第23話


「レン様。この辺りの魔物は全て片付きました。」


 燃え尽きて炭化したまま立っている巨木の間からゆっくりと姿を現したレイナイトは、開けた空間の中央でグースカと気持ち良さそうに眠るランザに冷たい視線を送っている。


 レイナイトがこちらに足を進めると共に、木を薙ぎ倒しながらズルズルとなにかが引き摺られる音が聞こえてくる。


「そっちが本物・・の主か。お前も存外こいつに甘いな。」


 レイナイトに尻尾を掴まれ引き摺られてきた巨大な九首の蛇の魔物を見て、レンは小さく笑いを溢した。


「……私はレン様の命に従っただけです。こいつではまだ手に余る魔物だったので仕方なく。」


 『ツンデレかこいつ。』と、レンはいつかのランザの様な事を考え、笑みを深くした。


「クックックッ……。まぁいい。さっさとはじめる——ん?あの死骸か?あぁ、構わん。全て持っていけ。……あの蛇も構わんぞ。」


 虚空を見つめて誰かと話すレン。

 その話が終わった途端、レンの全身から黒い靄が噴出し、周辺に散らばった魔物の死骸を片っ端からその中へと取り込んでいく。

 最後にはレイナイトが引き摺ってきた九首の蛇を取り込むと、そのまま森の奥へと消えていった。


「……さて、始めるか。」


 レンは改めてそう口にすると、まず、ランザの身体を浮かせて自分の近くへ引き寄せた。

 そして、その手に短剣を握り、勢いよく自分の小指を切り飛ばした。


 レンの切り飛ばした小指はクルクルと宙を舞い、この開けた土地の中央あたり——丁度先程までランザが寝転んでいたあたりまで飛んでいくと、糸がほつれる様に崩れ始めた。


「【来い眷族達よワールドゲート】」


 レンがそう唱えた瞬間、崩れた始めていた小指から濃密かつ膨大な魔力が吹き荒れ、空に巨大な魔法陣を描き出した。


 嵐の如く風が吹き荒れ、視界が塞がれる。

 根本から抜けて空を舞う巨木がレンの張った結界に幾度となくぶつかってきた。


 少し経つと、先程まで吹き荒れていた風がおさまり視界が開けてきた。


「皆、遅くなったな。」


 晴れた視界いっぱいに現れたのは、開けたこの場所いっぱいに広がる程の大きさを誇るコの字型の邸宅、そしてその前で跪く六人の人影だった。


「待ちくたびれたぞ、我があるじよ。」


 中央で跪く純白の軍服をキッチリと着こなした白髪の筋骨隆々の大男が、見る物が怖気付きそうな厳しい顔を上げ、灰色の瞳でレンを見た。


「済まんな、ヴァイゼル。一先ず良さげな土地を確保できた。暫くはここを拠点にするつもりだ。」


「承知した。では我は屋敷の中を見てくるとしよう。転移の影響がないか確認しておく。」


 軍服の大男——ヴァイゼルはゆっくりと立ち上がり、三メートルを超えるその巨体でも屈まずに通れる程大きな屋敷の扉を開き、その中へと入っていった。


ヴァイゼルが去った後、他の五人も一斉に立ち上がりレンの方へと近寄ってきた。


「レ、レレレ、レン様……お、おおお、お会いしたかったです……!」


 どもりながらレンの背後にまわり、抱きついてスンスンとレンの頭部を嗅ぎ始めたのは、地面につきそうな程に伸びた濃藍色の長い髪の間から片方だけ黒い瞳を覗かせた、少し不気味な雰囲気の女だ。

 百七十センチを少し超えた程度のレンより頭一つ背が高く、線の細い身体に黒いロングワンピースを着ており、その髪は何故か湿っている。


「俺も会いたかったぞ、エイヴィア。」


「うへっ……えへっ……うへへへ……」


 頭上でだらし無く笑うエイヴィアから意識を外し、次にレンが目を向けたのは、先程からレンのお腹の辺りに顔をぐりぐりと押し付けているショートボブの幼い少女だった。

 レンはその桃色の髪を優しく撫でながら、優しげな笑みを浮かべて声をかけた。


「フラウベル、お前もだ。」


 フラウベルは顔を上げてレンを見上げるとニパッと花が咲く様な満面の笑みを浮かべた。


「フラウもお兄ちゃんに会えて嬉しい!今度お出かけする時は、フラウもちゃんと連れてってね!」


「あぁ、近くに人間の街がある。今度連れてってやろう。」


 フラウベルは『わーい!』といって飛び跳ね、全身で喜びを表現した。


「レンくん、久しぶりだね。」


 次いで声をかけてきたのは、派手な着物を着崩したぞくりとするほど艶かしい色香を漂わせた人物だった。


「変わりは無いか、ルクラウス?」


 色白の肌に目鼻立ちのくっきりとした美しく整った顔立ち。

 肩口まで伸びた絹のように艶のある黒髪がサラサラと風に揺られている。

 一方の肩を出すように着崩された着物の胸元から、薄らとだが筋肉のついた胸板・・が覗いている。


「うん。僕もみんなも、変わらずやってたよ。」


「なぁに言ってんだ、ラウス。レンがいなくて暇だからって、全員はっちゃけて暴れ回ってたじゃねぇかよ。」


 話に割り込んできたのは燻んだ灰色の短い髪を逆立てた紫色の鋭い瞳の青年だった。

 背丈はレンより少し高く、エイヴィアと同じくらいだが、身体はしっかりと鍛えられており、自信に満ち溢れた表情をしている。


「ナティアクタ、お前も暴れたのか?」


 ナティアクタは鋭い犬歯を見せつけるように笑い、自慢げに話し始めた。


「頭張ってたやつ二、三匹ぶっ殺して、俺らの縄張り広げてやったぞ。無駄になっちまったけどよ。」


「あんたの自慢話は後にしなナクタ。それにエイヴィアもいつまで抱きついてんだい?さっさと離れな。」


 二人にそう言ったのは燃え盛る炎の様な紅く長い髪を後ろにかきあげた女。

 太いズボンにタンクトップとラフな格好をしており、その男なら飛びつきたくなる様な豊満なバストがこぼれ落ちそうになっている。

 丈の短いタンクトップで隠されていない腹部は、美しさを感じる程に見事に腹筋が割れている。


「んだよ、シャイナ。珍しく嫉妬してんのか?」


「う、ううううるさいです、シャイナさん!れ、レレレン様は、こ、こんな事で怒ったりしませんよ!」


「あたしはそんな話をしてんじゃない!いつまでもこんなとこにいないで、さっさと屋敷の中に入りな!」


 シャイナは鋭い眼光で二人を睨みつける。

 その表情は怒れる獅子を彷彿とさせるものだった。


「そう怒るなシャイナ。綺麗な顔が台無しだぞ?」


 レンが少し笑いながらそう言うと、シャイナの怒りは鳴りを潜め、頬を少し紅く染めた。


「ったく、あんたはいつもそうだ。……ほら、さっさと行くよ!」


 そそくさと屋敷へと向かったシャイナを追って、他の皆も歩き出した。



「やべぇ……。完全に起きるタイミング見失った。俺はどうすりゃいいんだ……」

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