サンネイシス皇帝がまさしくその制度で皇位を掴んだと習ったんだよね。

 サンネイシス帝国は実力主義の国で、皇位を掴んだ者がサンネイシスを名乗れるということらしい。


 僕が授業で習ったことを思い出していると、ふとルシアがあごに手をやり、空を見上げたあと、僕を見つめた。


『目的地は大龍穴だが、いきなり大龍穴に転移してはお主の修行にならん。そこでまずはラムセト砂漠に行くことにしよう。

 しかし船で行くと時間がかかるからな。飛ぶことにしよう』

「飛んでいくの?」

『我が龍形態になるから背中に乗れ。我一人であればこのまま飛んでもよいのだが、二人で飛ぶのなら背に乗せて飛ぶのがよかろう。それでは龍形態になるから少し離れるのだ』


 そうして僕が少し離れると、ルシアは最初に会ったときと同じ龍の姿になった。あらためて見るとやっぱり大きいし、白金の鱗がとても綺麗だな。僕は背中を向けて屈んでいるルシアに乗った。


「ルシア、この姿で飛んだら目立つんじゃないかな?」

『すでに幻術魔法を使っておる。その魔法により周りの者の目には見えないようにしているのだ。今、我の姿が見えているのはお主だけだ』


 幻術魔法か。すっごい便利な魔法だな。


『それでは行くぞ!』


 ルシアが空に浮かんだ。その瞬間すごい速度で飛び始める。


「あれ? なんか飛び立つときもスーッと浮かんだし、とんでもない速度で飛んでるけど、風も感じないし、落ちそうな不安な感じもないよ?」

『当たり前だ。鳥のように翼を動かして飛んでいるのではない。魔法の力で飛んでいるのだ。風を感じないのは我の周りに物理的影響を発生させないフィールドを張っているからだ。この飛行の魔法は龍魔法の一つだ』

「龍魔法! これが龍しか使えない特別な魔法か。こんなスピードで飛んでるのに何の抵抗も感じないなんてすごいね!」


 風の抵抗も感じないし、飛んでいるルシアとも普通に話すことができる。龍魔法で飛ぶのはすごく快適だな。


『1時間ほどでラムセト砂漠に着く速度で飛んでおるから、その間に着いてからの行動を説明しておくぞ。

 まずはラムセト砂漠の北部に到着する。そして砂漠の中央にある風の大龍穴を目指す。大体10日ほどで着けるだろう。

 我は大龍穴が問題なく動いているかの確認を行う。そしてそのあとは帝都を目指すぞ。帝国の料理を味わいたいからな』

「そういえばグルメの旅とも言ってたね。王国では色々と食べなかったの?」

『あほう。そんなわけがなかろう。フレアボロスがライアンに用意させた王宮料理をしこたまいただいたわ! お主が寝たあと憑依をといて夜中に王城に招かれていたのよ』


 いや、火龍様のご依頼だから王様が無理やり段取りしただけだと思うけどな……。まあいいか。


『王国の牛肉は絶品だったぞ! 焼いたものも、蒸したものも、刺し身も美味かった! また食べに行く約束をしてしまったぐらいだ』


 そうなんだね……。王様、頑張ってください。


『獣人族についてだが、特徴としては魔力貯蔵量が少ない代わりに身体能力が優れておる。

 また種族にもよるが好戦的な者が多い。人族を見下しているようなやつも多いから、お主も心構えをして置くのだぞ』

「獣人族ってそんな感じなんだ。実際に会ってみないと分からないけど、心構えはしておくよ』

『それともう一つ。――サンネイシス帝国とお主が住むウェスタール王国で違うところは色々あるが、特徴的なのは奴隷制度があるところだな』

「奴隷? 人が人を奴隷にしているの?」


 奴隷については授業で習ってなかったな。もっと高学年になれば習うのかな。


『典型的なのは犯罪奴隷だ。罪を犯した者を国が管理して犯罪奴隷とする。未開地の開拓など過酷な労役を強いるための刑罰の一つだ。それ以外にも色々なパターンがあるが、覚えておいた方が良いこととして、奴隷は魔法の契約で縛られておるということだ。

 仮に奴隷がひどい仕打ちをされているからと助けようとすれば、奴隷魔法の効果で本人に何らかの弊害が生じることがある。そういう場面に立ち会っても安易な行動は慎まねばならぬぞ』

「奴隷に、奴隷魔法か。そういうことは全然知らなかったな。ルシア、教えてくれてありがとう。覚えておくよ」

『あとはラムセティッド大陸は風龍の加護を受けており、人間種の左手にあるのは風の紋章だ。やつらにはお主のその手を見るだけで他国の者と分かる。その当たりも注意しておくのだな』


 そうなんだよね。僕たちにとっての火龍様と同じ存在がいるんだ。風の魔法ってどんな魔法なのかな。




 ラムセティッド大陸の色んなことを話しているうちに大きな大陸が見えてきた。


『あれがラムセティッド大陸だ。そしてラムセト砂漠も見えてきたな。まもなく到着するぞ』


 ルシアがそう言ってからしばらくすると、地上に向かって降り始めた。そして何の抵抗も感じることなく、フワッと地上に着陸した。


『着いたぞ。ここがラムセト砂漠だ』


 僕はルシアの背中で、見渡す限り砂の世界が広がる景色に圧倒されていた。

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