第35話・勇者と幼女と防人と

再びエヴァルスが紋章の柱に触れると、同じく青く光った。

手を触れたままじっくりと眺めていると、先ほどまで読んでいた文字と同じ形の文字が浮かんでいることに気が付いた。

「……勇者の紋章、防人の紋章、魔導士の……これって、もしかして」

エヴァルスは手に触れたままタンクに声をかける。

「エヴァ、そのまま触ってろ。写す」

タンクは近くにあった紙を手に取ると、その文字を書き写していった。

しかし、タンクが写している最中柱からにゅっと顔が現れた。

「そんな原始的なことしなくても答えるわよ」

「タンク、タンク!」

「化け物か!?」

いきなり柱から顔が出てきたことでタンクは盾で殴りつけた。

だがその盾は顔をすり抜けて柱にぶつかる。

盾はもちろんだが、柱も傷ひとつ付いていない。

「ちょっと、ご挨拶。せっかく勇者だから出てきたのに」

よく見ると出てきた顔は幼く、顔の位置もちょうど子どもの背丈のように見えた。

エヴァルスも15歳で大人とは言い難いが、その身長よりもさらに低い。

「もう、情報を固定したので勇者は離していいわよ。そっちの防人、次はアンタの番」

タンクは指を指され、しぶしぶ柱に触れる。

すると今度は黄色く柱が光る。

それぞれの紋章の色に対応して光っているようだ。

「情報を、固定って何をしたの?」

「セキュリティに決まってるじゃないですか」

『……せきゅりてぃ?』

2人は同時に聞き返した。

「あー。認証?確認?そんな言葉で伝わる?」

額に指を突きつけながら言葉を探る女の子。

どうやら普段エヴァルスとタンクが使っている言葉とは違う言葉を使っているようだった。

女の子が柱からすべて身体を出すとやはり7、8歳の子どものような容姿をしていた。

「ところで、人の場所に勝手に入ってきておいて挨拶も無し?」

女の子は皮肉めいた笑みを浮かべながら2人に問う。

「エヴァルスです」

「お前、さっきオレらのこと分かったみたいなこと言ってたじゃないか」

「タンク」

皮肉にイヤミで返すタンクを小突いて嗜める。

入った場所が悪かったのか、声も上げずにうずくまるタンク。

「コメディを見せるために私を呼び出したわけじゃないでしょ?」

「こめでぃ?」

「話が進まない……」

女の子は頭を抱えていた。


「エヴァよ、私はエヴァ」

さらにややこしいことに、女の子の名前もエヴァというらしい。

「アンタが後になるんだから、もし文句があるならアンタが名前を変えなさい」

エヴァは腕を組みながら無茶を言う。

「おい、エヴァ。こいつの言うことを……ふぐ!?」

タンクが勇者に声をかけると、エヴァがみぞおちに向かって蹴りを入れた。

「アンタに呼び捨てにされるいわれはないわ」

「お前じゃない、こっちの、げふ!?」

「”お前”と呼ぶのも無礼でしょ」

うずくまっていたタンクのアゴに再び蹴りを入れる幼女。

先ほどの盾をやり過ごしていたのに今度は攻撃をしているということは自在に触れることができるのかと勇者は感心していた。

「で、紋章のこと聞きに来たんでしょ?」

幼女は勇者に向き合う。

「しかもまた2人?なんでいつもそうなのかなぁ」

「いつも?」

幼女の言い草に勇者は引っかかる。

「ボクたち、ここに来るの初めてですけど」

「そんなこと知ってるわよ」

幼女は鼻を鳴らしながら胸を反らす。

「アンタで何人目?また負けに行くんでしょ?」

「おい、言って良いことと悪いことがあるだろ」

幼女の言い草にタンクは頭をわしづかみにした。

手足をばたつかせているところをみると、触れられている状態では切り替えができないらしい。

「アンタ!レディの頭に軽々しく触れていいと思ってるの!?」

「わけの分からん言葉ばかり使いやがって。誰が負けに行くって!?」

タンクがまるで無法者のように幼女に絡んでいる。

「た、タンク。落ち着いて」

「エヴァもなんか言ってやれ」

「放しなさいー!」

「うぱうぱ」

うぱはあきれ顔で水筒のコーヒーに口を付ける。

中に入っているブラックコーヒーが苦かったのか吐き出す寸前でどうにか飲み込んでいた。

「あら、アビオスもいたの?」

『アビオス?』

アビオスと呼ばれたうぱは幼女に向かい手を挙げている。

まるで久しぶりに会う友人にあいさつをするように。

「この子のこと知ってるの?」

「なに、アンタ。またこの子たちに説明してないの?」

「うぱぱ」

勇者を無視し、うぱと話し始める幼女。

頭は相変わらず掴まれたままだが気にしていないようだ。

「え?会ってないのはライズだけ?それでなんで2人なの?」

いい加減頭を掴まれていることが鬱陶しくなったのか、タンクの手をすり抜けた。

どうやら掴まれていてくれたようだった。

幼女は頭を抱えながらうぱに詰め寄った。

「あの、エヴァさん。この子の名前アビオスなの?」

「そ、アンタの守護よ」

守護。

その言葉はウェールが言っていた守護遣いという言葉を思い出した。

「嬢ちゃん、守護ってなんだ?」

タンクが声をかけると眉にシワを寄せながら食って掛かる。

「防人!アンタより!私は!年上!敬意を払いなさい、敬意を!」

大股で歩いてくるお嬢様に敬意もない話である。

「エヴァさん、教えてくれますか。紋章と守護のこと。なんでみんなこの旅は終わりって言うのかを」

勇者がうぱを抱きかかえながら幼女に頭を下げた。

タンクも顔をしかめながらも倣って頭を下げる。

その態度に幼女は鼻を鳴らす。

「そこまで言うなら話してあげてもいいわよ」

(ちょろいぞ、こいつぅ!?)

「聞こえてるっての!」

頭を下げていたタンクの後頭部に肘が撃ち下ろされた。

「まったく。それで?どれから聞きたいの?」

髪を払いながら幼女は尋ねる。

「なんでこの旅は成功しないとみな言うんですか?」

勇者は聞きたい紋章よりも、うぱのことよりも何より旅の行方を聞いた。

幼女は勇者の目をじっと見つめる。

「似てるわね。あの子と。最初の勇者と。いいわ。本当はカンニングだけど教えてあげる。あなたが魔王を倒せない理由」

幼女は椅子をひっぱって腰を掛けたのだった。

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