第43話・幻想と現実

荒野は思った以上に踏み入れた者の足を進むことを拒んでいた。

朝、目が覚めると皆で手分けして崖を渡る場所を探した。

橋を探し、狭くなっている場所を探し。

いっそ森まで戻るか相談し、結局崖沿いに歩くことになった。

地図には記されていないこの崖のせいで、大回りをすることになった一行は、予定外の進行に頭を抱えていた。

砂漠ほどではないものの、荒野も食料が少ない。

見えるものは土くれ、岩肌、枯れ木。

瑞々しさなど縁がなく、その日の水を得ることすら危うい。

空気も乾燥している。

身体の水分を余計に奪う。

メイは息を上げていた。

「少し休む?」

「大丈夫。休むより早く抜けたほうがいい」

エヴァルスが心配して声をかけるがメイは首を横に振った。

メイの言う通り、休むことが状況解決に繋がらないのだ。

タンクの魔法で氷を作ろうにも、空気中に含まれる水分が少なすぎる。

試して見たものの、しずく程度の水を集める程度が関の山だった。

「魔力の使い方、下手ね」

メイは呆れるでも皮肉るわけでもなくタンクに告げた。

「こんな空気が乾いている場所で氷なんて出せるわけないだろ」

タンクは顔を真っ赤にしながらメイに詰め寄る。

メイはタンクの額に指を指した。

その時、小さな光が指と額の間に走った。

「いってぇ!」

「魔力をちゃんと御していれば乾燥していてもこれくらいできるの」

メイの扱う雷も水分があるほど力を増すものである。

これだけ乾燥していると、そもそも雷を起こすこと自体が難しくなる。

「あ!」

エヴァルスは何か思いついたように手を叩く。

『何?』

「メイ、雷起こせるなら雨降らせばいいんじゃない?」

「……あ」

どうやら3人とも疲れていたようである。


雨を避けて休める場所を見つけ、メイは雨を降らせた。

降りしきる雨を鍋で掬い湯を沸かす。

「うぱ、あまり遠くへ行かないようにね」

水気が嬉しいのか、うぱは雨を浴びてくるくる回っている。

「あの生き物、本当に守護?私も守護を見たことあるわけじゃないけど、ずいぶんと呑気に見えるけど」

メイは雨の中踊るうぱを遠目から眺めていた。

「ボク、あまり守護のこと知らなくて」

エヴァルスは隣に並んでうぱを眺めた。

ワイキの村で読んだ資料に守護のことは多く書かれていなかった。

そしてウェールが「守護」という言葉を発するまでその存在すら知らなかったのだ。

「……あなたは本当に勇者?力もない、魔力も人並み、知識も」

メイは露骨にため息をついた。

「逆にメイはなんでそんなにいろいろ知っているの?」

紋章や守護のことはワイキの村でわかるように厳重に管理されている。

「私たちの集落では口伝で伝わっているの。書に残せないことも、そうでないことも」

メイは語った。

形に残すと悪用するものが出てくる、と。

その言葉は、自らが追っている姉のことを言っているようでもあった。

メイの話すことは確かに正しい。

しかし、姉が奪ったという禁呪に対してだけなんの情報も無いことなどあるのだろうか。

エヴァルスは口を閉じた。

「うっぱー!」

うぱは器に雨水を溜めてエヴァルスに差し出す。

「たくさん採れたね、うぱから飲んでいいよ」

「うぱぁ」

器とエヴァルスの顔を見比べてうぱは水を飲み始めた。

「オレにもくれないか?」

うぱが水を飲んでいるところにタンクが声をかけてくる。

うぱはタンクをじっと見て水を飲み干すと、空の器をタンクに渡した。

「……オレにはずいぶん態度が違うじゃないか」

「それはそうでしょう。守護は基本的に守護遣いしか守らないんだから」

メイは自分の器を雨の降る野外に置いた。

「メイには守護いないの?」

何気なく聞いたエヴァルスの問いに、メイは答えあぐねているようだった。

「いるには、いる。でも会いたくないのよね」

「なんで?守ってくれるんでしょ?」

エヴァルスにはまだ守ってもらった実感は薄いが、少なくともメイは守護というものを理解している。

それにも関わらず会おうとしない理由がわからなかった。

「正確にはいる場所を知っているだけ。まだあったことない。でも伝承で知る限り性格合わなそうなのよね」

その言葉から、少なくともメイたちは守護のいる場所と性格、なんだったら能力も知っているような口ぶりだった。

「なー、オレの守護って本当にあの女なのか?」

ずぶ濡れになったタンクが戻ると火の前に座る。

砂漠を渡る時に会った女、ウェール。

確かにタンクとウェールは相性が良いとは言い難い交流をしていた。

そうは言っても、ウェールが普通の人間ではないことはエヴァルスも疑っていなかった。

砂の宮殿で見せられた映像は、人間がどうこうできるものではないだろう。

「他人の守護のことはあまり伝わってなくて。実際この子も疑ってるくらいだし」

「うぱぁ?」

メイに指をさされてうぱは首を傾げる。

初めて会ったとき以外、うぱが力を発揮することはなかった。

あんな威力のものをぽんぽん撃たれても困るが、あの炎が能力かと言われれば何か違和感を感じた。

「一緒についてきてくれるだけじゃダメなの?」

エヴァルスの率直な疑問にメイはため息をつく。

「それで魔王に勝てるならいいんじゃない?」

それきりメイは口をつぐんでしまった。

結局、守護という存在についてわかることはない。

図書館に書物は無かった。

知っていそうなメイは口を閉ざしている。

当のうぱは人の言葉を話すことができない。

メイの口ぶりでは魔王を倒すためには何かをしなければならないようなのだが。

「考えても仕方ないだろう。ていうか、オレの守護はあの女かぁ……」

タンクはあえて空気を読まずに口を開いた。

そして大きなため息を吐く。

「そんなに相性悪いの?」

メイが目を細めながら尋ねる。

少しトゲがあるように聞こえるのは気のせいではないだろう。

「オレだけじゃなく、エヴァにも変な映像見せたらしくてな」

メイの目線は相変わらず鋭いままだ。

「……どんな?」

「大したことねぇよ」

「キミの方は?」

タンクが話す気の無いと見るやエヴァルスに尋ねた。

「……ボクが、焼き殺される場面。だけど」

それだけではない、エヴァルスの口からその言葉がどうしても出てこなかった。

それは自分を燃やした相手が涙を流していたという事実。

その光景があったからと言って、何が変わるともその時点のエヴァルスは考えていなかった。

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魔王の慈悲 長峰永地 @nagamine-eichi

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