第18話


「……これ程の力をお待ちとは……。流石は領域主・・・と言ったところですわね……」


 固まっていたアマンダは、カトリーナのその呟きに耳を疑った。


「カトリーナ様……今、なんと……」


「やはり、父上に聞いていましたか……。アマンダは聞かされていなかったようですが。」


 ミカルドが否定しなかった事で、それが事実であると分かるやいなや、アマンダは手に持っていた騎士剣を引き抜き切先をレンに向けた。


「アマンダ!剣を下ろしなさい!」


「カトリーナ様、早くお逃げください。ここは私が——」


「俺に敵対する意思はない。」


 緊張した面持ちで額から冷や汗を流し、震える切先をこちらに向けるアマンダを見ながら、レンはいつの間にか持っていたカップに口を付けた。


「お前の言葉は信用に値しない!今すぐ我々を解放しろ!」


「なんじゃこりゃ!?」


 アマンダが若干震えた声でそう叫ぶと同時に、部屋の中に第三者の驚きの声が響いた。


「ランザ、今日は元気そうだな。」


 声の方へと視線を向けると、室内にポツンと置かれた不自然な扉から、ランザが顔を出して目を丸くしていた。


「あぁ……いや、いつもより早く終わったんでな。レイナイトさんが突然こっちに戻っちまったから。……それより、どうなってんだこれ?もう屋敷に着いたのか?」


「いや、まだだ。人が増えて少々手狭になったからな。少し広げただけだ。」


「いや、少し広げただけって……。完全に別もんじゃねぇか。」


 ランザは呆れた様にため息を吐いて扉から出て来ると、空いているレンの隣に座った。


「で、これはどう言う状況だ?」


 新たな人物の登場に、より身を固くしたアマンダと、その隣で庇われているカトリーナを見てそう尋ねた。


「私の母と、その護衛騎士です。レンさんが領域主だと聞いて、その……驚いてしまったようでして……」


 『ほーん。』とあまり興味なさそうにミカルドに返答したランザは、顎に生えた無精髭を撫でながら、アマンダに視線を向けた。


「取り敢えず、嬢ちゃんはさっさと剣を下ろしな。まだ死にたくはねぇだろ?」


 そこで初めて、アマンダは背後から自分に向けられる殺気に気が付いた。


「っ!!」


「主人を護りたければ判断を誤るな。相手との戦力差や状況をしっかりと見極めてから行動に移せ。判断を誤れば護るべき主人を無駄に危険に晒すことになる。」


 アマンダは歯を噛み締めて悔しそうに顔を歪めながら、レンに向けていた切先を下ろし、ソファに座り込んだ。


「配下の者が失礼致しました。貴重な教えも頂き、感謝致します。」


 カトリーナはソファから腰を上げ、真剣な表情で深々と頭を下げた。


「良い、気にするな。俺がお前達にとって危険な存在である事は理解している。」


 カトリーナはもう一度お礼の言葉を述べ、ソファに腰を下ろした。


「レイナイト、全員分の紅茶を用意してくれ。」


「畏まりました。」


 アマンダの背後で殺気を放っていたレイナイトは、レンの指示で人数分の紅茶をカップに注ぎ、それぞれの前に置いた。


「さて、こいつらの紹介がまだだったな。こっちのおっさんがランザ、そっちの黒騎士はレイナイトだ。そして、この竜車の御者台に座ってるのがメルリエル。三人とも、俺の眷族だ。」


 『俺はまだおっさんじゃねぇぞ。』と、隣でランザが呟いたが、レンはまるっと無視した。


「あの御者の方もそうなのですか……。そちらのランザ様もそうですが、本当に人間にしか見えませんわね……勿論、レン様も。」


「本来の姿は人間とは言い難いがな。」


 レンの発言に興味をそそられたのか、カトリーナはランザ達に視線を向けたが、何も言う事はなかった。


「興味があるなら後で見せて貰え。レイナイトが相手をしている間、ランザは元の姿に戻っているからな。」


「よろしいのですか?」


「あぁ、問題ない。……二人がやり合っている間は結界を張ってやる。心配するな。」


 カトリーナに向けたアマンダの心配そうな視線に気付いたレンは、そう付け足した。


「ふふっ……。お気遣い感謝します。」


 カトリーナも、アマンダの視線には気付いていた様で、レンの気遣いに頬を緩めて礼を言った。

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