第16話


「それで、私のご主人様に一体何のご用ですか?」


 名乗りを終えたメルリエルは淡々と男達に問いかける。


「……っ!てめぇ!俺の奴隷に何しやがった!」


 そんなメルリエルの問いかけには答えず、男はレンの方を向いて怒鳴り声を上げた。


「お前は何を言ってる?そいつは食事の対価に俺に譲った・・・だろう。メルリエルは今、俺の眷族・・だ。何をしようがお前達には関係ない。」


「てめぇこそ何言ってやがる!そいつは一晩貸しただけだ!てめぇに譲った覚えはねぇ!」


「証拠はあるのか?」


「はぁ?」


「俺はお前が譲ったと証明できるぞ。奴隷の首輪が外されてるのがその証拠だ。何せ、主人の同意無しに外す事は不可能だからな。」


 男は慌ててメルリエルの首元を見た。

 そこにあるはずの首輪は確かに無くなっている。


「なっ、なっ、なっ……何でっ!どうして首輪が外れてる!?」


「お前が俺に譲る時に外したのだ。そう言ってるだろ。」


 いけしゃあしゃあとそう宣うレンの姿に、メルリエルは苦笑いを溢したが、すぐに表情を整えた。


「ご主人様、ご命令を。」


「殺せ。こいつらは俺の物を盗みに来た罪人だ。」


 冷酷な命令が降った。


「お任せを。」


 男達は慌てて武器を引き抜こうとしたが、時既に遅し。


「遅い。」


 五つの首が、同時に飛んだ。


「ほぉ……。中々いい動きだな。」


「ありがとうございます!」


 バタバタと首の無くなった身体が地面に倒れ、その切断面から流れ出る血が地面を濡らす。


 そんな血生臭い中であっても、レンからお褒めの言葉を貰ったメルリエルは頬を上気させて喜んでいる。


「レイナイト、頼めるか?」


「畏まりました。」


 いつからそこに居たのか、レンのすぐ側に佇む黒騎士が、胸に手を当てて恭しく頭を下げた。


 メルリエルを連れたレンがテントに戻るのを見送った後、レイナイトは一箇所に死体を集めると、物言わぬそれらを見下ろした。


「我が主の物を盗むなど言語道断。貴様らに来世を迎える資格などない。」


 レイナイトがそう吐き捨てた直後、巨大な黒い影が死体を照らす月明かりを遮り、グチャグチャ、ボキバキという生々しい咀嚼音が静かな夜に消えていった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 次の日、朝早くに起きたレン達は、優雅に朝食をとり、再び竜車に乗って出発した。

 昨日と違って車内にはミカルドも含む男四人が乗っており、御者台ではメルリエルが楽しげに鼻唄を歌いながら地竜の手綱を握っていた。

 その姿は昨夜の異形の姿ではなく、レンと出会う前と変わらぬ森人エルフの姿だ。


「それにしても救いようのねぇ馬鹿どもだったな。大人しく飯だけで満足しときゃあ死なずに済んだってのに。」


「メルリエルさんは復讐を望みませんでしたからね……。」


 ミカルドの言葉の通り、レンに『復讐を望むか?』と問われたメルリエルは、首を横に振った。

 『復讐なんてどうでもいい。それよりも、私のご主人様になって欲しい。』と、レンに懇願したのだ。


「いやぁー、あん時の旦那の返答は痺れたなぁ……『何を言ってる。お前は既に俺のモノだ。』だぜ?くぅーっ!やっぱちげぇなぁー!」


 モノマネを交えながらはしゃぐランザに、レンは冷たい視線を送った。


「馬鹿にしてるのか?」


「いやいやいや、馬鹿になんてしてねぇって!純粋にカッコいいって思っただけだ!ほんとだって!」


 レンは広い車内に見覚えのある扉を出現させた。


「レイナイト、頼んだ。」


「畏まりました。」


「おいっ、嘘だろ!?一週間は休暇くれるって言ってたじゃねぇか!ちょっ、まってくれ!おいっ!おーいっ!」


 ランザは抵抗虚しくレイナイトに引きずられて扉の中へと消えていく。

 ミカルドはそんなランザを憐憫の眼差しで見送った。


 それから二度の休息を挟みながら順調に進んでいると、ボロボロになったランザと微塵も疲れた様子の見えないレイナイトが扉から出てきた。


「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……。今日は……気絶しなかったぞ……ぜぇ……ぜぇ……」


「レン様、そろそろ昼食の時間です。」


「そうか。【メルリエル、その辺で竜車を止めろ。食事にする。】」


 念話によりレンの指示を受けたメルリエルは、すぐに竜車を道の脇に寄せて停車させた。


「俺はレイナイトと食事を作るから、ランザは車内で大人しくしてろ。ミカルドも、出来上がるまでランザと一緒にいろ。」


 そう言ってレイナイトを連れたレンが竜車を出ていった。


「大変ですね。」


 ミカルドは座席に倒れ込むランザにそう言った。


「いや、マジでやばい。あの人、俺の限界ギリギリを攻めるのがうますぎる。」


「あははは……。そうですか。」


 外からメルリエルが張り切ってレンの手伝いをしている声が聞こえる中、二人きりの竜車の中は、静かな時間が過ぎていく。


「羨ましいか?」


 唐突な質問だったが、ミカルドはすぐにその内容に思い至り返答した。


「羨ましくない、と言えば嘘になるでしょうねぇ……。」


「だが断ったんだろ?」


「えぇ。提案はされたんですが、あれ・・を見せられたら、ねぇ……?」


 ミカルドは昨夜の光景を思い出し、顔を引き攣らせた。


「確かにえげつなかったもんなぁ。メルリエルの奴、よく死ななかったよな。俺、死んでてよかったと思ったぞ。」


「私がやったところで、おそらくショック死するでしょうねぇ。それ以前に、私では成功確率は限りなく低いと言われましたから。」


 ミカルドは少し悲しそうに視線を下げ、『力の為に死ぬ勇気は私にはありませんよ。』と続けた。


「ランザさん、ミカルドさん!お昼ご飯できましたよ!」


「おっ、できたってよ。」


「えぇ、行きましょうか。今日のメニューはなんでしょうねぇ?」


 メルリエルの呼ぶ声が聞こえ、二人は竜車の扉を開けて外へ出た。

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