言い訳は無用ですわよ

山吹弓美

言い訳は無用ですわよ

 本日、わたくしは婚約者のお屋敷を訪ねました。先触れは出しておりますし、何の問題もございません。

 そうして侍女を連れ、応接室で向かい合って、本日の要件を手短に述べました。


「婚約を、解消させていただきたく存じます」


「は?」


 ぷ、と吹き出す音がわたくしの背後から聞こえた気がしますが、致し方ありませんね。何しろ、婚約者……元婚約者のお顔がとってもお間抜けに崩れたのですから。あら、はしたなくがたりと立ち上がられましたわ。


「理由は! 理由は何だ、この僕に不満があるとでも言うのか!」


「はい」


 あなたのご両親には、不満はございません。とてもよい方々で、わたくしも優しくしていただきましたから。

 ただ、婚約を結んだお相手であるあなたと、もうひとりに大変不満がございますので。


「理由を端的に述べますと、わたくしより妹君を大切になさるからですわ」


「妹を大切にして、何が悪い!」


 ほら、そういうところですわ。

 婚約者様より五つ年下の、愛らしい妹君。確かに、ごきょうだいを大切になさるのは何も問題はございません。

 ですが、限度というものがございましてね。


「何だ、妹に妬いているのか。そういうことなら、言い訳くらいいくらでも聞いてやるから言ってみろ」


 婚約者様は何もご理解いただいていないようで、そのようなお顔に似合ったお間抜けな発言をなさいました。

 わたくしが連れてきた侍女と、こちらでお茶を準備くださっているこちらのお家の侍女と、壁のそばに控えておられるこちらのお父様の執事が証人になってくれますので、わたくしは遠慮なく申し上げることにいたしました。


「月に一度のお茶会を、七回連続ですっぽかしておられますわね? 全て、妹君の体調不良を理由として」


「仕方ないだろう! 可愛い妹が体調を崩しているのに、お茶会なんかしていられるか!」


「それでも、当日の朝には連絡いただけますわよね? まさか、家をお出になる直前に妹君が体調が悪いの、とかおっしゃっているわけでもないでしょうに。七ヶ月連続で」


「っ」


「ご両親にお伺いしましたが、その日の昼過ぎには体調は回復されているそうですね。つまり、お茶会がキャンセルされた直後のようですが」


 あり得ませんわね。

 妹君は兄君たる元婚約者殿と歳が離れているせいか、かなり甘やかされて育てられたようです。それが悪いとは申しませんが、その結果何でもかんでも自分が最優先、というのはさすがに、ねえ。

 兄君の婚姻の邪魔をしたいなんて、もしかして兄妹にあるまじき感情をお持ちだったりするのでしょうか。これはわたくし、考えすぎかしら?

 まあ、それはそれとして。


「それから。わたくしの誕生日、覚えておいででしょうか」


「誕生日? ……誕生日……ええと、八の月の三十日だったか」


「六の月の十五日ですわ。八の月の三十日は、妹君のお誕生日でしょうに」


 扇の裏で、小さくため息をつきました。まともに開催されたお茶会のときに、きちんとお誕生日はお伝えしましたのにね。


「え? だって、妹が自分と同じ誕生日だと」


「わたくしの口から、日付はお伝えしております。それに……釣書には正確に記されていたはずなのですが、一度も目を通されなかったと、そういうことですわね」


 配偶者となる相手の誕生日を忘れるというのは、マナー以前の問題ですわね。少なくともこの国では眉をひそめられ、忘れた方への非難がじわじわと広がるものなのですが。


「それに、たとえ日付を間違って覚えておられていても、何か贈り物をいただけるものだと思っていたのですよ。わたくしは一の月の二十日、あなたのお誕生日には毎年、色々考えてお贈りしているのですが」


 わたくしはきちんと覚えておりますよ、という意味合いを込めてそうお話したのですが、あちらは不思議そうに目を見開かれました。


「え? いや、お前からはカードしかもらっていないぞ。父上と母上と妹からは、毎年頂いているが」


「今年は万年筆を贈らせていただきました」


「え」


「昨年はポケットチーフのセットを、一昨年はカフスを」


 ふふ。その品自体には、覚えがあるようですね。こちらのご両親からは、「妹が渡したいというので任せた」というお話を頂いておりますが、つまり。


「それは、妹が」


「ああ、妹君がそういうことになさっていたのですね。ご両親にお問い合わせなされば、事実が判明したものかと思われますが」


 それ以前に、バースデーカードの文章を読んでいないことは明白でしたわ。

 今年のカードには『あなたの手になるお手紙をいただきたいです』と、昨年や一昨年は『一緒にお出かけしたいです』とも書いてあったのですよ。

 万年筆で手紙を、ポケットチーフやカフスを付けて一緒にお出かけを。直接ではないが、贈り物にちなんだ文章なのですから。

 もっとも、カードを読んだところでこの方に理解できたかどうかは、別問題ですわね。


「さて。そのような妹君がおられるあなたのところへわたくしが嫁いで、わたくしにどのようなメリットが存在するのかお教えくださいますか」


「なっ」


 わたくしとこの方の婚約は、お互いの当主夫妻……つまりこちらのご両親とわたくしの両親が仲が良く、地位も同程度だったことから結ばれたものです。解消されたところで、少なくとも領民には影響はありません。

 ですのでわたくしは数年前より自身の両親に訴え、わたくしと両親はこちらのご両親と話し合い、しばらく情報収集に専念したわけです。その結果が本日の面会ですので、まあお察しくださいませ。


「兄と婚約者の、両家が取り決めたお茶会を妨害する。婚約者から兄へのプレゼントを、自分からだと偽る。そのような妹君と、同じ屋根の下で生活するなどわたくしにはとてもとても無理ですわ」


 婚約者であったこの方の言動もさることながら、妹君の愚かしい行為。わたくし、こちらのお母様には優しくしていただけてるのに小姑にいじめられることになるのでしょうか。それは嫌ですわ。


「夫妻での参加が暗黙の了解である夜会にも、よもや妹君の看病が理由としてわたくしのみで出席などということになるかも知れませんし……まさかとは思いますが、わたくしが持ち込んだわたくしの宝飾品などを持ち出されないとも限りませんもの」


「あの子は、そんなことはしない!」


 せめて、夫となるはずだったこの方がこちらを庇ってくださるなら考えようもあったのですが、こうですからねえ。

 さて、この方いわくの言い訳はだいたい終わりましたので、話をさっさと収めましょうか。


「どうでしょうかしら? ああ、そちらのご両親には既に、婚約解消の打診が父からなされておりまして、許しも頂いております」


「はい?」


「妹君のなさったであろうことはともかく。お茶会の無断欠席や誕生日の贈り物のことなど、わたくしを婚約者として遇していただけていないことはよくご理解いただきましたので」


 あなたがお会いしてくださらないときに、ご両親にお目通りを願いましてはっきりきっちりお伝えしておりますもの。こちらの侍女や執事は、こちらのご両親にお仕えしている方々ですので、あなたや妹君の言動はさっくり伝わっておりますからねえ。


「ああ、言い訳は無用ですわよ? 本日は、婚約解消の成立とお別れのご挨拶をしに参っただけですから」


 ぱくぱくと、観賞魚が息をするようなお顔をなさる元婚約者殿に、わたくしはそう申し上げて退室を致します。開かれた扉から出ていく途中で振り返って。


「それでは、失礼いたします。どうぞ、可愛いかわいい妹君とお幸せに」


 心底からのお言葉を、お贈りいたしました。

 後はもう、知りません。

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