第17話
レンが初めて降り立った人間の街クォタリアを出てから二週間。
途中、何度か野党に襲われたりもしたが、順調に竜車は進んでいる。
襲って来た彼等はただ溜め込んだ宝を献上するだけの存在へと成り下がり、この世から消えていった。
レンの乗る竜車は既にエスエリア領内に入っており、今は領都であるサバルの街に向かって街道を進んでいる。
ミカルド曰く、後一、二日で到着するとのことだ。
「どうした、ミカルド?先程から妙に落ち着かない様だが。」
レイナイトとランザがいつも通り扉の中にいる為、車内はレンとミカルドの二人きり。
レンは先程から何度も窓の外に視線をやり、落ち着かない様子を見せるミカルドにそう尋ねた。
「あぁ、いえ、その……。恐らく、そろそろ迎えが来ると思うのですが……」
「あぁ、そう言えば関所を越える時に実家に連絡を入れたのだったな。……そんなに迎えが恋しいか?」
レンはニヤリと口角を上げる。
「ちっ、違いますよ!私を幼子の様に言うのはやめてください!」
ミカルドは頬をほんのり赤く染めて、手をブンブン振りながら慌てて否定した。
「ふーん、そうなのか。……で?それなら何故そうも落ち着かない。道順も伝えてあるなら、入れ違いになる心配もないだろう?」
関所からサバルの街まではほぼ一本道であり、レンの言う通り余程のことが無い限り入れ違いになる事は無いだろう。
ミカルドも当然その事は分かっており、心配事は別にある様だ。
「その心配は無いのですが……誰が迎えに来るのかが少し……」
ミカルドはどこか恥ずかしそうに視線を彷徨わせた。
レンは誰が来るとまずいのかと、質問しようとしたところで、御者を務めるメルリエルから念話が入った。
『ご主人様、前方から騎士に囲まれた馬車が向かって来ます。もしかしたら、ミカルドさんの迎えの方々では無いでしょうか?』
レンが確認しようとミカルドに視線を向けると、窓から前方を見て大きなため息を吐き出していた。
『……どうやらその様だ。メルリエル、竜車を止めろ。』
『承知しました。』
竜車はゆっくりと速度を落としてすぐに停止した。
「……私一人で迎えますので、皆さんは車内でお待ちください。」
ミカルドはそうレンに言ったが、いつもと違うミカルドの様子に、『何かある』と感じ取ったレンは、むくむく湧き上がってくる興味を抑えることができず、首を縦に振らなかった。
「俺も行くに決まってるだろ。言っておくが、お前に拒否権はない。」
こうなればレンを止める事はできない。
過去の経験からそう悟ったミカルドは、この後起こりうる事を想像して頭を抱えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ミカルドちゃん!無事でよかったわ!
竜車を街道の脇に停めて暫く待っていると、ミカルドの迎えの馬車が到着した。
周りを騎士に囲まれたその馬車の扉がバンっと音を立てて勢いよく開かれると、中から美しい青いドレスに身を包んだ妙齢の女性が飛び出して来て、待ち構えていたミカルドの胸に飛び込みそのままギュッと抱きしめて涙を流し始めた。
「……ただいま戻りました。母上。」
ミカルドはチラチラとレンの方に視線を向けながら、そっと女性の背中に手を回して抱きしめ返し、真っ赤な顔でそう口にした。
「クックッ……。成程な。一先ず車内に戻っている。終わったら声をかけてくれ。」
レンはミカルドの恥ずかしがる様子を見て満足したのか、笑を押し殺しながら竜車の中へ戻っていった。
「お待たせしてすみません。」
「ごめんなさいね。ミカルドちゃんの顔を見たらホッとしちゃって。」
レンが車内に戻って暫くすると、先程の女性に腕を組まれたまま、ミカルドがこちらの竜車に乗り込んできた。
そしてそのまま、迎えの騎士達に先導される形で、竜車が走り出した。
「気にするな。親子の再会に水を指す様な無粋な真似はせん。」
「随分面白がっていた様ですが?」
ミカルドは棘のある言葉と共に、睨む様な視線を向けた。
「クックックッ……半年以上離れていたんだ。無事を喜んでくれる母の気持ちぐらい、素直に受け取ってやれ。」
ミカルドは『笑ってんじゃねぇか』と内心イラッとしたものの、これ以上何をやっても無駄だと判断し、口を噤んだ。
「うふふっ。ミカルドちゃん、こちらの素敵な殿方を母に紹介してくださらない?」
「……こちらはレンさんです。航海中に出会った方でして、詳しくは屋敷に戻ってから。」
「レンだ。あんたの息子には世話になった。よろしく頼む。」
「
カトリーナは優しい微笑みを浮かべて自己紹介した。
「それはそうと、あんたはこちらに乗ってていいのか?隣の騎士にとっては、宜しくない状況のようだが。」
レンの視線の先、カトリーナを挟む様にしてミカルドの反対側に座っている女騎士がレンを睨みつけていた。
「アマンダ、無理を言って乗せて戴いているのは
「カトリーナ様、
アマンダの苦言は決して間違った事ではない。
それに、レンの底知れない力にも気付いているようだ。
「ふむ、確かにアマンダの言い分はもっともだな。あいつらが帰って来たら、ここも少々狭苦しくなるだろう。」
そう言ってレンは、徐に右手を上げた。
アマンダはその動作に警戒心を剥き出しにして横に置いていた騎士剣の柄を掴み取った。
「一体なにをっ——」
パチンッと指がなった。
次の瞬間、車内の景色が一変する。
広さは五倍程に広がっただろうか。
所々、豪華な武具や装飾品がかざられており、さながら貴族の屋敷にある応接室の様だ。
座っていた硬い座席は、体が沈み込む程柔らかなソファに代わり、その間にはシンプルながら品のあるローテーブルが置かれている。
足元には毛足の長い絨毯が敷き詰められており、足元からフカフカと踏み心地の良い感覚が伝わってくる。
ミカルドは『レンさんですものね。』と呆れた様に笑い、カトリーナとアマンダは驚きの余り固まった。
「これだけの広さがあれば十分だろう。……まぁ言葉遣いに関しては許せ。誰が相手だろうと、変えるつもりはない。」
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