第21話


 対価を寄越せ。

 そう告げられたマグナルは、少しの間を開けてから口を開いた。


「……土地を。貴殿は領域主であると聞いている。こちらの大陸においての貴殿の領域を欲するのでは無いか?聖王国を滅ぼした後は、そこを全て貴殿に差し出そう。」


「父上!いけません!そんな事をすれば、この国が!この大陸が荒れてしまいます!」


 ミカルドはマグナルに向けて怒りを込めてそう叫んだ。


「ふむ、何故そう思う?我が国の国教は聖王国の物とは別だ。あの国が滅びた所で、我が国に然程影響は無かろう。」


「そ、それは……」


「レン殿にあの国を差し出せば、我が国は救われるのだぞ?それでも、お前は反対だと言うのか?」


 ミカルドは必死に頭を回す。

 なんとしてもそれを回避しなければ。

 レンのが動くのを、阻止しなければ。


「ミカルド、それは本当にお前自身の考えか?俺に動かれて困るのはお前か?それとも、聖王国の奴らか?」


 静かな声音。

 だがそこには、あの船で出会ったときのような心を持っていかれそうなほどの覇気を感じた。


「そ、れは……」


「お前は俺に言ったな。この国は素晴らしい国だと。少なくとも、自分にとってはいい国だと。ならば何故、その愛する国に攻撃を仕掛けてきた敵を擁護するような事を言っている?もう一度、よく考えてみろ。その言葉は、本当にお前の本心から出た言葉か?」


 何を言っている?これは紛れも無く本心だ。

 ミカルドは痛む頭を押さえながら、漆黒の瞳でこちらを見つめるレンに、朧げな視線を向けた。


「この国を!貴方に渡すわけにはいかない!この国は聖王様へ献上すべき素晴らしい土地なのだ!(あ、れ?)」


 自分は何を言っている?

 ミカルドは自ら発した言葉に強い違和感を覚えた。

 それと同時に、頭の痛みが強くなるのを感じた。

 だが、自分の意思に反して口が動く。


「大陸でも有数の港を持ち、国境はあの魔境——イステカリア大森林にも接しているのだ!聖王様へ献上した方がこの世界の為になる!そうに決まっている!(頭が、痛い。なにも、考えられない。)」


「ミカルド、俺の目を見ろ。」


「うるさい!黙れ!お前の話など聞きたくは無い!(なにが、どうなって……)」


「ミカルド、二度も言わせるな。俺の目を見ろ。」


 レンの口から出た声に、ミカルドは心の奥底から這い上がってくる恐怖の感情を感じとった。

 足に力が入らなくなり、床に尻餅をついたリカルドは、見上げるような形でハッキリとレンの瞳を覗き込んだ。

 そして——


「(ちがう。これは)ち、がう……。違う!これは私では無い!私は、聖王国などに国を売るような事はしたく無い!私の思考を歪めるな!」


 そう叫ぶや否や、ミカルドは意識を失いそのまま床に倒れ込んだ。


「レイナイト、ミカルドを自室へ運んでやれ。メルリエルも、もういいぞ。茶番は終いだ。」


「畏まりました。」


「承知しました。」


 レンの指示に従い、レイナイトは床に倒れ込んだミカルドを担ぎ上げ、執務室から出て行き、メルリエルは現れた時と同じように、突然その姿を消した。


「……手間をかけたな。」


 短剣を突き付けられていた首元を撫でながら、マグナルはレンに声をかけた。


「随分と強力な洗脳だったな。幼少の頃よりかけられていただけの事はある。」


「そこまで、知っていたか。」


「地下牢に入れられているメイドに聞いたのだ。口が聞けずとも、記憶を覗けば問題ない。」


「……壊れたか?」


「あぁ、数十年分の記憶を一気に引き出したからな。……特に有益な情報は無かったぞ。ここに来る前の記憶は改竄されていたからな。」


 地下牢で鎖に繋がれていた、かつてエスエリア侯爵家でメイドを勤めていた老齢の女は、レンが記憶を引き抜くと同時に廃人と化した。

 強すぎる負荷に脳が耐えられなかったのだ。


「そうか。ならば良い、こちらで処分しておこう。」


「任せる。」


 マグナルは大きく息を吐き出した。


「いつから気づいていた?」


 マグナルが洗脳の可能性に気付いたのは、王太子とライナルの件が、発覚した後だ。

 子飼いの諜報部隊に王宮や屋敷内全てを探らせてつい先日漸く洗脳魔法を持つメイド数名を確保してそれに気が付いた。

 何処の誰が送り込んできた間者かは分からなかったが、現状とミカルドの先程の発言からみて聖王国で間違い無い。


 王太子とその近衛騎士が他国の洗脳を受けていたなど国を揺るがす程の醜聞であり、この情報は特級の秘匿事項に指定して、マグナル一人で抱えていたのだ。


「初めからだ。ミカルドになんらかの洗脳が施されている事には初めから気付いていた。だが、まだ心が充分に育っていなうちから継続的にかけられていたようだったからな。無理に解除すれば支障をきたしかねん。あの手の洗脳魔法は自分でそれを認識して飲み込んでしまう方がいい。」


 例えば粘土で完全な球体を作るとする。

 球体が完成してから周りが不純物でコーティングされたとしても、それを剥がして仕舞えば元の完全な球体にもどる。

 だか、球体を作る過程で徐々に不純物が入り込んできたら、完成した後に取り除いて仕舞えば、球体は穴だらけの粗悪品となってしまう。

 ならばその不純物も練り込んでしまい、薄め、球体の一部とした方がまだ被害は少ない。

 レンはそう判断し、その原因が分かるまで放置していたのだ。


「これも渡しておこう。」


 レンがそう言うと、マグナルの目の前にある机の上に、分厚い紙の束が積み重なっていった。


「ミカルド書いていた二つ目・・・の報告書だ。そこには俺達全員のミカルドが確認した能力や訓練内容まで事細かに記してある。恐らく聖王国の間者に渡すつもりだったのだろう。」


 マグナルは伸ばしかけた手を一旦止め、レンに視線を送った。


「気にせず読むといい。その程度知られてもどうと言う事はないからな。」


「……失礼。」


 マグナルは報告書の束を手に取り、ペラペラと読み始めた。


「さて、では俺は行くとしよう。」


 レンはそう言って立ち上がり、座っていた椅子を消し去ると、扉の方に足を向けた。


「ミカルドの事、礼を言う。」


「あぁ、気にするな。報酬を弾んでくれればそれでいい。」


 レンは一瞬振り向き、不敵な笑みを浮かべてそう言ってから、扉を開き執務室を出ていった。


「……。」


 マグナルは報酬の件で頭を悩ましながら報告書に目を通し、ランザの関連内容を見てあまりの過酷さに目を疑った。

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