第36話・紋章の力

「あなたが魔王に勝てない理由、それはあなたが弱すぎるからよ」

幼女は身も蓋もないことを最もらしくいった。

勇者とタンクは呆れて物も言えないようで黙っている。

「考えにも至らなかったようね」

幼女は胸を反らして誇らしげである。

2人は幼女を無視することを決めて、紋章のことが書かれた本を物色し始める。

その態度に幼女は2人の脚にしがみつく。

「なーんーでー。どーしてー」

「そりゃそんな当たり前なこと言われても。なぁ」

タンクは顎をしゃくる。

勇者は苦笑いを浮かべて曖昧な表情なのだが、タンクの言葉を否定もしない。

「だから仲間を見つけて、魔王に対抗できる力を得ようとしているんだけど」

頬を掻きながら脚にしがみついている幼女から目を逸らす。

「……抵抗できる力?できると思ってるの?」

床に這いつくばりぐだっていた幼女はぴたりと態度を変えて、膝をはたきながら立ち上がる。

「少なくとも、今のままよりは」

勇者はこれまでの旅路で自分が情けなかったことを思い返しながら歯噛みする。

「エヴァ、無視していいだろ。それより紋章を調べよう」

タンクは勇者の肩を叩くとそのまま幼女の隣を通って本棚に向かう。

「嬢ちゃん、地下暮らしのせいで世間からズレてることに……」

言葉の最中、幼女の肩に手を置いたタンクは次の瞬間には天井を見上げていた。

幼女はタンクの腕を掴むとそのままひっくり返していた。

2人は何が起こったのか分からず逆さになったタンクと勇者は目を丸くして見合っていた。

「あら?躓いたのかしら?」

幼女はクスリと笑いながら髪をなびかせた。

「ふざけてるのか」

タンクは起き上がると再び幼女の肩を掴もうと手を伸ばすとそのまま足払いをかけられてタンクが宙に舞う。

その浮いている瞬間に幼女の拳がタンクの眼前に迫る。

「……あなた、私が手を止めなければ顔潰れてたわよ」

幼女は手を止めた。

そのままタンクは床に倒れ込む。

「お前、なんでそんな力あるんだよ……」

「紋章の秘密を守る一族よ。これくらいできて当たり前でしょう」

幼女はそういうと、椅子に腰を掛けた。

うぱが歩いて幼女の膝に乗った。

「アビオス。この子たちで本当に良いの?まだやり直しが利くわよ」

「うーぱぱ」

うぱは首を振った。

「まぁ良いけど」

勇者は幼女の目の前に椅子を置いた。

「エヴァさん、魔王はあなたより強いんですか?」

まっすぐ目を見て発せられる言葉に、一瞬詰まったような間があったが幼女は首を下ろした。

「そもそも、人より強くと決められて作られたから」

「作られた?」

幼女の言葉に2人は首を傾げた。

「あんなモノが自然に生まれるわけないでしょう」

幼女はそこで口を閉ざす。

しばらくの間。

「魔王を倒すにはどうしたらいいですか」

勇者はその言葉を改めて幼女に尋ねた。

「あなた1人で勝てないんだから、仲間に頼りなさいよ」

幼女はさも当たり前のように首を横に倒す。

『仲間?』

「そもそも2人でどうにかなるわけないでしょう。せっかくアビオスも居るんだし」

幼女は膝の上に乗ったうぱを撫でている。

「この子っていったい何なんです?普通の魔物とも違うし」

幼女が目を丸くした後呆れたようにため息を吐いた。

「そうか、この子の言葉分からないのね。この子はね、守護。認めた相手を護る者」

「認めた、相手?」

勇者は幼女の膝に乗ったうぱを抱きかかえた。

「うぱうぱ」

勇者の言葉を肯定するようにうぱは頷く。

「アビオスに認められたってことはそれなりに力があるとは思う。でも足りない。あなたは魔王の苦しみを知らない」

「魔王の、苦しみ?」

「今日は帰ってくれるかしら?」

幼女は有無を言わさぬ圧力で2人に部屋から出ていくことを促す。

2人……特にタンクは何か言いたい様子だったが、素直に地上に戻るのだった。


部屋から地上に戻ると辺りは暗くなっており、良い時間だった。

「おや、今日はお早いですね。ずいぶんと元気にお調べものをなさっていたようですが」

クラウドは2人に微笑みかける。

タンクが幼女に打ちのめされている音はどうやら地上にまで響いていたようだ。

やはりこの神父、良い性格をしている。

「あの子、いつからここに?」

エヴァルスが尋ねるとクラウドは首を振った。

「私が着任した時には。この隠し部屋の入り方と、食事を届ける日課を言付かっただけでして」

クラウドの手には、食事を乗せたトレーが持たれていた。

「あなた方が上って来てくれて助かりました。このように食事を持っているとノブを上げられないので」

2人が昇ってきた階段を降りていくクラウドを見送った。


その日はそのまま食事に行った。

「仲間を集めろって言われても、そう簡単に行くならここまでの旅2人じゃないのにね」

「そもそもコレがなきゃダメなんだろ?」

タンクは手の甲に浮き出た紋章をひらひらをはためかせる。

「こんな紋章浮かんでるやつ探し出すより、一緒に行きたい奴集めたほうがよっぽど早いけどな」

「うぱー」

タンクの言葉を聞いたうぱは胸の前でバツを作る。

「ダメだって」

「分かってるよ」

紋章の事を調べていて分かったことは、紋章は魔力の供給も行なっているということ。

魔力にはパイプと呼ばれる通り道が体内に存在するとされ、その太さは生まれつき変わることはない。

パイプを鍛えることはできず、多くの人間のパイプは生命維持で使う魔力を使うことで精いっぱいだ。

この中で先天的にパイプが太い人間が魔法を使えるとされている。

しかし、この紋章が宿ることで強制的にパイプを広げることができるとのことだった。

エヴァルスは生まれた瞬間から紋章があるので実感はないがタンクは紋章が浮かんでから魔法が使えるようになったので納得がいった。

紋章の効果はそれだけでなかった。

覚醒と呼ばれる紋章そのものに秘められた力が発現するとは本に書かれていた。

「でも、なんでこんな力の解放があるのに『仲間を集めろ』なんて言ったんだろ」

エヴァルスはスープをすすりながら言葉を溢す。

「実はその解放ですら足らなかったりして」

タンクが茶化すように言ったことに2人はひとしきり笑い声をあげる。

「本当にそうだったらどうしよう」

その言葉で2人は頭を抱えるのだった。

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