第34話・紋章
「申し遅れました。私の名前はクラウド。この教会で神父を務めております」
思い出したようにクラウドは名乗り、再び頭を下げる。
エヴァルスとタンクもつられて頭を下げた。
「この教会には紋章のことを聞きにいらしたとか。本来紋章のお話は秘匿とされています。何故ご興味を?」
クラウドの言葉にエヴァルスとタンクは右手のクローブを外した。
2人の手の甲に光る紋章を見て、クラウドは深く頷く。
「勇者さま、タンクさまですね。これは失礼いたしました。あなた方には知る権利がある。こちらへ」
クラウドは扉を開けると2人を中へと誘った。
エヴァルスは頭にうぱを乗せて協会の中へ入る。
中に入るとステンドグラスで彩られた教会内は明るく、息を飲む静寂が支配していた。
「すごい、ですね」
「人の信仰の浅ましさ、とでもいいましょう。我らが父は綺麗であろうがボロであろうが変わらず愛して下さる。しかし、そのことをなかなか理解して貰えません」
クラウドは背を丸め、頭を掻いた。
豪奢な建物に居心地が悪いのだろう。
「これだけ煌びやかに彩るくらいであれば、そのお金を貧しい人への施しに使いたいのですが」
クラウドは「美しくなければ寄付も集まらない」と続けた。
エヴァルスとタンクはなんと答えたらいいのか戸惑っていると、パイプオルガンの脇にある扉に連れられる。
「この扉は面白くて。ノブをこのように押すとこのように」
まずクラウドは扉のノブに手をかけて下に押して扉を開く。
そこにはなんの変哲もない廊下が拡がっている。
「しかしこのようにノブを上にあげると」
一旦扉を閉めると言った通り、クラウドはノブを押し上げて反対まで回す。
すると大きくものが動く音が扉の向こうからしてきた。
「なにが起きてるんだ?」
タンクが目を丸くしながら扉に近付く。
「もういいでしょうか。この通り」
クラウドが扉を開くと、先ほどの廊下ではなく、目の前には下る階段が現れていた。
「すげぇ……」
「なぜこんな仕掛けを?」
初めて見る装置に言葉を失うタンク。
そしてエヴァルスの問いにクラウドは答えた。
「ここまでして、紋章のことを秘密にしたかったのでしょう。行きましょう。紋章とはなんなのか、お伝えいたしましょう」
クラウドはロウソクの燭台を持つと、階段を下っていく。
2人もクラウドの後を追う。
ずいぶんと長い階段だ。
「こんなに降りてもまだ先が見えない」
「そうなんです。秘匿にしたかったという気持ちも理解できなくはないのですが、如何せん深すぎて。年々下ることがしんどくなります」
クラウドは冗談とも本気とも取れない言葉を放った。
「それほど重要と言うことですよね」
エヴァルスの言葉にクラウドは鼻から息を漏らした。
「実はそれほど。ここに保管されている資料はあくまでも紋章の意味だけ。仮に奪われたとしても、燃やされてもなんの意味もありません」
「そんなもの、なんでこんな厳重に保管してるんです?」
タンクは思わず問いただす。
「着きました。その理由はご自身の目でご確認ください」
クラウドは最下層の扉を開ける。
そこは地下だというのに昼間のような明るさだった。
真ん中に一本、太い柱が立っていて、その柱が光っているのだ。
周囲に囲まれるように置かれた本棚よりも、まずその柱に目が行く。
エヴァルスは柱を見ると、そこには紋章が刻まれていた。
「私はコレを紋章の柱と呼んでいます。なんの捻りもありませんが」
柱に手を置きながら言うクラウドの言葉に、2人は何とも言えない気持ちになった。
(エヴァ、この人良い人だけど、変だ)
(はっきり言わないの)
2人が小声で話しているが、地下の狭い部屋である。
おそらく本人に聞こえているのだが、聞かぬふりをしてくれているようだ。
「こちらのお部屋へはいつでもどうぞ。あー、次から案内しなくていいと思うと気が楽だ」
クラウドはそう言うと、燭台のロウソクを消し、マッチを置いて降りてきた階段を再び上り始めた。
「……じゃ、調べるか」
「そうだね」
「うぱうぱ」
2人だけでなく、うぱまで呆れた顔をしているあたり、クラウドという人物の大物ぶりがうかがえるというものであった。
2人は手分けして本棚にある書籍に目を通す。
ここにある本、すべて紋章のことを記したものであった。
しかし、そのほとんどが現代使われている文字ではないため、1ページ読むにもかなりの時間がかかった。
しかも部屋は常に明るい。
時間の感覚は己の腹具合でしか計れなかった。
そういう意味においてうぱがいたことは幸いである。
うぱはほとんど時間がズレることなく食事を訴えるため、そのタイミングで地上に戻ればきちんと食事時であったのだ。
地下と、地上の往復も3日ほど過ぎた。
徐々に2人は使われている文字に慣れてきたのか読むスピードが上がっていった。
どうやら、この紋章について書かれた本は同時期にかかれたものがほとんどであるらしい。
つまり、紋章を研究した時代が一緒であるということだ。
しかし、それが分かったところでなんの成果もないことと同じだった。
なぜ紋章が浮かび上がるのか、そのことには特に言及している本がなかったためだ。
紋章は20種類あるということが分かった。
「だからって仲間が増える訳じゃないだろ」
そう言ったのはタンクだった。
仮に20人いたところで魔王を倒すには心許ないだろう、と。
その意見にエヴァルスも同意だった。
4日目の朝、エヴァルスは寝不足だった。
深い理由はない。
文字を読みすぎて眠れなかった、そんな簡単な理由だった。
あくびをして、水筒に詰めたコーヒーで眠気をごまかした。
それでもなぜか足元がふらついた。
梯子を使い、本棚上部の書籍を取ろうとしたときに梯子を踏み外してしまった。
掴む場所も無く、紋章の柱しか支えるものがなかった。
エヴァルスは右手で柱に触れた。
その時、柱がさらに強い光を放った。
白かった柱は、エヴァルスの紋章と同じく、青に変わる。
「エヴァ、だいじょ……なんでだ?」
梯子から落ちそうなエヴァルスを心配して駆け寄りながら、青く変化した柱に目を丸くするタンク。
「わからない。触ったらこうなって」
バランスを取り戻し手を離すと柱は元の白い柱に戻ってしまう。
「もしかして、紋章に反応して?」
梯子から降りたエヴァルスは、息を飲んで再び柱に触れるのだった。
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