第20話


「報告書を。」


 レン達を客室へと案内したその足で執務室へと向かったマグナルは、執務机につくと同時にミカルドへ報告書を催促する。


 予め準備していたミカルドはすぐに自分が書き上げた報告書を手渡した。


「……。」


 無言で読み進めるマグナル。

 ページを捲る音だけがミカルドの耳を打つ。


 今、マグナルが読んでいる報告書は、クォタリアで提出した物とは異なり、全て真実が記されている。

 レンの正体や死したランザの変異、そして生きたままに変異を遂げたメルリエルの事まで正確に記されている。


 マグナルは最後のページを捲り、数秒後、読み終えた報告書の束を机の上に置いた。


「よく書けているな。軍部の報告書もお前に書かせたいくらいだ。」


「ありがとうございます、父上。」


 ミカルドは恭しく頭を下げて礼を言ったが、内心ビクビクしていた。

 両肘を机の上に置き、組んだ拳で口元を隠した父の瞳が、鋭くミカルドを見据えているからだ。

 父がこの眼差しを向けてくる時は、大抵こちらの試すつもりの時である。


「それで——」


 来た。

 ミカルドは瞬時に身を固くした。


「——お前は、レン殿達をどう使う・・つもりだ?」


 『使う《・・》。』

 父の口から出たその言葉に、ミカルドの脳内に警鐘が鳴り響いた。


使う・・、ですか……?」


「そうだ。レン殿個人でもあれ程の強者。それに、ランザ殿が眷族となるまでの間、眷族がレイナイト殿一人だったとは考えにくい。それだけの戦力を持つレン殿がお前に恩を感じているのだ。武力に物を言わせれば、この国を乗っ取る事も恐らく可能だろう。」


 『それで、お前はそれだけの戦力を何に使う?』マグナルはそこまで言って、口を閉じた。


 普段から貴族特権をほぼ使っていないミカルドに、国落としなどといった野望など欠片もありはしない。

 マグナルはそんな事分かっているはずだ。

 ならば——


「私には、レン殿を私欲の為に動かせる程の力はありません。冒険者や傭兵でもありませんので、依頼を出すといった事も不可能。父上が何を頼みたいのかは分かりませんが、全ての事情を説明し、頭を下げてお願いする他ないでしょう。それこそ、国と事を構える・・・・・・・・・つもりなら尚更です。」


「……。」


「仮に、我が国に魔の手を伸ばしている聖王国に打撃を与えるため、彼の方に力添えを頼むつもりであるならば、私は断固として反対します。……レンさんは、静かな暮らしを望んでいる様でした。国の争い事に巻き込もうなど、彼の方の逆鱗に触れる恐れがあります。」


 ミカルドはマグナルの目をしっかりと見据え、そう言い切った。


「……そうか。やはり難しいか。」


 ミカルドは、短く『えぇ。』とだけ返答した。


「……数日前、国王陛下がお倒れになった。」


 マグナルの言葉に、ミカルドは絶句した。


「この事は限られた者にしか知らされていない。王専属の治癒師達によって様々な検査がなされたが、原因は不明。陛下は未だに意識を取り戻していない。」


「まさか……」


「恐らく、聖王国の仕業であると、私は確信している。王太子は既に聖王国から来た聖女とやらに手玉に取られ、先月の初めにワルドラン侯爵家の長女との婚約を破棄すると衆目の前で宣言した。その時、隣に聖女とやらの姿があったのだ。……陛下は王太子の説得を試みていた。そんな矢先の出来事だ。疑いようもない。」


 マグナルは大きく息を吐き出し、背もたれに体を預けた。


「……ここ数日、王太子に近衛として付き従っているライナルとの連絡も取れていない。恐らく、あやつも聖女に良い様に使われているのだろう。頭の痛いことにな……」


 ライナルとはエスエリア家の次男、ミカルドの二番目の兄に当たる人物である。

 軍を指揮することに長けた長男のグラントと違い、個人での武勇に優れた人物で、よく言えば真っ直ぐ、悪く言えば考えなしの兄だった。

 ミカルドはそんな兄の事を思いながら、頭を抱えた。


「何故、こんな事になるまで放置されていたのですか……。」


 聖王国がこの国最大の港であるクォタリア港を狙い、暗躍していることが判明したのは数年前の事。

 聖王国の重鎮である聖女がこの国に来たとあっては警戒しないはずはない。

 恐らく国の方でも何か手を打っていたはずだ。

 なのに何故、このような事態になっているのか。

 ミカルドはマグナルに睨むような視線を向けた。


「……聖女が始めに行ったのは、村々を周り、無料で怪我や病気の治癒をして回る事だった。」


「成程。民衆を味方につけたのですね?」


「そうだ。そうなって仕舞えば、聖女を排除する事は容易ではなくなる。無理に排除して仕舞えば、民衆の恨みを買い、最悪国が立ち行かなくなる。」


「それなら、最低でも王太子殿下が近づかないようにすべきだったでしょう。」


「……当然していた。そのためにライナルにはこの国と聖王国の軋轢を全て説明し、王太子を聖女から遠ざけるように命令していた。」


 ミカルドは、マグナルのその選択に怒りが湧いてきた。


「ライナル兄上は昔から真っ直ぐな、いえ、こう言ってはなんですが、頭の出来が良くありませんでした。なのに何故、ライナル兄上にそんな大役を任せたのですか?グラント兄上をその任に付けていれば、上手くやってくれたはずです。」


「……グラントは次期軍務大臣として私の仕事の引き継ぎを行っていたのだ。既に近衛として王太子の護衛に当たっていたライナルにそのままその任を任せたのだが、お前の言う通り、私の失策であった。」


「それで、その尻拭いをレンさん達にやらせようと言うのですか?」


 ミカルドは冷たい視線をマグナルに向けた。


「出来るのであれば、手を借りたい。聖王国は我が国よりも国力が上だ。それに、厄介な聖騎士部隊もいる。正面からぶつかれば、我が国は無事では済まんだろう。」


『お前はその対価に何を差し出す?それ次第では、考えてやらんこともない。』


 突如、空間に響いたその聞き覚えのある声に、ミカルドは顔を青褪めた。


「……聞いておられたか……。ここには何重にも防諜の結界をはっているはずなのだがな……」


『この程度、無いのと変わらん。』


 ミカルドの隣に黒い渦が出現し、その中からレイナイトを連れたレンが姿を現した。


「……転移阻害も無意味だったか。」


「レンさん……」


 レンはミカルドに向かってニヤリと笑った。


「うちには優秀な狩人がいてな。力試しに暗殺任務でもやらせようかと思ったんだが、何やらちょうど良さそうな話が聞こえてきてな。」


 レンが顎でマグナルの方を示したのをみて、ミカルドは視線を向けた。


「……っ!!」


 そこには椅子に座ったまま両手を挙げたマグナルと、その首元に短剣を突きつけたメルリエルの姿があった。


「さて、この俺を使おう・・・と言うのだ。相応の対価を示せよ、マグナル?」


 レンは何処からか取り出した豪華な椅子に腰掛け、片肘をついてマグナルにそう問い掛けた。

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